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マルタ共和国の不動産を用いたビザ・永住権・市民権の取得

マルタ共和国は、世界中の投資家や経営者にとって、EU圏への足掛かりとなり得る重要な拠点として注目を集めています。その最大の理由の一つが、不動産への投資を通じて永住権や市民権を獲得できる「居住権・市民権プログラム」の存在です。歴史的に培われた安定した政治経済、高品質な生活水準、そして地理的な魅力を持つマルタは、国際的な活動を展開する日本の投資家にとって、魅力的な選択肢となるでしょう。特に、2025年法律告示第146号(Legal Notice 146 of 2025)といった近年の法改正は、これらのプログラムの透明性と柔軟性をさらに高めており、投資家にとってのメリットは増えています。

マルタが提供するプログラムは多岐にわたりますが、本記事では特に、不動産投資が中心的な役割を果たす二つの主要なビザ・プログラムに焦点を当てて解説します。一つは、永住権を取得する「マルタ永住プログラム(Malta Permanent Residence Programme, MPRP)」、もう一つは、市民権を目指す「マルタ市民権取得プログラム(Malta Exceptional Investor Naturalisation, MEIN)」です。これらのプログラムは、それぞれ異なる目的と要件を持っています。

なお、マルタ共和国の包括的な法制度の概要と、不動産関連の法制度の概要は下記記事にてまとめています。

マルタ永住プログラム(MPRP)の概要と不動産投資の要件

マルタ永住プログラム(MPRP)の概要と不動産投資の要件

永住権獲得のプロセスと要件

マルタ永住プログラム(MPRP)は、2021年の法律告示第121号(Legal Notice 121 of 2021)によって導入された、非EU国民がマルタへの経済的貢献を通じて永住権を獲得することを可能にする制度です。このプログラムは、一度取得すれば生涯有効な永住ステータスを付与し、シェンゲン圏内をビザなしで自由に渡航できる権利を提供することから、EU圏での自由な活動を望む投資家にとって重要な選択肢となり得ます。

MPRPの申請プロセスにおいて、不動産投資は不可欠な要件の一つです。申請者は、以下の二つの不動産投資ルートから選択できます。

  • 不動産購入:マルタまたはゴゾ島で、最低375,000ユーロの不動産を購入する必要があります。ただし、ゴゾ島またはマルタ南部地域の場合は、最低300,000ユーロとなります。購入した不動産は、少なくとも5年間保有することが義務付けられています。
  • 不動産賃借:マルタまたはゴゾ島で、年間最低14,000ユーロの物件を賃借する必要があります。ゴゾ島またはマルタ南部地域の場合は、年間10,000ユーロが最低額となります。この賃貸契約も最低5年間維持することが求められます。

これらの不動産要件に加えて、申請者は複数の経済的要件を満たす必要があります。2025年1月1日以降の申請には、政府への貢献金や行政手数料の額が一律化され、プログラムの透明性が向上しました。具体的には、不動産の購入または賃借に関わらず、主申請者は37,000ユーロの政府への貢献金を支払う必要があります。また、60,000ユーロの行政手数料が主申請者に課されます。扶養家族(配偶者を除く)が申請に含まれる場合、一人につき7,500ユーロの追加費用が発生します。さらに、承認された地元の慈善団体へ2,000ユーロを寄付することも義務付けられています。主申請者は、これらの投資費用に加えて、少なくとも500,000ユーロの総資産を保有していることを証明する必要があります。このうち、150,000ユーロは金融資産でなければなりません。

2025年の法改正の内容

2025年の法改正は、MPRPの魅力を更に高めました。最も重要な変更点の一つは、申請者が初期のデューデリジェンスを通過した段階で、1年間有効な一時滞在許可証(Temporary Residence Permit, TRP)を取得できるようになったことです。これにより、永住権の最終承認を待つ数ヶ月から数年間、マルタでの生活を前もって開始できるため、申請プロセスの不確実性が大幅に軽減されることになります。この法的措置は、マルタ政府が国際的な投資家誘致競争において、実利的なメリットを提示するためのものだと考えられます。

