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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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タイのBOI投資奨励制度を弁護士が解説

タイのBOI投資奨励制度を弁護士が解説

グローバル化が加速しサプライチェーンの再構築が世界的な急務となる現代のビジネス環境において、タイ王国(以下、タイ)は東南アジア諸国連合(ASEAN)における中核的な製造拠点およびビジネスハブとしての地位を確固たるものとしています。歴史的に見ても日本の製造業をはじめとする多くの多国籍企業がタイに進出し、自動車産業や電子部品産業を中心に巨大で強固な産業集積を形成してきました。このようなタイの目覚ましい経済発展を制度面から強力に牽引し、外資系企業の投資を促進してきた中核的な枠組みが、タイ投資委員会(BOI)が管轄する投資奨励制度です。タイへの進出を検討する日本企業の経営者や法務担当者にとって、このBOI投資奨励制度の仕組みを正確に理解することは、単なる税務上のメリットを享受するためだけでなく、タイにおける厳格な外資規制という法的な絶対障壁を突破するための必須条件となります。

本制度は、外資企業がタイ国内で特定の重点業種に投資する際、法人税の長期にわたる免除や機械および原材料の輸入関税免除といった税制上の恩典に加えて、原則として法律で禁止されている外資100パーセントでの会社設立や土地所有権の取得許可、さらには外国人就労ビザの簡易化などの非税制上の極めて強力な恩典を付与するものです。2023年から2027年に向けた新たな5カ年投資促進戦略では、従来の重厚長大産業や労働集約型産業からの脱却が図られ、電気自動車(EV)関連産業、データセンターを中心とするデジタル産業、そして持続可能性を重視するBCG(バイオ・循環型・グリーン)経済への移行が鮮明に打ち出されています。

本記事では、タイのBOI投資奨励制度の法的要件と実務上の留意点について徹底解説します。具体的には、日本の法律との決定的な違いである外資規制や土地所有規制の厳格さを浮き彫りにしつつ、奨励恩典を享受するための具体的な要件や機械設備に関する厳格な運用基準を詳解します。さらに、日本企業が陥りやすい税務上のリスクに関する最高裁判例や、昨今タイ国内で劇的に摘発が強化されているノミニー(名義貸し)構造に関する最新の刑事裁判例までを網羅的に検討します。これらの法的リスクを包括的に把握し、現地の法制度に完全に適合したコンプライアンス体制を構築することから、タイにおける安定的かつ持続可能な事業運営が可能になるということが言えるでしょう。

日本の法制度とタイの外資規制および土地所有規制における相違

日本企業がタイに進出する際、事業スキームの策定段階で最初に直面する最大の法的障壁が、極めて厳格な外資規制土地所有規制です。日本の法律と比較した場合、タイの法制度は自国産業と国土の保護に関して極めて保護主義的な側面を持っています。この根本的な法制度の違いを理解せずに日本国内の感覚で事業計画を立案することは、後述する致命的な法的トラブルを招く原因となります。

日本の「外国為替及び外国貿易法(外為法)」においては、国の安全保障や国民経済の円滑な運営に著しい悪影響を及ぼす特定の業種(武器製造、航空宇宙、原子力、農林水産業など)を除き、原則として外国投資家による日本企業の株式取得や100パーセント外資の現地法人設立は自由とされており、事後報告のみで適法に事業を開始できるケースが大半を占めます。また、日本の民法や不動産登記法をはじめとする関連法令においては、外国人の土地所有を制限する一般的な規定は存在せず、外国の個人であっても外国法人であっても、日本人と全く同様に自由に日本の不動産を取得し所有権の登記を行うことが可能です。

これに対しタイの法制度は根本的に異なります。タイの「外国人事業法(Foreign Business Act B.E.)」は、外国人が営む事業を3つのカテゴリー(第1種から第3種)に分類し、原則として外国人がタイ国内で過半数の株式を保有して事業を行うことを広範に制限しています。特にサービス業、小売業、卸売業、建設業、農業などの幅広い分野においては、事前の厳格な許可を取得することなく外資が51パーセント以上の議決権を握ることは法律により厳格に禁止されています。さらにタイの「土地法(Land Code)」は、外国法人や外国人による土地の所有を原則として全面的に禁止しています。この土地法における外国人の定義は外国人事業法よりもさらに厳格であり、外国資本がわずかでも49パーセントを超えていれば、その法人は外国人として扱われ土地を所有することは一切できません。

