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賃金のデジタル払い(デジタル給与)とは?導入事例や導入手続きについて解説

給与のデジタル払い

政府が令和7年(2025年)までにキャッシュレス決済比率を40%とする目標を掲げる中、令和5年(2023年)のキャッシュレス決済比率は、39.3%(126.7兆円)と、過去最高を記録しました。このような近年のキャッシュレス決済需要の高まりを受け、厚生労働省は、令和5年(2023年)4月に「賃金のデジタル払い(デジタル給与)」を解禁しました。

では実際に、賃金のデジタル払いはどのように活用できるのでしょうか。本記事では、賃金のデジタル払い(デジタル給与)の概要、メリットとデメリット、導入手続きについて解説していきます。

賃金のデジタル払い(デジタル給与)とは何か

デジタル給与払いとは何か

賃金のデジタル払い(デジタル給与)とは、労働者が同意した場合に、従来の現金払いや口座への振り込みの代わりに電子的な方法(スマホ決済アプリやプリペイドカード、電子マネーなどのデジタル通貨)を使って、資金移動業者の口座への資金移動を給与受け取りに活用する仕組みです。

資金移動業者とは、銀行以外で送金サービスを提供する登録事業者のことです。2024年8月時点で82社が登録されています。スマートフォンアプリ上で決済機能も提供するソフトバンク系の「PayPay」やLINEの「LINE Pay」などが知られており、利用者は資金移動業者のスマホアプリを銀行口座などとひも付けるなどして、チャージ(入金)したお金を送金や買い物に使うことが可能です。

資金移動業を営むには、「資金決済に関する法律」に基づき、事前に内閣総理大臣の登録を受けなければなりません。無登録で資金移動業(為替取引)を行った場合、銀行法第4条1項に違反する無免許業者として銀行法上の罰則の適用を受けることになります。

参考:一般社団法人日本資金決済業協会「資金移動業の概要」

登録されている資金移動業者の中でも、賃金のデジタル払いに利用できるのは厚生労働大臣が指定した資金移動業者の口座のみとなっています(執筆時点では、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者はPayPay株式会社1社のみです)。

賃金のデジタル払いは、選択肢のひとつです。雇用主は、希望しない労働者にデジタル払いを強制することはできません。また、労働者は賃金の一部のみを指定資金移動業者口座で受け取ることも可能です。

参考:厚生労働省|資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について

デジタル給与が認められた背景

賃金のデジタル払いが可能になった背景には、近年のデジタル化の進展に伴う給与支払いの変化があります。

賃金は通貨払いが原則です(労働基準法第24条)。ただし、労働者が同意した場合には、その例外として、 1:銀行口座と2:証券総合口座への賃金支払が認められています。(労働基準法施行規則第7条の2)

第二十四条賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

労働基準法

第七条の二使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。ただし、第三号に掲げる方法による場合には、当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。
一当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
二当該労働者が指定する金融商品取引業者(金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号。以下「金商法」という。)第二条第九項に規定する金融商品取引業者(金商法第二十八条第一項に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限り、金商法第二十九条の四の二第九項に規定する第一種少額電子募集取扱業者を除く。)をいう。以下この号において同じ。)に対する当該労働者の預り金(次の要件を満たすものに限る。)への払込み

労働基準法施行規則第7条の2

しかし、インターネットバンキングやモバイルバンキングの普及、ブロックチェーン技術の発展を背景に、デジタル通貨は私たちの生活になくてはならないものとなりました。

そこで、賃金支払の新たな選択肢として、デジタル通貨を管理する資金移動業者の口座への賃金支払を認める場合の労働基準法施行規則の改正が必要であるとして、給与支払いのデジタル化が検討されました。