また、不動産投資の収益性にも影響する重要な変更がありました。これまでは、ビザ目的で購入した不動産を賃貸に出すことは一般的に制限されていましたが、2025年以降、不動産購入者は空室期間中に賃貸収入を得ることが可能になりました。これにより、不動産は単なるビザ取得のコストではなく、収益を生み出す資産として機能するようになります。不動産投資の論理を、マルタのビザプログラムにも適用することができます。

マルタ市民権取得プログラム(MEIN)の概要と要件

マルタ市民権取得プログラム(Malta Exceptional Investor Naturalisation, MEIN)は、マルタへの卓越した貢献を果たす投資家とその家族に対し、市民権(パスポート)を付与することを目的とした制度です。このプログラムは、永住権を取得するMPRPとは異なり、EU市民としてEU圏内での居住、労働、就学の自由といった完全な権利を得られる点で、より広範な活動を視野に入れる投資家にとって魅力的な選択肢となります。

MEINの申請は、以下の3つの主要な投資要件を同時に満たす必要があります。

  • 政府への直接投資:主申請者は、選択する居住期間に応じて、政府への直接投資を行います。少し分かりにくいですが、後述するように、「Nヶ月の居住期間の後に最終承認を得られる」という意味です。
    • 12ヶ月の居住期間を選択する場合:750,000ユーロの貢献金が必要となります。
    • 36ヶ月の居住期間を選択する場合:600,000ユーロの貢献金が必要となります。
    • いずれのケースでも、申請に含まれる扶養家族一人につき、追加で50,000ユーロが課されます。
  • 不動産投資:申請者は、最低5年間、マルタに居住用不動産を保有または賃借することが義務付けられます。
    • 不動産購入:最低700,000ユーロの不動産を購入する必要があります。
    • 不動産賃借:年間最低16,000ユーロの物件を賃借する必要があります。
  • 慈善団体への寄付:承認された非政府組織(NGO)に、最低10,000ユーロを寄付する必要があります。

MEINは、MPRPと比較して、より高額な投資が求められる点が大きな違いです。しかし、最大の相違点は、市民権を取得するためには、申請者が実際にマルタに居住することが義務付けられている点です。これは、マルタとの関係性を証明するための重要な要件とされており、MPRPにはないものです。申請者は、市民権付与の最終承認前に、選択した居住期間(12ヶ月または36ヶ月)をマルタで過ごす必要があります。

MPRPとMEINの比較

項目マルタ永住権プログラム(MPRP)マルタ市民権プログラム(MEIN)
対象者非EU/EEA/スイス国民  18歳以上の非マルタ国民  
居住要件最小滞在義務なし  12ヶ月または36ヶ月の居住期間が必要  
不動産購入要件ゴゾ島・南部マルタで€300,000以上、その他で€350,000以上(要5年間保有)  €700,000以上(要5年間保有)  
不動産賃料要件ゴゾ島・南部マルタで年間€10,000以上、その他で年間€12,000以上(要5年間保有)  年間€16,000以上(要5年間保有)  
政府貢献金(主申請者)購入の場合€37,000、賃貸の場合€37,000  12ヶ月ルートで€750,000、36ヶ月ルートで€600,000  
寄付金€2,000の慈善団体への寄付  €10,000の慈善団体への寄付  
審査期間6ヶ月〜1年  12ヶ月または36ヶ月の居住期間後  
資金証明資本資産€500,000以上(うち金融資産€150,000)または資本資産€650,000以上(うち金融資産€75,000)  該当なし(投資要件と関連)
家族の追加費用成人扶養家族(配偶者を除く)1人あたり€7,500  扶養家族1人あたり€50,000  

デューデリジェンス(適格性審査)プロセス

マルタの永住・市民権プログラムが国際的に高い信頼を得ている理由の一つは、徹底したデューデリジェンス(適格性審査)プロセスが用意されており、「不動産購入や上記費用の支払いを行った後に不合格になってしまう」というリスクを回避できることです。

