ウズベキスタンの契約法制を弁護士が解説

中央アジアの要衝であるウズベキスタン共和国(以下、ウズベキスタン)は、近年、劇的な経済開放と法制度改革の只中にあります。かつての閉鎖的な経済体制から脱却し、外資誘致を国策として掲げる同国は、日本企業にとっても資源開発、インフラ、製造業、そしてIT分野における有望なパートナーとなりつつあります。しかし、ウズベキスタンでのビジネス展開を検討する際、日本の経営者や法務担当者が直面するのは、大陸法(シビル・ロー)の基盤に旧ソビエト連邦時代の形式主義が色濃く残る独自の法体系です。
ウズベキスタンの契約法の中核を成すのは「ウズベキスタン共和国民法典」ですが、その運用は日本法とは大きく異なります。特に、契約の形式に関する厳格な規律は、日本企業が最も警戒すべき点です。日本では口頭での合意も原則として有効ですが、ウズベキスタンでは法人間の取引における書面化が強く要求され、これに違反した場合、法的な保護を受けられないリスクがあります。さらに、国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)の加盟国でありながら、契約の書面性を要求する留保を行っている点も、実務上の重大な留意点です。
また、最新の動向として見逃せないのが、2024年から2025年にかけて本格始動している「Enterprise Uzbekistan」国際デジタル技術センターの存在です。ここでは、英国法(コモン・ロー)を準拠法とする特別法域が創設されようとしており、従来の民法典とは全く異なるルールでのビジネスが可能になる見込みです。このように、ウズベキスタンの法制度は、旧来の厳格な規制と、世界最先端の法域が併存する過渡期にあります。
本記事では、急速に変貌を遂げるウズベキスタンの契約法制について、民法典の基礎理論から、CISGの適用関係、外国貿易における厳格な登録制度、2023年施行の新労働法典、そして画期的な英国法特区の創設に至るまで、日本の法制度との比較や図表を交えながら体系的に解説します。
この記事の目次
ウズベキスタン契約法の法的基盤
民法典を中心とする大陸法系の継受
ウズベキスタンの法体系は、歴史的にドイツ法やフランス法の影響を受けた大陸法系(シビル・ロー)に属しています。その契約法の基本となるのは、1996年から1997年にかけて施行されたウズベキスタン共和国民法典です。
日本の民法と同様に、ウズベキスタン民法典も第1部において契約の成立、効力、代理、時効などの「総則」規定を置き、第2部において売買、賃貸借、請負などの「典型契約」の詳細を定めています。したがって、条文の構造自体は日本の法務担当者にとっても理解しやすいものとなっています。しかし、その解釈においては、契約の形式的正当性(書面化、署名権限、印鑑)に対するこだわりなど、実質的な合意を重視する現代の日本法の感覚とは異なる厳格さを持っている点に注意が必要です。
契約自由の原則とその制約要因
ウズベキスタン民法典第354条は、契約自由の原則を明記しており、当事者は契約を締結するか否か、誰と締結するか、そしてどのような内容にするかを自由に決定する権利を有します。しかし、この自由は日本以上に国家による管理的な制約を受けます。
特に「公序良俗」や「強行法規」の範囲が広く解釈される傾向にあり、外貨管理、消費者保護、土地取引などにおいては、当事者の合意よりも国家の規制が優先されます。また、後述するように、契約情報の国家機関への登録が義務付けられている貿易取引などでは、形式面からの制約が契約の有効性を左右する重要な要素となっています。
ウズベキスタンの契約成立と形式要件:日本法との決定的な相違

日本企業がウズベキスタンで契約交渉を行う際、最も致命的なミスにつながりやすいのが「契約の形式」に関する認識の違いです。以下の表に、日本法とウズベキスタン法の形式要件に関する主要な違いを整理しました。
表1:契約形式要件の日・ウ比較
| 比較項目 | 日本民法 | ウズベキスタン民法典 |
| 契約成立の原則 | 諾成契約主義(口頭でも成立) | 原則は諾成だが、法人取引は書面要件が厳格 |
| 法人間の取引 | 特段の形式不要 | 単純な書面形式が必須 (民法典第108条) |
| 市民間の取引 | 特段の形式不要 | 一定額(BCAの10倍等)を超える場合は書面必須 |
| 違反の効果 | 契約は有効(立証の問題のみ) | 契約自体は有効だが、証人による立証権を喪失 |
| 無効となる場合 | 保証契約等、限定的 | 法律が明記する場合や対外経済取引は無効 |
法人取引における書面性の厳格な要求
ウズベキスタン民法典第108条等は、法人(Legal Entities)が関与する取引について、原則として書面形式(Written Form)を要求しています。これには、法人間(B2B)の取引だけでなく、法人と市民(個人)の間の取引も含まれます。