このような厳格な法規制が存在するタイにおいて、外国法人が適法に100パーセントの出資比率で製造業等の事業を展開し、かつ自社工場の建設などのために土地を所有する唯一の有力かつ合法的な手段が、「投資奨励法(Investment Promotion Act B.E.)」に基づくBOIの投資奨励恩典を取得することです。すなわち、タイにおけるBOI投資奨励制度は、単なる投資回収を早めるための税制優遇措置にとどまらず、外資規制と土地所有規制という法的な絶対障壁を合法的に突破するための不可欠な事業ライセンスとしての性質を強く帯びているのです。この基本構造を正しく認識することが、タイにおける事業展開の第一歩となります。

投資奨励法に基づく恩典の法的根拠と詳細な制度設計

投資奨励法に基づく恩典の法的根拠と詳細な制度設計

BOIが提供する恩典は、大きく税制上の恩典(Tax Incentives)非税制上の恩典(Non-tax Incentives)に分類されます。これらの恩典は投資奨励法の各条文に明確な法的根拠を有しており、要件を満たした企業に対して極めて強力なインセンティブを提供します。

法人税と関税に関する強力な税制上のインセンティブ

最も注目される恩典は、投資奨励法第31条に基づく法人所得税(Corporate Income Tax)の免除です。従来の一般的な製造業に対する法人税免除の期間は最大で8年間とされていましたが、近年の法改正により、高度技術やイノベーションを伴う研究開発(R&D)活動など特定の重要事業に対しては、最大で13年間の法人税免除が付与される可能性が新たに設けられました。さらに、法人税免除期間が終了した後も、投資奨励法第31条の規定に基づき、特定の投資促進地域等に立地する事業に対しては、その後5年間にわたって法人税額を通常の50パーセントに減額する措置が適用される場合があります。また、免税要件を満たさない事業であっても、同法の枠組みにより法人税の免除に代えて法人税率の軽減措置を認める権限がBOIに付与されており、より柔軟なインセンティブ設計が可能となっています。

関税面での恩典も、設備投資が先行する製造業にとって極めて重要です。投資奨励法第28条および第29条の規定に基づき、奨励事業に使用される機械の輸入関税が免除または減免されます。また、同法第30条に基づき、輸出向け製品を製造するための原材料や必須資材の輸入関税も免除されます。さらに近年の重要な法改正として、同法第30条の1が追加され、国内での研究開発活動に関連するテスト用の輸入資材についても関税免除の対象となることが明文化されました。これにより、日本から高度な製造設備や特殊な機能性素材をタイに持ち込む際の初期投資コストとランニングコストを大幅に削減することが可能となります。これらの恩典制度に関する公式な解説は、タイ国政府投資委員会の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:タイ国政府投資委員会の公式ウェブサイト

ここで日本の税法との実務上極めて重要な違いとして、欠損金の繰越控除制度が挙げられます。日本の法人税法においては、青色申告法人の欠損金は発生年度から原則として10年間の繰越控除が認められており、利益の出た事業年度の所得と相殺することが可能です。これに対しタイのBOI制度下においては、免税期間中に生じた純損失(Net Loss)を、免税期間終了後の最長5年間にわたって生じた純利益から控除することが、投資奨励法第31条第4項により特別に認められています。これは初期投資が大きく黒字化までに時間を要する大規模プロジェクトにとって、免税期間終了後の税負担を劇的に軽減する強力な財務上のメリットとなります。

非税制上のインセンティブとカントリーリスクの低減

非税制上の恩典は、外国企業がタイ国内で長期的かつ強固な事業基盤を構築する上で不可欠な権利を付与するものです。前述の通り、外国人事業法による強力な規制の例外として、BOI奨励企業には外資100パーセントでの会社設立と事業運営が許可されます。さらに、本来であれば土地法により厳しく禁止されている外国法人の土地所有権の取得が、工場建設や従業員宿舎の確保などの奨励事業の目的に限り、特例として許可されます。

