ベトナムの許認可を弁護士が解説

ベトナム社会主義共和国(以下、ベトナム)における事業展開を検討する日本企業の経営者および法務部員にとって現地の複雑な許認可制度を正確に理解し適切な戦略を構築することは事業成功の不可欠な前提となります。日本の会社法に基づく法人設立や各種事業法に基づく許認可手続きとは異なりベトナムでは外資規制に基づく厳格な事前審査が存在し国家の経済計画や安全保障と密接に結びついた特有の許認可制度が採用されています。
第一に、2026年3月に施行された2025年改正投資法により長年の実務課題であった外資企業の設立手順が大幅に見直され企業登録証明書を先行して取得するルートが新設されたことが挙げられます。これにより法人設立前の事業準備が迅速化される一方定められた期間内に投資登録証明書を取得できなければ法人格そのものが危ぶまれるという新たな法的リスクも生じています。
第二に、小売業や建設業などの特定業種におけるサブライセンス要件も国際条約の適用や国内法の整備により大きな変革期を迎えており日本の一般的な届出制度とは異なる厳格な実体審査への対応が求められます。
第三に、外国人労働者の就労手続きに関して2025年8月施行の新たな政令により申請手続きの統合と処理の迅速化が図られましたが依然として専門性や経験年数の証明には細心の注意が必要です。
そして第四に、地方行政区画が63省から34省へ大規模に再編されたことに伴う管轄当局の変更や法解釈の不透明性などベトナム特有の法務リスクが顕在化しています。
本記事では、これらの包括的な分析を通じて日本企業がベトナムで直面する法的課題の本質とその実践的な対応策を提示します。
この記事の目次
ベトナムにおける法人設立の主要許認可
ベトナムにおいて外国資本が事業を開始するためには、日本の会社法に基づく単一の法人登記手続きとは根本的に異なるアプローチと法的理解が求められます。日本では定款の作成と認証および法務局への設立登記をもって法人が成立する準則主義が採られており、外資規制に関する手続きは原則として日本銀行経由での外国為替及び外国貿易法に基づく事後報告、または一部業種における事前届出に留まります。しかしベトナム社会主義共和国では、外国資本の流入を国家が事前かつ厳格に管理する方針を堅持しており、事業プロジェクトそのものに対する国家の認可と法人格の付与が明確に分離された二段階の基本許認可制度が採用されています。
この制度の中核を成すのが、投資登録証明書と企業登録証明書という二つの主要許認可です。投資登録証明書は外国投資家がベトナム国内で特定の事業プロジェクトを実施するための前提となる認可であり、投資法に基づいて各地方の計画投資局または工業団地などの管理委員会から発行されます。この審査では、投資家の財務能力や予定される投資規模および事業内容がベトナムの国家利益や法令に適合しているか、技術移転の有無や環境への影響などが厳密に評価されます。
対して企業登録証明書は、企業法に基づいて発行される日本の法人登記に相当するものであり、この証明書の取得をもってベトナムにおける法人格が正式に成立し会社名や役員情報および資本金などの基本情報が公証されます。
| 項目 | 投資登録証明書 | 企業登録証明書 |
| 根拠法 | 投資法 | 企業法 |
| 目的 | 投資プロジェクトの合法性と妥当性の事前承認 | 法人格の付与および企業情報の公証 |
| 審査内容 | 投資規模や事業内容および財務能力 | 会社名や役員情報および資本金などの形式要件 |
| 日本法での相当手続き | 外為法に基づく対内直接投資の事前届出(実体審査に近い) | 会社法に基づく設立登記 |
これまでの長年にわたるベトナムの実務においては、外国投資家は必ず投資登録証明書を先に取得した上でなければ企業登録証明書の申請を行うことができず、法人設立までに膨大な時間を要していました。法人が存在しない期間は、現地でのオフィス賃貸借契約の締結や従業員の正式な雇用および銀行口座の開設を行うことができず、投資家にとって市場参入の遅れをもたらす大きな実務上の障壁となっていました。
しかし2025年12月11日に国会で可決され2026年3月1日に施行された2025年投資法(Law on Investment No. 143/2025/QH15)の第19条により、硬直的な手続き構造に根本的な変革がもたらされました。新たな規定により外国投資家は関連する市場アクセス条件を満たしていることを前提として、投資登録証明書の取得手続きを行う前に企業登録証明書を取得して法人を設立することが選択可能となりました。この歴史的な制度転換からベトナム政府が国内企業と外資企業の設立要件の格差を是正し、投資環境の国際競争力を飛躍的に高めようとする強い政策的意図を有しているということが言えるでしょう。
