ポーランド共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ポーランドの法制度は日本と同様、大陸法(Civil Law)を基礎としています。これは、成文法を主要な法源とし、法律の条文解釈を中心に据えるという枠組です。ただ、ポーランドは2004年にEUに加盟しており、その法体系にはEU法が深く組み込まれています。ポーランドの法源には、国内法に加えて、EUの規則(Regulations)や指令(Directives)などが含まれ、特に批准された国際協定は制定法に優越して適用されると規定されています。この「EU法優越の原則」は、日本の法制度には存在しないポーランド法体系の最も重要な特徴です。
本記事では、ポーランドの法制度を全体的に俯瞰し、特に日本法と比較して特徴的な点や、実務上のリスクおよび機会に直結する重要な法分野について解説します。
この記事の目次
ポーランドの法体系と裁判所制度の構造
ポーランド共和国は、1997年4月2日に制定された現行憲法を最高法規とする民主共和制国家です。権力分立の原則に基づき、立法権は二院制の議会(セイムとセナト)、行政権は大統領と閣僚評議会、司法権は裁判所と法廷にそれぞれ帰属しています。ポーランドは単一国家であり、地方行政は16の県(voivodships)に分かれています。
ポーランドの法源は、国民全体を拘束する「普遍的拘束力を持つ法」と、内部機関のみを拘束する「内部法」に大別されます。普遍的拘束力を持つ法には、最高法規である憲法、議会が制定する制定法(ustawa)、批准された国際協定、そして省令(rozporządzenie)などが含まれます。特筆すべきは、批准された国際協定が制定法に優越する旨が明確に規定されている点です。これは、EU加盟国としてEU法が国内法に優先して適用される原則を示しており、後述する広告規制の判例など、実務上の具体的な影響を伴います。
ポーランドの裁判所制度は、日本の司法制度とは構造的な違いが見られます。日本の裁判所制度は最高裁判所を頂点とする単一のヒエラルキーを持つ構造であるのに対し、ポーランドの司法権は「裁判所(sądy)」と「法廷(trybunały)」に分かれています。
大多数の事件を扱うのは普通裁判所(sądy powszechne)で、民事、刑事、労働事件などを管轄します。その他に行政事件を扱う行政裁判所(sądy administracyjne)や軍事裁判所(sądy wojskowe)も存在します。
一方、法廷(trybunały)は、憲法法廷(Trybunał Konstytucyjny)と国家法廷(Trybunał Stanu)の二つに分かれています。憲法法廷は、制定法や国際協定が憲法に適合しているか否かを判断する違憲審査権を専門的に行使し、違憲と判断した法令は無効となります。この機能は日本の最高裁判所が持つ権限と類似しますが、専門の法廷として独立している点が構造的な差異です。また、国家法廷は、閣僚など国家の最高幹部に対する弾劾や職務上の犯罪を専門的に扱います。
ポーランドでの会社設立とコーポレートガバナンス
ポーランドの会社形態は、基本的に、最も一般的な形態である有限責任会社(Spółka z ograniczoną odpowiedzialnością, Sp. z o.o.)と、株式会社(Spółka akcyjna, SA)の二種類です。
日本の合同会社(G.K.)に相当するSp. z o.o.は、外国人起業家に最も人気のある会社形態です。その理由は、設立手続きが比較的容易であること、そして最低資本金がわずか5,000ポーランド・ズウォティ(PLN)と非常に低額であることが挙げられます。一方、日本の株式会社(K.K.)に相当するSAは、より大規模な事業や株式公開を目指す場合に適しており、近年最低資本金が100,000PLNから50,000PLNに引き下げられました。
ポーランドの企業法制は、外資誘致に積極的な姿勢を示しており、その代表例が会社設立手続きの効率性です。ポーランドでは、S24と呼ばれるオンラインシステムを利用することで、わずか3〜5日間で有限責任会社を設立することが可能です。
コーポレートガバナンスの分野では、ポーランドは近年、企業グループに対する新たな法的枠組みを導入しました。2022年10月の法改正により導入された「企業グループ法」は、親会社が子会社に拘束力のある指示を出すことができる権限を規定しています。この新法は、親会社と子会社が共通の経済目標を追求するという定義を導入し、子会社の取締役会が親会社からの指示に従うことを原則としました。
日本の会社法には、企業グループ全体を規律する包括的な法令は存在せず、親子会社間の関係は契約に基づいて規律されるのが一般的です。ポーランドの新法は、グループ経営の明確な法的枠組みを提供することで、親会社によるガバナンスを強化する一方で、子会社の取締役や監査役の責任、および少数株主や債権者に対する親会社の賠償責任も規定しています。
ポーランドの労働法