また、タイで事業を立ち上げる際にボトルネックとなりやすいのが、日本人駐在員の赴任に伴う手続きです。通常、タイで外国人を雇用する際には、タイ人従業員4名に対して外国人従業員1名という厳格な雇用比率要件が存在し、ビザやワークパーミット(労働許可証)の取得には煩雑な手続きを要します。しかし、BOIの奨励企業に対しては出入国管理法や外国人労働法に関する特例措置が適用され、高度な技術を持つ外国人技術者や経営管理者の受け入れプロセスが大幅に簡略化されます。この優遇措置により、事業の立ち上げに必要不可欠な人数の日本人駐在員を迅速かつ合法的に派遣することが可能となります。

加えて法務的観点から見逃せないのが、投資奨励法に基づく財産権の保護です。同法は、タイ政府がBOI奨励企業の事業や資産を国有化(Nationalize)しないことを法律上明確に保証しています。新興国への直接投資においては、政変等に伴う接収や国有化のリスク(カントリーリスク)が常に存在しますが、タイではこの法律による保証に加えて、2019年に改正された不動産収用法(Expropriation of Immovable Property Act)により、万が一公共の目的で土地が収用される場合でも、明確な手続きと適切な補償が定められており、裁判所への不服申し立ての権利も認められています。これらの制度的保障は、投資家にとって極めて強力な法的保護として機能します。

新たな5カ年投資促進戦略における対象業種とインセンティブ構造

タイ政府は2023年から2027年までの期間を対象とする新たな「5カ年投資促進戦略」を策定し施行しました。この戦略は、タイ経済を単なる製造拠点から「革新的(Innovative)」「競争力がある(Competitive)」「包括的(Inclusive)」な新しい経済モデルへと移行させることを目的としています。従来の労働集約型産業や単純な組み立て型製造業への依存から脱却し、産業の高度化と持続可能性(SDGs)を重視する方針が明確に打ち出されました。BOIはこの戦略を実行するため、既存産業の高度化と新産業の構築、グリーン産業およびスマート産業への移行加速、そしてタイを地域の国際ビジネスセンターとして推進することなど、7つの主要な柱を中心に政策を展開しています。

特に電気自動車(EV)関連産業、データセンターを中心とするデジタル事業、そしてBCG(バイオ・循環型・グリーン)産業が最優先の投資対象として指定されています。BOIは事業の技術レベルや国家経済への波及効果に応じて奨励対象事業を複数のカテゴリーに細分化し、それぞれに付与する恩典のレベルを厳密に決定しています。主なカテゴリーの分類は以下の通りです。

カテゴリー事業の性質と代表的な対象業種付与される主要な恩典レベル
A1カテゴリー航空機の製造や重要部品の製造など、極めて高度な技術を要するナレッジベース産業。法人税の最長8年間免除(金額上限なし)、機械・原材料の輸入関税免除など、最高レベルの恩典。
A2カテゴリー航空機や航空機部品の修理サービスなど、専門的なインフラや高度なサービス産業。法人税の長期免除に加え、国内で調達できない原材料の輸入関税90パーセント減免などの恩典。
A3カテゴリー高付加価値コンポーネントの製造、EV用DC充電ステーションの設置、バッテリー交換ステーションなど。法人税の免除(投資額に応じた上限あり)、機械および原材料の輸入関税免除などの恩典。
A4カテゴリーバッテリー式電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の組み立て製造など。法人税の免除に加え、特定の要件を満たした場合の追加的な法人税免除期間の付与。
Bカテゴリー支援産業や一般的なサービス業など。法人税の免除は原則としてないが、機械の輸入関税免除や非税制上の恩典(外資100%許可等)が付与される。