審査の主務官庁と認定エージェントの役割

マルタの投資家向け移民プログラムにおける審査は、政府の主務官庁と、政府から正式に認可された専門家である「認定エージェント」(Licensed Agent)との連携によって運用されています。永住権プログラム(MPRP)については、Residency Malta Agency(RMA)がその全プロセスを管轄しており、市民権プログラム(MEIN)については、Community Malta Agency(CMA)が審査を担います

このプロセスにおいて、認定エージェントは非常に重要な役割を果たします。マルタの「Agents (Licences) Regulations (S.L. 188.05)」という法令に基づき、認定エージェントは申請者と主務官庁の間の唯一の窓口として機能することが義務付けられています。その役割は単なる書類の代行提出ではなく、申請者を政府に紹介する前に、独自の予備審査を実施し、申請者が「適格な人物」であると判断した場合にのみ、正式な申請を提出する責任を負います。これは、不適格な申請が政府の公式な審査プロセスに進むことを防ぐための最初のフィルターとして機能します。

予備的デューデリジェンスと4段階の審査プロセス

マルタの移民プログラムにおける審査は、複数のステップを経て進行します。

まず、「予備的デューデリジェンス」は、正式な申請プロセスに先立って行われる、認定エージェントによる初期の評価です。この段階は、申請者がまだ高額な費用を負担する前に、プログラムの基本要件を満たす可能性を評価するためのものです。多くのエージェントがこのサービスを提供しており、匿名で、費用や時間をかけることなく、自身の背景に潜在的な問題がないかを確認できます。

この予備的デューデリジェンスを通過した後、政府による4段階のデューデリジェンスが開始されます。

  • 第1段階(Tier 1):認定エージェントが、申請者の身元、資金源、および資産形成の合法性に関する初期のスクリーニングを実施します。エージェントは、この初期調査の結果をカバーレターなどの形で政府機関に提出します。
  • 第2段階(Tier 2):主務官庁(RMAまたはCMA)が、提出された申請書類の正確性と完全性を検証します。国際的なデータベースを通じて、申請者の身元や犯罪歴が照会され、資金源と資産の合法性が詳細に分析されます。
  • 第3段階(Tier 3):主務官庁が指名した国際的な第三者調査機関が、申請者の本国や関連国でさらに詳細な調査を実施します。これには、ビジネスパートナーへの聞き取り、評判の確認、そして申請者がマルタの評判を損なうリスクがないかの評価が含まれます。
  • 第4段階(Tier 4):最終段階では、これまでの全段階で収集された情報が統合され、リスクマトリックスに基づいて申請者の総合的なリスク評価が行われます。この評価は、最終的に承認委員会に提出され、大臣が申請の承認または却下を決定します。

原則承認(Approval in Principle)の役割

この4段階のデューデリジェンスプロセスを申請者が無事に通過した場合、政府は「原則承認」(Approval in Principle)の通知を発行します。

この「原則承認」は、申請者が個人的な適格性審査に合格したことを公式に証明するものです。この通知を受け取った時点で、申請者は初めて不動産購入や賃貸、政府への貢献金や寄付金といった、高額な投資要件を履行するように求められます。この仕組みは、申請者がデューデリジェンスの不合格によって多額の資金を失うリスクを大幅に軽減することを目的としています。例えば、永住権プログラムでは、この通知を受け取ってから8ヶ月以内に不動産を確保する必要があります。このように、予備的デューデリジェンス、4段階のデューデリジェンス、そして原則承認というプロセスは、申請者のリスクを段階的に低減し、プログラムの信頼性を担保するために機能しています。

変則的な不動産所有形態と法的帰結

不動産の区分所有

日本の投資家や経営者がマルタで不動産を取得する際、その所有形態がビザ要件にどのように影響するかは重要な検討事項となります。

まず、不動産の区分所有についてです。日本のマンションのように、個別の住戸を独立した「不動産」として所有することは、マルタでも一般的な不動産取引の形態です。MPRPの不動産要件は「居住用不動産」の保有または賃借を求めているため、最低価格要件を満たす分譲マンションやアパートの区分所有権は、少なくとも原則として要件を満たす不動産として認められます

