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フランスにおける逮捕歴・前科の情報と「忘れられる権利」の関係

フランスにおける逮捕歴・前科の情報と「忘れられる権利」の関係

「逮捕歴や前科がインターネット上に掲載され続けている」という問題は、フランス法と欧州連合(EU)の法制度上では、個人の「忘れられる権利」(Droit à l’oubli)の問題として扱われます。この権利は、特に逮捕歴や前科といった、個人の再出発を阻害しうる機微な情報に関して、個人のプライバシー権と公共の知る権利との間でバランスを調整するものです。

本記事では、フランスの法的枠組みにおける「忘れられる権利」の適用、特に、情報自体の削除を求める「消去の権利」(droit à l’effacement)と、Google等の検索エンジンにおける検索結果の削除を求める「デリファレンシングの権利」(droit au déréférencement)という二つの重要な概念の区別と、その具体的な適用条件、そして裁判例を通じて示される判断の傾向について解説します。

フランスにおける「消去(Effacement)」と「デリファレンシング(Déréférencement)」

「消去」の要件と限界

「消去の権利」は、GDPR(一般データ保護規則)第17条に規定される、データ管理者が保有する個人データそのものの削除を求めるもので、日本の「送信防止措置請求権」「削除請求権」に近い概念です。これは、情報が掲載されているウェブサイトやデータベースから、その情報を完全に消し去ることを意味します。

この権利は、データが当初の収集目的にもはや不要になった場合、または違法に処理された場合などに適用されますが、その行使は絶対的なものではありません。報道の自由や表現の自由、法的義務の遵守、公的利益のためのアーカイブ目的など、重要な例外が存在します。元の情報源そのものを「歴史から抹消する」に等しいため、その認められるハードルは非常に高いとされています。

「デリファレンシング」の要件と「消去」との関係

「デリファレンシングの権利」は、「消去」とは異なり、検索エンジンの検索結果リストから、特定のウェブサイトへのリンクを削除することを指し、日本では「検索結果除外請求」などと呼ばれている概念です。

この救済措置は、2014年5月13日に欧州連合司法裁判所(CJUE)が下したGoogle Spain判決によって確立されました。この判決により、個人名で検索した際に特定のリンクが表示されなくなりますが、情報そのものは元のサイトに残存します。このアプローチは、情報提供者の表現の自由への干渉を最小限に抑えつつ、個人のプライバシーを保護するというバランスを図るもので、逮捕歴や前科に関する情報については、「消去」よりも「デリファレンシング」の方が、認められる可能性が高いとされています。

また、このようなデリファレンシングの法的アプローチは、前述したCJUEのGoogle Spain判決以前にも、フランス国内の裁判所で適用されていました。例えば、2012年2月15日、パリ大審裁判所(Tribunal de grande instance de Paris)は、過去にポルノ映画に出演していた女性(仮名ダイアナ・Z.)が、検索結果に実名と関連するポルノサイトへのリンクが表示されることのインデックス削除(デリファレンシング)を求めた事案で、女性側の訴えを認めました。裁判所は、検索エンジンがデリファレンシングを拒否したことが、女性の私生活の侵害であり、「明らかに不法な妨害行為」であると判断し、Googleにデリファレンシングを命じました。

この判決は、検索エンジンの検索結果が、個人の人生に具体的な損害を与える可能性を認めた画期的な事例であり、Google Spain判決に先立つ重要な判例となりました。

日本の裁判例とフランスの裁判例の違い

重要なポイントとして、「検索結果からの削除」に関して、日本の裁判所とフランスの裁判所は、異なる価値観を持っている、と思われます。日本では、例えば最高裁判所平成29年1月31日判決は、検索エンジンからの削除が認められるのは、「プライバシーに属する事実を公表されない法的利益が、検索結果を提供する理由に優越することが明らかな場合に限る」と判示しています。つまり、単純に言うと、「ページ自体の削除」よりも「検索結果からの削除」の方がハードルが高い、という考え方を示している、と言われています。これに対して、フランスの裁判例は、上述のように、「ページ自体の削除」の方が「検索結果からの削除」よりもハードルが高い、という考え方を示しており、この部分に考え方の違いが見られます。

