弁護士会照会で得られる情報とは?開示請求の手順も解説
弁護士は、弁護士資格を持っている人間のいわば「特権」として、「弁護士会照会」の制度を用いることができます。
紛争の相手方以外の第三者に対し、「弁護士会」という組織を通して、情報の「照会」を行うことができるのです。
弁護士会とは、弁護士と弁護士法人によって構成される団体です。
弁護士は、弁護士会に対して、「自分はこうした事件を手がけていて、解決のためにこの第三者に対し、この質問に答えてもらう必要がある、だから弁護士会の名で照会を行って欲しい」と申請します。
すると、一弁護士による単なる照会ではなく弁護士会の名で行われる照会であることから、照会を受けた第三者が回答してくれる可能性が非常に高くなるのです。
極端な例をあげれば、興味本位で弁護士会照会を用いて「あるグラビアタレントの住所、電話番号を教えて欲しい」と携帯電話会社に対して照会すると、教えてくれる可能性があります。
これはあくまで可能性の話ですが、万が一、そういった形で悪用されると大問題になるため、運用が厳しい制度となっています。
この弁護士会照会は、インターネット上の投稿者特定のための開示請求など、誹謗中傷対策にも有効なのでしょうか。
この記事の目次
弁護士会照会とは
弁護士会照会とは、弁護士が依頼を受けた事件について、証拠や資料を収集し、事実を調査するなど、職務活動を円滑に行うために設けられた制度です。
「弁護士法第23条の2」で定められているため、「23条照会」とも呼ばれます。
弁護士法23条の2第1項
弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。
弁護士法23条の2第2項
弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
弁護士会照会による開示請求の手順
弁護士会照会を用いるには、弁護士は所属する弁護士会に対し、照会事項と申請の理由を記載した「照会申出書」を提出します。
「照会申出書」が弁護士会に提出されると、弁護士会では、弁護士会が定める要件を充足しているか、照会を必要とする事情に鑑みて照会を行うことが本当に必要か、審査が行われます。
「照会申出書」の記載内容に不備がある場合や照会の必要性に疑問がある場合には、弁護士に対して書き直しや再考が要求されるのです。
こうした審査を経て、必要性・相当性が認められると判断されたものについてのみ、弁護士会会長名で照会先へ「照会書」が送られることになります。
当然、弁護士会の審査で、要件を満たさないと判断された場合には、照会の申請は拒絶され、照会は行われません。
審査にあたっては、公正な審査がなされるように、各弁護士会の会長が指定する、その申請に関わりのない弁護士が行うこととなっています。
審査を通過し、「照会書」が送られると、それに対する回答が照会先から弁護士会へ送られます。
弁護士会はその内容を確認し、事件に必要のない情報が記載されている場合には黒塗りなどで伏せてから、弁護士に回答書を交付しているのです。
弁護士会照会で得られる情報
では、弁護士会照会を用いると具体的にどのような情報が得られるのでしょうか。
弁護士会照会を用いて得られる情報は多種多様ですが、例えば以下のようなものがあります。
例1 給与、退職金の額と支払時期
退職間近のAさんから離婚を切り出されたBさんは、退職金について財産分与を求めましたが、Aさんは退職金の額や支払時期などを明らかにしません。
このような場合、Bさんの代理人弁護士はAさんに対して、財産状況を明らかにしないのであれば勤務先へ弁護士会照会せざるを得ないことを伝えます。
それでもなお、Aさんが財産状況を明らかにしない場合、弁護士会照会を利用し、Aさんの勤務先からAさんの退職金の額や支払時期などの情報を得ることができます。
例2 不貞行為を理由に慰謝料請求をするため、不倫相手を特定
弁護士会照会は、配偶者と不貞行為をしていた相手に慰謝料請求の裁判を起こす目的でも利用可能です。
相手のメールアドレスや携帯電話番号がわかれば、その情報をもとに電気通信事業者に対し弁護士会照会をかけ、相手の名前や住所を知ることができます。
また、相手の車のナンバープレートをもとに国土交通省関連機関へ弁護士会照会をかけ、所有者の氏名を確認し、不倫相手を特定したケースも存在します。
例3 遺産分割の話し合いで、親族が故人の預金通帳を見せてくれない場合
遺産分割の話し合いにあたっては、まずは遺産の内容を明らかにすることが必要不可欠ですが、一部の親族が預金通帳を開示せず、財産状況が把握できないといったこともしばしばあります。
このような場合も、銀行に対して弁護士会照会をかけることによって、預金通帳の取引履歴などの情報を知ることができます。
例4 物件事故報告書の写しが必要な場合
負傷者のいない事故を物件事故といい、その際、警察が作成する報告書を「物件事故報告書」といいます。
人身事故の場合の「実況見分調書」(当事者の立会いの下で警察が事故状況をまとめたもの)は個人でも取り寄せることができますが、物件事故の場合の「物件事故報告書」は個人では取り寄せることができず、通常、事故の当事者に対しても開示されません。
しかし、後日、過失割合が争いとなり「物件事故報告書」の写しが必要となることもあります。この場合、弁護士会照会により、警察に対して「物件事故報告書」の写しの交付を求めることができます。
