デマの流布や拡散の法的責任は?逮捕事例から2つの刑事責任を解説
2024年1月1日、石川県の能登半島を大きな地震が襲い、甚大な被害をもたらしました。一日も早い被災地の復旧が待たれます。被災地の状況とともに、SNSで広まったのが「デマ」です。能登半島地震の際にSNSのXで虚偽の救助要請をしたとして、2024年7月には25歳の男性が偽計業務妨害罪で逮捕されました。
参考:日本経済新聞|災害時のSNSデマ、警察が厳格姿勢 安易な拡散は要注意
社会的な混乱をもたらしかねないデマ。デマを流す動機としては、インターネット上での注目を集めることが考えられますが、単に混乱を楽しむ愉快犯によるデマ流布も見られます。過去には、コロナ禍中にもさまざまなデマが生まれ、拡散されていきました。地震などの甚大な天災の際には、拡散された誤った情報のせいで人命に関わる事態にまで発展することもあります。
デマの流布や拡散にはどのような法的責任が問われるのでしょうか。ここでは、実際のデマの事例を紹介しながら解説を進めていきます。
この記事の目次
デマの流布に伴う刑事責任
デマを流すと、下記の2つの犯罪に該当する可能性があります。
ここで「可能性がある」と表現したのは、日本の現行法において「デマを流すこと」を直接的に禁止または処罰する法律は存在しないためです。たとえ社会的な混乱を招いたとしても「デマを流した」という容疑で逮捕されたり、刑罰を科せられたりすることはありません。
ただし、デマを流布した結果、他人の権利を侵害した場合は別です。
本記事では、
- 信用毀損罪/偽計業務妨害罪
- 名誉毀損
の2つの刑事罰に絞って解説を進めていきます。それぞれ、どのような状況で犯罪が成立するのでしょうか?
信用毀損罪・偽計業務妨害罪
刑法には信用毀損罪(第233条前段)、偽計業務妨害罪(同条後段)が定められています。
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
刑法233条
これらは自然人や法人の「信用」や「業務活動の自由」を保護法益としています。
ここで、「虚偽の風説を流布し」とは、客観的事実に反する噂・情報を不特定または多数の人に伝播させることをいいます。また、「偽計」とは、人を欺罔し、あるいは人の錯誤または不知を利用することをいいます。
では実際に偽計業務妨害の罪に問われた事例を見ていきましょう。偽計業務妨害罪は前述の通り「偽計を用いる」ことに加えて「業務を妨害」すれば成立します。
「業務」とは経済的な利益を目的とする営利ビジネスだけではなく、非営利活動(ボランティア活動、サークル活動、同窓会、地域の自治会など)も含まれます。「妨害」とは業務を妨害するおそれのある状態が発生したことをいいます。実際に業務運営を妨害した結果が発生した場合はもちろんですが、実際に結果が発生していなくても、妨害するおそれのある状態が発生しただけで「妨害」に当たるとされています。
2016年の熊本地震の際には「動物園からライオンが逃げた」というデマを流した男が偽計業務妨害罪で逮捕されています。なお、男はその後不起訴処分(起訴猶予)となっています。
逮捕された男は、熊本地震の直後に、X (旧Twitter)上にて「おいふざけんな、地震のせいでうちの近くの動物園からライオン放たれたんだが 熊本」という文言とともに、市街地を歩くライオンの写真を投稿しました。
実際にはライオンは逃げていなかったため、上記投稿は客観的事実に反するものといえます。そして、X(旧Twitter)はネット上で不特定多数の人に拡散されるものといえるため、男の行為は「虚偽の風説を流布」したものと認められます。
また、このポストは2万回以上リポストされており、熊本市動植物園には問い合わせの電話が100件以上寄せられ、獣舎などの点検がスムーズに行えない事態に陥りました。
以上から、男は、上記投稿によって、熊本市動植物園の業務を妨害したといえるため、偽計業務妨害罪が成立すると判断されました。
名誉毀損罪
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
刑法第230条
本罪は人の名誉を保護法益としています。ここでいう「名誉」とは、人の社会的評価を指すといわれています。
「公然と」とは摘示された事実を不特定又は多数の人が認識しうる状態をいいます。また、「事実」とは人の社会的評価を低下させるような具体的事実をいいます。
さらに、「名誉」とは人についての事実上の社会的評価であれば足り、「名誉を毀損」とは、人の社会的評価を低下させる具体的事実を公然と摘示することで足り、名誉が現実かつ具体的に侵害されたことまでは要しないとされています。
それでは、実際に名誉毀損罪で逮捕された事件を見ていきましょう。Facebookに「回転寿司屋の商品に異物が混入していた」と虚偽の内容を書き込んだ男が名誉毀損の疑いで逮捕されました。
男性は、ある店舗で寿司を食べたところ、赤いガラス片が混入しており、「口の中が切れた」と主張しました。男から報告を受けた家族がSNSに投稿したところ、拡散し、真偽も含め波紋を呼んでいました。
こうした投稿を受け、警察や保健所の立ち入り検査が行われ、「混入が疑われるものはない」と確認されました。
本件において、男の投稿は、寿司に異物が混入しているという「事実」をSNSに投稿するという形で、「公然と」摘示しました。これにより、寿司屋の「名誉」が「毀損」されたため、名誉毀損罪が成立する可能性があります。
デマを「真実」だと信じていた場合は?