例えば、タイ政府が国家的な注力分野としている電気自動車(EV)セクターにおいては、極めて戦略的かつ重層的なインセンティブ設計がなされています。車両本体の製造(BEVやPHEV)はA4カテゴリーに分類されますが、単なる組み立てにとどまらず、主要部品をタイ国内で自社製造するごとに法人税免除期間が1年ずつ追加される仕組みが導入されています。さらに、事業開始から最初の3年間で年間1万台以上の生産目標を達成した場合には、追加で1年間の法人税免除が付与されるなど、外資企業に対してタイ国内での大規模な設備投資とサプライチェーン構築を強く促す内容となっています。

デジタルセクターに関しても強力な支援措置が講じられています。製造業の現場において人工知能(AI)や機械学習、ビッグデータ、データアナリティクスを導入するためのソフトウェアやITシステムに対する投資は、一定の要件を満たすことで、法人税免除の上限額を計算するための投資資本としてその全額を算入することが認められています。特にタイ国内の開発者が構築したエンタープライズ管理システムを導入する場合には優遇措置が厚く、外資企業によるタイ国内のデジタル技術活用を後押しする制度となっています。これらの措置に関する公式文書は、タイ国政府投資委員会の公式ガイドブックで確認することができます。

参考:タイ国政府投資委員会の公式ガイドブック

投資奨励恩典を享受するための法定要件と機械設備の厳格な運用基準

投資奨励恩典を享受するための法定要件と機械設備の厳格な運用基準

BOIの投資奨励恩典を享受するためには、単に自社の事業が指定された業種に属しているだけでは足りません。BOIが定める厳格な付加価値要件や、使用する機械設備に関する厳密な条件を満たす必要があります。これらの条件を満たさない場合、奨励の取り消しや法人税免除期間の短縮といったペナルティが課される法的リスクが存在します。

付加価値要件と国際規格の取得義務による質の担保

原則として、BOIに申請されるプロジェクトは収益の20パーセント以上の付加価値(Value Added)をタイ国内で生み出すものでなければなりません。これは単なる輸入部品の単純な組み立て作業を排除し、タイ国内での実質的な経済効果を確保するための規定です。ただし、農業や農産物加工業、電子製品および電子部品の製造業、コイルセンターなどの特定の産業分野においては、その事業の性質上付加価値を高めることが困難であることに配慮し、例外として付加価値要件が収益の10パーセント以上に緩和されています。

さらに、品質管理や環境保護の観点から、BOI奨励企業は本格的な事業稼働の開始から2年以内に、ISO 9000シリーズやISO 14000シリーズなどの国際規格認証を取得することが投資奨励の条件として法的に義務付けられています。この指定された期間内に国際規格の認証を取得できなかった場合、ペナルティとして法人税免除期間が1年間短縮されるという極めて厳格な措置が講じられます。これはタイ政府が単なる外資の誘致段階から、国際社会で通用する高品質かつ持続可能な産業基盤の育成へと明確に舵を切っていることを示しており、日本企業は進出初期段階から国際規格取得に向けたスケジュール管理を徹底する必要があります。

使用する機械の新品要件と中古機械の例外的な持ち込み規定

BOI制度において、日本企業の法務担当者および工場設立責任者が直面する極めて実務的なハードルが、奨励事業に使用する機械設備に関する要件です。BOIの原則として、プロジェクトには「新品の機械」を使用しなければならず、新品の機械に対する投資のみが法人税免除の上限額を計算するための投資資本として全額認められます。

しかしながら、日本企業が既存の国内製造ラインをそのままタイに移管する場合など、実務上は自社で使用していた中古機械をタイに持ち込んで使用せざるを得ないケースは多々存在します。BOIはこのような産業界の実態に配慮し、製造年から輸入年までの経過期間が「5年以内」の中古機械に限り、一定の厳格な条件の下で奨励事業への使用と法人税免除計算の基礎となる投資資本への算入を認めています。

中古機械を適法に持ち込み、関税免除や法人税免除枠の拡大といった恩典の対象とするためには、信頼できる第三者機関(Trusted Institute)が発行した「機械性能証明書(Machinery Performance Certificate)」を、輸入する機械のマスターリスト提出日と同じ日にBOIへ提出しなければならないという極めて厳格な手続きが要求されます。この証明書には、単なる動作確認にとどまらない以下の6つの重要な詳細情報が記載されている必要があります。