ただし、この新たな枠組みを利用して先行して法人を設立した場合であっても、投資プロジェクトを適法に実施するためには設立から12ヶ月以内に投資登録証明書の取得を完了しなければならないという厳格な期限が設けられています。仮にこの期間内に投資登録証明書を取得できなかった場合、対象法人は事業活動の根幹を欠くこととなり、投下資本の回収や利益の母国への送金において重大な支障を来すのみならず強制的な解散や清算を命じられるリスクを抱えることになります。また2025年投資法の第24条等により、投資政策承認というさらに上位の認可権限が首相から地方の人民委員会委員長へと大幅に委譲されており手続きの地方分権化が進んでいます。
実際に、ベトナム当局は要件を満たさない投資プロジェクトに対しては厳格な行政処分を下しています。例えば、2020年10月にはシンガポールに拠点を置くバニヤンツリー・ホールディングスの投資案件において、計画投資局が投資登録証明書を取り消す決定を下しました。この事案では、投資家が当初440万米ドルの投資資本を約束して投資登録証明書を取得したにもかかわらず、実際の投下資本が70万米ドルに留まり最低投資資本要件を満たさなかったことが取消しの決定的な理由とされました。
日本の会社法では資本金の払い込みは設立時の要件ですが、設立後の事業規模の縮小が即座に法人格の否定に繋がることは稀です。しかしベトナムでは、認可された投資計画に基づく着実な資金投入と事業進捗が継続的に監視されているということが言えるでしょう。行政処分事案に関する公式な情報は、以下のウェブサイトで確認することができます。
ベトナムの代表的な業種別ライセンスの枠組み

投資登録証明書および企業登録証明書を取得して法人を設立したとしても、それだけで全ての事業活動が即座に開始できるわけではありません。日本の各種業法に基づく届出や許可制度と同様に、ベトナムでも事業内容に応じて個別の所管官庁から追加の許認可を取得する必要があります。これらの追加許認可は実務上サブライセンスと呼称されており、業種によっては法人設立手続き以上に複雑で数ヶ月から年単位の時間を要する関門となります。
小売業および貿易業における外資規制
小売業や貿易業を展開する外資企業にとって最も高い壁となるのが、小売業経営許可や小売店設置許可などのサブライセンスです。特に外資系企業がベトナム国内で消費者に直接商品を販売する小売店舗を展開する場合、政令09/2018/ND-CPに基づく厳格な審査が行われます。
この分野における最大の障壁として長年機能してきたのが、エコノミック・ニーズ・テストと呼ばれる経済的需要審査です。これは、外資企業が2店舗目以降の小売店舗を設立する際に出店予定地域の小売店舗密度や市場の安定性および地元住民の雇用への影響などを総合的に審査し、既存の国内小売業者を保護するための制度です。日本の大規模小売店舗立地法が主に交通渋滞や騒音および廃棄物処理といった周辺の生活環境の保持を目的として客観的な基準で運用されているのに対し、ベトナムのエコノミック・ニーズ・テストは外資から国内産業を直接的に保護する経済的防壁として機能しており審査当局の主観的かつ広範な裁量が認められてきました。
しかし、ベトナムが締結した環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定や日本とベトナムの二国間協定に基づく国際的コミットメントの履行に伴いこの規制環境は劇的な変化を遂げています。2025年後半に公表され2026年の施行が見込まれる政令09/2018/ND-CPに代わる新たな政令案によれば、日本を含む対象条約締約国の投資家に対してはこのエコノミック・ニーズ・テストを免除する措置が段階的に導入されています。また、店舗面積の基準も見直され5000平方メートル未満の店舗とそれ以上の店舗で管轄や審査基準が明確に区分されました。これにより、日本企業は多店舗展開をより迅速かつ戦略的に実行できる環境が整いつつあるということが言えるでしょう。新政令案に関する詳細な解説は、以下のウェブサイトで確認することができます。
建設業における建設活動ライセンス
建設業は、ベトナムのインフラ開発と直結するため国家による技術基準および安全管理の統制が極めて強い分野です。政令15/2021/ND-CPによって規定される建設投資プロジェクトの管理体制のもと建設工事を行うためには、プロジェクトごとの建設許可に加えて企業としての建設活動ライセンスを取得する必要があります。