ポーランドの労働関係は、労働法典(Kodeks Pracy)およびEUの関連規制によって包括的に規定されており、従業員の権利保護が手厚いことが特徴です。雇用契約には、日本の雇用契約に相当する労働契約が主要な形態で、無期雇用、有期雇用、そして試用期間契約が存在します。
無期雇用契約の解雇に関しては、日本の解雇権濫用法理と同様に、「正当な理由」が必要であり、雇用主がその理由を立証する責任を負います。労働法典は具体的な解雇理由を列挙していませんが、非行、職務怠慢、あるいは人員削減などの雇用主側に帰属しない理由が解雇事由となり得ます。また、従業員の重大な義務違反による「懲戒解雇」(summary dismissal)も可能ですが、これは非常にリスクの高い手段であり、実務上は稀なケースとされています。これは日本の懲戒解雇の要件とも類似しており、安易な解雇が訴訟リスクを高めるという点で、両国の法務実務に共通する課題です。
特に注意すべきは、法定の通知期間と退職金制度です。無期雇用契約の解雇には、従業員の勤続年数に応じた法定の解雇通知期間が義務付けられています。勤続6ヶ月未満の場合は2週間、6ヶ月以上3年未満で1ヶ月、3年以上で3ヶ月の通知期間が必要です。また、人員削減を理由とする解雇の場合、勤続年数に応じた法定の退職金支払いが義務付けられています。勤続2年未満で1ヶ月分、2年以上8年以下で2ヶ月分、8年超で3ヶ月分の給与が退職金として支払われます。
ポーランドの広告規制と薬事法

ポーランドでは、医薬品および医療機器の広告は厳格な規制の対象となっています。特に、一般消費者向けの広告においては、虚偽または誤解を招く表示、病歴や症状の詳細な描写による自己診断への誘導、そして有名人や医療専門家、あるいはそう示唆される人物による推薦や言及が禁止されています。これらの規制は、公衆衛生の保護を目的とし、日本の医薬品医療機器等法(薬機法)や医療広告ガイドラインと共通する部分が多いと言えます。
しかしながら、ポーランドの広告規制環境は、EU法の動向に大きな影響を受けます。その具体例として、2025年6月19日に欧州司法裁判所(CJEU)が下した判決が挙げられます。この判決(事件番号:C-200/24)は、ポーランドの医薬品法が定める薬局の広告の絶対的な禁止が、EU法(特に自由なサービス提供の原則)に違反すると結論付けました。ポーランド政府は、公衆衛生の保護、医薬品の過剰消費防止、薬剤師の専門的独立性の確保を理由に広告禁止を正当化しましたが、CJEUは、この措置が目的を達成するために「必要かつ比例的」であることをポーランド政府が証明できていないと判断しました。この判決は、「EU法が国内法に優越する」原則を実証する最新の事例であり、ポーランドの薬事関連法が今後改正を迫られることを意味します。この判決により、医薬品・医療機器関連企業は、新たなマーケティングの機会が生まれる可能性があります。
ポーランドの個人情報保護とGDPRの法的リスク
ポーランドはEU加盟国であるため、個人情報保護に関する主要な法源は、EUの一般データ保護規則(GDPR)です。GDPRはポーランド国内法として直接適用され、日本の個人情報保護法(APPI)と比較して、より厳格なデータ主体の権利(忘れられる権利やデータポータビリティの権利など)を規定し、違反時の罰則もはるかに高額です(最大2,000万ユーロまたは全世界年間売上高の4%)。
ポーランドのデータ保護監督機関であるポーランド個人情報保護庁(UODO)は、GDPR違反に対して積極的に罰金を科しており、以下のような具体的な事例も存在します。
- ING Bank Śląskiに対する罰金:2025年、UODOは、アンチマネーロンダリング(AML)法上の義務を超えて、顧客の身分証明書を不必要にスキャン・保存したとして、ING Bankに対して1,840万PLN(約430万ユーロ)の高額な罰金を科しました。この事例は、単に法令を遵守しようとした行為が、より上位のGDPR原則である「データ最小化」に違反し、結果的に罰則につながるという、企業が直面しうる複雑なリスクを浮き彫りにしています。
- マクドナルド・ポーランドに対する罰金:従業員データを含むファイルが意図せず公開されたデータ漏洩事案において、UODOは技術的・組織的措置の不備を理由に罰金を科しました。
- 医療機関に対する罰金:医師の車が盗難に遭い、車内にあった患者の個人情報が漏洩した事案で、不十分なリスク分析とデータ保護の不備を理由に32,832PLN(約8,985ドル)の罰金が科されました。
これらは、GDPRの核心原則である「データ最小化」と「プライバシー・バイ・デザイン」が厳格に適用されている事例と言えるでしょう。
ポーランドの不動産法
ポーランドの不動産法は、民法典(Civil Code)、土地・抵当権登記簿法、建物所有法などの成文法によって規律されています。日本法と同様、所有権は不動産に対する包括的かつ排他的な権利と定義されており、他者の干渉なしに使用、収益、処分する権利が認められています。
