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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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チェコ共和国における事業活動と「貿易ライセンス法」の解説

チェコ共和国における事業活動と「貿易ライセンス法」の解説

チェコ(正式名称、チェコ共和国)での事業展開を検討する場合、現地の法的枠組み、特に、チェコの事業法を根底から支える「貿易ライセンス法(Act No. 455/1991 Coll.)」を理解することが必要不可欠です。同法は事業に関して、日本の法制度とは異なる独自の概念と手続きを定めており、その理解なしには円滑な事業開始が難しいからです。

日本で事業を始める場合は、特定の業種、例えば飲食店や建設業などを営む場合に限り、それぞれの事業を規律する法律に基づき、別途許認可や免許を取得する必要があります。

これに対し、チェコでは多くの事業活動が包括的に「貿易ライセンス(živnostenský list)」という単一の法的枠組みの下で規律されています。後述するように、一般的な言葉としての「貿易」と異なり、例えばITや小売などを含めた多くの事業のために、このライセンスが必要となります。

複雑に見えるかもしれませんが、貿易ライセンス法の枠組を理解し、定められた要件と手続きを適切に満たすことは、チェコ市場への進出のためには不可欠です。チェコ貿易ライセンス法の概要を、日本の法制度との比較を交えながら解説します。

チェコの貿易ライセンス法の定義と適用範囲

チェコで「貿易」と訳される「živnost」という概念は、「貿易」という言葉の自然な意味とは大きく異なります。チェコ貿易ライセンス法§2は、貿易を「継続的に、自己の名義で、自己の責任において、利益を目的として、同法に定められた条件下で行われる活動」と定義しています。この定義は、単に国際的な商取引を指すのではなく、フリーランスのコンサルタントやITサービス提供者、小規模な小売業者など、自己責任で収益を追求する広範な商業活動すべてを包含しています。

日本の商法においては、自己の名で商行為を継続的・反復的に行う者は「商人」と定義され、個人事業主も企業もその対象に含まれます。チェコ法の「貿易」の定義と概念は、この商人概念に近いものと言え、チェコではほとんどの商業活動がこの「貿易」の定義に該当することになります。

ただ、該当した結果としての効果が、異なります。日本の「商人」は、「該当すると、その取引について商法の規定が適用される」といった効果ですが、チェコの場合、「貿易」に該当すると、法律に基づく貿易ライセンスの取得が義務付けられます。つまり、日本では特定の事業に対してのみ許認可が求められるのに対し、チェコでは多くの活動が最初から許認可制となっているのです。したがって、チェコでは、事業を開始する前に、自身の活動がどのカテゴリーに該当し、どのような要件が求められるかを正確に特定し、必要な手続きを完了させることが不可欠です。

なお、同法§3は「貿易」と見なされない活動を定めています。これには、弁護士、医師、薬剤師といった特定の専門職や、銀行、保険会社、鉱業、鉄道運営、通信サービス、旅行代理店の運営、警備サービスなどの活動が含まれます。これらの活動は、貿易ライセンス法の適用外であり、それぞれ個別の専門法(例:法律専門職法、銀行法など)によって規律され、貿易ライセンスとは異なる専門的な許認可や登録が必要となります。この点は、日本の弁護士法や医師法、あるいは銀行法など、特定の専門職や事業を個別の法律で規律する制度と共通しています。

ただ、分かりにくいですが、第3条で除外される活動の中には、一般の「貿易」とは異なる、特別な規制の下に置かれる事業も含まれます。後述するように、旅行代理店の運営や警備サービスは、「貿易」の最も厳格な形態である「許可制事業(Koncesovaná živnost)」として再度貿易ライセンス法の枠組み内に位置付けられます。つまり、これらは一般的な意味での「貿易」ではないものの、貿易ライセンス法の管轄下で、特別な許可を得て初めて実施できる事業として定義されているのです。