例5 出入国の記録
何らかの事件が発生し、その訴訟において、事件関係者が「事件があった日には外国にいた」という重要な証言があった場合、その真偽はどのように明らかにできるでしょうか。
法務省入国管理局は「出入国の公正な管理を図る」目的で、日本人及び外国人の出入国記録を保管しています。
こうした情報は原則非公開ですが、その情報が訴訟上の争点になっており、必要性が認められるような場合には、弁護士会照会を用いて、該当日の出入国記録や、使用した航空会社名を知ることが可能です。
例6 アフィリエイト事業者が保有する契約者の住所氏名など
インターネット上で匿名で運営されているWebサイトに対し損害賠償請求などを行いたい場合、当該Webサイトにアフィリエイト広告が貼られているのであれば、アフィリエイト事業者に対して弁護士会照会を用いて、当該Webサイトの運営者の住所や氏名などの情報の開示を求めることもできます。
当事務所代表弁護士が原案を務めたNHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」にも登場する手法です。
関連記事:NHK「デジタル・タトゥー」第1話のIT技術・法律
なぜ、弁護士会照会という制度があるのか
上述したように、弁護士は弁護士会照会制度を用いて多種多様な情報を得ることができますが、なぜ弁護士にはこのような「特権」が認められているのでしょうか。
弁護士が依頼者の委任を受けて問題を解決するためには、一定の情報が必要です。
その際、弁護士は依頼者の利益を守る観点から真実を発見し公正な判断がなされるように職務を行わなければなりませんが、同時に「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」(弁護士法1条)も使命としています。
このように、弁護士の職務は公共性を有することから、弁護士会照会により情報収集する権限が法律上認められているのです。
弁護士会照会は、法律で定められている制度であり、照会を受けた官公庁や企業、事業所などは、原則として回答・報告する義務があります(最高裁第三小法廷平成28年10月18日判決)。
また、こうした回答・報告は正当行為であって、守秘義務違反には該当せず、原則として、これによって回答者が不法行為責任を負うこともないと考えられているのです(広島高等裁判所岡山支部平成12年5月25日判決、大阪地方裁判所平成18年2月22日判決など)。
個人情報の保護に関する法律は、本人の同意がなくても第三者に情報を提供できる場合として「法令に基づく場合」をあげていますが、この法令に弁護士法23条の2が含まれているので、本人の同意なしに、弁護士会に対して個人情報を含む回答ができます。
参考:「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」及び 「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」 に関するQ&A
個人情報保護法について監督官庁が作成した各種のガイドラインも、弁護士会照会が法令に基づくものであることを明示しています。
行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律、独立行政法人などの保有する個人情報の保護に関する法律の場合も、同様に解されています。
弁護士会照会を利用することで、個人情報を含む極めて重要な情報が入手可能となるため、弁護士会照会制度が濫用され、虚偽または不適切な内容での申請により第三者の個人情報がむやみに流出しないよう、本当にその照会に必要性・相当性があるのか、弁護士会において厳格な審査が行われているのです。
開示請求の手順と弁護士会照会
では、弁護士会照会は、インターネット上の投稿者特定のための開示請求など、誹謗中傷対策にも有効なのでしょうか。
例えば、インターネット上のあるWebサイトに投稿された誹謗中傷の投稿者を特定したい場合を考えてみましょう。
投稿者を特定するためには、まず、サイト管理者を明らかにしなければなりません。サイト管理者と投稿者が異なる場合に、サイト管理者に対して投稿者のIPアドレスの開示請求を行う必要があるためです。
サイト管理者名が表示されていれば調べる必要はないのですが、サイト管理者がドメイン代行業者を利用している場合などは、サイト管理者を特定する必要があります。この「サイト管理者の特定」に、弁護士会照会が利用されます。
ドメイン代行業者に対して弁護士会照会を用いることによって、サイト管理者の情報を得ることができるのです。
サイト管理者が明らかになったら、サイト管理者に対して投稿者のIPアドレスの開示請求を行います。
サイト管理者が任意に開示請求に応じて、投稿者のIPアドレスが開示されることもありますが、弁護士会照会を用いると、それに回答する形で情報が開示されます。
しかし、「裁判所による公的判断が下されない限り開示請求には応じられない」と開示を拒む場合があるのも事実です。このような場合には、改めて発信者情報開示の仮処分を申し立てることとなります。
関連記事:発信者情報開示請求とは?やり方と注意点を弁護士が解説
IPアドレスが判明したら、その情報をもとにプロバイダを割り出します。これは、プロバイダに対して投稿者の情報の開示を求めるためです。
