【令和8年4月義務化】厚生労働省の「治療と仕事の両立支援指針」とは?企業に求められる対応を解説

がんや生活習慣病などの治療を続けながら働くという人は、決して珍しくありません。高齢化の進行や医療技術の発展により、「病気と付き合いながら働く」という働き方は、多くの職場で現実のものになっています。こうした状況を背景に、企業には従業員の治療と仕事の両立を支援する体制づくりが求められるようになっています。これまでも厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を示し、企業の自主的な取組を促してきました。
しかし、令和7年の労働施策総合推進法の改正により、状況は一歩進みます。職場における治療と就業の両立促進は、事業主の努力義務として法律上明確に位置づけられることになりました。
これに伴い、従来のガイドラインは法的根拠を持つ「治療と就業の両立支援指針」(厚生労働省告示第28号)として整理され、令和8年4月1日から適用されます。
本記事では、この指針が制定された背景と内容、そして企業が実務上どのような対応を求められるのかについて、法務担当者の視点から整理します。
この記事の目次
「治療と仕事の両立支援指針」策定の背景
本指針が策定された背景には、日本の労働環境を取り巻く大きな変化があります。以下で解説します。
働きながら治療を続ける労働者の増加
まず背景として挙げられるのが、働く人を取り巻く環境の変化です。高齢者の就労が増える中で、何らかの疾患を抱えながら通院しつつ働く人の割合は年々増えています。令和4年時点では、その割合は就業者全体の40.6%に達しています。
また、労働安全衛生法(以下「安衛法」といいます)に基づいて実施される一般定期健康診断の結果を見ると、脳・心臓疾患のリスク因子となる血圧や血中脂質などの有所見率も増加傾向にあり、令和5年には58.9%に上っています。
このように、疾患を持つ労働者の増加により、「病気を抱えながら働く労働者」に対する環境整備は企業にとっての課題となっています。
医療技術の進歩と「長く付き合う病気」への変化
医療技術の進歩も、本指針の必要性を高めている要因の一つです。かつては「不治の病」とされていたがんなどの疾病でも、生存率は年々向上しています。その結果、治療の副作用や症状をコントロールしながら通院治療を続ける患者が増えています。
こうした医療環境の変化により、疾病に罹患したことが直ちに離職につながるわけではなく、「病気と付き合いながら働く」ことが可能な時代になりました。
もっとも、現実には疾病に対する労働者自身の理解不足や、職場の支援体制の不備などにより離職してしまうケースも多く見られます。
企業の認知度不足と法制化による取組の促進
従来のガイドラインは、平成28年の策定以来、企業の取組を促す役割を果たしてきました。しかし、中小企業ではガイドラインに対する認知度の低さが課題となっていました。調査によると、従業員数100人未満の企業では、8割以上がガイドラインの内容を詳しく知らないという状況がありました。
労働力の確保が難しくなる中で、疾病を抱える労働者の離職を防ぎ、人材の定着につなげることは、企業の生産性向上や「健康経営」、さらには社会的責任(CSR)の観点からも重要になっています。
こうした背景を受け、労働施策総合推進法が改正され、事業主の努力義務規定と指針の策定根拠が新たに設けられました。これにより、企業による治療と仕事の両立支援は、法律に基づく取組として位置づけられることになりました。
「治療と仕事の両立支援指針」の対象となるケースは?

まず、「治療と仕事の両立支援指針」がどのような労働者や状況を対象としているのか、その基本的な趣旨を確認します。
「治療と仕事の両立支援指針」の対象と趣旨
本指針は、雇用形態にかかわらず、すべての労働者を対象としています。対象となるのは、統計法第28条に基づく国際疾病分類に掲げられた疾病のうち、医師の診断により反復または継続的な治療が必要とされ、かつ就業を続けるうえで配慮が必要とされるものです。
この指針の目的は、疾病を抱える労働者からの相談に企業が適切に対応できる体制を整えることにあります。そのうえで、就業によって症状が悪化することを防ぎながら、治療と仕事の両立を支援することが求められています。
両立支援のための環境整備
事業主には、個別の支援を開始する前提として、あらかじめ職場環境を整備しておくことが求められます。
まず、治療と仕事の両立支援に取り組む基本方針を明確にし、全ての労働者に周知する必要があります。これにより、支援が必要な労働者が申し出やすい職場風土をつくり、当事者だけでなく周囲の同僚も含めて理解を共有することができます。
次に、休暇制度や勤務制度の整備も重要です。通院時間の確保や体調に応じた柔軟な働き方を可能にするため、企業の実情に応じた制度の導入が推奨されています。
休暇制度としては、労働基準法第39条に基づく年次有給休暇の時間単位付与(労使協定の締結が必要)や、入院・通院のために年次有給休暇とは別に付与する病気休暇などが挙げられます。
勤務制度としては、通勤負担を軽減するための時差出勤制度や在宅勤務制度(テレワーク)、所定労働時間を短縮する短時間勤務制度のほか、長期間休業していた労働者の円滑な復帰を支援する試し出勤制度などがあります。
個別の支援プランの策定プロセス
個別の労働者に対する支援は、以下の流れで進めることが標準的とされています。
- 労働者による申出と情報提供の支援
- 主治医および産業医等の意見聴取
- 就業上の措置の決定と支援プランの作成
まず、支援は労働者本人からの申出をきっかけとして開始されます。企業は、労働者が主治医から必要な情報を得られるよう、職務内容や勤務形態を記載した「勤務情報提供書」の作成を支援することが望ましいとされています。
労働者は、その勤務情報を主治医に提示し、就業継続の可否や必要な配慮事項について記載された主治医意見書を企業に提出します。企業はこの意見書を、社内の職場環境を把握している産業医等(産業医、または50人未満の事業場で健康管理を行う医師)に提供し、医学的見地からの専門的な意見を聴取します。
そのうえで、主治医および産業医等の意見を踏まえ、労働者本人と十分に話し合いながら、就業場所の変更、作業内容の転換、労働時間の短縮などの措置を決定します。あわせて、具体的なスケジュールを整理した「治療と就業の両立支援プラン」を作成することが望ましいとされています。
長期休業と職場復帰の支援
入院などで長期休業が必要な場合、事業主は休業開始前から職場復帰を見据えた対応を行うことが重要です。休業期間中は、あらかじめ定めた連絡方法により労働者の状況を確認し、不安や相談に対応できる窓口を設けておきます。
職場復帰の判断にあたっては、主治医の意見に加え、産業医等による業務遂行能力の評価、本人の意向、復帰予定部署の意見などを総合的に踏まえて判断します。
復帰後も、必要に応じて職場復帰支援プランを作成し、業務負荷を段階的に調整しながらフォローアップを行います。
個人情報の保護と連携の重要性
治療と仕事の両立支援では、極めて機微な健康情報を取り扱うことになります。そのため、健康情報の取扱いには十分な注意が必要です。安衛法等に基づいて取得する場合を除き、原則として本人の同意なく健康情報を取得することはできません。また、情報の取扱者の範囲を限定するなど、適切な情報管理体制を整備することが求められます。
さらに、適切な支援を実現するためには、関係者の連携も重要です。事業主や労働者本人、主治医だけでなく、産業保健スタッフ、両立支援コーディネーター、地域の産業保健総合支援センターなどの関係者が連携しながら支援を進めていくことが不可欠とされています。
「治療と仕事の両立支援指針」で企業に求められる対応とは