日本の建設業法では、主たる営業所を管轄する都道府県知事または国土交通大臣から建設業許可を取得すれば要件を満たす限り、全国で継続的に建設工事を請け負うことが可能です。一方ベトナムでは、国内の建設業者に対する一般的なライセンス制度に加え、外国の建設請負業者がベトナム国内で工事を施工する場合プロジェクトごとに、個別の建設事業許可を取得しなければならないという特有の制度が存在します。さらに、外国請負業者は原則としてベトナム国内の要件を満たす下請業者との共同企業体を形成するか、ベトナム国内の業者を下請けとして活用することが義務付けられており、外国資本単独での市場独占を防止するメカニズムが法制化されています。
製造業における環境保護と許認可統合
製造業を営む企業にとって工場設立時の最重要課題となるのが、環境保護法に基づく各種許認可の取得です。政令08/2022/ND-CPの施行によりベトナムの環境許認可制度は大きな転換点を迎えました。過去の制度では廃水排出許可や大気汚染物質排出許可および有害廃棄物処理登録など目的ごとに細分化された多数の環境関連許認可を個別に取得する必要がありました。新制度ではこれらの複雑な手続きが単一の環境許可証へと統合され行政手続きの効率化が図られました。
日本の環境法体系においては、水質汚濁防止法や大気汚染防止法に基づく都道府県知事への個別の届出や許可が必要となるケースが多いですが、ベトナムの新制度はこれらをワンストップで管理する合理的な方向性を示しています。しかし手続きが統合された一方で、環境影響評価の審査基準はより厳格化されています。特に環境汚染のリスクが高いと分類される製紙業や化学品製造業など17の特定産業分野においては、予備的な環境影響評価の実施やウェブサイトを通じた地域社会からの意見聴取手続きが義務付けられており、地域住民への情報公開と合意形成が工場稼働の絶対条件となっています。
ベトナムの外国人就労に関わる手続き
ベトナムへの事業展開に伴い日本から経営幹部や技術者を派遣する場合、労働許認可の取得は避けて通れない実務課題です。日本の出入国管理及び難民認定法において就労ビザの取得要件が学歴や実務経験に基づいて明確に定められているのと同様に、ベトナムでも外国人労働者の受け入れには国内労働市場の保護を目的とした厳格な基準が存在します。ベトナムの外国人就労手続きは、これまで外国人労働者雇用承認書を労働局から取得した後に個別の労働許可証を申請するという二段階の煩雑なプロセスを要求しており、完了までに数ヶ月を要することが一般的でした。しかし2025年8月7日に施行された政令219/2025/ND-CP(Decree No. 219/2025/ND-CP)によりこのプロセスは劇的に合理化されました。新たな政令の第18条により、最大のハードルであった労働需要の承認報告と労働許可証の申請手続きが単一の申請書類へと完全に統合されました。
これにより完全かつ有効な申請書類が受理されてから第22条の規定に基づく10営業日以内という明確な期限で処理が行われることとなり企業側の行政コストと待機時間が大幅に削減されました。さらに、専門家や技術者として認定されるための実務経験要件も大きく緩和されています。以前の政令152/2020/ND-CPの下では専門家として労働許可証を取得するためには関連する大学の学位に加えて3年以上の実務経験が求められていましたが、新政令ではこの実務経験要件が2年に短縮されました。短期出張者に関する免除規定も大幅に見直され、過去の複雑な入国回数制限が撤廃されて暦年で合計90日未満の就労であれば労働許可証が免除されるという極めて明確な基準が導入されました。
この変更から、ベトナム政府が自国経済の高度化に向けて高度な技術や知識を持つ外国人材をより柔軟かつ積極的に誘致しようとする政策的意図を有しているということが言えるでしょう。労働許可に関する新政令の詳細な規定は以下のウェブサイトで確認することができます。
ベトナムにおける建設・投資の注意点

ベトナムでの事業展開において日本企業が最も苦慮するのが、法令の文言通りには進まない行政機関の裁量権の広さと審査の不透明性です。日本の行政手続法は行政庁に対して審査基準の設定や標準処理期間の公表を義務付けており、行政の恣意的な運用を抑制し国民の権利利益を保護する仕組みが高度に整っています。しかしベトナムにおいては、関連する法令や通達が頻繁に更新される上地方の人民委員会や各管轄局の担当官による独自の法解釈が実務上の絶対的なルールとして機能する場面が多々あります。
許認可取消しに伴う法的責任の波及と判例
行政処分の予測不可能性に関連して許認可が取り消された場合の法的責任の所在に関する判例は、日本企業にとって極めて重要な教訓を含んでいます。ベトナムの司法判断において法人の事業登録が取り消された際の残存債務の扱いが正面から争われた事案があります。
