弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

モロッコの労働法を弁護士が解説

モロッコの労働法を弁護士が解説

モロッコ(正式名称、モロッコ王国)の経済成長は、アフリカ市場へのゲートウェイとして世界的に注目を集めています。しかし、現地でのビジネスを成功させるためには、その独特な法制度、特に労働法に関する正確な理解が不可欠となります。モロッコ労働法は、日本法とは異なる厳格な労働者保護の原則に基づいており、この違いを軽視すると、予期せぬ法的リスクやコストに直面する可能性があります。

本稿では、モロッコ労働法典(Law no. 65-99)を主軸に、雇用契約の基本から、特に厳格な解雇規制、外国人労働者の雇用手続きに至るまで、日本の経営者や法務担当者が知っておくべき実務的なポイントを、日本法との比較を交えて詳細に解説します。

モロッコにおける雇用関係の基本原則

モロッコ労働法典の体系

モロッコの雇用関係は、主に労働法典(Law no. 65-99)によって規律されていますが、これに加えて契約債務法、刑法、社会保障に関する個別の法令も関連しています。雇用契約の形態には、無期雇用契約(CDI – Contrat à Durée Indéterminée)有期雇用契約(CDD – Contrat à Durée Déterminée)が主なものとして存在します。 

日本の労働法において無期雇用が一般的であるのと同様に、モロッコでもCDIが標準的な雇用形態とされています。一方で、CDDは特定の業務の遂行、一時的な活動増加、季節的業務といった、雇用関係が恒久的ではない場合に限定される例外的な契約です。この原則は非常に厳格であり、CDDの期間は原則として1年を限度とし、1回のみの更新が許容されます。この期間を超えて雇用が継続された場合、契約は自動的にCDIへと転換されます。これは、労働者の長期的な雇用安定を重視するモロッコ法の強い意図を反映していると言えるでしょう。 

雇用契約は口頭でも有効に成立しますが、書面による締結が推奨されます。この推奨は、単なる慣行ではなく、特に雇用主が厳格なモロッコ法下での義務を果たすため、そして、後の紛争発生時に雇用関係の内容や試用期間、給与等の重要な条件を明確に立証するための不可欠な手段であることを意味しています。口頭契約の場合、雇用関係自体の存在を証明することはできますが、その詳細な条件を立証することは極めて困難となり、予期せぬ法的リスクにつながる可能性があります。日本の企業がモロッコでビジネスを展開する際には、契約書に賃金、職務内容、労働時間、試用期間、解雇予告期間といった必須条項を明確に記載することで、潜在的な紛争を未然に防ぐことが、最初の、そして最も重要な法的リスク軽減策となります。 

試用期間の規定

モロッコ労働法における試用期間は、日本の慣行とは異なり、役職や契約形態によって明確な上限が定められています。無期雇用契約(CDI)の場合、幹部(マネージャー)は3ヶ月、一般従業員(ホワイトカラー)は1.5ヶ月(45日)、労働者(ブルーカラー)は15日が上限です。これらの試用期間は、いずれも1回に限り更新が認められています。 

一方、有期雇用契約(CDD)の試用期間は、契約期間に応じて定められます。契約期間が6ヶ月未満の場合は最大2週間、6ヶ月以上の場合は最大1ヶ月です。 

試用期間中の解雇は、解雇予告や退職手当の支払いを伴わずに行うことが可能とされています。ただ、勤続1週間を超えて試用期間中に解雇する場合、雇用主は職務カテゴリーに応じて2日から8日の予告期間を設ける義務があります。さらに、試用期間中の従業員であっても、最低賃金と社会保障の権利は保護されます。 

これらの規定は、試用期間中の雇用管理においても、日本の企業がモロッコ法の厳格な手続きと義務を正確に理解し、契約書に試用期間を明確に規定するとともに、解雇の際には法定の予告期間を遵守する必要があることを示しています。

契約形態役職試用期間の上限更新
無期雇用契約(CDI)幹部3ヶ月1回のみ
無期雇用契約(CDI)一般従業員1.5ヶ月(45日)1回のみ
無期雇用契約(CDI)労働者15日1回のみ
有期雇用契約(CDD)契約期間6ヶ月未満最大2週間規定なし
有期雇用契約(CDD)契約期間6ヶ月以上最大1ヶ月規定なし

法定労働時間・休日・休暇制度

モロッコにおける非農業部門の法定労働時間は、週44時間制、年間2,288時間と定められています。1日の最大労働時間は10時間を超えてはなりません。これは、日本の週40時間制と比べて労働時間が長いのが特徴です。また、すべての従業員は週に連続24時間の休息日が義務付けられており、これは通常日曜日が一般的です。 

