デンマークのNasdaq コペンハーゲンと上場制度を弁護士が解説

デンマーク(正式名称、デンマーク王国)は、安定した経済と開放的な市場を持つ、北欧における重要なビジネス拠点です。そして、同国の主要な資本市場であるNasdaqコペンハーゲンは、医薬品、海運、再生可能エネルギーといった多様な産業を牽引するグローバル企業を数多く擁しています。
Nasdaqコペンハーゲンは、1808年にまで遡る、歴史のある証券取引所であり、その法的基盤はEU法であり、他の北欧諸国の市場と共通の上場基準を有しています。
この記事の目次
デンマークNasdaqコペンハーゲンの歴史と法的基盤
市場の歴史的変遷と現状
現在のNasdaqコペンハーゲンは、1808年に設立されたコペンハーゲン証券取引所(Danish:Københavns Fondsbørs)をその起源とします。国王クリスチャン4世によって1620年代に建てられた歴史的な旧証券取引所(Børsen)で取引が行われていましたが、1974年に現在のより近代的な施設へと移転しました。1996年には「証券取引所改革II」の一環として株式会社化され、証券取引所の独占体制が廃止されました。その後、1998年にストックホルム証券取引所とのNOREXアライアンスに参加し、北欧市場における連携を強化。2005年にはスウェーデンのOMXグループに買収され、2008年には米国のNasdaq, Inc.の一員となりました。この組織変更に伴い、2014年10月1日には、それまでの「NASDAQ OMX Copenhagen」から現在の「Nasdaqコペンハーゲン」という名称となりました。同市場は、株式、債券、国債、金融先物およびオプションなど、多岐にわたる有価証券の国際的な取引所として機能しています。
法的基盤
デンマークの資本市場は、デンマーク資本市場法(Capital Markets Act, Consolidated Act no. 198 of 26 February 2024)を中核とする厳格な法制度に支えられています。この法律は、EUテイクオーバー指令(Takeover Directive 2004/25/EC)や市場濫用規制(Market Abuse Regulation, MAR)といったEUの主要な法令を国内法化し、または直接適用するものです。このような包括的な法制度は、株主の保護、特に少数株主の権利を保障し、同種の証券を持つ株主に対する平等な取り扱いを確保することを目的としています。
日本の金融商品取引法(FIEA)が独立した国内法体系であるのに対し、デンマークの規制は、EU全体の統一された原則に従います。これにより、デンマークの法解釈や運用の方向性は、個別の国内事情だけでなく、EU司法裁判所の判例や欧州委員会の方針にも強く影響されることになります。市場の透明性、投資家保護、そして企業買収におけるルールの均一性がEU圏全体で担保されていることを意味するため、EU圏内でのM&Aや事業展開をより予測可能なものにする一方で、その背後にあるEU法を理解することが求められます。デンマーク金融監督庁(DFSA, Finanstilsynet)は、この法律の監督と執行を担い、場合によっては規則の免除を認める権限も有しています。
デンマークNasdaqコペンハーゲンとニューヨークのNASDAQの構造的・法的相違点

日本の読者の皆様にとってなじみ深い米国ニューヨークのNASDAQ(以下、NY NASDAQ)と、Nasdaqコペンハーゲンは、その運営主体がNasdaq, Inc.であるという共通点を持ちますが、構造と上場基準において重要な違いがあります。
市場の構造と上場企業の種類
NY NASDAQは、Global Select、Global Market、Capital Marketという三つの上場ティアを設けており、それぞれに異なる厳格な基準が適用されます。特にGlobal Selectは最も基準が厳しく、企業の達成度を示すものとされています。NY NASDAQは、テクノロジーやバイオテクノロジーといった革新的な企業を多く抱えることで知られています。
一方、Nasdaqコペンハーゲンを含むNasdaq Nordic市場は、時価総額に基づいてLarge Cap、Mid Cap、Small Capという三つのセグメントに分類される「ノルディックリスト」を設けています。上場企業の構成も多岐にわたり、製薬のNovo Nordisk、海運のA.P. Moller – Maersk、飲料のCarlsberg Group、宝飾のPandoraといった、デンマーク経済の強みを示す世界的な企業が名を連ねています。NY NASDAQがグローバルなテクノロジー企業の「登竜門」として機能する一方、Nasdaqコペンハーゲンは、伝統的な産業の世界的リーダーと、現代的なイノベーション企業が共存する、より多様な市場であると言えるでしょう。この違いは、市場の安定性や投資家のプロファイルに影響を及ぼします。
