モナコ公国の不動産所有形態、不動産民事会社(SCI)と相続

モナコの不動産市場は、限られた国土と高い需要に支えられ、長期的な資本増価を期待できる投資機会として知られています。また、日本の税法とは大きく異なる独自の税制、特に相続税における優遇措置は、戦略的な資産保全と世代間の富の移転において極めて重要な要素となります。
本記事では、モナコにおける不動産の所有形態の選択肢、特に不動産民事会社(SCI)の活用、SCIを通じた不動産購入の手続きや費用、そしてその透明性に関する要件、さらに相続税制の概要と日本の法制度との重要な相違点について解説します。
この記事の目次
モナコにおける不動産所有形態と相続
モナコでは、不動産の所有形態として、個人名義での直接所有のほか、不動産民事会社(Société Civile Immobilière, SCI)を通じた所有が一般的です。
個人名義での直接所有はシンプルで費用対効果が高いとされています。一方で、家族間での共同所有を検討する場合や、相続計画を目的とする場合には、「透明な」エンティティであるモナコSCIがしばしば利用されます。後述するように、相続時のメリットが非常に大きいからです。
モナコの不動産民事会社(Société Civile Immobilière, SCI)とは

SCIは、商業目的ではない活動のために設計された法的組織であり、通常、不動産の所有と管理のために利用されます。モナコ民法典第1670条から第1711条、および法律第797号(1966年2月18日制定)によって規定されています。
SCIの設立には少なくとも2人のパートナー(個人または法人)が必要です。パートナーの国籍に関する条件は設けられていません。パートナーは、その持分に比例して会社の債務に対して責任を負いますが、これは補完的責任であり、会社が債務不履行に陥った場合にのみパートナーに責任が及びます。最低資本金の要件は存在しません。
ただし、SCIにはいくつかの制限があります。例えば、家具付き物件の賃貸や商業的な不動産取引(不動産の転売など)を行うことはできません。SCIの主な利点は、資産管理の効率化、相続計画への活用、そして資産保護の層を提供することにあります。特に相続計画においては、株式の移転による所有権の移転によって、共有状態の複雑さを回避し、相続税の軽減に役立つとされています。
ガバナンスとしては、簡素化された会計記録の保持と年次総会の開催が義務付けられています。また、基本情報および実質的支配者に関する責任者を指定する必要があります。法改正(法律第10.117号、2023年9月21日制定)により、民事会社の透明性要件が強化され、取締役や実質的支配者の身元開示が求められるようになりました。これは、後述するエンティティの透明性に関連するものです。
モナコにおけるSCIの主なメリット
柔軟な共同所有と管理の実現
SCIは、複数の個人や法人が不動産を共同で所有・管理するための法的枠組みとして機能します。これにより、共有名義での不動産所有に伴う複雑さや、共同所有者間の意見の相違による意思決定の停滞(いわゆる「共有状態のデッドロック」)を回避できます。定款を柔軟に作成することで、意思決定プロセス、利益の分配、費用の分担、紛争解決メカニズムなどを明確に定めることができ、各投資家のニーズに合わせたカスタマイズされた管理体制を構築することが可能です。これは、特に家族経営の企業や複数の投資家が関わるプロジェクトにおいて、円滑な運営を保証する上で極めて重要です。
円滑な資産移転と相続計画の最適化
モナコでは直系尊属・卑属間および配偶者間の相続税が0%であるため、不動産を個人名義で所有しても相続税はかかりません。しかし、SCIを通じて不動産を所有することで、「不動産そのもの」を移転するのではなく、「(不動産を所有している)会社の株式」を移転するという形で、相続を行うことができます。この「株式の移転」という形式は、以下のような点で相続計画をより円滑かつ戦略的にします。
- 段階的な資産移転:生前の贈与を通じて、SCIの株式を段階的に相続人に移転することが可能となり、計画的な資産承継を実現できます。
- 管理権の維持:定款に特定の条項を設けることで、親が株式を移転した後も、不動産の管理権や意思決定権を維持することが可能です。例えば、配偶者の一方が亡くなった場合に、その株式が生存配偶者に移転する条項を設けることで、不動産の支配権が分散するのを防ぐことができます。
- 共有状態の回避:複数の相続人が不動産を共有する場合に生じる複雑な法的・実務的問題(不動産の売却や管理に関する合意形成の困難さなど)を、SCIの株式という形で所有することで回避できます。
資産保護の強化
SCIは、不動産を個人名義ではなく独立した法人格で所有するため、個人資産と不動産資産を明確に分離することができます。これにより、個人の負債や紛争(例えば離婚や個人的な訴訟など)から不動産資産を保護する効果が期待できます。
フランス所在不動産への税務最適化
モナコに居住する日本人投資家がフランス国内に不動産を所有する場合、モナコSCIを通じて所有することで、フランスの相続税を最適化できる可能性があります。1950年のフランス・モナコ租税条約(相続税に関するもの)の規定により、モナコSCIの株式が動産とみなされる場合、フランスの相続税ではなくモナコの相続税が適用されることがあります。特に、SCIの資産の50%以上が動産である場合、モナコの相続税率(直系尊属・卑属間では0%)が適用される可能性があり、これはフランスの相続税率(最大45%)と比較して大きなメリットとなります。
プライバシーの確保(限定的)
かつては、モナコSCIのパートナー情報は一般に公開されないというプライバシーのメリットが強調されていました。しかし、近年、マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)の国際的な取り組み強化に伴い、モナコでも透明性要件が厳格化されています。現在では、SCIの設立時および変更時に、実質的支配者(Beneficial Owner)の情報をモナコの税務当局に開示することが義務付けられています。したがって、パートナーの身元情報は当局には開示されますが、フランスのSCIのように一般の第三者が容易にアクセスできる公開登録簿に記載されるわけではないため、一定のプライバシーは維持されると言えます。
モナコにおけるSCIによる不動産購入の手続きと費用

