YouTuberの事務所所属用の契約書と要チェックポイントとは(後編)
YouTuberがマネジメント事務所と締結する契約は民法などで決められている定型的な契約ではないため、契約書でどのように双方の権利義務を定めるかが重要になってきます。特に、双方が提供する業務の内容やこれに伴う報酬の発生、費用負担に関する条項はトラブルを避けるためも事前に十分に確認する必要があります。そこで、YouTuberが事務所と締結する契約において重要なポイントや契約交渉について解説します。
この記事の目次
YouTuberの契約書において重要なポイント
以下では、YouTuberと事務所が締結する基本契約において典型的な条項例を挙げて説明します。条項例における、「甲」はマネジメント事務所、「乙」はYouTuberとします。なお、バーチャルYouTuber・VTuberの事務所との契約に関しては、下記記事にて詳細に解説しています。
業務内容に関する条項
第〇条(業務内容)
1.乙は甲に対し、以下の業務を委託し、甲はこれを受託する。
(1)企業等の商品またはサービスの宣伝を目的とした動画の制作および公開業務(以下「企業案件」という)の受託に向けた営業支援
(2)イベント等への出演機会の提供
(3)SNSその他の媒体を利用した乙出演動画のプロモーション
(4)乙の活動におけるマネージャー等の人員、撮影場所等の提供
(5)乙の動画制作における編集協力
2.甲は乙に対し、甲乙間で別途締結する個別契約に基づき、企業案件、イベント等への出演業務を委託し、乙はこれを受託する。
YouTuberがマネジメント会社と締結する契約書において、もっとも重要な条項が業務内容に関する条項です。契約書に定められる主たる業務はマネジメント事務所側の業務となります。
事務所側の業務
第(1)号および(2)号に定める企業案件の獲得やイベント等への出演については、実際に実現するかは企業やイベント主催者の意向次第であるため、あくまでも機会が提供できるように最善を尽くす義務と解釈されることが通常です。したがって、結果として実現しなかったとしても事務所が責任を問われることは基本的にないでしょう。
また、第(3)号のようにさまざまな広告媒体を通じたYouTuberのプロモーションを事務所が行うとの業務が定められることもあります。
第(4)号および(5)号は、YouTuberの活動としての動画制作やイベント出演において事務所が人員派遣、撮影場所の調整、動画編集作業への協力を行う旨の定めです。実際にYouTuberが契約を締結する際には、事務所が人員等を提供する業務の範囲をまず詳細に確定する必要があります。上記の条項例では、事務所が人員等を提供するのはYouTuberが独自に行う動画制作を含むとの趣旨で業務提供の範囲を限定していません。もっとも、実際には事務所の協力義務の範囲は、事務所が依頼した企業案件やイベント出演に限られる可能性もあります。事務所の協力が一部の業務に限定される場合には、契約書に別紙を添付し、その中で詳細を規定する方法もあります。
また、事務所から人員提供等の協力を受ける場合に撮影場所のレンタル費用や人件費などの費用負担がYouTuberと事務所のいずれであるかはよく確認する必要があります。費用負担がYouTuberとなっている場合にはYouTuber自身が手配するのとそれほど変わりがないため、YouTuberにとってメリットはほとんど無いともいえます。そこで、このような場合には当該業務を削除する代わりにマネジメントフィーを低くするよう交渉することも考えられます。
YouTuber側の業務
YouTuberがマネジメント事務所から業務を受託することもあります。ただし、これは案件が発生する都度、個別契約によって定めるという形式が望ましいでしょう。仮に基本契約において、事務所から依頼があった案件をYouTuberが受託する旨を定めた場合、YouTuberが案件を断ることが難しくなる可能性もあるためです。したがって、基本契約にYouTuber側の業務内容を定める場合には「甲乙間で別途合意した企業案件、イベント等への出演業務を受託する」などとして、YouTuberが受託する案件は個別に合意することとすべきでしょう。上に掲載した条項案は、このような考え方に従ったものです。基本契約と個別契約の関係に関しては、下記記事にて詳細に解説しています。
コンテンツの権利帰属に関する条項
第〇条(権利帰属)
1.乙が甲を介さずに制作した動画等にかかる所有権および知的財産権は乙に帰属する。
2.前項の規定にかかわらず、乙が甲から受託した業務により発生した成果物にかかる所有権および知的財産権(著作権法第27条および第28条に規定する権利を含む)は、当該業務に関する個別契約に定める場合を除いて、乙から甲に譲渡されるものとする。この場合、乙は甲に対し著作者人格権を行使しない。
YouTuberが制作または出演する動画には著作権が発生します。著作権はその動画等を制作した者に帰属するのが原則ですが、契約書の定めによって譲渡することが可能です。著作権が事務所や第三者に譲渡されると、YouTuber自身は当該動画を自由に利用することができなくなります。したがって、YouTuberとしては自身が制作する動画については著作権を得ることができるように注意しなければなりません(第1項)。