時間外労働(残業)は、1日の法定労働時間や週44時間を超える労働、または休息日・祝日の労働を指し、年間上限は250時間と定められています。残業代の割増率は、労働時間帯や曜日によって異なります。日中の時間帯(午前6時~午後9時)は25%増、夜間(午後9時~午前6時)は50%増が基本です。さらに、休息日や祝日の労働にはより高い割増率が適用され、日中は50%増、夜間は100%増となります。ただし、一部の資料では、日中150%、夜間200%とより高い割増率が記載されている場合もあります。この割増率の差異は、法律で定められた最低基準に加えて、産業固有の集団労働協約や個別の雇用契約によって、より有利な条件が定められている可能性があることを示しています。したがって、日本の企業は、法律の一般的な規定に準拠するだけでなく、適用される産業固有の協約や、個別の契約内容を細かく確認する必要があることを示唆しています。 

法定の有給休暇については、勤続6ヶ月以上の従業員に対し、1ヶ月の勤務につき1.5労働日(年間18労働日)が付与されます。勤続年数が5年を超えると、年間付与日数はさらに増加します。 

モロッコの解雇規制と手続き

モロッコの解雇規制と手続き

解雇の正当事由

モロッコ労働法は、労働者の雇用安定を保護しており、雇用主は正当な理由がない限り従業員を解雇することはできません。解雇の正当な理由として認められるのは、「従業員の重大な非行(faute grave)」または「事業上の理由(causes technologiques, structurelles ou économiques)」に限定されます。 

これは、日本の労働法における「解雇権濫用禁止の法理」とは根本的に異なります。日本法では、解雇の有効性を判断する際に、客観的に合理的な理由があるか、社会通念上相当であるかといった複数の要素を総合的に考慮します。一方、モロッコ法では、解雇理由がこの限定された類型に当てはまらない場合、解雇は自動的に「abusif」(不当)と見なされます。この違いは、単に解雇が困難であるというだけでなく、理由の軽微な不備や手続きの瑕疵が高額な賠償責任に直結するという重大なリスクを意味しています。

重大な非行(Faute Grave)の概念と裁判例

モロッコ労働法典第39条は、解雇を正当化しうる「重大な非行」の具体例を列挙しています。これには、以下のような行為が含まれます。 

  • 名誉、信用、または良俗を損なう犯罪で、有罪判決を受けた場合
  • 企業に損害を与えた企業秘密の漏洩
  • 職場内または勤務中の窃盗、横領、泥酔、麻薬使用
  • 身体的な暴行、重大な侮辱
  • 正当な理由のない業務拒否
  • 12ヶ月間に4日以上または8半日以上の正当な理由のない無断欠勤

しかし、これらの非行が事実であったとしても、雇用主が解雇を有効にするためには、手続きを遵守することが求められます。モロッコ最高裁判所は、解雇の正当性の実質的な理由(従業員の非行)よりも、手続きの厳格な遵守を重視する立場を明確にしています。この法理は「la forme l’emporte sur le fond」(形式が実質に優越する)として知られています。 

具体的には、裁判所は、雇用主が法定の手続きを遵守したかどうかを最優先で審査します。手続きに不備があれば、たとえ従業員の非行が事実であったとしても、裁判官は非行の内容を審査する義務を免除され、解雇を不当と見なします。解雇の際にはその理由の正当性を証明する前に、まず、聴聞、報告書の作成、通知書の交付といった全ステップを実行する必要があります。 

解雇予告期間と法定退職手当

モロッコ法では、解雇に際して勤続年数と役職に応じた法定の解雇予告期間が義務付けられています。 

勤続年数役職解雇予告期間
1年未満幹部1ヶ月
従業員8日
1年以上5年以下幹部2ヶ月
従業員1ヶ月
5年超幹部3ヶ月
従業員2ヶ月

日本の労働基準法では、解雇予告期間は勤続年数にかかわらず一律30日と定められているため、モロッコ法のこの規定は、特に勤続5年以上の従業員に対する解雇コストを正確に把握する上で重要な違いとなります。 

さらに、モロッコでは、勤続6ヶ月以上の無期雇用契約(CDI)従業員を解雇する場合、法定退職手当(severance pay)の支払いが義務付けられています。この退職手当は、勤続年数に応じて時間単位で明確に計算されます。 

  • 勤続5年まで:96時間分
  • 勤続6年〜10年:144時間分
  • 勤続11年〜15年:192時間分
  • 勤続15年超:240時間分

これらの計算は、年単位または年未満の期間についても行われます。ただし、重大な非行による解雇の場合は、退職手当の支払いは免除されます。 

解雇手続きの要件

モロッコ法における解雇手続きの厳格さは、単なる行政的な負担を超えた重要な法的含意を持っています。労働法典第62条に基づき、雇用主は非行を認知してから8日以内に、従業員に書面で事前聴聞を通知しなければなりません。 

