賞与・退職金・手当はどう変わる?同一労働同一賃金ガイドライン改正案のポイント

非正規雇用労働者の比率が高い日本では、正規・非正規間の待遇差が企業の重要な法務リスクとなっています。
同一労働同一賃金の下で、賞与・退職金・各種手当について「どこまで差が許されるのか」を説明できるかが、実務上の焦点です。短時間・有期雇用労働法の施行から5年が経過し、最高裁判例の蓄積を踏まえて、同一労働同一賃金ガイドラインも見直しの転換点を迎えています。
本記事では、最高裁判決を踏まえて取りまとめられたガイドライン改正案の要点と、実務対応について、詳細に解説いたします。
この記事の目次
同一労働同一賃金ガイドラインの役割と法的枠組み
「同一労働同一賃金ガイドライン」とは、正式名称を「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」といい、厚生労働省によって策定されたものです。この指針は、平成30年(2018年)12月に働き方改革関連法の一環として告示され、大企業では令和2年(2020年)4月、中小企業では令和3年(2021年)4月から全面的に施行されました。その主たる目的は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者(短時間労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)との間に存在する不合理な待遇差を解消し、どのような処遇の相違が法的に許容され、どのような相違が禁止されるのかという判断基準を具体的に提示することにあります。
このガイドラインの基礎となる法律が「短時間・有期雇用労働法」です。同法第8条および第9条では、不合理な待遇差の禁止(均衡待遇)や差別的取扱いの禁止(均等待遇)が定められていますが、条文そのものは抽象的な表現に留まっています。そのため、実務現場において企業が「何が不合理にあたるのか」を客観的に判断できるよう、基本給、賞与、各種手当、福利厚生といった項目ごとに、典型的な事例を挙げて「問題となる例」と「問題とならない例」を詳細に解説しているのが本ガイドラインの特徴です。いわば、法律という抽象的な規範を、企業の賃金制度や処遇実務に落とし込むための「具体的な物差し」としての役割を担っています。
短時間・有期雇用労働法施行5年後見直しと最高裁判例の蓄積
短時間・有期雇用労働法の施行から5年が経過した現在、制度運用の実態や判例の蓄積を踏まえ、ガイドラインを改めて整理し直す必要性が高まっています。
短時間・有期雇用労働法施行5年後見直しの実施
今回のガイドライン改正の直接的な背景には、働き方改革関連法の附則に定められた「施行後5年を目途とする検討」規定があります。令和2年4月(中小企業は令和3年4月)の「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下、短時間・有期雇用労働法)」の全面施行から一定期間が経過し、現場での運用実態や課題を整理する必要が生じたためです。
厚生労働省の労働政策審議会は、これまでの取り組みを総括し、非正規雇用労働者の待遇改善をさらに加速させるための報告書案とガイドライン改正案を令和7年(2025年)に提示しました。これを受け、令和8年(2026年)1月には改正に向けた具体的な方針が固まり、最新の裁判例を反映した新しいガイドラインは令和8年10月から施行される運びとなっています。この「5年後見直し」による改正は、単なる形式的な修正に留まらず、施行後の最高裁判決によって示された「賞与」や「各種手当」の不合理性に関する判断基準を明確に指針へと取り込む重要なアップデートとなっています。
最高裁判例の蓄積と解釈の明確化
旧ガイドライン策定時には未確定であった、同一労働同一賃金に関する重要な最高裁判決がこの5年間に相次いで出されたことが、今回の改訂を促す最大の要因となりました。具体的には、長澤運輸事件、ハマキョウレックス事件、メトロコマース事件、日本郵便事件といった一連の判例により、賞与や退職金、各種手当の不合理性を判断する際の枠組みが具体化されました。
これまでのガイドラインでは、退職手当や住宅手当、家族手当といった項目について十分に具体化されておらず、企業実務において、何が不合理で、何が許容されるのか、という判断に迷いが生じていました。今回の改訂は、これらの司法判断のエッセンスをガイドラインに取り込むことで、法的予見可能性を高めることを目的としています。