書面を作成せずに口頭で合意した場合、民法典第109条に基づき、当事者は紛争が生じた際に「契約の成立、内容、または履行について、証人(Witnesses)の証言によって立証する権利」を失います。これは実務上、極めて厳しい制裁措置です。例えば、追加工事や納期延長について現場担当者が口頭で合意していたとしても、裁判ではその事実を証言で証明することができず、メールや合意書などの「書面」がない限り、その合意は存在しなかったものとして扱われるリスクが高いためです。
明示的に無効となるケース(対外経済取引)
さらに注意が必要なのは、法律が「書面によらなければ無効である」と明記している場合です。特に、日本企業との取引が含まれる対外経済契約(Foreign Economic Deals)については、書面形式の欠缺は契約の無効(invalid)を招きます。したがって、国際取引においては「書面化は絶対的な効力発生要件」であると認識し、署名・押印された契約書原本(または電子署名等の適法な代替手段)を確実に整備する必要があります。
ウズベキスタンの国際物品売買とCISGの適用
ウズベキスタンは、国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)の加盟国です。日本も同条約に加盟しているため、日ウ間の物品売買契約には、原則としてCISGが適用されます。これにより、契約不適合責任や損害賠償の範囲などについては、国際的なルールに基づいた処理が可能となります。
CISG第96条に基づく留保と書面要件
CISG第11条は「契約は書面によって締結または証明されることを要しない」と定めており、口頭契約の有効性を認めています。しかし、ここには大きな落とし穴があります。ウズベキスタンはCISG加盟時に、第96条に基づく留保(Reservation)を行っています。
この留保は、契約の形式を自由とするCISGの規定(第11条等)を適用せず、自国の国内法が要求する厳格な書面要件を維持するという宣言です。つまり、ウズベキスタン企業との国際売買契約においては、CISGが適用される場合であっても、契約の成立や変更には必ず書面が必要となります。日本企業が「CISGが適用されるから、口頭や電話での変更合意も有効だ」と誤解して対応すると、ウズベキスタンの裁判所ではその合意が無効と判断される可能性が極めて高いため、細心の注意が必要です。
ウズベキスタンにおける事情変更の原則:ハードシップ条項の法定化
世界情勢の変動による原材料費の高騰や為替の急変など、契約締結時の前提条件が崩れた場合の処理について、ウズベキスタン民法典は事情変更の原則(Hardship)を第383条において明文化しています。
民法典第383条の要件と効果
同条によれば、契約締結の基礎となった事情が「著しく変更」し、もし当事者がその変更を予見していれば契約を締結しなかったであろうと認められる場合、当事者は契約の変更または解除を請求できます。裁判所が契約の変更や解除を認めるためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
- 契約締結時に、そのような事情の変更が生じないことを前提としていたこと。
- その変更が、当事者の通常の注意では克服できない事由によるものであること。
- 契約をそのまま履行させることが、当事者の利益バランスを著しく害すること。
- 商慣習や契約の性質上、そのリスクを当該当事者が負担すべきものではないこと。
この規定は、インフレ率の変動などが起こりうる新興国ビジネスにおいて、不可抗力(Force Majeure)条項ではカバーしきれない経済的変動への救済策として機能します。ただし、いきなり裁判所に訴えることはできず、まずは相手方に対して変更や解除を提案し、拒絶されるか、30日以内に回答がないというプロセスを経る必要があります。
ウズベキスタンにおける外国貿易契約の管理:E-Kontraktシステム

ウズベキスタンでの貿易実務において、契約書は単なる当事者間の合意文書以上の意味を持ちます。それは、国家による通関・外貨管理のための「基礎データ」として扱われます。
UEISFTOへの登録義務
ウズベキスタンの輸入者(バイヤー)は、外国企業と契約を締結した場合、その契約情報を外国貿易業務統一電子情報システム(UEISFTO)に登録する義務を負います。実務上は「E-Kontrakt」と呼ばれるソフトウェアを通じて、契約書の電子コピーや、品目、金額、支払条件などのデータを登録します。
この登録が完了し、固有のID番号が付与されなければ、以下の手続きを行うことが物理的に不可能です。
- 通関:税関は登録データと貨物を照合し、不一致があれば通関を許可しません。
- 送金:銀行は登録データに基づいてのみ、海外への外貨送金を実行します。
日本企業としては、契約書の記載内容(特にHSコードや金額の内訳)を明確にし、現地のパートナーがスムーズに登録できるよう協力することが不可欠です。契約書の内容と登録データに食い違いがあると、代金決済が滞る直接的な原因となります。
ウズベキスタン2023年新労働法典と雇用契約