機械性能証明書に求められる必須記載事項実務上の意義と要件
リコンディショニングの詳細と残存耐用年数の分析機械の改修履歴と、今後タイ国内で安全に稼働できる期間を科学的根拠に基づいて証明する。
製造年の特定経過年数が規定の5年以内であることを客観的な製造記録に基づいて特定する。
テストラン(試運転)の結果実際のフル稼働能力や機能性がプロジェクトの要求水準を満たしているかを検証する。
環境・安全・エネルギーに関する報告環境負荷、安全基準の遵守、エネルギー消費量がタイの法的基準に適合しているかを報告する。
適切な価格見積もり法人税免除上限額を計算するための基礎となる適正な時価評価額を算出する。
検査の実施日と場所検査の客観性と透明性を担保するための基本情報を明記する。

製造年から5年を超え10年以内の中古機械については、事業に使用すること自体は許可される場合がありますが、原則として法人税免除計算のための投資資本には算入されず、輸入関税の免除対象からも除外されるため、税務上の恩典は著しく制限されます。ただし、半導体や高度電子機器産業における海外関連会社からの工場移管プロジェクト(Factory Relocation)など特定の例外的なケースにおいては、5年超10年以内の中古機械であってもその価値の50パーセントを投資資本として算入できる特例措置が存在します。

これらの手続きの不備や証明書の提出遅延、あるいは記載事項の欠落は、機械の投資資本への算入否認や関税免除の取り消しに直結し、数千万円から数億円規模の税務上の損失をもたらす可能性があります。また、投資奨励法第54条および第55条には、条件に違反した場合の投資奨励の取り消しや、過去に遡っての関税および付加徴収金の徴収に関する強力な権限が規定されています。したがって、法務および税務部門による厳格な工程管理と書類審査が不可欠です。

BOI奨励企業が直面する法的リスクと損益通算に関する最高裁判例

BOI投資奨励制度の恩典を享受する上で、日本企業が最も警戒すべき陥りやすい落とし穴が、タイ歳入局(Revenue Department)とBOIとの間の法解釈の相違に起因する予期せぬ税務リスクです。タイでは投資奨励法を管轄するBOIと、一般的な税法である歳入法を管轄する歳入局の権限が完全に独立しており、法人税の計算方法において両者の見解が鋭く対立する歴史的背景がありました。

特に実務上大きな問題となったのは、一つの企業が複数のBOI奨励プロジェクトとBOI非奨励事業を同時に運営している場合における、純利益と純損失の通算(相殺)計算の解釈です。BOIが発表していたガイドラインおよびタイ中央租税裁判所の初期の判決(代表的なものとしてNMB Minibea事件など)では、投資奨励法第31条の趣旨に則り、奨励企業はプロジェクトごとの損益を個別に計算し、ある奨励プロジェクトで発生した損失を利用して、免税期間終了後の非奨励事業の利益と相殺することが広く認められており、これが実務上の慣行となっていました。

しかし、タイの最高裁判所(Supreme Court)は2016年5月16日に言い渡した画期的な判決(Supreme Court Judgment No. 15345/2558)において、この長年の実務慣行を根本から覆す判断を下しました。最高裁判所は、BOI奨励企業の法人所得税の計算方法に関する最終的な判断権限は、究極的には歳入局が管轄する歳入法(Revenue Code)の支配下に置かれるべきであると判示し、歳入局が主張する損益通算の計算方式(すべてのBOI奨励事業の損益を合算した上で全体としての純利益を計算しなければならないとする方式など)を適法と認定しました。