フランスにおける逮捕歴・前科削除のための考慮要素

逮捕歴・前科削除のための考慮要素

フランスでは、刑事手続に関するデータは、GDPR上、「機微なデータ」(données sensibles)と同様の特別な保護基準が適用されます。この種の情報のデリファレンシングを求める際には、個人のプライバシー保護と公共の知る権利との間で利益衡量が行われます。

そしてこの利益衡量に関して、フランスの最高行政裁判所である国家評議会(Conseil d’État)は、2019年12月6日の一連の判決で、デリファレンシングの可否を判断する際の指針を提示しました。この判断は、データの性質、申請者の社会的役割、時間の経過といった複数の要素を総合的に評価して行われるべきである、というものです。

申請者の社会的役割

逮捕歴や前科に関する情報の公共性は、申請者が公的な役割を担う人物であるか否かによって大きく異なります。この点に関する裁判例として、国家評議会は、2019年12月6日判決において、家庭内暴力で有罪判決を受けた女優が、自身の有罪に関する記事のデリファレンシングを求めた事案を棄却しました。判決文では、「これらの記事は、当該人物自身が、自身の有罪判決に関して最近行ったインタビューで述べた発言を引用しており、公共の情報にとって厳密に必要である」という判断が行われています。

公人に対する公共の知る権利は、個人の保護に優越する傾向がある一方、申請者が単なる一般市民であり、公的役割を担っていない場合、情報の公共性は限定的で、デリファレンシングが認められる可能性が高まるという傾向があると言えるでしょう。

時間の経過(陳腐化)と刑事法の精神

フランスの刑事法では、軽罪の公訴時効は6年と定められています。そして、一般的傾向として、フランスでは日本よりも、「時効を迎えた後の過去の犯罪行為は、法体系全体として、追及の対象とはならない」という考え方が強く採られています。こうした「再社会化」を促す法の精神は、デジタルな情報にも適用されるべきだ、という論理より、時間の経過とともに、ある事実はそのニュースとしての価値を失い、公衆の関心も薄れていくため、デリファレンシングが正当化される可能性が上がります。

国家評議会は、2016年9月28日、Théâtre national de Bretagne事件(事件番号:389448)において、個人情報保護機関であるCNILがウェブサイトに公表した制裁措置について、公表の期間を定めるべきだと判断しました。判決では、「警告の公開が非匿名のままでアクセス可能である期間を定めることを怠った」とし、それは「無期限の制裁」を課したに等しいと述べました。

つまり、もし刑事法が設定した時効期間を超えてもなお、検索エンジンが情報を際限なく拡散し続けるとすれば、それは法が認めていない「永遠の罰」を個人に科すことになり、法の精神に反する、といった論理です。

また、後述するように、フランスの司法制度には、カジエ・ジュディシエール(犯罪経歴証明書)の自動的な抹消(effacement)という制度も存在しています。特定の刑罰については、一定期間の経過後に自動的に記録が抹消されるため、この制度は、デリファレンシングの主張を補強する重要な法的裏付けとなります。

情報の内容の正確性と更新状況

たとえ情報が過去に合法的に公開されたものであっても、その後の法的状況(無罪判決、免訴など)が反映されていない場合、デリファレンシングを求める強力な根拠となります。

フランスの個人情報保護機関であるCNILは、2024年10月17日、内務省と法務省に対して、刑事事件ファイル(TAJ)のデータが最新の状態に更新されていない(無罪や免訴の判決が反映されていない)ことを問題視し、是正を命じました。CNILは、「司法当局がTAJの更新に必要な要素を送信しないため、管理者サービスはファイルに含まれるデータの正確性を確保できない」と述べ、これが個人の権利の効果的な行使を妨げていると指摘しています。

参考:フランスのカジエ・ジュディシエール(犯罪経歴証明書)の詳細

フランスの刑罰制度には、「カジエ・ジュディシエール」という、個人の刑事上の有罪判決を記録した公的な証明書の制度があります。これは、個人の過去の犯罪歴を、公的機関や、特定の職業に就く際に雇用主が確認するために用いられるものです。そして、この制度は、単に情報を記録するだけでなく、「消去」を認める仕組みも備えています。