デジタル給与に係る規制

給与のデジタル払いに係る規制は、大きく分けると「使用者側の規制」と「資金移動業者の規制」の2つにわけられます。

使用者側の規制

前述の通り、使用者である企業が賃金をデジタル払いしようとする時には、労働者から同意を得る必要があります。

この際、使用者は労働者に対して以下の説明が義務付けられています。

  • 口座残高上限額を100万円以下に設定又は100万円を超えた場合でも速やかに100万円以下にするための措置 を講じていること
  • 破産等により資金移動業者の債務の履行が困難となったときに、労働者に対して負担する債務を速やかに労働者に保証する仕組みを有していること。
  • 労働者に対して負担する債務について、当該労働者の意に反する不正な為替取引その他の当該労働者の責めに帰すことができない理由により当該労働者に損失が生じたときに、当該損失を補償する仕組みを有していること。
  • 最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年は口座残高が有効であること。
  • 現金自動支払機(ATM)を利用すること等により口座への資金移動に係る額(1円単位)の受取ができ、かつ、少なくとも毎月1回は手数料を負担することなく受取ができること。また、口座への資金移動が1円単位でできること。
  • 賃金の支払に関する業務の実施状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有すること。

資金移動業者の規制

前提として、資金移動業者については、資金決済法等に基づき、金融庁によって「履行保証金の供託」や「システムリスク管理」など必要な規制がなされています

ですが、賃金支払いを行う業者は、特に労働問題を含むことから厚生労働省によって要件が加重されており、労働基準法施行規則に基づき「賃金の確実な支払」を担保するために上記使用者の説明義務の内容が指定要件として課されています。

さらに上記に加えて、

  • 賃金の支払に関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。

という要件を満たすことで、資金移動業者からの申請に基づき、要件を満たす事業者を厚生労働大臣が指定することとなります。

デジタル給与のメリット

デジタル給与支払いのメリット

賃金をデジタル払いすることによるメリットとしては以下が考えられます。

労働者側のメリット

まず、労働者は、銀行口座を介することなく給与を直接受け取ることができます

さらに受け取った給与は、ATMなどで少なくとも毎月1回は、手数料なしで1円単位での引き出しができ、現金としても引き出しが可能です。また、給与を受け取る口座残高上限は100万円以下と定められており、超過する場合は、労働者があらかじめ登録しておいた銀行口座へ送金されます。

労働者が希望すれば、賃金の一部を資金移動業者の口座で、残りを銀行口座で受け取ることも可能です。例えば、手取り給与30万円のうち、20万円は銀行口座へ振り込み、残りの10万円をデジタル給与として受け取る希望があった場合、そのような方法で給与を支払うことも可能です

雇用主側のメリット

雇用主側は銀行口座を仲介する必要がなくなり、手数料の支払いを負担しなくなるため経済的にもメリットがあります。

また、雇用主は賃金のデジタル払いを導入することで、労働環境の整備に熱心に取り組む姿勢をアピールすることができます。社会や従業員の関心が高い福利厚生について、新たな制度に向き合って、働き方改革や従業員満足へ前向きに取り組んでいるという企業イメージがつけば、人材不足問題の解消が期待できます。

デジタル給与のデメリット

一方、賃金をデジタル払いすることによるデメリットとしては以下が考えられます。

労働者側のデメリット

賃金のデジタル払いは労働者が選択できる手段ですが、電子マネー等に不慣れな人にとっては、導入は難しい場合があります。特に、高齢者の場合は電子マネーの利用率が低いこともあり、デジタル給与のために新たに口座を開設する必要があるなどの問題が生じる場合もあります。

また、前述のとおり口座の上限額は100万円以下に設定するように決まっています。そのため、デジタル給与では、口座の上限額である100万円を上回った場合は、あらかじめ指定した銀行口座に自動的に出金されます。