聴聞は、従業員本人と、その希望に応じて代理人(労働者代表など)の立ち会いのもと、個別に実施されなければなりません。聴聞後、雇用主は48時間以内に解雇通知書を交付しなければなりません。この通知書には、解雇理由と聴聞の日付を明確に記載する必要があり、書留郵便、配達証明付きの郵便、または執行官を通じて交付することが認められています。 

また、解雇通知書と聴聞報告書のコピーは、労働監督官に送付しなければなりません。これらの手続きは、解雇が不当であると従業員が主張した場合に、雇用主がすべての手続きを正しく実行したことを「証明」する責任を負うという点で重要です。日本の法務担当者が、解雇は「理由」が重要だと考える傾向があるのに対し、モロッコでは「手続き」が法の本質的な要件です。この違いを理解しないと、些細な手続き上のミスで敗訴し、多額の賠償金を支払うリスクを負うことになります。 

モロッコにおける外国人労働者の雇用

就労許可(Non-lieu証明書)取得の特殊性と日本企業への示唆

モロッコで外国人労働者を雇用する場合、雇用主はモロッコ雇用・能力促進局(ANAPEC)を通じて就労許可を取得する必要があります。この就労許可は、一般的に「外国人向け労働契約(Contrat de Travail d’Etranger – CTE)」にビザが付与される形式で与えられます。 

このプロセスにおいて、最も重要かつ日本企業にとって特殊な要件が、「当該職務に適した国内の労働者がいないこと」を証明する「Non-lieu」証明書(活動証明書)の取得です。Non-lieu証明書を取得するためには、雇用主はANAPECのウェブサイトやSNS、新聞に求人広告を掲載し、現地の応募者と面接を実施した上で、国内に適任者がいなかったことを詳細な面接報告書で証明しなければなりません。この手続きは通常、60日程度の処理期間を要します。 

この手続きは、日本の企業が単に駐在員をモロッコの子会社に「社内異動」させるという感覚でいると、躓く可能性があります。ANAPECの手続きは形式的なものではなく、モロッコ政府が自国の雇用市場を強く保護し、失業率の低下を重視していることの明確な表れです。したがって、日本企業は、なぜこの職務にモロッコ人ではなく外国人専門家が必要なのかを、その専門性や希少性をANAPECに対して論理的かつ説得的に説明する準備が不可欠となります。これは、日本の法制度にはない、モロッコ独自の「雇用保護主義」を理解し、その上で戦略を立てる必要があるという深い示唆です。 

滞在許可証(Carte de Séjour)の取得

就労許可が下りた後、外国人労働者は、3ヶ月を超える滞在のために滞在許可証(Carte de Séjour)を取得しなければなりません。一部の資料では、入国後15日以内という規定も示唆されており、早期の申請が強く推奨されます。申請は所轄の警察署の「外国人局(Bureau des étrangers)」で行います。 

この滞在許可証は、銀行口座の開設や自動車の登録など、現地での生活に不可欠な様々な行政手続きに必要となります。就労許可(CTE)が労働を可能にするのに対し、滞在許可証は現地での「生活」を可能にするという役割分担がありますが、この二つの手続きは密接に連動しています。滞在許可証がなければ、給与の支払い、経費精算、ひいては駐在員の現地での職務遂行が困難になり、事業継続性に深刻な影響を及ぼす可能性があります。したがって、滞在許可証の取得は、単なる個人の生活手続きではなく、現地でのビジネス活動そのものの前提条件として位置づけられます。 

まとめ

本稿で解説したように、モロッコ労働法は、労働法典(Law no. 65-99)を基軸に、労働者の権利保護を強く意識した厳格な法制度です。雇用契約は書面化が強く推奨され、試用期間は役職と雇用形態によって厳密に定められています。最も重要な点は、解雇規制の厳格性であり、「重大な非行」や「事業上の理由」という正当事由が要求される上、厳格な手続き(事前聴聞、通知書の交付等)の完璧な遵守が求められます。裁判所は、理由の正当性よりも手続きの不備を優先して判断する傾向があるため、些細な手続き上のミスが高額な賠償責任につながる可能性があります。

また、外国人労働者の雇用には、就労許可と滞在許可証という二重の手続きが必須です。特にANAPECによる「国内に適任者がいないこと」の証明は、日本の慣行にはない特別な要件であり、事前の周到な準備が成功の鍵となります。

モロッコ法は労働者保護を重視する一方で、企業にとっては、人件費や解雇コストを法律に基づいて事前に正確に把握できるという利点も提供します。しかしながら、その複雑な手続きや慣行の理解は、専門家なしには極めて困難なものです。特に、日本の法制度との違いが大きいため、安易な判断は高額な法的リスクを招きかねません。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る