以上を踏まえ、企業としてどのような実務対応が求められるのかを見ていきます。
法改正に伴う実務上の「努力義務」への対応
改正労働施策総合推進法により、治療と仕事の両立支援に向けた体制整備などが、事業主の努力義務として位置づけられました。
もっとも、この努力義務は単なる理念的な規定にとどまるものではありません。厚生労働大臣(実際には都道府県労働局長)は、本指針に基づき、事業主に対して必要な指導や援助を行うことができます。
直ちに罰則が科されるわけではありませんが、特段の理由なく取組を怠っている場合には、行政指導の対象となる可能性があります。
そのため、企業としては、本指針に沿った社内規定の整備や相談窓口の設置、健康情報の取扱いに関するルールの整備などを進めていくことが重要です。
就業上の措置決定における法的リスクの管理
本指針は、疾病に罹患したことだけを理由に、安易に就業を禁止するべきではないとしています。一方で、安衛法第68条では、病勢が著しく悪化するおそれがある労働者については、医師の意見を聴いたうえで就業を禁止することが事業主に義務づけられています。
企業は、労働者の就業機会の確保と安全配慮義務の履行という、相反し得る要請のバランスを取らなければなりません。判断を誤れば、労働災害の発生につながるおそれがありますし、逆に不当な休職命令や解雇として法的紛争に発展する可能性もあります。
そのため、就業上の措置を決定する際には、主治医の意見だけでなく、社内の業務実態を把握している産業医等の意見も踏まえ、客観的なエビデンスに基づいた判断プロセスを整えておくことが不可欠です。
機微な個人情報の取扱管理と差別防止
個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます)の観点からも、健康情報の取扱いには特に注意が必要です。
本指針および関連通達では、ゲノム情報などの取扱いについても言及されています。これらの情報を不正に取得することや、提出を拒んだことを理由に不利益な取扱いを行うことは適切ではないとされています。
そのため、企業は健康情報の利用目的を明確にし、同意取得の方法や情報の保存・廃棄に関する社内ルールを整備しておく必要があります。
あわせて、それらのルールが個人情報保護法および厚生労働省の「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するための指針」に沿ったものになっているか、改めて確認しておくことが重要です。
外部支援機関の活用と小規模事業場への配慮
すべての企業が、自社だけで高度な産業保健体制を整えることは容易ではありません。特に、安衛法上の産業医選任義務がない労働者数50人未満の事業場では、各都道府県に設置されている「産業保健総合支援センター(産保センター)」の活用が、本指針でも推奨されています。産保センターでは、両立支援促進員による無料の個別調整支援や制度導入支援を受けることができます。
また、医療機関側でも、診療報酬上の「療養・就労両立支援指導料」が設定されるなど、企業と連携する仕組みが整えられています。
企業としては、外部の専門機関や医療機関との連携窓口をあらかじめ整理し、必要に応じてこれらのリソースを活用できる体制を整えておくことが重要です。
まとめ:「治療と仕事の両立支援指針」対応は専門家に相談を
治療と仕事の両立支援は、特定の病気を持つ労働者への優遇措置ではありません。すべての労働者が健康不安を抱えながらも能力を発揮し続けるための、職場環境づくりの一環といえます。
疾病リスクを抱える労働者の割合が増える中で、本指針に沿った体制を整えることは、法的リスクの回避だけでなく、人材の定着やモチベーションの向上、さらには企業の競争力の強化にもつながります。
令和8年4月の法適用を見据え、人事部門や産業保健スタッフと連携しながら、誰もが安心して働き続けられる職場環境づくりを進めていくことが求められています。
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