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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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インド共和国の資金決済法およびフィンテック規制を解説

インドの資金決済法およびフィンテック規制を解説

インドの金融セクター、とりわけフィンテック分野は、世界でも類を見ないスピードで成長を続けている一方で、インド準備銀行(RBI)による極めて厳格かつ精緻な規制監督下に置かれています。2025年現在、インドにおける金融サービス提供は、「原則禁止・例外許容」という厳しいライセンス制度によって管理されており、無許可での営業は重大な違法行為として扱われます。日本企業がインド市場への進出を検討する際、現地の法規制、特に「2007年資金決済システム法(Payment and Settlement Systems Act,$1」および最新の「2025年決済アグリゲーター・マスターダイレクション」や「2025年デジタルレンディング・ガイドライン」を正確に理解することは、ビジネスの成否を分ける決定的な要因となります。

本記事では、インドの資金決済およびフィンテック規制の全体像を、日本の法制度との比較を交えながら詳細に解説します。特に、決済アグリゲーター(PA)のライセンス要件、データ・ローカライゼーションの義務、非銀行金融会社(NBFC)およびアカウント・アグリゲーター(AA)の役割、そしてデジタルレンディングにおける資金フローの厳格化について、最新の法令と判例に基づき網羅的に分析します。決済アグリゲーターについては、1.5億ルピー以上の純資産要件やエスクロー口座による分別管理が必須であり、日本の収納代行スキームとは根本的に異なる規制環境にある点に注意が必要です。また、デジタルレンディングにおいては、資金の「中抜き」を防ぐための直接送金ルールが徹底されています。

なお、インドの包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

インドの決済・金融規制の基本的枠組みと日本法との相違

インドにおける決済サービスの規制的根拠は、主に2007年に制定された「資金決済システム法(Payment and Settlement Systems Act, 2007:以下「PSS法」)」にあります。この法律は、インド国内のすべての決済システムの規制と監督に関する権限をインド準備銀行(RBI)に付与するものです。PSS法は、決済システムの安定性、効率性、および消費者保護を確保することを主たる目的としており、日本の「資金決済に関する法律(資金決済法)」と同様に、決済ビジネスの根幹をなす法律です。しかし、その規制アプローチには日本とは決定的な違いが存在します。

日本企業が最も留意すべき点は、「収納代行(Receipt Agency)」という概念の扱いにおける根本的な相違です。日本では、商取引の代金受領を代行する「収納代行」スキームは、長らく資金移動業の規制対象外として扱われてきました。2025年の資金決済法改正の議論においても、クロスボーダー取引については規制強化が進んでいるものの、国内の商取引に伴う資金受領については、依然として一定の要件下で柔軟な解釈が維持されています。

これに対し、インドでは「収納代行」という例外的な概念は、決済ビジネスの文脈においては実質的に存在しません。オンラインでの収納代行や資金の仲介を行う事業者は、PSS法に基づき「決済アグリゲーター(Payment Aggregator:PA)」として明確に定義され、厳格なライセンス(認可)の取得が義務付けられています。インドにおいては、「単なる技術的な中継」と「資金の取り扱い」の境界線が厳格に引かれており、商流に関与せず資金のみを移動させる純粋な決済代行は、銀行免許を持たない限り、PAライセンスなしでは違法となります。日本企業がインドでEコマースプラットフォームやマーケットプレイス事業を展開する際、日本の感覚で「収納代行スキームだからライセンスは不要だろう」と判断することは極めて危険です。

以下の表は、日本とインドにおける決済代行ビジネスの規制上の位置づけを比較したものです。

項目日本(収納代行・資金移動業)インド(決済アグリゲーター:PA)
規制の基本原則「割り勘」や「代金引換」など、商行為に付随する収納代行は、原則として為替取引(資金移動業)の規制対象外とされる場合が多い。第三者の資金を預かり、加盟店へ送金する行為はすべて「決済アグリゲーター」として規制対象。例外はほぼ存在しない。
ライセンス要件100万円を超える送金や特定のスキームを除き、登録不要で実施可能な範囲が広い。銀行以外の事業者が行う場合、RBIからの認可(Authorization)が必須。無認可営業は刑事罰の対象。
資金管理資金移動業者は供託等による保全義務があるが、収納代行業者には特段の資産保全義務がない場合もある。全顧客資金をRBI指定の「エスクロー口座」で管理義務。自社資金との完全分別が求められる。
クロスボーダー2025年改正により規制強化の傾向にあるが、一定の猶予措置等が存在する。輸出入に関わるPA(PA-CB)として明確に区分され、取引額上限や厳格なデューデリジェンスが課される。