ただし、企業案件やイベント等の出演動画などに関しては、そもそも当該企業やイベント主催者の意向に従って動画を作成しており、当該企業やイベント主催者から相応の報酬を受け取っています。したがって、YouTuberが事務所から受託して制作した動画に関しては著作権を事務所や第三者に譲渡するという選択もあり得るところです。上で掲載した条項案は、このような場合を想定したものとなっています。なお、著作者人格権とは著作者の人格や名誉を侵害されない権利であり、具体的には著作物について著作者の氏名を表示する権利や勝手に公表や修正をされない権利などが含まれます。著作者人格権は、著作権本体とは異なり契約によっても譲渡ができないとされているため、元の著作者がこれを「行使しない」と定めることにより著作権の譲渡後に不都合が生じないよう手当てすることが一般的です。
報酬に関する条項
第〇条(報酬)
1.第〇条第1項に基づき甲が受託した業務に関して、乙は甲に対し、当該業務に係る売上額(消費税込み)の20%に相当する額を報酬として支払うものとする。ただし、乙が制作し公開した動画についてYouTube等から支払われる広告料収入については報酬額算定の基礎となる売上額に含まないものとする。
2.第〇条第2項に定める個別契約に基づき乙が受託した業務に関して、乙は甲に対し個別契約に従い報酬を支払うものとする。
報酬の支払いに関する条項は、事務所とYouTuberが受託する業務内容の裏返しです。よくあるのは、事務所が受託する営業支援業務に関しては、事務所が獲得した案件の売上額に対する一定割合(20%前後が多い)を事務所への報酬とする条項です。注意すべきこととして、企業案件による動画制作において発生する収益としては、企業から受領する報酬とYouTubeから受領する広告料収入(アドセンス収入)の2種類があります。YouTuberとしては、事務所に支払う報酬額を算定する際にYouTubeからの広告料収入が含まれるのか否かを必ず確認する必要があります。
そもそも、YouTubeからの広告料収入はあくまでもYouTuber自身が築き上げてきたブランド価値に比例するものであり、事務所が獲得した案件であるか否かによって広告料収入が大きく変わるわけではありません。したがって、YouTubeから支払われる広告料収入については事務所側の寄与度がそれほど大きくないことから、YouTuberが事務所に支払う報酬額算定の基礎に含まないこととし、YouTuberが100%広告料収入を取得できるよう交渉することは十分に可能です。上に掲載した条項案は、このような考えに基づいたものです(第1項)。 一方、YouTuberが受託する業務については原則として個別契約に定められることになるため、報酬についても個別契約に従うこととなります(第2項)。
活動費用の負担に関する条項
第〇条(経費)
1.甲が乙に委託する動画制作業務、イベント等への出演業務等その他当該業務に合理的に付随する業務において発生する乙の交通費、食費等の諸経費については甲が負担する。
2.前項に定める以外の費用は、乙が負担する。
YouTuberの活動に係る経費の負担についても十分に確認しておく必要があります。YouTuberが独自に行う動画制作に関する費用は通常YouTuberが負担することになります。これに対し、事務所がYouTuberに委託する企業案件やイベント等への出演に関しては、交通費等の費用をYouTuberが自己負担する場合と事務所が負担する場合の2パターン考えられます。もっとも、YouTuberが費用負担する場合でもその分に見合った報酬を得られるのであれば問題ないという考え方もあります。事務所からYouTuberへ委託する業務の報酬は個別契約で別途定められることが一般的ですので、個別契約を締結する際には基本契約において費用負担がYouTuberと事務所のいずれと定められていたかを前提として報酬等の交渉をすべきことに留意しましょう。なお、費用負担については基本契約で定めずに個別契約で都度定めることも可能です。
YouTuberの名称使用に関する条項
第〇条(名称等の使用)
甲または甲の指定する第三者は、甲が乙に委託し乙が受託したイベント等の出演業務に関連する広告宣伝等のために必要な限度で、乙の名称等を無償で使用することができる。
有名YouTuberとなれば、芸能人などと同様にYouTubeで使用している名称に大きなブランド価値が発生します。したがって、YouTuberとしては自己の名称等を勝手に使用される事態は避ける必要があります。もっとも、事務所が出演等を委託する業務に関しては、事務所側がプロモーション活動の一環としてYouTuberの名称を使用する必要が生じます。したがって、事務所がYouTuberに委託した業務に関しては必要な限りで名称等の無償使用を許諾することが一般的です。