ダナン市人民裁判所が下した控訴審判決第50/2025/KDTM-PT号では、企業登録証明書が行政当局によって取り消された状況下における債権回収と債務返済責任が問われました。日本の会社法下では、法人が解散や清算の対象となった場合であっても、株主の有限責任原則が強力に保護され出資額以上の責任を問われることは例外的な法人格否認の法理が適用されない限りあり得ません。しかし本判決が示すように、ベトナムの実務においては事業許認可が強制的に取り消された場合、債権者が企業の所有者や出資者個人に対して直接的な責任追及を行う訴訟リスクが現実に存在します。
この判決から、ベトナムでは事業許認可の適法な維持が単なるコンプライアンス上の要請に留まらず、出資者自身の財産権を保護するための不可欠な防波堤として機能しているということが言えるでしょう。判決の事実関係と法的解釈については以下のウェブサイトで確認することができます。
土地利用認定における根本的な違い
建設や工場設立を伴う投資において、日本と全く異なるのが土地の権利形態です。日本では外国企業であっても土地の所有権を自由に取得し登記することが可能ですが、社会主義体制を敷くベトナムにおいて土地は全人民の所有物であり国家がこれを一元的に管理しています。したがって、外国企業は土地の所有権を取得することは法的に不可能であり、国家から土地利用権を付与されるか工業団地の開発業者から土地利用権を転貸される形をとる必要があります。この土地利用権証明書の確保は投資登録証明書を申請する初期段階から確実な裏付けとして要求されるため、進出計画の第一歩として極めて慎重なデューデリジェンスが必要となります。
2025年の地方行政区画再編による実務への影響
さらに、ベトナムの許認可実務に現在進行形で極めて甚大な影響を及ぼしているのが、2025年7月に断行された国家規模の地方行政区画の再編です。ベトナム共産党中央委員会の決議第60-NQ/TW号および首相決定第759/QD-TTg号に基づき、それまで63存在していた省および直轄市の大規模な統廃合が行われ県レベルの行政単位が廃止される二層構造への移行とともに全体で34の省および直轄市へと再編されました。
| 変更前の行政体制 | 変更後の行政体制 | 企業実務への主な影響 |
| 63の省および直轄市 | 34の省および直轄市 | 投資登録証明書および企業登録証明書の所在地変更手続き |
| 三層構造(省・県・社) | 二層構造(省・社) | 各種商業契約書の住所表記の修正および税務申告の管轄変更 |
| 小規模な行政区画 | 広域化された行政区画 | エコノミック・ニーズ・テストにおける審査対象地域の拡大 |
この大規模な統廃合は、行政機構の効率化やデジタル化の推進を目的としたものですが、過渡期にある現在外資企業の実務には多大な混乱が生じています。具体的には既存の投資登録証明書や企業登録証明書に記載されている事業所所在地の表記が法的に存在しない旧行政区画名となっているため、各種契約書の更新や税務申告において不整合が発生しています。
また、前述した小売業のエコノミック・ニーズ・テストにおいて審査対象となる地理的市場の範囲が省の合併によって突然拡大し、競合店舗との距離基準に関する再評価を迫られるケースも報告されています。日本企業は自社の進出先が新設されたどの行政区画に属するのかを再確認し、必要に応じて許認可の記載事項変更手続きを迅速に行う必要があります。行政区画再編に関する公式な決定事項は、以下のウェブサイトで確認することができます。
参考:PwC公式レポート
まとめ
本稿で詳細に解説したように、ベトナム社会主義共和国における事業展開では投資法や企業法に基づく基本許認可から業種別のサブライセンスさらには労働法制や環境規制に至るまで、日本とは大きく異なる重層的かつ厳格な法的規制への対応が不可欠です。2026年施行の改正投資法による企業登録証明書の先行取得ルートの導入や2025年の政令改正に伴う労働許認可の合理化など、外資誘致に向けた前向きな法整備が確実に行われている一方で、法定要件の未達によるライセンス取消しリスクや急激な地方行政再編に伴う実務上の混乱など現地特有の不確実性も依然として高く存在しています。
こうした複雑な法制度の変遷を的確に捉え、現地行政当局の裁量リスクを適切にコントロールすることはベトナムにおける円滑な事業運営の要となります。モノリス法律事務所では、これらベトナム特有の許認可制度の解釈や法務リスクの分析から最新法令への対応策の策定に至るまで、日本企業の皆様の海外展開を幅広くサポートいたします。法令の文言面における形式的な理解に留まらず、現地の運用実態に即した多角的な視点からの支援を通じて、貴社の安全かつ戦略的なグローバルビジネスの展開に寄与いたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ベトナム社会主義共和国海外事業

