参考:RBI公式ウェブサイト

インド決済アグリゲーター(PA)規制の詳細

インド決済アグリゲーター(PA)規制の詳細

2025年、RBIは「決済アグリゲーターに関するマスターダイレクション(Master Direction on Payment Aggregators)」(以下「2025年PAガイドライン」)を発行し、規制をさらに強化・統合しました。このガイドラインは、Eコマース(PA-O)のみならず、実店舗(PA-P)やクロスボーダー(PA-CB)決済を行う事業者も規制対象として明確化しています。

資本要件と財務の健全性

PAライセンスを取得・維持するためには、極めて高い純資産(Net Worth)要件を満たす必要があります。これは、財務基盤の脆弱なプレイヤーを市場から排除し、システミックリスクを低減させようとするRBIの意図を反映しています。具体的には、申請時に1億5,000万ルピー(約2億6,000万円)の純資産を有している必要があり、認可取得後3会計年度以内には2億5,000万ルピー(約4億4,000万円)を達成し、以降それを常時維持しなければなりません。この純資産は、インド会社法に基づき厳格に計算されるものであり、無形資産などを控除した実質的な自己資本を指します。

エスクロー口座による資金管理の徹底

PA規制の核心部分は、加盟店へ支払われるべき資金の管理方法にあります。PAは、顧客から受領した資金を、自社の固有財産と完全に分別し、RBIが指定する商業銀行に開設した「エスクロー口座(Escrow Account)」にて管理しなければなりません。

エスクロー口座における資金の動きは、ガイドラインによって厳格に制限されており、PAが資金を不正に流用したり、運用に回したりするリスクを物理的に遮断しています。例えば、代金引換(Cash on Delivery)で回収した現金の入金は原則禁止されており、デジタル決済の推進という政策目的とも合致しています。また、資金は取引日(T)から起算して「T+1日」以内に加盟店へ送金されなければならず、PAが資金を長期間滞留させて運用益を得ることは禁じられています。ただし、エスクロー口座の「コア部分」に対しては利息が発生する場合がありますが、この利息の使途も制限されています。

クロスボーダー決済(PA-CB)の規制

日本企業にとって特に関心が高いのが、クロスボーダー取引に関する規制です。新たにPA-CBというライセンス区分が設けられ、輸出入決済代行に対する監視が強化されました。輸入・輸出ともに、1取引あたり250万ルピー(約440万円)が上限とされており、これを超える高額取引は通常の銀行送金を利用する必要があります。また、輸入用口座と輸出用口座の間での資金の相殺(ネッティング)は禁止されており、それぞれの資金フローを独立して管理し、透明性を確保することが求められます。

参考:RBI(インド準備銀行)Master Direction(基本通達)

インドのデータ・ローカライゼーション義務

インドのフィンテック規制において、技術的な対応コストが最も大きいのが「データ・ローカライゼーション」です。RBIは、決済システムに関連する全データ(End-to-End Transaction Details)について、インド国内のシステムに保存することを義務付けています。これには、顧客の氏名、モバイル番号、メールアドレス、Aadhaar番号、PAN、および決済センシティブデータや取引詳細が含まれます。

海外でのデータ処理(例えば、日本の親会社のサーバーやグローバルなクラウドでの分析処理)自体は禁止されていませんが、その場合でも、「処理後24時間以内」にデータをインド国内のサーバーへ書き戻し、かつ海外のシステムからは当該データを完全に削除(Purge)しなければなりません。この「処理は認めるが保存は認めない」というルールは、グローバルなシステム統合を目指す企業にとって大きな制約となります。

インド非銀行金融会社(NBFC)とアカウント・アグリゲーター

インド非銀行金融会社(NBFC)とアカウント・アグリゲーター

インドでは、銀行免許を持たない企業が融資や投資などの金融サービスを行う場合、「非銀行金融会社(NBFC)」としての登録が必要です。その中でも、オープンバンキングの基盤として注目されているのが「アカウント・アグリゲーター(NBFC-AA)」です。

