ギリシャの外国直接投資規制を弁護士が解説

ギリシャ共和国(以下、ギリシャ)は、長年にわたる経済的困難を乗り越え、現在は欧州連合(EU)内でも注目される投資先の一つとして再生を果たしています。かつて投資家の懸念材料であった資本規制(キャピタル・コントロール)は2019年に全廃され、市場は開放されました。しかし、近年の地政学的リスクの高まりを受け、欧州全体で経済安全保障への意識が急速に強まっています。これに呼応する形で、ギリシャにおいても2025年に新たな外国直接投資(FDI)審査制度が導入されました。
本稿では、ギリシャへの進出やM&A、不動産投資を検討されている日本の経営者および法務担当者の皆様に向け、最新の法的枠組みである「法律5202/2025」に基づくFDI規制の詳細と、投資家ビザ(ゴールデンビザ)の重要な変更点について解説します。特に、日本の「外国為替及び外国貿易法(外為法)」との比較を交えながら、実務上の留意点を浮き彫りにします。
ギリシャにおけるビジネス環境は、「原則自由」から「戦略的管理」へとシフトしています。エネルギー、防衛、ハイテク(AIやサイバーセキュリティ)といった重要分野への投資においては、事前の緻密なコンプライアンス対応が不可欠となります。本記事が、皆様の安全かつ迅速な意思決定の一助となれば幸いです。
この記事の目次
ギリシャの投資環境と資本規制の撤廃
ギリシャ経済を語る上で避けて通れないのが、過去の債務危機とそれに伴う資本規制です。しかし、現在の投資環境はこの時期とは大きく異なっています。
資本規制の完全撤廃
2015年に導入された資本規制は、ギリシャ国内の銀行システム崩壊を防ぐための緊急措置でしたが、海外送金や現金引き出しの制限は外国投資家にとって大きな障壁となっていました。ミツォタキス政権下で経済の正常化が進められた結果、2019年9月1日をもって、これらの資本規制は完全に撤廃されました。
これにより、現在は配当金の海外送金や企業間決済に関する制限はなくなり、EU域内の他の国々と同様の自由な資金移動が保証されています。この「自由化」が現在の投資環境の基盤となっていますが、一方で、安全保障の観点からの新たな「管理」が始まっている点に注意が必要です。
ギリシャにおけるFDIスクリーニング制度の導入と法的枠組み

EUレベルでの経済安全保障政策の強化(EU規則2019/452)に伴い、ギリシャも国内法を整備し、FDIに対する審査制度を導入しました。
法律5202/2025と関連規定
2025年5月に成立した「法律5202/2025」は、ギリシャ初となる包括的なFDIスクリーニング(審査)メカニズムを定めたものです。さらに、その実務的な運用細則を定める「共同閣僚決定 No. 64260/2025」が同年11月に施行され、制度は完全な運用段階に入りました。
この制度の運用は、外務省を中心とする「外国直接投資審査省庁間委員会(ICSFDI)」が担います。規制の対象となるのは、EU加盟国以外の第三国(日本を含む)の投資家による投資です。また、EU域内の企業であっても、その実質的な支配権が第三国の資本にある場合は、規制の対象となります。
規制対象分野と届出基準
本制度の特徴は、対象分野を「機微分野」と「高度機微分野」の2つに分類し、リスクの度合いに応じて異なる審査基準(閾値)を設けている点です。
機微分野(Sensitive Sectors)
このカテゴリーには、国のインフラや社会基盤に関わる分野が該当します。具体的には、エネルギー、運輸、サプライチェーン上重要な水・食料等の供給、メディアなどが含まれます。これらの分野への投資については、議決権または資本の 25%以上 を取得する場合に届出が必要となります。
高度機微分野(Highly Sensitive Sectors)
国家の安全保障に直結する分野や、将来の競争力を左右する先端技術分野がこれに該当します。より低い出資比率から監視の対象となり、具体的には、防衛、軍事技術、デュアルユース(軍民両用)品目、サイバーセキュリティ、人工知能(AI)、ロボット工学、半導体、重要インフラ(港湾、空港、エネルギー網)、国境地域の不動産などが含まれます。これらの分野については、議決権または資本の 10%以上 を取得する場合に届出が必要となります。
対象分野と届出が必要となる株式保有比率(閾値)の概要は以下の通りです。
| 分類 | 主な対象分野 | 初回届出閾値 | 追加取得時の届出閾値 |
| 高度機微分野 | 防衛、AI、ロボット工学、半導体、港湾、国境地域の不動産 | 10% | 20%, 25%, 30%, 40%, 50%, 60%, 70%, 75% |
| 機微分野 | エネルギー、運輸、通信、重要物資供給、メディア | 25% | 30%, 40%, 50%, 75% |
ギリシャと日本の外為法を比較
日本の経営者や法務担当者にとって馴染み深い「外国為替及び外国貿易法(外為法)」と、ギリシャのFDI法を比較すると、制度の共通点と相違点が明確になります。両国とも安全保障上の懸念がある投資を審査する点では共通していますが、対象となる投資家の定義や閾値に違いが見られます。
| 比較項目 | 日本(外為法) | ギリシャ(FDI法) | 実務上の留意点 |
| 規制対象者 | 外国投資家(非居住者等)。 | 第三国(非EU)の投資家。 | 日本企業は当然に規制対象となります。EU子会社経由の投資も、実質的支配者が日本企業であれば対象となる可能性があります。 |
| 事前届出の閾値 | 上場企業の場合、コア業種で 1%以上。 | 高度機微分野で 10%以上。 | 日本の方が形式的な閾値は低い(厳しい)ですが、ギリシャは非上場企業への投資も含め、10%以上の取得で詳細な審査が行われます。 |
| 対象技術の範囲 | 具体的なリスト(コア業種)で指定。 | 「AI」「ロボット工学」など包括的に定義。 | ギリシャ法の定義は広範であり、解釈の余地があるため、グレーゾーンの判断には現地専門家の助言が不可欠です。 |
| 審査の視点 | 国家安全保障への影響。 | 安全保障および「公の秩序」。 | ギリシャではEU共通の懸念事項(重要インフラやメディアの多元性など)も考慮されます。 |
この比較から、日本企業がギリシャのハイテク企業やインフラ関連企業へ投資する場合、たとえマジョリティ(過半数)を取得しないマイノリティ出資であっても、10%を超える場合は事前の届出義務が発生する可能性が高いことがわかります。
ギリシャの審査プロセスとスケジュール

