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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

インドのコーポレートガバナンス(企業統治)を解説

近年、世界経済における「次の成長エンジン」としてインドへの注目が集まる中、多くの日本企業が同国への進出や投資を加速させています。巨大な市場と豊富な労働力は魅力的な機会を提供する一方で、インドの法規制、特に企業経営の根幹をなすコーポレートガバナンス(企業統治)は、2013年会社法(Companies Act)の施行以降、世界でも類を見ないほど厳格かつ詳細なルールベースの体系へと変貌を遂げました。

インドにおけるコーポレートガバナンスは、株主利益の最大化のみならず、従業員、地域社会、環境を含むすべてのステークホルダーの利益を考慮し、透明性と公正性を持って意思決定を行う法的義務として定義されます。かつての大規模な会計不正事件や同族経営による弊害を教訓に、現在の法制度は企業の自律性に委ねる部分を減らし、強力な罰則を背景としたコンプライアンスを要求しています。特に、取締役会に居住取締役を義務付ける規定、関連当事者取引における利害関係株主の議決権排除、そして世界でも稀なCSR(企業の社会的責任)の金銭的な支出義務などは、日本法とは大きく異なる法的リスクの所在を示しています。また、2024年から2025年にかけては、長らく休眠状態にあったクラスアクション(集団訴訟)制度が実際に活用され始めるなど、司法の実務も新たなフェーズに入りました。

本記事では、インドへの進出を検討中あるいは既に展開している経営者や法務担当者を対象に、取締役会の構成義務、関連当事者取引の厳格な承認プロセス、CSRの義務化、そして少数株主保護の最新動向について、日本の会社法との比較を交えながら体系的に解説します。インド市場での成功は、これらの複雑な「ゲームのルール」を正確に理解し、適応することから始まります。

インド取締役会の構成と居住取締役の設置義務

インドでの現地法人運営において、日本企業が最初に直面するガバナンス上の課題は取締役会の構成です。2013年会社法第149条は、公開会社であれば最低3名、非公開会社であれば最低2名の取締役を置くことを義務付けており、取締役は自然人に限られます。ここまでは日本の取締役会設置会社と大きな違いはありませんが、インド法には日本法にはない「居住取締役(Resident Director)」という厳格な要件が存在します。

すべての会社は、取締役のうち少なくとも1名が、前暦年にトータルで182日以上インドに滞在している居住者でなければなりません。日本では代表取締役の居住要件が撤廃されているため、日本から非居住の役員のみでコントロールすることが可能ですが、インドでは必ず現地に足場を持つ取締役を選任する必要があります。これは、コンプライアンス違反が発生した際に、インド国内で法的責任を追及できる人物を確保するという当局の意図によるものです。駐在員を居住取締役とする場合、ビザの取得時期や一時帰国の日数管理が極めて重要なコンプライアンス事項となります。

また、一定規模以上の会社(上場企業全社、および払込資本金10億ルピー以上または売上高30億ルピー以上の公開会社)には、少なくとも1名の女性取締役の選任が義務付けられています。これも日本の会社法では努力義務やCGコードによる推奨にとどまる点であり、インド法が多様性を強制力を持って推進している好例といえます。

項目インド会社法 (2013)日本会社法
居住要件必須(最低1名は前暦年182日以上インド滞在)原則なし(代表取締役も非居住可)
女性取締役法的義務(一定規模以上の公開会社・上場会社)法的義務なし(CGコード等で推奨)
取締役の人数公開会社3名以上、非公開会社2名以上(自然人のみ)取締役会設置会社は3名以上(非設置は1名可)

インドにおける独立取締役の独立性と日本法との相違

上場企業や一定規模以上の公開会社には、独立取締役(Independent Director)の選任が義務付けられています。インド法における独立性の要件は、日本の社外取締役の要件と比較して極めて詳細かつ厳格です。会社法第149条(6)は、独立取締役が会社やその親会社・子会社、あるいはプロモーター(発起人・支配株主)や取締役と、過去および現在において金銭的な関係を持ってはならないと規定しています。

特筆すべきは、本人だけでなくその親族(Relatives)に対しても厳しい制限が課される点です。例えば、親族が会社の従業員であったり、一定額以上の株式を保有していたりする場合、その人物は独立取締役になることができません。さらに、会社と取引のある法律事務所やコンサルティングファームのパートナーなども、過去3年間は独立取締役として選任できない規定があります。日本企業がインド子会社(公開会社の場合)に独立取締役を派遣する場合、単に「社外の人間」であるだけでは不十分であり、過去の取引関係や人的関係を詳細にデューデリジェンスする必要があります。

インドの関連当事者取引(RPT)における厳格な規制

インドにおいて最も注意を要し、かつ日本法との乖離が大きい分野が関連当事者取引(Related Party Transactions:RPT)です。インドでは財閥(ファミリービジネス)による支配が一般的であり、支配株主が会社資産を不当に流出させるリスクが高いことから、会社法第188条およびSEBI規則により極めて厳格な統制が敷かれています。

特定の関連当事者と物品の売買、サービスの提供、資産のリースなどの取引を行う場合、監査委員会の承認および取締役会の承認が必要です。ここまでは日本と同様ですが、インド法が画期的なのは、取引規模が一定の閾値(例:売上高の10%超など)を超える場合、株主総会の承認が必要となるだけでなく、「その取引に関心を持つ関連当事者である株主は議決に参加できない」というルールが存在することです。