アカウント・アグリゲーター(AA)の特異性

アカウント・アグリゲーター(AA)は、金融情報の共有を仲介する「データ・ブラインド」なプラットフォームです。AA自体は、ユーザーのデータを閲覧したり保存したりすることはできず、データ保有者(FIP)からデータ利用者(FIU)への暗号化されたデータ転送を管理する役割のみを担います。この点が、日本の「電子決済等代行業者」がデータを取得・保存して家計簿アプリなどを提供するモデルとは大きく異なります。

AAのライセンスを取得するためには、純資産(Net Owned Fund)として2,000万ルピー(約3,500万円)が必要です。これは通常のNBFC(多くの場合、10億ルピー等のより高い要件が課される)と比較して参入障壁が低く設定されていますが、厳格なITセキュリティ基準と同意管理の仕組みが求められます。

以下の表は、日本とインドにおける金融データ仲介業者の比較です。

項目日本(電子決済等代行業者)インド(アカウント・アグリゲーター:AA)
主な機能銀行API等を通じて口座情報を取得(参照系)または指図(更新系)を行う。取得したデータを保存・分析してサービス提供が可能。データ保有者(FIP)から利用者(FIU)へのデータ転送のみを仲介。データの保存・閲覧は禁止(データ・ブラインド)。
データ保存自社サーバーへの保存が可能。通過するデータは暗号化されており、AAは保存できない。
資本要件財務基盤の要件はあるが、純資産額の具体的基準はインドのAAほど一律ではない(登録制)。2,000万ルピー(約3,500万円)の純資産(NOF)が必要。

インドのデジタルレンディング・ガイドライン2025

2025年に更新されたデジタルレンディング・ガイドラインは、融資アプリ(DLA)を通じた不正な貸付や取り立てを排除することを目的としています。この規制の核心は、「資金フローの直接性(Direct Fund Flow)」にあります。

パススルー口座の禁止とLSPの役割

融資の実行および返済において、資金は必ず規制対象エンティティ(RE:銀行やNBFC)の銀行口座と、借り手の銀行口座の間で直接移動しなければなりません。融資サービスプロバイダー(LSP:プラットフォーマーやアプリ運営者)の口座を経由する「パススルー口座」の使用は、資金の流用や不透明な手数料徴収を防ぐために厳格に禁止されています。

また、LSPがREに対して提供する貸倒れ保証(Default Loss Guarantee:DLG)についても、ポートフォリオの5%を上限とするキャップ制が導入されました。これにより、LSPが実質的に全リスクを負って融資を行う「隠れレンディング」モデルは封じられました。さらに、複数のレンダーと提携しているLSPは、借り手に対して利用可能なローンオファーを一覧表示し、公平な選択機会を提供する義務(Key Fact Statementの提示など)が課されています。

関連する重要判例

インドの司法もまた、金融規制の遵守に対して厳しい態度を示しています。

  • Pragya Prasun & Ors. v. Union of India (Supreme Court, 2025)
    この判決において、インド最高裁判所は、デジタルKYC(本人確認)プロセスが視覚障害者などにとってアクセシブルでないことは憲法違反であると判断しました。これにより、金融機関およびその提携先(LSP/PA)は、ビデオKYCなどのプロセスにおいて、障害者に配慮した措置を講じることが法的義務となりました。これはコンプライアンス要件の一部としてシステム改修を迫る重要な判例です。
    参考:Pragya Prasun & Ors. v. Union of India 判決解説
  • ICICI Bank Ltd. vs Guilder Group (Delhi District Court, 2025)
    2025年11月のデリー地方裁判所(商事裁判所)の判決では、ローン契約書における印紙税の納付不足(Under-stamping)が問題視されました。裁判所は、適切に印紙税が納付されていないローン文書は証拠として認められない可能性があることを示唆し、デジタルレンディングにおいても電子印紙(e-stamping)の適切な処理が不可欠であることを再確認させました。

まとめ

本稿で解説した通り、インドのフィンテック規制は「ライセンス至上主義」と「詳細な行動規制」によって特徴づけられます。日本企業がインドで決済や金融サービスに関与する場合、日本の「収納代行」のような例外措置は期待できず、決済アグリゲーター(PA)としての認可取得や、現地法人の設立、純資産要件の充足が不可欠です。また、データ・ローカライゼーションやデジタルレンディングにおける資金フロー規制など、システム設計の根本に関わる要件も多数存在します。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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