ただし、個人情報保護法による規制の下、プロバイダが投稿者の個人情報を任意に開示するケースは少なく、弁護士会照会を用いても大半の場合は情報を開示してもらえません。訴訟によって発信者情報開示請求を行うしかないのが現実です。
開示請求の手順と弁護士会照会の関係について整理すると、弁護士会照会は、ドメイン代行業者に対してサイト管理者の情報を回答させる際、または、サイト管理者に対して投稿者のIPアドレスを回答させる際に実際に用いられています。
したがって、弁護士会照会はインターネット上の誹謗中傷対策にも活用可能な制度だといえるでしょう。
弁護士会照会の数と内訳
弁護士会照会は実務では幅広く使われており、日弁連によると、2020年の利用件数はおよそ20万件でした。しかし、多くは警察(28.2%)、金融機関(28.2%)、検察庁(9.1%)に対する照会であり、通信はわずか6.5%です。
「弁護士会照会制度/照会先の内訳」(日本弁護士連合会『弁護士白書2021年版』より)
警察に対する照会は、刑事弁護や交通事故に関する事件解決が目的であり、検察庁への照会も交通事故に関する事件解決を目的としたものが多いでしょう。
金融機関に対する照会は、主に遺産に関するトラブルの解決を目的としたものだと考えられます。
誹謗中傷対策での利用件数は少ない
弁護士会照会の内訳に対し、「通信」関係はおよそ6.5%の12,800件であり、この中には本人確認のための携帯電話会社への照会なども含まれていますから、誹謗中傷関係はさらに少なくなります。
なぜ、誹謗中傷については弁護士会照会があまり利用されていないのでしょうか。
インターネット上の誹謗中傷対策で弁護士会照会を用いる典型例は、上述した発信者特定の場面です。誹謗中傷を投稿した発信者のIPアドレスを保有している経由プロバイダに対して、「IPアドレスを開示せよ」と弁護士会照会を用いて開示請求を行うのが基本的でしょう。
IPアドレスが開示されれば、経由プロバイダを特定し、発信者情報開示請求がされます。
しかし、上述したように、プロバイダは原則として発信者の同意がない限り、発信者情報の開示に応じません。
弁護士会照会の件数が少ないのは、このためです。弁護士会照会にも、費用や時間がかかるので、開示状況の悪い相手に照会を行うのは効率的でないのです。経由プロバイダが弁護士会照会に応じない理由は、罰則などがないからでもありますが、開示したことにより発信者であるユーザーから損害賠償請求されるようなケースもありうるからでしょう。
ユーザーの個人情報を簡単に開示してしまうことは、企業にとって大きなリスクとなります。
ただし、このように経由プロバイダが発信者情報の開示に慎重であるのは、決して悪いことではありません。誹謗中傷であっても言論には違いないのですから、言論の自由が侵害される可能性も考慮しなくてはならないからです。
IPアドレスの開示請求は発信者情報開示請求で可能
IPアドレスの開示請求など、誹謗中傷の投稿者の特定には、「発信者情報開示請求」という、プロバイダ責任制限法に基づく手続が定められています。
経由プロバイダからすれば、弁護士会照会ではなく、「プロバイダ責任制限法に則って開示請求を行って欲しい」となりやすいのです。発信者情報開示請求の手続については、以下の記事にて詳しく解説しています。
関連記事:書き込みした犯人を特定する「発信者情報開示請求」とは?
弁護士会照会に頼らざるを得ない場面もある
しかし、広い意味での「風評被害」や「インターネットを通じた問題」の解決のため、弁護士会照会を用いざるを得ない場面もあります。
- およそ一般論として、インターネット上で何か悪いことをしている者の情報を開示請求するための法律は存在しない
- Webサイト上で名誉毀損などに該当するような投稿を行った者については、プロバイダ責任制限法が発信者情報開示請求権を定めている
という構造なので、「1(インターネット上の悪行)であるが、2(プロバイダ責任制限法による開示請求の対象)ではない」場合、有効な開示請求手段が、弁護士会照会以外に存在しないケースが多いのです。
例えば、Webサイト上の投稿ではなく、電子メールで脅迫などの被害を受けた場合が、これに該当します。
本記事では詳細は割愛しますが、電子メールの場合、どのような内容のメールを送られたとしても、Webサイト上の投稿と異なり、プロバイダ責任制限法上の発信者情報開示請求は不可能です。
この場合、民事的な手続でメールの送信者情報を開示させるには、メールの送信元サーバーを管理する事業者に弁護士会照会を用いて、「このメールを送信したユーザーに関する情報を開示せよ」と求める必要があるのです。
関連記事:LINEやTwitterのDM、メール等で名誉毀損は成立する?送信者特定の請求の可否
また、この話は、当事務所代表弁護士が原案を務めたNHK土曜ドラマ「デジタル・タトゥー」にも登場します。
関連記事:NHK「デジタル・タトゥー」第4話のIT技術・法律
まとめ:弁護士会照会についてのご相談は弁護士まで
本記事では、弁護士会照会の概要について解説したうえで、「弁護士会照会は、投稿者特定などのインターネット上の誹謗中傷対策にも有効なのか」について考察してきましたが、「有効であり強力ではあるが、限定的である」と結論付けられるでしょう。弁護士会照会を含めた、発信者情報の開示請求の方法については、専門の弁護士に相談下さい。
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