しかし、日本法とは異なる特徴的な権利形態も存在します。代表的なものは「永代用益権」(perpetual usufruct)で、これは国庫または地方自治体が所有する土地を、年間利用料を支払うことで最長99年間使用できるリースに似た権利です。これは、日本では公有地の長期借地権などに相当する概念ですが、ポーランドでは法律に明記された物権として広く利用されています。このほか、「用益権」(usufruct)や「地役権」(easement)など、特定の目的のために不動産を使用する限定的な物権も認められています。
不動産取引の際には、日本の売買契約書に相当する売買契約を公証人の前で作成することが法律で義務付けられています。また、日本の法務担当者が特に留意すべきは、取引の法的・物理的状態に関する売主の表明保証(representations and warranties)の範囲です。ポーランドの法律では、売主が表明保証に違反した場合、買主に対する責任を負うことが一般的です。また、特定の状況下では、環境問題や抵当権など、前所有者の負債が新所有者に引き継がれる可能性もあります。したがって、不動産取引においては、日本の実務と同様にデューデリジェンスの実施が非常に重要です。
ポーランドの景品表示法と消費者保護

ポーランドでは、日本の景品表示法に相当する消費者保護のための広告規制が設けられています。主な法規は「不公正な商慣行の防止に関する法律」(Act on counteracting unfair commercial practices)と「不公正競争防止法」(Unfair Competition Act)です。
「不公正な商慣行の防止に関する法律」は、消費者の市場行動を著しく歪める可能性のある行為を禁止しています。特に、「誤解を招く商慣行」(misleading commercial practices)と「攻撃的な商慣行」(aggressive commercial practices)が不当な商慣行として明記されています。誤解を招く商慣行には、製品の成分や原産地などについて虚偽の情報を提供する行為が含まれ、重要な情報を不明瞭な方法で隠蔽することも該当します。一方、攻撃的な商慣行は、消費者の自由な選択を著しく損なうような不当な影響力を行使する行為を指し、自宅への執拗な訪問などが例として挙げられています。
「不公正競争防止法」は、より広範な「違法な広告」(illegal advertising)を規律しています。これには、法律、良俗、人間の尊厳に反する広告、顧客を誤解させる広告、恐怖心を煽る広告、中立的な情報に見せかけた広告などが含まれます。さらに、「比較広告」についても、誤解を招くものでないこと、客観的基準に基づいて比較可能であること、および同一のニーズを満たす製品・サービスを比較することなど、厳格な要件が定められています。
ポーランドの税法
ポーランドの税制は、法人所得税(CIT)と付加価値税(VAT)が主要な柱となっています。
法人所得税(CIT)については、日本の法人税と同様に、ポーランドに本社または経営拠点を置く企業は全世界所得に対して課税されます。一方、非居住者企業はポーランド国内源泉所得にのみ課税されます。CITの標準税率は19%ですが、売上高が200万ユーロ以下の小規模事業者には9%の優遇税率が適用されます。これは、日本の中小企業に適用される軽減税率(通常15%)と比較して、より低い水準の税率でビジネスを開始できる可能性があることを示しています。また、外国企業の支店も法人格がないにもかかわらず、原則としてポーランド源泉所得に対してCITが課税されます。
付加価値税(VAT)は、日本の消費税に相当する間接税です。VATの標準税率は23%で、特定の物品やサービスには8%、5%、0%の軽減税率や非課税が適用されます。ポーランドでは、年間売上高が20万PLNを超える事業者はVAT登録が義務付けられています。日本の消費税のように、仕入れ時に支払ったVAT(Input VAT)は、売上時に受け取ったVAT(Output VAT)から控除することができます。特筆すべきは、日本の税制にはない「スプリット・ペイメント」制度が導入されている点です。これは、取引金額が15,000PLNを超える特定の取引において、買主が支払う代金を「本体価格」と「VAT分」に分けて、VAT分を売主の専用VAT口座に直接入金する仕組みです。
おわりに
ポーランドは、EUへのアクセスポイントとしての経済的な魅力に加え、外資誘致を目的とした法制度の整備や手続きの効率化が明確に進んでおり、事業展開の有望な地であることは疑いありません。しかし、本記事で詳述した通り、EU法との関係、厳格なGDPR規制、広告規制など、日本とは異なる複雑な法務リスクが存在します。特に、法令の条文だけでなく、それを厳格に執行する監督機関の姿勢や、最新の欧州司法裁判所判決による法改正の可能性など、ポーランドの法務環境は常に変動しています。
これらの課題を乗り越え、ポーランドでのビジネスを成功させるためには、現地の法制度を深く理解し、予見されるリスクを事前に特定し、適切に対応する法務戦略が必要だと言えるでしょう。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務