ギリシャのFDI規制は「事前届出・承認制」を採用しています。取引の実行(クロージング)前に承認を得る必要があり、無断で実行した場合は取引が無効となるリスクがあります。
届出と審査の流れ
まず、投資家は外務省に対して所定の書類を提出します。最近の実務では、紙媒体とデジタルデータの両方の提出が求められるなど、手続きは形式的かつ厳格です。書類には、投資契約書、対象企業の財務情報に加え、究極的受益者(UBO)の情報などが含まれます。当局は届出受領から5日以内に書類の不備がないかを確認し、受理通知を発行します。
次に、初期審査(フェーズ1)が行われます。完全な届出が受理されてから最大30日間の期間が設けられており、多くの案件はこの段階で問題がないと判断され、承認されることが想定されています。
もし安全保障上の懸念が払拭できない場合、審査は詳細審査(フェーズ2)に移行します。この期間は最大90日間(延長を含めるとさらに長くなる場合があります)に及びます。この間、ICSFDIはEU委員会や他の加盟国と情報を共有し、意見を聴取する手続きを行います。最終的に、外務大臣が承認、条件付き承認、または不承認の決定を下します。
制裁措置
承認を得ずに投資を実行した場合、または虚偽の報告を行った場合、投資額の最大2倍に相当する罰金が科される可能性があります。さらに、最も重い処分として、取引自体の無効化や原状回復(株式の売却命令など)が命じられる法的リスクも存在します。
ギリシャの投資家向け優遇措置:ゴールデンビザ・プログラムの変更
FDI規制と並んで日本企業や個人投資家の関心が高いのが、不動産投資等を通じて居住許可を取得できる「ゴールデンビザ」プログラムです。2024年から2025年にかけて、不動産市場の過熱を抑制するため、投資要件が大幅に厳格化されました。
法律5100/2024による新基準
従前の制度と比較し、最低投資額が引き上げられただけでなく、対象となる不動産の利用用途についても制限が設けられました。
| 対象エリア・条件 | 最低投資額 | 備考 |
| ティア1(高需要地域) | 800,000ユーロ | アテネ、テッサロニキ、ミコノス島、サントリーニ島、および人口3,100人以上の島嶼部。 |
| ティア2(その他地域) | 400,000ユーロ | 上記以外の全地域。 |
| 例外(コンバージョン等) | 250,000ユーロ | 商業施設から住宅への用途変更(コンバージョン)を行う物件、または歴史的建造物の修復を行う物件。地域を問わず適用。 |
特に重要な変更点は、短期賃貸(Airbnbなどの民泊)の禁止です。ゴールデンビザ取得のために購入した物件を短期賃貸市場で運用することは、法律で明示的に禁止されました。これにより、投資スキームとしての利回計算には、長期賃貸を前提とした見直しが必要となります。
スタートアップ・ビザの新設
また、2025年11月からは、不動産投資以外のルートとして、ギリシャのスタートアップ・エコシステムへの投資を条件とする新たなビザカテゴリーが導入されました。これは、「Elevate Greece」プラットフォームに登録されたスタートアップ企業への株式または持分への投資を対象としており、最低投資額は 250,000ユーロ です。さらに、投資後1年以内に少なくとも2名の新規雇用を創出し、それを5年間維持することが条件とされています。
まとめ
ギリシャの投資環境は、2019年の資本規制撤廃により正常化を果たしましたが、2025年のFDI法による審査制度の導入により、新たなフェーズに入りました。日本企業にとっては、以下の3点が重要なポイントとなります。
- 広範なスクリーニング対象:エネルギーやインフラだけでなく、AIやロボット工学などの先端技術分野も「高度機微分野」として厳格な審査の対象となります。
- 10%ルールの意識:日本の外為法と同様、あるいはそれ以上に低い出資比率(10%)から届出義務が発生するため、マイノリティ出資であっても油断は禁物です。
- ゴールデンビザの厳格化:不動産投資によるビザ取得は、投資額の引き上げと民泊運用の禁止により、戦略の転換が求められています。
ギリシャのFDI規制は、EUの経済安全保障政策と密接に連動しており、その運用は今後さらに事例を積み重ねていくことになります。法律の条文だけでなく、当局の運用実務やEU全体の動向を注視することが、リスクマネジメントの要諦です。
モノリス法律事務所では、ギリシャを含む欧州各国へのクロスボーダー投資や規制対応について、現地の最新動向を踏まえたサポートを行っております。FDI届出の要否判断や当局への対応、契約交渉におけるリスクヘッジなど、お客様の事業展開を法的な側面から支援いたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