貿易ライセンスの取得主体

チェコでも日本の法制度と同様に、個人事業主(自然人)と法人(会社)は、貿易ライセンス法上の異なる主体として扱われます。  

日本の法人がチェコに現地法人を設立し、その会社名義で事業活動を行う場合、貿易ライセンスを取得する必要があるのは、事業活動の主体である会社です。日本の会社法と同様に、チェコの会社法(Zákon o obchodních korporacích)に基づく会社は、商業登記簿への登録によって法人格を取得します。この商業登記の際に、会社が実施する事業活動に必要な貿易ライセンスやその他の許認可を会社自身が所持していることを証明する必要があります。したがって、会社設立手続きの一環として、会社名義での貿易ライセンス取得が必須となります。

なお、この場合、会社の代表者となる日本人の個人は、原則的に、会社と別途の貿易ライセンスを取得する必要はありません。チェコの貿易ライセンス法では、法人は「責任ある代表者(odpovědný zástupce)」という自然人を指名して事業を運営することが認められています。この責任ある代表者は、会社の事業が貿易ライセンス法や関連法規に準拠して適切に運営されることに法的責任を負う人物であり、その個人がこの職務に就くことを承諾する旨の署名済み宣誓書を提出する必要がありますが、後述する「自由業」に分類される事業の場合、この責任ある代表者には特別な資格要件は求められません。これにより、会社の代表者である日本人個人は、会社が取得したライセンスの下で業務を執行することになり、個人として二重に手続きを行う必要はありません。  

チェコの事業活動を規律する四つの貿易ライセンス

チェコの事業活動を規律する四つの貿易ライセンス

チェコ貿易ライセンス法は、事業活動の性質と専門性の要件に応じて、すべての「貿易」を4つの主要なカテゴリーに分類しています。

自由業(Volná živnost)

自由業は、専門的な教育や資格が不要な事業活動を指します。このカテゴリーのライセンスを取得するためには、18歳以上であること、法務能力を有すること、犯罪歴がないことという一般的な条件を満たせばよく、貿易ライセンス庁への通知のみで開始できます。

ITサービス、コンサルティング、マーケティング、卸売・小売業、不動産管理、翻訳・通訳サービスなどがこの自由業に該当します。日本の法制度では、これらの活動の多くは特別な許認可を必要としませんが、チェコでは包括的な管理下に置かれている点が特徴的です。この制度は、すべての商業活動に共通の法的基盤を提供することで、市場全体の透明性と信頼性を高めることを目的としていると考えられます。

職人業(Řemeslná živnost)

職人業は、特定の職人的な技能や専門能力の証明が求められる事業活動です。このライセンスを取得するには、関連分野での実務経験や専門学校の卒業証明書などによって、その専門性を証明する必要があります。

具体例としては、理容師、パン・菓子製造、自動車整備、配管・暖房設備工事、電気設備工事などが挙げられます。

専門職(Vázaná živnost)

専門職は、特定の法律や国家試験に基づく高度な専門能力が求められる事業活動です。これらの事業は、その性質上、専門知識が欠かせず、消費者の保護を特に重視する分野に該当します。

不動産業、税務コンサルティング、運転学校の運営、危険物管理などがこのカテゴリーに分類されます。

許可制事業(Koncesovaná živnost)

許可制事業は、国家が公衆の安全や衛生上の観点から特に敏感であるとみなす活動で、前述のように、一般的な意味での「貿易」ではないものの、貿易ライセンス法の管轄下で特別な許可を得て初めて実施できる事業として定義されるものです。こうした事業を行うためには、貿易ライセンスの取得に加え、特別な許可(concession)が必須となります。