ウズベキスタンでは、2023年4月30日から新労働法典が施行されました。この新法は、市場経済化に対応して雇用主の裁量を拡大しつつ、従業員の保護も強化する内容となっています。
有期雇用契約の規制
新労働法典において、労働契約は期間の定めのない契約(無期雇用)が原則です。有期雇用契約は、法律が認める正当な理由がある場合にのみ締結が許容されます。以前の法制度と比較して有期契約が認められる範囲は拡大しましたが、依然として「理由のない有期契約」は原則禁止されています。
表2:主な有期雇用契約の締結事由
| カテゴリ | 具体的な事由の例 |
| 業務の性質 | 季節労働、一時的なプロジェクト業務、一時的に不在の従業員の代替 |
| 主体の性質 | 小規模事業者(Micro-firms)による雇用、経営幹部(社長等)との契約 |
| 当事者の合意 | 学生、年金受給者、パートタイム労働者など |
有期契約の最長期間については、多くの実務解説や条文解釈において5年とされています。正当な理由なく有期契約を締結した場合や、反復更新した場合は、無期契約とみなされるリスクがあるため、日本企業が安易に「1年更新」の契約を用いることは避けるべきです。
試用期間と解雇
試用期間は、一般従業員で最長3ヶ月、経営幹部等では最長6ヶ月まで設定可能です。また、人員整理(リストラ)による解雇の場合は、少なくとも2ヶ月前の予告通知と、勤続年数に応じた解雇手当(Severance Pay)の支払いが義務付けられています。
ウズベキスタンにおける最新動向:「Enterprise Uzbekistan」と英国法の導入
2024年から2025年にかけての最も注目すべき法改正は、「Enterprise Uzbekistan」国際デジタル技術センターの設立です。これは、ドバイ国際金融センター(DIFC)やアスタナ国際金融センター(AIFC)をモデルとした、画期的な特別法域の創設です。
英国法準拠の特別法域
大統領令に基づき設立されるこのセンター内では、ウズベキスタンの国内法ではなく、英国法(コモン・ロー)の原則に基づいた特別な法制度が適用される予定です。主な特徴は以下の通りです。
- 独立した法体系:センター内の企業活動には、国際的な投資家に馴染み深い英国法の基準が適用されます。
- 独立裁判所:ウズベキスタンの司法システムから独立した専門の裁判所や仲裁センターが設置され、英語での紛争解決が行われます。
- 対象分野:主にIT、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、デジタル資産などの企業が対象となります。
これにより、進出するIT企業や投資家は、ウズベキスタン国内法の不透明さや言語の壁を回避し、透明性の高い法的環境でビジネスを行うことが可能になります。日本企業、特にテック系企業にとっては、従来のウズベキスタン進出のリスクを大幅に低減する選択肢となるでしょう。
ウズベキスタンの紛争解決:仲裁へのシフトとプロ・エンフォースメント
国際商事仲裁の活用
通常のウズベキスタン国内取引における紛争は経済裁判所が管轄しますが、使用言語がウズベク語である点や、予見可能性の観点から、日本企業には仲裁(Arbitration)の利用が推奨されます。
2021年に施行された「国際商事仲裁法」はUNCITRALモデル法に準拠しており、タシュケント国際仲裁センター(TIAC)などの利用も広がっています。
仲裁判断の執行
ウズベキスタンはニューヨーク条約の加盟国です。かつては「公序良俗」を理由に外国仲裁判断の執行を拒否する事例もありましたが、近年の最高裁判所の判例(2022年など)では、公序良俗の解釈を厳格に限定し、仲裁判断を積極的に承認・執行するプロ・エンフォースメント(執行親和的)な姿勢が明確に示されています。これにより、国際仲裁条項の信頼性は以前に比べて格段に向上しています。
まとめ
ウズベキスタンの契約法制は、厳格な書面主義や国家登録制度といった旧来の特徴を維持しつつも、CISGや国際仲裁法の整備、そして「Enterprise Uzbekistan」における英国法の導入など、グローバルスタンダードへの適応を急速に進めています。
日本企業がこの市場で成功するためには、以下の4点を法務戦略の柱とする必要があります。
- 書面化の徹底:CISGの留保や民法典の規定を踏まえ、あらゆる合意を書面化し、証拠保全を行うこと。
- 登録プロセスの遵守:貿易契約においては、E-Kontraktシステムへの登録を前提とした契約条項とスケジュール管理を行うこと。
- 労働法の適正運用:2023年新労働法典に基づき、有期契約の事由を精査し、適正な労務管理を行うこと。
- 新制度の活用検討:IT・デジタル分野での進出であれば、英国法が適用される「Enterprise Uzbekistan」の活用を検討すること。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ウズベキスタン共和国海外事業

