不合理な待遇差解消への社会的要請
政府は、将来的に「非正規」という言葉そのものを一掃することを目指しており、労働者がどのような雇用形態を選択しても、自らの働き方に見合った納得感のある待遇を受けられる社会の実現を掲げています。しかし、欧州諸国などの先進国と比較すると、日本の労働市場においては依然として「正社員」か「非正規」かという区分による待遇格差が大きく、これが構造的な格差を生む要因となっています。欧州では「職務(ジョブ)」に対して賃金が支払われる仕組みが一般的ですが、職能給的な要素が強い日本では、同じ職務に従事していても雇用形態の差だけで賞与や手当に大きな開きが生じやすく、職務内容や能力に応じた公平な待遇体系の構築が喫緊の課題となっています。
こうした背景から、今回のガイドライン改正では、単なる形式的なルール整備や表面的な数字合わせに留まらず、労働者に対する「待遇差の理由」の説明義務の厳格化が図られています。企業には、非正規雇用労働者からの求めに応じて、不合理ではないことを客観的かつ論理的に説明することが求められるようになります。これにより、労使間の双方向のコミュニケーションを通じて、実質的な待遇改善を自律的に促す仕組み作りが強く意識されており、企業にとってはこれまでの慣行を見直す大きな転換点となっています。
同一労働同一賃金とは?賞与・退職金・手当をめぐる実務整理

改正案では、個別待遇の判断基準を補充する前提として、不合理な待遇差の禁止に関する基本的な考え方が改めて整理されています。
同一労働同一賃金の基本的考え方の補充
改正案では、不合理な待遇差の禁止の目的が「非正規雇用労働者の待遇改善」にあることが再確認されました。
特筆すべきは、待遇差の解消にあたって、正規雇用労働者の労働条件を合意なく不利益に変更することは、原則として望ましい対応ではないと明記された点です。労働契約法第9条、第10条に基づき、待遇差の是正は、原則として非正規側の底上げによって図るべきという姿勢が強調されています。
また、転勤の有無や職務範囲の違いにより、正社員を「地域限定正社員」「職種限定正社員」など複数の雇用管理区分に分けて運用している場合であっても、それだけで待遇差が当然に正当化されるわけではありません。改正案では、いずれの雇用管理区分に属する正規雇用労働者との比較においても、不合理な待遇差の解消が求められる点が明確化されています。
最高裁判例を踏まえた各待遇の判断基準の追加
今回の改訂の核心は、個別の待遇に関する判断基準の拡充です。
従来のガイドラインでは、賞与は「会社業績への貢献」に応じた支給という側面のみが言及されていました。これに対し改正案では、賞与には「労務対価の後払い、功労報償、生活費補助、意欲向上」といった多義的な性質があると指摘しています。そのため、非正規労働者にも正社員と同様の支給目的が妥当する場合、企業はバランスの取れた支給を行う必要があります。基本給による補填などの特段の事情がない限り、賞与を一切支給しないことは不合理と判断される可能性が示されました。
退職手当についても同様の枠組みが示されています。「職務遂行能力の確保」や「定着目的」といった複合的な性質を考慮しつつも、企業には不合理な待遇格差の解消に向けた対応が求められます。
以下の手当について、判例に基づき詳細な原則が追加されました。
- 無事故手当:優良ドライバーの育成という目的は非正規にも妥当するため、同一業務で目的が共通する場合、同様の支給が求められる。
- 家族手当:相当に継続的な勤務が見込まれる場合には、生活保障等の目的から正規と同一の支給が求められる。
- 住宅手当:転居を伴う転勤の有無が判断の分かれ目となりますが、条件が同一であれば同一の支給が必要。
また、法定外の休暇についても、大幅な補充がなされました。
- 病気休職・病気休暇:労働契約の更新が繰り返されているなど継続雇用が見込まれる場合、有給の保障を含め正規と同一の対応が必要。
- 夏季冬季休暇:労働からの解放という目的は雇用形態を問わず妥当するため、不合理な待遇差は禁止。
- 福利厚生:施設の利用にとどまらず、利用料金や割引率といった利用条件における不合理な格差も禁止。
不合理性判断における「その他の事情」の明確化
改正案では、短時間・有期雇用労働法第8条に規定される「その他の事情」の範囲が具体的に示されました。
待遇差の妥当性を判断する際、職務内容や転勤の有無だけでなく、職務成果、能力、経験、労使交渉の経緯といった要素も考慮されます。さらに、企業が待遇差について十分な説明を行ったかという「プロセス」も、判断材料に含まれることが示されました。