法人名義での不動産所有

次に、法人名義での不動産所有についてです。マルタの会社法では、法人が不動産を所有することはもちろん可能です。これは、税務上のメリット(特定の条件下で法人税率が最大5%まで軽減されるなど)を享受するための一つの手段でもあります。しかし、ここで重要なのは、MPRPが「第三国国民である個人」が申請するプログラムであり、その要件は申請者個人による投資を原則としている点です。この点は、日本の法律や商慣行と重要な相違点となり得ます。日本の経営者や投資家は、税務上の最適化を図るために、事業会社や資産管理会社を通じて不動産を保有することに慣れています。しかし、マルタのビザプログラムでは、この日本的なアプローチがそのまま通用しない可能性があります。プログラムの法的根拠が「個人」を主たる申請主体として定めていることから、たとえ個人が100%所有する法人であっても、その法人が保有する不動産がビザ要件を満たす「申請者個人の投資」とみなされるかは、上記の適格性審査にて個別的な審査の対象となるものと思われます。

マルタにおける不動産取得手続きと税制

マルタにおける不動産取得手続きと税制

不動産取得手続と「コンベンユ」(Konvenju)

マルタで不動産を取得するプロセスは、日本のそれとはいくつかの点で異なります。特に重要なのが、仮売買契約である「コンベンユ」(Konvenju)の存在です。これは、売主と買主が価格や引き渡し日などの条件を合意する法的な拘束力を持つ契約であり、この段階で通常10%の手付金と、印紙税(通常5%)の1%を支払います。その後、公証人が不動産の権利関係を調査し、問題がなければ「最終売買契約」(Final Deed of Sale)を締結し、残りの代金と費用を支払って所有権が移転します。

マルタの不動産関連税制

マルタと日本の不動産関連税制を比較した場合、最も注目すべきは、不動産所有中に課される税金です。日本の固定資産税や都市計画税に相当する年間の不動産所有税が、マルタには存在しません。これは、長期的な不動産の維持コストを大幅に抑えられるという点で、日本の投資家にとって大きなメリットとなるでしょう。この税制優遇は、不動産を長期的な資産形成の核として捉える投資戦略と高い親和性があると言えるでしょう。

不動産賃貸収入にかかる税金については、マルタでは賃貸収入に対して原則15%の固定税率で最終源泉税を支払う選択肢があります。これは、個人の所得税率(0%~35%)よりも低い場合が多く、非居住者にも適用されます。一方、日本の税法では、日本の居住者は「全世界所得」に対して課税されるため、マルタでの家賃収入も、日本で不動産所得として確定申告する義務が生じます。この際、マルタで支払った税金を日本の税額から控除できる「外国税額控除」の制度を利用することで、国際的な二重課税を回避することが可能です。

不動産の売却益にかかる税金も、両国で大きく異なります。マルタでは、売却益に対して売却時期に応じた最終源泉税が適用され、取得後5年以内の売却には5%が、それ以降は8%が基本となります。一方、日本では、不動産の所有期間が5年以下の場合「短期譲渡所得」(所得税と住民税で合計約39.63%)、5年超の場合「長期譲渡所得」(合計約20.315%)と、税率に大きな違いが生じます。

まとめ

本記事で解説したように、マルタの不動産を活用した永住権や市民権取得は、日本の投資家や経営者にとって、EU圏での新たな生活や事業展開を可能にする、極めて現実的かつ魅力的な選択肢です。特に、日本の不動産税制にはない年間不動産所有税がないことや、賃貸収入に対する15%の優遇税制、そして2025年の法改正によって不動産投資が収益を生む可能性が高まったことは、マルタの不動産を投資対象として捉える際の魅力を一層高めていると言えるでしょう。

しかしながら、マルタのビザ・プログラムは、不動産、投資、税務、そして法務という複数の専門領域にまたがる複雑なプロセスです。専門的な分析と個別の状況に応じた検討が必要になると言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・マルタ共和国

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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