この最高裁判決により、BOIの初期のガイダンスを信じて個別に損益計算を行っていた多くの企業は、歳入法の規定に従って過去の税額を再計算することを余儀なくされました。そして、法定の申告期限を過ぎたものについては、不足分の税金そのものに加えて、高額な重加算税や延滞税(Surcharge)を納付する義務を負うこととなりました。この判例は、BOIから付与された正式な恩典証明書が存在するからといって税務上の絶対的な安全が永続的に保障されるわけではなく、常にタイの一般税法である歳入法との整合性を厳密に検証し、司法判断の動向を注視しなければならないという実務上の重大な教訓を示しています。この判決に関するタイ政府の公式見解の背景資料は、タイ国政府投資委員会の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:タイ国政府投資委員会の公式ウェブサイト

外資規制の潜脱(ノミニー構造)に関する法的効力と刑事摘発事例

外資規制の潜脱(ノミニー構造)に関する法的効力と刑事摘発事例

BOIの申請手続きの煩雑さや条件の厳しさを避けるため、あるいはBOIの対象とならない事業分野へ進出するために、日本企業が絶対に回避しなければならない致命的な法的・社会的リスクが、「ノミニー(名義貸し)構造」を利用した違法な会社設立と不動産取得です。

外国人事業法や土地法の厳格な外資規制を逃れるため、実質的な出資者や事業の支配者が外国人であるにもかかわらず、表面上の株主名簿には現地のタイ人やタイ法人を51パーセント以上の支配株主として虚偽の登記を行う手法が、過去において一部の悪質なコンサルタントや法律事務所によって推奨されることがありました。日本の会社法においては、株式の形式的な名義人と実質的な所有者が異なる場合であっても、直ちに会社設立が犯罪となるわけではありませんが、タイにおいてはこれが重大な国家法益の侵害とみなされます。

タイの最高裁判所は一貫してこのようなノミニー構造を厳しく非難し、無効としています。例えば、最高裁判所判決 No. 6136/2537 および No. 17923/2557 において、外国人が実質的に土地を所有する目的でタイ人を名義人として会社を設立する行為は、土地法第86条の明白な強行法規違反であり、公序良俗に反するためタイ民商法典第150条に基づきその契約や行為は絶対的に無効であると明確に判示しています。また、外国人事業法第36条および第37条は、外国人のためにノミニーとして株式を保有したタイ人、およびこれを利用して違法に事業を運営した外国人に対して、3年以下の禁錮刑や最大100万バーツの罰金、さらには裁判所による事業の強制停止命令という極めて重い刑事罰を規定しています。

近年、タイ法務省特別捜査局(DSI)はこのようなノミニー構造に対する摘発を強化しています。2024年8月には、韓国系の大手建設会社の現地法人であるPOSCO Engineering (Thailand) Company Limitedの経営幹部らが、タイ人従業員をノミニー株主として違法に事業を運営し90億バーツ以上の収益を上げていたとして、DSIにより検察に送致されるという大規模な事件が発生しました。この事件は、大企業や国際的に知名度のある多国籍企業であっても、違法な事業構造に対しては法執行の例外とはならないことを国際社会に強く印象付けました。

さらに直近の極めて重要な判例として、プーケット県における大規模なノミニー摘発事件に関する刑事裁判所の判決(Case No. Red 2812/2567、2024年9月11日判決)が挙げられます。この事件では、タイ人の名義を利用して違法に会社を設立し、土地を購入して不動産移転に伴う税金や手数料を脱税したとして、関与した法律・会計事務所の関係者、タイ人名義人、外国人投資家、および関与した法人を含む計23名の被告人に対して一斉に有罪判決が下されました。裁判所は当初、各被告人に対して10年の実刑判決を言い渡し、自白や捜査への協力などの情状酌量により最終的に5年に減刑(うち2年間は執行猶予)とし、一人当たり20万バーツの罰金、および関与した違法な法人すべてに対して解散命令を下しました。

こうしたタイ司法当局およびDSIによる厳格な刑事摘発の動向から、タイ政府が外資規制の潜脱行為に対して極めて強硬な姿勢をとっており、適法な事業スキームの構築が企業防衛上の最重要課題であるということが言えるでしょう。香港証券取引所などに上場する多国籍企業の中には、タイ子会社の過去のノミニー構造の疑いを払拭するために、莫大な費用と時間をかけて適法な構造への再編(リストラクチャリング)を行い、目論見書でその法的リスクを詳細に開示する事例も急増しています。