両市場の最も重要な違いは、上場基準の構造にあります。NY NASDAQが独自の厳格な基準を持つ一方、Nasdaqコペンハーゲンは、他の北欧諸国の市場(ヘルシンキ、ストックホルム、アイスランド)と共通のルールブック(Nordic Main Market Rulebook)を採用しています。この共通ルールブックは、北欧市場全体を単一の統合された資本市場として機能させるという意味合いを持っており、デンマークでの上場を足がかりに、同一のルールセットに基づいてスウェーデンやフィンランドでの事業拡大や資金調達を計画しやすくなるでしょう。
デンマークの上場制度と日本法との相違点
両国の規制は、市場の健全性と投資家保護を目的とする点で共通していますが、その法的根拠と細部の規定において重要な相違が見られます。
企業統治における「従業員代表制」
デンマーク会社法(Danish Companies Act)は、株式会社(A/S)の設立、運営、解散を規定しています。この法律が日本法と決定的に異なる点のひとつは、従業員代表制です。デンマークでは、3年間連続して35人以上の従業員を雇用している企業は、従業員が取締役会または監査役会に代表者を参加させる権利を有します。
この「従業員代表制」は、単なる会社組織の形式的な違いではなく、経営の意思決定プロセスに大きな影響を及ぼします。日本の会社法にはこのような制度は存在せず、経営陣と労働組合は通常、労使協議という形で対話します。しかし、デンマークでは、経営戦略の策定や重要な意思決定に、従業員の視点が法定で組み込まれています。日本の企業がデンマークで現地法人を設立したりM&Aを行ったりする際には、この制度を理解し、その運用を計画に含める必要があります。
市場規制と情報開示の枠組み
日本の金融商品取引法(FIEA)は、情報開示、インサイダー取引規制、公開買付(TOB)など、資本市場の公正性を担保する包括的な法律です。デンマークでは、これらの機能はEUの法令に則って実現されています。例えば、インサイダー取引や市場操作は、EU市場濫用規制(MAR)によって直接的に規制され、同規則はデンマークの国内法である資本市場法を通じて執行されます。
日本法とデンマーク法の規制の目的は同じでも、その背景にある法理が異なります。日本法が国内の金融市場に特化して進化してきたのに対し、デンマーク法はEU域内の単一市場の統合を目的とする統一法規(MAR, MiFID IIなど)の適用を受けています。これにより、デンマークの規制は、他のEU加盟国とほぼ同一の基準で運用されており、国境を越えた取引の信頼性を高めています。また、上場手続きにおいては、EU目論見書規則(EU Prospectus Regulation)に基づき、証券の公募や取引所への上場に際して目論見書が作成・公開され、関係当局の承認を得ることが義務付けられています。
デンマーク上場企業の事例
Nasdaqコペンハーゲンには、デンマーク経済の強みを反映した企業が数多く上場しています。時価総額に基づき選定される主要指数「OMX Copenhagen 25 Index」(OMXC25)には、以下の企業が名を連ねています。
- Novo Nordisk(ノボ ノルディスク): 糖尿病治療薬で世界をリードする製薬会社。
- A.P. Moller – Maersk(A.P. モラー・マースク): 世界最大級の海運・物流会社。
- Carlsberg Group(カールスバーグ グループ): 世界的なビール醸造会社。
- Genmab(ジェンマブ): がん治療薬を開発するバイオテクノロジー企業。
- Pandora(パンドラ): 世界的に有名な宝飾品ブランド。
デンマーク市場は、単に小規模な国内市場ではなく、グローバルな競争力を有する企業のハブになっていると評価できるでしょう。
まとめ
デンマークの資本市場は、EUの統一ルールとデンマーク独自の法制度が組み合わさった、洗練された市場です。上場を検討する際には、日本の金融商品取引法とは異なる法的枠組みを理解し、特に会社法における従業員代表制や、EU方を基盤とするガバナンス・コンプライアンスを把握することが不可欠です。
このような複雑な法的・規制的課題の解決には、現地の法務に精通した専門家のサポートが必要だと言えるでしょう。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務