SCIを通じた不動産購入プロセスは、個人名義での購入と同様に、モナコの公証人が中心的な役割を担い、法的安全性を重視した厳格な手続きを経て進行します。通常、このプロセスは、物件の仮契約締結後にSCIの設立手続きと並行して進められます。
SCIの設立自体は比較的迅速に行われ、通常は不動産購入の最終契約締結前に行われます。設立には、まず定款の作成が必要であり、定款には会社の目的、パートナーの数、資本構成、ガバナンス規則などが明記されます。その後、モナコの税務当局への定款登録、経済開発局への書類提出を経て、登録証明書が発行され、SCIは法的に不動産を所有・管理できるようになります。設立にかかる費用としては、主要登録に65ユーロ、登録証明書ごとに5ユーロの手数料が発生します。
不動産購入時の登録税は、SCIの透明性によって税率が異なります。
- 透明なSCIによる取得の場合: 物件価格の4.75%が適用されます。これは、2023年10月1日以降に施行された法律第1.548号による改正で、以前の4.5%から引き上げられました。
- 非透明なSCIによる取得の場合: 物件価格の10%に引き上げられました。以前は7.5%でした。
「透明性」による税率の差異は、モナコ政府がマネーロンダリングやテロ資金供与対策の一環として、所有権の透明性を促進するための政策によるものです。
モナコのSCIの透明性に関する要件
モナコにおける「透明な」SCIとは、そのパートナーが専ら自然人であり、かつその身元がモナコ税務当局に開示されている場合を指します。これに対し、「非透明な」SCIは、実質的支配者(Beneficial Owner)が自然人として特定できない、あるいはその公式文書から実質的支配者が明確に確認できない法人を指します。
モナコ公国は、国際的な金融犯罪対策の強化に伴い、受益者情報開示の義務化を進めています。実質的支配者とは、最終的に会社の資本または議決権の25%以上を直接的または間接的に所有または管理する自然人、あるいはその他の手段で実効的な支配を行使する自然人を指します。モナコに登録されたSCIを含むすべての法人は、その受益者を登録簿に記載することが義務付けられており、変更があった場合は30日以内に申告する必要があります。この登録、変更、削除の手続き自体は無料です。
2023年9月21日に施行された法律第10.117号により、民事会社の透明性要件はさらに強化されました。これにより、登録証明書に取締役の身元情報が含まれるようになり、特別登録簿への登録期限が1ヶ月に短縮され、年次での会社運営確認、株主名簿の保持、受益者に関する責任者の指定、会計書類の10年間保存などが義務付けられています。これらの措置は、モナコが国際的な透明性基準への準拠を強化し、不透明な所有構造の利用を抑制するためのものです。SCIの利用は税務面でのメリットをもたらすものではありますが、これらの透明性規制へのコンプライアンスも考慮したデューデリジェンスと継続的な報告が必要になります。
参考:モナコの相続税制
モナコの相続税制度の最大の特徴は、直系尊属・卑属間および配偶者間では相続税が0%であるという点です。これは、日本の高額な相続税制度と比較して非常に大きな優遇措置であり、モナコへの移住や不動産投資を検討する上で重要な要素となっています。その他の親族間では、関係性に応じて以下の税率が適用されます。
- 同棲契約パートナー:4%
- 兄弟姉妹:8%
- 叔父・叔母、甥・姪:10%
- その他の傍系親族:13%
- 非親族:16%
相続申告には0.25%の手数料がかかり、登録には固定手数料50ユーロ(2023年10月1日以降)がかかります。
また、モナコは、遺言によって個人の国籍法を相続に適用できるという国際私法典を導入しました。遺言がない場合、動産・不動産ともに被相続人の最終住所地の法律が適用されます。モナコの資産に自国の慣れ親しんだ相続法を適用できるため、相続計画が簡素化され、国際的な法の抵触を回避できる可能性があります。
まとめ
モナコでは、直系尊属・卑属間および配偶者間の相続税が0%と極めて有利であり、日本の高額な相続税と比較して大きなメリットがあります。不動産民事会社(SCI)は、この税制優遇に加え、複数の所有者間での不動産管理の柔軟化、生前贈与による段階的な資産移転、個人の負債からの資産保護、さらにはフランス所在不動産に関する相続税最適化といった多岐にわたる戦略的メリットを提供します。SCIを通じた不動産購入では、その透明性(実質的支配者の開示状況)に応じて登録税率が変動し、厳格な透明性要件が課されます。これらの特性を理解し、適切に活用することが、モナコでの資産形成と円滑な世代間移転の鍵となります。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務