これを「少数派の中の多数(Majority of Minority)」ルールと呼びます。日本では、利益相反取引の承認は取締役会事項であり、株主総会決議が必要な場合でも、当該株主の議決権排除までは一般的に求められません(特別の利害関係を有する者が議決権を行使し、著しく不当な決議がなされた場合は取消事由となり得ますが、事前の排除は原則ありません)。インドでは、親会社が99%の株式を持っていても、残り1%の少数株主が反対すれば、親会社との重要な取引が否決される可能性があります。ただし、関連当事者がメンバーの90%以上を占める場合など一定の例外規定は存在します。

比較項目インドにおける規制 (RPT)日本における規制 (利益相反取引)
承認機関監査委員会、取締役会、重要取引は株主総会原則として取締役会(承認なき場合は無効の可能性)
議決権制限関連当事者である株主は議決権行使不可(Majority of Minority)原則として議決権行使可能(事後的な取消訴訟のリスクはある)
対象範囲親子会社間の取引も厳格に審査対象となる完全親子会社間などは緩和される傾向にある

インド企業の社会的責任(CSR)の法的義務化

インド企業の社会的責任(CSR)の法的義務化

インドは世界で初めてCSR活動を法律で義務付けた国の一つです。会社法第135条に基づき、一定の純資産(50億ルピー以上)、売上高(100億ルピー以上)、または純利益(5000万ルピー以上)を有する企業は、直近3会計年度の平均純利益の少なくとも2%をCSR活動に支出しなければなりません。

この制度は導入当初「Comply or Explain(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」という原則で運用されていましたが、2021年の改正により強制力が強化されました。現在では、年度内に2%を使い切れなかった場合、その未消化額を法定の基金(首相救済基金など)に強制的に移転するか、進行中のプロジェクト用口座に移して3年以内に使用しなければなりません。これに違反した場合、会社に対しては移転すべき金額の2倍または1000万ルピーのいずれか低い方、不履行に関与した役員に対しては移転すべき金額の10分の1または20万ルピーのいずれか低い方の罰金が科されます。

日本ではCSRやサステナビリティ活動はあくまで企業の自主的な取り組みであり、ガバナンスコード等で開示が推奨されるものの、法的な支出義務や未達に対する罰則は存在しません。インドに進出する日本企業にとって、CSRは単なる社会貢献活動ではなく、計算され管理されるべき「法的債務」としての性質を帯びています。

インド会社法の少数株主権とクラスアクションの台頭

インド会社法は、少数株主の保護に重点を置いています。特に、会社法第241条に基づく「抑圧と不当経営(Oppression and Mismanagement)」に対する救済申立は、少数株主が経営陣や支配株主に対抗する主要な手段です。

この分野で記念碑的判決となったのが、タタ・グループとその少数株主であったサイラス・ミステリー氏との間の紛争(Tata Consultancy Services Ltd. v. Cyrus Investments Pvt. Ltd.)です。2021年3月26日、インド最高裁判所は、タタ・サンズによるミステリー氏の会長解任を支持し、少数株主側の「抑圧」の主張を退ける判決を下しました。この判決により、取締役会の意思決定の自律性と多数派株主の権利が再確認されましたが、同時に、定款(Articles of Association)の記載がいかに重要であるかが浮き彫りになりました。合弁事業を行う日本企業にとっては、紛争防止の観点から定款の詳細な設計が不可欠であることが示唆されます。

さらに、2013年会社法第245条で導入されたクラスアクション(集団訴訟)制度も動き始めています。長らく活用実績が乏しい条文でしたが、2024年から2025年にかけて、Jindal Poly Films Limitedとそのプロモーターを相手取り、少数株主らが不当な株式評価や関連当事者取引による損害賠償を求めて会社法審判所(NCLT)に集団訴訟を提起しました。これはインド初の本格的なクラスアクション事例と見られており、今後、投資家や消費者による集団的な権利行使が活発化するリスクがあります。日本法には会社法上の一般的なクラスアクション制度は存在しないため、これはインド特有の法的リスクとして認識する必要があります。

インド企業の内部統制と不正リスクへの対応

インドにおけるガバナンスのもう一つの柱は、不正(Fraud)への厳格な対応です。会社法第447条は、不正行為に対して非常に重い刑事罰を定めており、関与した者は金額の多寡にかかわらず逮捕される可能性があります。不正金額が100万ルピー以上の場合、最低6ヶ月から最大10年の禁固刑が科されるなど、日本の特別背任罪などと比較しても法定刑の下限が厳しく設定されています。

また、上場企業等は、財務報告に係る内部統制(Internal Financial Controls:IFC)の有効性について、取締役会が責任を負い、監査人が監査意見を表明することが義務付けられています。これは米国のSOX法に近く、日本のJ-SOX(金融商品取引法)が主に財務報告の信頼性を対象とするのに対し、インドのIFCは業務の有効性や効率性、法令遵守までを含む広範な概念として解釈・運用されることがあり、実務上の負担は大きくなります。

まとめ

インドのコーポレートガバナンス規制は、2013年会社法とSEBI規則を両輪として、形式的な整備から実質的な運用の厳格化へと急速に進化しています。居住取締役の設置義務、関連当事者取引における少数株主の拒否権、CSR支出の義務化、そしてクラスアクションの現実化といった特徴は、日本法のアプローチとは根本的に異なる思想に基づいています。特に、違反に対するペナルティが会社だけでなく役員個人(禁固刑を含む)に及ぶ点は、経営者にとって看過できないリスクです。

日系企業がインドで持続的な成長を遂げるためには、現地の法規制を単に遵守するだけでなく、定款の戦略的設計や、実効性のある内部統制システムの構築、そして現地取締役への適切な権限委譲とモニタリング体制の確立が不可欠です。モノリス法律事務所では、インド法務の専門的知見に基づき、現地法人のガバナンス体制構築から、複雑なコンプライアンス対応、紛争予防に至るまで、日本企業のインド事業展開を法務面からサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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