では、仮にデマの発信者が「真実である」と信じていた場合はどうなるのでしょうか?
前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
第230条の2第1項
第230条の2第1項のほか、判例(最高裁判決昭和44年6月25日)によれば、真実性の証明ができなかったとしても、確実な資料、根拠に照らして相当な理由があることが証明されれば、犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しないと解するのが相当、とされています。
しかし、誤信について「確実な資料、根拠に照らし相当の理由」を欠いていれば、依然として責任を負うこととなるため、慎重な発信が望ましいと言えます。
デマを削除しても法的責任から逃げられない?
もしも、デマが「虚偽である」と気づいて、投稿を削除したとしても、上記の刑事責任が問われなくなることはありません。
偽計業務妨害罪、名誉毀損罪は具体的な侵害が発生していない場合でも、行為そのものが侵害発生の危険をもたらすと成立します。ですから、デマが流通し、大きな混乱や被害をもたらしたり、炎上したからといって、慌てて投稿を消しても意味はありません。
また、インターネットを通して投稿した以上、アカウントやSNSアプリを削除したところでIPアドレスやプロバイダが所有する契約者情報などのログは残っており、投稿者の特定は可能です。「匿名のSNSアカウントだから」「アプリを消して証拠は残っていないから」という考えは通用しません。安易な投稿は望ましくありません。
SNSでデマを拡散した場合の法的責任
XやFacebookなどのSNSには「リポスト」や「いいね」などの拡散機能がついています。気軽にSNS上で情報を拡散できる反面、センセーショナルなデマが急速に拡大するおそれがあります。
では、デマを流通した当事者ではなく、拡散に加担してしまった場合はどのような法的責任に問われるのでしょうか?
結論から言うと、デマの拡散に加担してしまった場合も、罪に問われる場合があるので注意が必要です。
これは民事訴訟の第2審の事案ですが、大阪元府知事の橋下徹氏が自身をめぐる旧ツイッター(現、X)上の投稿について、リツイート(現在はリポスト)したジャーナリストに対して名誉毀損を認めました。
この事案では「投稿した本人」ではなく、「拡散した人」の法的責任をめぐって争われました。裁判では、他人の社会的評価を低下させる内容の元ツイートをリツイートした場合、リツイートした側は、違法性を排除する事由がある場合を除き「経緯、意図、目的を問わず不法行為責任を負う」と指摘しました。その上で、元ツイートは橋下氏の社会的評価を下げる内容であり、リツイートしたジャーナリスト側に過失があったと判断しました。
このように、指先ひとつで手軽に情報を伝達できるSNSの拡散も、ともすれば法的責任を問われるかもしれないのです。
デマによる風評被害に遭ったときの対応
風評被害とは、根拠のない噂のために受ける被害のことを指します(『大辞泉』より)。特に経済的・社会的な被害がある場合がこれにあたります。拡散されてしまったデマにより、企業が風評被害に遭う場合があります。
インターネット上のデマは、前述のとおり、たとえ投稿を削除したとしてもIPアドレスなどの投稿者に関する情報がログとして一定期間はプロバイダが保管しています。これらの情報から投稿者を特定できる場合があります。
投稿者を特定することで、投稿者を刑事告訴したり、民事訴訟により損害賠償請求をしたりすることが可能になります。風評被害に遭ったときの対応については、以下の記事で詳しく解説しています。
関連記事:風評被害とは?被害を受けた場合の対応策を分かりやすく解説
まとめ:デマや風評被害は弁護士に相談を
SNS上のデマは、災害時には深刻な社会的な混乱をもたらす原因になります。そして、気軽に投稿したつもりでも、名誉毀損・信用毀損・偽計業務妨害等の刑事罰に問われる場合もあります。また、デマを拡散する行為も同様の罪に問われる可能性があります。
気軽に情報発信や拡散ができるSNSだからこそ、情報発信には慎重な対応を心がけるべきでしょう。センセーショナルな情報であればあるほど、発信する前に報道や政府発表などのリソースにあたり、丁寧な事実確認(ファクトチェック)を心がけるべきです。
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モノリス法律事務所の取扱分野:上場企業等の風評被害対策