日本企業に求められる適法な事業構造の構築と代替的な実務対応

タイにおけるこれらの厳格な法環境と摘発リスクを踏まえると、日本企業は目先の設立コスト削減やコンサルタントの安易な提案に流されず、完全に適法な枠組みの中で事業を進出させる必要があります。違法なノミニー構造を採ることは、経営陣の逮捕といった刑事罰にとどまらず、事業の強制停止や資産の没収による甚大なレピュテーションリスク(社会的信用の失墜)と経済的損失に直結します。日本企業が適法にタイで事業を展開し、外資100パーセントの支配権を確保するための有力な選択肢は以下の通りです。

第一に、本記事で解説したBOI投資奨励制度を正規の手続きで申請し、100パーセント外資での事業運営許可と土地所有権を取得することです。対象業種や付加価値要件を満たす事業であれば、これが最も強力で安全な進出スキームとなります。

第二に、事業内容がBOIの奨励対象業種に該当しない場合であっても、タイ工業団地公社(IEAT)が管轄する指定工業団地内に工場を設立することで、IEAT法に基づく特例として外資100パーセントでの操業許可や工場用地の土地所有権の取得が可能となる場合があります。

第三に、サービス業などの非製造業でBOIの要件を満たしにくい場合には、「日本・タイ経済連携協定(JTEPA)」などの国際条約の枠組みを活用する方法があります。JTEPAに基づく特定要件を満たす日本の投資家は、タイ商務省事業開発局から外国人事業許可証(Foreign Business Certificate)を申請し取得することで、例外的に過半数を超える外資比率で特定の事業を行うことが認められます。JTEPAの恩典はBOIのように無税の税務メリットを提供するものではありませんが、外資規制を適法にクリアするための重要な法的根拠として機能します。現在、両国政府はJTEPAのさらなる改定に向けた交渉の準備を進めており、グリーン経済やスマート農業など新分野への市場アクセス拡大が期待されています。

いずれの選択肢を採るにせよ、タイの法制度は日本法とは全く異なる前提の上に成り立っており、法令の改正や最高裁判所などの司法機関の判断変更が事業に直接的な打撃を与えるリスクが常に存在します。したがって、進出前のスキーム策定段階から現地の法制度を熟知した専門家による法務デューデリジェンスを徹底することが、企業に求められる不可欠な実務対応となります。

まとめ

本記事では、タイのBOI投資奨励制度に関する法的要件の全容と、日本企業がタイへ進出する際に留意すべき実務上およびコンプライアンス上のリスクについて徹底的に解説しました。タイ政府が推進する新たな5カ年投資促進戦略の下、EVやデジタル産業を中心とする革新的な分野に対してはかつてないほど強力な税制優遇が付与され、新たなビジネスチャンスが広がっています。その一方で、付加価値要件の達成や使用機械に関する厳格な性能証明書の審査、国際規格の取得義務など、奨励恩典を維持するための法的コンプライアンス要件は年々高度化かつ厳格化しています。

さらに、最高裁判例が示すようにBOIと歳入局との法解釈の乖離による予期せぬ多額の税務リスクが存在することや、DSIによる違法なノミニー構造への大規模な刑事摘発が進行している事実は、タイでのビジネスが高度な法的知見と極めて厳格なリスクマネジメントを必要とすることを示しています。日本企業がタイにおいて持続的かつ安定的な成長を遂げるためには、日本法との根本的な違いを正確に認識し、投資奨励法や外国人事業法などの現行法令を完全に遵守した透明性の高い事業スキームを設計することが極めて重要です。

モノリス法律事務所では、企業の海外展開や国際ビジネスに伴う複雑な法的課題の解決に向けて、多角的な視点から法的リスクの分析および適法かつ強固な事業構築をサポートいたします。タイへの新規進出、既存事業の適法性レビュー、または現地における事業再編を検討される際には、致命的な法的トラブルを未然に防ぎ、貴社の事業の成功を確実なものとするために、ぜひ一度当事務所にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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