NHK「デジタル・タトゥー」第4話のIT技術・法律
NHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」は、インターネット上の誹謗中傷・風評被害を題材とし、弁護士を主人公としたドラマです。同ドラマの原案を担当した弁護士として、同ドラマに登場する法的手続やIT技術について解説します。
第4話は、主人公である岩井弁護士の娘、岩井早紀(唐田えりかさん)の、交際相手とのラブホテルでの撮影写真がインターネット上に公開されてしまうという話でした。岩井早紀は、大学のミスコンで優勝し、テレビ局「東洋テレビ」に女子アナとして内定を貰っていた立場。写真がアップされることで、ネット上で「炎上」が起こってしまいます。
この話に関して、こうした「炎上」を削除する方法や、岩井弁護士が最終的に「犯人」を追い詰めた際の手段について解説します。
この記事の目次
プライバシーの侵害と名誉権侵害による削除
「それより、大丈夫なの?早紀ちゃん、なんかネットでえらいことになってるみたいだけど」
NHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」第4話
「今、早紀のマンションにいるんだが、いないんだよ。一体、何やってるんだ、あいつ。あんな醜態さらして」
「晒して?晒されての間違いじゃないの?」
(中略)
「おじさん、もしかして早紀にも非があると思ってた?」
インターネット上の誹謗中傷・風評被害対策の場面では、「問題の投稿が、依頼者のある権利を侵害していると主張し、その投稿の削除(又は投稿者特定)を求める」という構造の主張を行うことになります。「ある権利」は、実務感覚としては、およそ6割が名誉権、2割がプライバシー権です(その他の各種の権利が残り2割)。そして「名誉権」と「プライバシー権」には、大きな違いがあります。
- 名誉権:原則として、削除できるのは「虚偽」だけ。真実については削除ができない
- プライバシー権:真実か否かに関わらず削除することができる
名誉権侵害が成立するための条件
名誉権侵害(名誉毀損)とは、単純に言うと、
- ある事実(具体的な事柄)が公開されていて
- その事実が依頼者の評価を下げるようなものであり
- その事実が虚偽である
という場合に成立します。…実際の要件はもう少し複雑なのですが、単純に言えば上記の通りです。ここでいう「事実」とは「具体的な事柄」という意味内容であり、真実か否かとは無関係です。
プライバシー権侵害が成立するための条件
これに対してプライバシー権侵害は、単純に言うと、
- 私生活上の事柄であって
- 通常は公開されたくないような事柄が公開されている
という場合に成立します。上記と同様に、実際の要件はもう少し複雑ですが…。
プライバシー権侵害は真実かどうかと無関係に成立する
ただ、重要な違いは、プライバシー権侵害の場合、削除等の対象となる投稿で書かれている「事柄」は、真実でも真実でなくても良いし、さらにいえば、「それが真実かどうか」を主張や訴訟の上で明らかにする必要もない、ということです。岩井早紀は、女子アナとしての内定を得ているとは言え、大学生ですし、そもそも女子アナは政治家等の公的立場ではなく、一会社員です。その交際関係などが「プライバシー」に該当することは疑いないでしょう。
(インターネット上の投稿として)
NHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」第4話
『へー、こんなに淫乱なんだ。内定もマクラで勝ち取ったんじゃね?』
こうした投稿については、不正な手段で内定を勝ち取ったという「事実」が岩井早紀の評価を下げるようなものであり、それは虚偽であるとして、名誉権侵害による削除等を求めることもできるでしょう。
写真を不正入手した犯人の特定
「この写真が出る前の日、早紀ちゃんがいるから来ないかって誘われてカラオケに行ったんです。(中略)そのとき誰かにスマホをいじられたみたいなんです…」
NHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」第4話
「そのカラオケ、ほかに誰がいた?」
(中略)
「地下鉄の写真、ネットにあげたのはあなたですね」
「……!」
「最初の写真を拡散したのも」
「知りません」
「小西達也君のスマホを調べればすぐに分かるんですよ。あまり弁護士を舐めない方がいい」
問題の写真をインターネット上に投稿したのは、岩井早紀の交際相手であった小西達也ではなく、同級生の奥寺ミサでした。岩井弁護士は、状況証拠から奥寺ミサが犯人であると確信し、上記のように奥寺ミサに迫り、自身の犯行であると自白させます。
ドラマでは描写が省略されていますが、奥寺ミサは、どのように画像をインターネット上に投稿したのでしょうか。一番可能性が高いのは、インターネット経由で自身のスマホにコピーし、翌日に自身のスマホから投稿を行った、という方法だと思われます。iPhoneなど、最近のスマホは、十分な内部ストレージを持つ一方、MicsoSDカードなど外部ストレージに対応していないケースが多いからです。
そしてそうだとすると、例えばメールであれば、小西達也側のスマホで送信済メールから当該メールを削除しても、メールサーバーには、「そうした画像を添付ファイルとして奥寺ミサのメールアドレスにメールを送信した」というログが残ることになります。例えばLINEであっても、小西達也側のスマホで当該LINEログを削除しても、LINEのサーバーには、「そうした画像を奥寺ミサに送信した」というログが残ることになります。
発信者情報開示請求の限界
メールサーバーやLINEのサーバーに対し、こうしたログの開示を、民事上の請求権として求めることはできません。いわゆる「発信者情報開示請求権」は、プロバイダ責任制限法によって創設された権利ですが、この権利は、
不特定多数に見られるような投稿によって名誉権やプライバシー権を侵害された場合、その投稿者に関する情報の開示を求めることができる
というものです。重要なのは「不特定多数」という部分で、
- 掲示板等への投稿は、不特定多数に見られるものだから、名誉権侵害になるような掲示板投稿を行われた場合は発信者情報開示請求で投稿者特定を行うことができる
- メールやLINEは、特定少数(本件で言えば自分のみ)への通信だから、どのようなメール・LINEを送られても、発信者情報開示請求で犯人特定を行うことはできない
となってしまうのです。
弁護士会照会による調査の可能性
ただ、そうであったとしても、いわゆる弁護士会照会(23条照会)は、こうしたケースでもなし得ます。弁護士会照会は、それはそれで交渉が難しいものであり、また、特にLINEの場合、LINEのサーバーは通信ログを極短期間しか保存していない、という問題もあるのですが…。
岩井弁護士の「すぐに分かる」というのは、ある程度「ハッタリ」ではあります。ただ本件の場合、インターネット上の投稿を精査し、どれが一番最初に行われた投稿かを調べ、その投稿について発信者情報開示請求を行えば、「犯人」、つまり奥寺ミサに辿り着くことは可能であったと思われます。