注意したいのは、名称等の使用を許諾する場面の限定がない契約条項です。常に事務所がYouTuberの名称等を使用することができるような契約条項である場合、YouTuberは自分の想定しない場面で名称等を勝手に使われる結果、せっかくYouTuberが築き上げたブランドへのフリーライドを許すことになるだけでなく、無用なトラブルに巻き込まれるおそれもあります。したがって、上の条項案のように名称等の使用を許諾する場面を限定する契約条項とすることが望ましいでしょう。
事務所以外の第三者との契約に関する条項
第〇条(事前承認)
乙は、本契約または個別契約で定める乙の受託業務の履行に影響を及ぼすおそれのある契約を第三者と締結する場合は、事前に甲に対し書面で通知する。
芸能人と芸能事務所との契約では、芸能人が事務所を通さずに業務を受けることを禁止する専属性に関する条項が設けられることがあります。ただし、YouTuberと事務所との契約においては、そこまでYouTuberの活動を制限する条項は一般的ではありません。これは、芸能人の場合には有名になるために事務所によるプロモーション活動が必須といえるのに対し、YouTuberに関してはYouTuber自身の努力によってブランド価値を築き上げていることが多いという違いによるものと考えられます。もっとも、YouTuberが事務所から委託を受けて行う企業案件等に関しては一定の制約を受ける旨の条項が定められることがあります。上で挙げたモデル条項では、企業案件等に影響を生じる可能性のある業務をYouTuberが受託する際の事前の通知義務を定めるものです。通知義務だけであれば事務所側に拒否権は無いので、YouTuberの活動に対する制約はそれほど大きくありません。これに対し、「事前に事務所の同意を得る」旨の条項が入る場合には事務所側にYouTuberの活動に対する拒否権を与えることになりますので、制約の度合いとしては大きいといえます。したがって、事務所以外の第三者との契約に関する条項を定める場合には、通知義務であるのか同意を得る義務であるのかに注意する必要があります。
不可抗力条項
第〇条(不可抗力)
本契約の一方当事者が、次の各号に定める事情に起因して本契約または個別契約上の義務の履行を遅滞しまたは履行不能となったときは、その責を負わないものとする。
(1)YouTubeその他の委託業務に関連する第三者によるサービスの停止、終了
(2)前号のサービスにおける乙のアカウントまたはチャンネルの停止、終了
契約書に一般的に定められる条項として不可抗力条項があります。例えば、震災や戦乱等の発生といった不可抗力によって契約の履行が不可能となった場合に、債務不履行に基づく損害賠償等の責任を負わないこととする条項です。YouTuberの場合、その活動がYouTubeなど第三者の提供するサービスに依存している性質上、YouTuberの意図しない事情によって当該サービスを利用できなくなるとYouTuberは事務所との契約で定められた業務を履行することができなくなることがあります。特に問題となり得るのが企業案件です。企業案件は、当該企業の商品やサービスを紹介する動画を一定期間にわたりYouTuberのチャンネルで公開することが義務付けられます。
したがって、YouTubeのサービスが利用できなくなれば、YouTuberは契約上の義務違反に問われ損害賠償請求を受ける可能性も出てきます。実際に事務所との契約において上で挙げたような条項を入れることは難しいかもしれませんが、そうだとしてもYouTubeからアカウントやチャンネルの停止などの措置を受けた場合の対応については、あらかじめ事務所や企業案件のクライアントとなる企業に確認しておくことが必要です。
イメージ保持に関する条項
第〇条
乙は、本契約の有効期間中、以下の各号に定める事項を行わないものとします。
(1)乙の活動に関し、第三者から苦情等を受けるおそれがある行為
(2)違法または公序良俗に反する行為
(3)乙が受託する企業案件における当該企業の商品またはサービスのイメージを損なう言動
(4)甲または甲の取引先等の名誉または信用を著しく毀損する行為
YouTuberは芸能人と同じく、YouTuber自身にブランド価値が発生します。このため、特に企業案件を受けている場合に、YouTuberが倫理的に許容されない言動等によって社会的な非難を浴びる事態となれば委託している企業のイメージ低下にもつながります。したがって、YouTuberは自身のブランド価値を維持するために犯罪を含む違法行為をしないことはもちろん、批判を受けるような言動を慎むことが求められます。このような条項が定められることは、YouTuberとしてはやむを得ないことといえるでしょう。なお、第三者からの苦情等を実際に受けた場合には、事務所に相談して解決することが通常です。YouTuber自身が対応するとより大きなトラブルとなる可能性もあるためです。したがって、YouTuberが独自にトラブルに対応せず事務所と協力して解決する旨の条項が定められることもあります。
まとめ
YouTuberがマネジメント事務所に所属するのは最近になって増えてきたスタイルです。このため、YouTuberが事務所と締結する契約に関してはまだまだ解説書などが少ないのが実情です。マネジメント事務所との契約は一度締結すると、長期間にわたり契約関係が継続するものですので特に慎重に検討する必要があります。