さらに、システム障害やサイバー攻撃により、給与支払いが遅延したり失敗する可能性があります。  

雇用主側のデメリット

グローバル企業では、国や地域ごとに異なる規制や法律に対応する必要があるため、特に注意が必要です。

また、従業員の雇用情報と結びつけられることから、給与情報等のハッキングや漏洩のリスクを伴うため、利用するデジタル通貨によらず、強固なセキュリティ対策が必要です。

デジタル給与に対応するために、社内システムの整備等の初期設備投資が必要なケースもあります。

デジタル給与の導入事例

実際の導入事例

国内では2024年8月より、ソフトバンクグループ10社が賃金のデジタル払いに対応して「PayPay給与受取」を利用開始することを発表しました。

参考:ソフトバンクグループ10社が給与デジタル払いに対応して「PayPay給与受取」を利用開始

今回「PayPay給与受取」への対応を決定したのは、ソフトバンクグループ株式会社、ソフトバンク株式会社、LINEヤフー株式会社、PayPay株式会社、SB C&S株式会社、SBアットワーク株式会社、SBテクノロジー株式会社、SBペイメントサービス株式会社、PayPayカード株式会社、PayPay証券株式会社の10社です。

これらグループの従業員は、PayPay株式会社によってデジタル給与支払いを受けることとなりますが、現在日本国内で許認可を受けている資金移動業者はPayPay株式会社の一社のみであるため、国内における初の事例として注目が集まっています。

参考:PayPay株式会社「給与デジタル払いに向けて厚生労働大臣からの指定を受領」

参考:厚生労働省「PayPay株式会社のサービス概要」

デジタル給与の導入手続き

それでは、実際に賃金のデジタル払いを導入する際には、雇用主側はどのような手続きが必要になるのでしょうか。ここでは、手続きの流れやポイントについて解説します。

導入手続きの流れ

賃金のデジタル払いを導入する雇用主は、次の6つのステップが必要になります。

  1. 厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の確認
  2. 導入する指定資金移動業者のサービスの検討
  3. 労使協定の締結等
  4. 労働者への説明
  5. 労働者の個別の同意取得
  6. 賃金支払いの事務処理の確認・実施

指定資金移動業者選定のポイント

以下の点に留意して指定資金移動業者を選定します。

  • 口座残高上限の設定金額
  • 1日当たりの払い出し上限の設定金額
  • 手数料負担の有無と金額
  • 指定資金移動業者との契約締結の要否

複数の指定資金移動業者を選択することも可能です。

ただし、執筆時点では、指定資金移動業者はPayPay株式会社1社のみとなっています。

参考:厚生労働省|賃金のデジタル払いを導入するにあたって必要な手続き

労使協定の締結

賃金のデジタル払い導入にあたっては、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合には労働者の過半数を代表する者と、労使協定を締結する必要があります。

労使協定には、以下の事項を記載します。

  • 対象となる労働者の範囲
  • 対象となる賃金の範囲とその金額
  • 取扱指定資金移動業者の範囲
  • 実施開始時期

なお、厚生労働省のサイトには、労使協定の様式例があります。

労働者への説明・個別の同意取得

雇用主は前述の内容について労働者に説明することが義務付けられています。この説明は、指定資金移動業者に委託することも可能です。

労働者の個別の同意は、書面だけではなく電磁的記録によって取得することもできます。同意書の様式例は厚生労働省のサイトに掲載されています。

まとめ:デジタル給与の今後の展望

ここまで解説してきたように、デジタル給与は、給与の受け取り方法に関して労働者に新たな選択肢を増やす制度であると同時に、会社の福利厚生の一手段ともなる制度です。

賃金のデジタル払いはまだ制度が始まったばかりではありますが、キャッシュレス決済の需要は今後も益々高まる一方です。2024年9月現在、厚生労働省より指定を受けた資金移動業者はPayPay株式会社の1社のみですが、現在3つの資金移動業者が指定申請を行い、審査中です。

これらの業者が、厚生労働省による指定がなされれば、PayPay以外のデジタル通貨を利用したデジタル給与払いが可能となるため、今後は他の企業によるデジタル給与支払いが増える可能性が高いと考えられます。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証上場企業からベンチャー企業まで、IT・ベンチャー企業ならではの高度な経営の課題に対して法律面からのサポートを行っております。下記記事にて詳細を記載しております。

モノリス法律事務所の取扱分野:IT・ベンチャーの企業法務

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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