また、企業が「正社員の確保や定着のため」といった抽象的な目的を理由にするだけで待遇差を正当化することは認められないという、厳しい姿勢も打ち出されています。
同一労働同一賃金ガイドライン改訂により必要になる企業の対応

改正案を踏まえると、企業側には制度の趣旨を理解するだけでなく、現行の待遇体系を実務的に点検し、説明可能な根拠を整えておくことが求められます。
現状の待遇体系の再点検とエビデンスの整備
企業はまず、改正ガイドライン案に示された各項目(特に賞与、退職金、家族手当、住宅手当、病気休職、夏季冬季休暇)について、自社の現行規定を照合する必要があります。
不合理な待遇差が存在しないか、あるいは相違がある場合にその性質・目的に照らして客観的・具体的な理由を説明できるかを点検しなければなりません。単に将来の役割期待が異なるといった抽象的な説明ではなく、職務の内容や配置の変更範囲の相違が、当該待遇の性質・目的に照らしてどのように関連しているのかを、実態に基づき論理的に説明できる準備が必要です。
説明義務の強化への対応
今回の改正議論では、非正規雇用労働者に対する待遇差の説明義務の重要性がより明確化されています。
具体的には、雇入れ時に「待遇差に関する説明を求めることができる旨」を明示することが義務付けられる方向で議論が行われています。説明の方法についても、単に規定を読み上げるだけでなく、資料を活用して口頭で丁寧に説明するか、説明事項を網羅した資料を交付する等の対応が求められます。
説明が不十分な場合、それ自体が不合理性を判断する「その他の事情」として企業側に不利に働く可能性があるため、法務担当者は説明マニュアルの整備や現場担当者への研修を主導すべきです。
労使コミュニケーションの促進と意向の反映
改正案では、待遇差の解消にあたって、非正規雇用労働者の意向を十分に考慮することが望ましいとされています。
一方的な決定は「その他の事情」として不合理性を強める要因となり得ます。労働組合や過半数代表者との誠実な協議はもちろん、非正規雇用労働者との個別対話やアンケート等を通じてその意向を把握し、待遇決定のプロセスに反映させることがリスク軽減に繋がります。
特に、定年後再雇用者については、短時間・有期雇用労働法第8条の「その他の事情」として定年後であることは考慮されますが、それだけで直ちに待遇引き下げが正当化されるわけではないため、個別の事情に応じた丁寧な制度設計が求められます。
無期転換者および多様な正社員への目配り
無期転換後の労働者や勤務地限定正社員などの多様な正社員についても、就業実態に応じた均衡・均等待遇の確保が求められています。無期転換は非正規の待遇改善が本来の目的であることを踏まえ、無期転換時に不合理な待遇差が残っていないかを事前に点検し、解消しておくことが不可欠です。
まとめ:同一労働同一賃金対応における専門家活用の重要性
今回のガイドライン改正は、近年の重要な最高裁判決のエッセンスを公的な指針として体系化したものであり、企業にとっては法的リスクを管理するための客観的な基準がより明確になったといえます。しかし、実際に自社の賃金規定や各種手当の性質を一つずつ精査し、改正後のガイドラインが求める「不合理性のない説明」を論理的に組み立てる作業は、極めて高度な専門性を要します。単に形式を整えるだけでなく、自社の実態に即した職務分析や、将来的な経営方針までを見据えた制度設計が求められるため、社内の判断のみで対応を完結させることには限界があるのが実情です。
リスク管理体制を盤石なものとするためには、労働法制に精通した弁護士などの専門家に相談し、第三者的な視点からリーガルチェックを受けることが強く推奨されます。特に、今回の改正で示された「多義的な性質の考慮」や「労使交渉のプロセス」といった要素は、解釈次第で判断が分かれやすく、個別の事案ごとに緻密な検討が欠かせません。専門家のアドバイスを得ることで、訴訟リスクの低減はもちろん、労働者に対する誠実な説明責任を果たし、組織全体の信頼性と透明性を高めることが可能となります。法改正を契機とした待遇改善を、単なるコスト増ではなく、多様な人材が定着する強固な組織基盤づくりの一環として捉えることが、これからの企業経営において不可欠な視点といえるでしょう。
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