まず前提として、カジエ・ジュディシエールは、その用途に応じて3つの異なる種類の公報(bulletin)に分けられています。

  • 公報第1号(B1): 全ての有罪判決が記載され、司法当局のみがアクセス可能です。
  • 公報第2号(B2): 一部の判決が除外され、特定の行政機関や雇用主がアクセスできます。
  • 公報第3号(B3): 最も限定的な情報のみが記載され、本人だけがアクセスできます。

重要なのは、これらの公報から特定の情報が自動的に、または個人の請求によって「消去」(effacement)される制度が存在することです。例えば、一定期間(軽罪の場合は3年、重罪の場合は5年など)が経過し、再犯がなければ、判決が公報第2号から自動的に抹消されます。また、裁判所の許可を得て、公報第1号の記載についても抹消を求めることが可能です。

このカジエ・ジュディシエール制度における「消去」という概念は、時間的制約が「忘れられる権利」の核心をなすという、Théâtre national de Bretagne事件で示された法理と関連しています。この判例において、国家評議会は、「警告の公開が非匿名のままでアクセス可能である期間を定めることを怠った」ことで「無期限の制裁」を課したと、CNILを非難しました。この判決は、公的な情報であっても、その公開に時間的な「期限」を設けるべきだという考え方を示すものです。カジエ・ジュディシエール制度は、これと同様、刑事上の制裁にも期限があるというフランス法の精神を示すものです。したがって、カジエ・ジュディシエールから抹消された情報は、もはやその公的関連性が低下したといえ、その後のデリファレンシングの主張を裏付ける法的根拠となります。

フランスにおける逮捕歴・前科削除の手順

フランスにおける逮捕歴・前科削除の手順

以上より、フランスでは、逮捕歴や前科に関する情報の削除を求める場合、以下の手順での手続が推奨されます。

まず、検索エンジンへの直接要求を行います。Googleなどの検索エンジン運営者に対し、デリファレンシングの法的根拠(GDPR第17条、情報の陳腐化、再社会化の必要性など)を明記した書面で要求を提出します。

検索エンジンがこの要求を拒否した場合、次の段階として、フランスの個人情報保護機関であるCNIL(Commission nationale de l’informatique et des libertés)に申し立てを行うことができます。CNILは、個人の権利保護を監督する主要な行政機関として、検索エンジン運営者に対しデリファレンシングを命じる権限を持っています。CNILは近年、データ主体の権利行使に関する苦情が急増していることもあり、積極的な措置を行っています。

最終的に、CNILの決定に不服がある場合、またはCNILが動かない場合には、行政裁判所への提訴という司法手続きに進むことが可能です。

まとめ

フランスにて、逮捕歴や前科に関するデリファレンシングを成功させるためには、いくつかのポイントを踏まえた手続を行うことが必要です。まず第一に、フランスでは情報源そのものの「消去」は認められにくいため、現実的な救済手段として、検索結果からの「デリファレンシング」も検討すべきです。第二に、刑事法上の時効が成立していることや、カジエ・ジュディシエールから記録が抹消されたことなど、刑の執行からかなりの時間が経過していることを、情報の陳腐化と再社会化の強力な証拠として提示すべきです。第三に、申請者が政治家や公的な人物ではないことを明確にし、この情報が公共の議論に不可欠ではないと主張するべきです。

以上のように、フランス法における「忘れられる権利」は、逮捕歴や前科に関して、個人の再社会化を支援する重要な権利です。しかし、それを行使する際には、個人のプライバシーと公共の知る権利との間の慎重な利益衡量が行われることになります。特に、情報源を完全に削除する「消去」は困難であり、検索結果からリンクを削除する「デリファレンシング」の方がハードルが低い手段となります。この部分に関する考え方において、日本とフランスでは違いがあるので、フランス法の考え方を理解しておくことが重要と言えます。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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