例えば、旅行代理店の運営、警備サービス、アルコール飲料の製造・販売、タクシーサービスなどが含まれます。

日本の旅行業法、警備業法、酒税法もそれぞれ厳格な登録、認定、免許を定めており、公衆の安全や秩序に関わる事業に対しては同質の規制が行われていると言えます。

非EU市民のための貿易ライセンス取得手続き

非EU市民(日本国籍者を含む)が貿易ライセンスを取得するプロセスは、居住許可の取得と密接に関連しており、いくつかの重要なステップと注意点が存在します。

一般条件と必要書類

貿易ライセンスを取得するための一般的な条件として、18歳以上であること法務能力を有すること、そして犯罪歴がないことが求められます。これらの条件に加え、非EU市民はパスポート有効な居住許可証チェコ国内の事業所の住所証明、そして犯罪経歴証明書(発行から3ヶ月以内、アポスティーユまたは公証が必須となる場合が多い)などの書類を準備する必要があります。

申請プロセスの順序と実務上の注意点

非EU市民の場合、貿易ライセンスの取得と長期滞在ビザの申請には明確な順序が存在します。まず貿易ライセンスを取得し、その「貿易ライセンスの抜粋(živnostenský list)」を、長期滞在ビザ申請時に「事業目的の証明」として提出するというステップが一般的です。この順序は、チェコでの事業活動の法的基盤が何よりも「貿易ライセンス」にあることによるもので、日本の法制度とは異なる重要な点です。

また、犯罪経歴証明書に関しては、手続き上の細かな注意が必要です。貿易ライセンス庁での申請時に原本が必要となりますが、その後、長期滞在ビザの申請時にもこの原本を再度提出する必要があるため、申請者は貿易ライセンス庁に原本の返却を求めることが肝要です。

申請は、最寄りの貿易ライセンス庁(Živnostenský úřad)で行い、通常は数営業日で完了します。ただし、これはあくまで貿易ライセンスの登録が完了するまでの期間であり、ビザ申請全体の処理期間は通常90日、場合によっては120日に延長されることもあります

貿易ライセンス取得後の法的義務

貿易ライセンス取得後の法的義務

貿易ライセンスの取得後、非EU市民はビザが承認されてから3営業日以内に貿易ライセンス庁に通知し、さらに税務署(Finanční úřad)と社会保障事務所(Česká správa sociálního zabezpečení)に登録する義務があります。

この一連の登録手続きは、「統一登録フォーム(Jednotný registrační formulář, JRF)」という単一のフォームを利用することで、貿易ライセンス庁を通じて一括して完了させることが可能です。日本の個人事業主が、開業届を税務署に、社会保険や労働保険の手続きをそれぞれの機関に個別に行う必要があるのと比較すると、チェコのJRFは複数の手続きを単一の窓口で効率的に完了できる点で、行政手続きの負担を大きく軽減できるということが言えるでしょう。

統一登録フォームを通じて登録手続きが完了すると、事業者には「税務識別番号(DIČ)」が付与されます。2024年1月1日以降、個人事業主は所得税の支払いを目的とした税務署への登録が義務ではなくなりましたが、それでもDIČの取得は税務申告や当局とのコミュニケーションを円滑にする上で重要となります。貿易ライセンスを保有する事業者は、たとえ所得がゼロであっても、毎月最低限の社会保障費と健康保険料を支払う義務があります。これは事業を継続する上で重要なコスト要因となりますが、収入がない期間には貿易ライセンスの活動を「一時停止(pause)」することで、この最低限の支払いを免れることが可能です。これは、特に事業の初期段階や、活動が不定期なフリーランサーにとって、知っておくべき重要なポイントです。

まとめ

チェコでの事業展開を成功させるためには、日本の法的枠組みとは異なる、貿易ライセンス法という独自の制度を深く理解する必要があります。この制度は、継続的な商業活動を包括的に網羅し、その性質に応じて厳格な要件を課す一方で、統一登録フォームのような効率的な手続きも提供しています。

特に非EU市民である日本人経営者や法務担当者にとって、貿易ライセンスの取得は長期滞在ビザ申請の前提条件であり、その手続きには有効期間が定められた犯罪経歴証明書やアポスティーユなど、日本の商慣習にはない特殊な要件が伴います。これらの複雑な法令調査、文書の準備、そして各行政機関への登録の場面では、現地の法務に精通した専門家のサポートが重要となるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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