フランスの会社法が定める会社形態の詳細を解説

フランスでは、事業の規模や性質、出資者の数や責任範囲に応じて、会社形態に多様な選択肢があります。
フランスの会社法は、主に民法典(Code civil)第1832条以下および商法典(Code de commerce)に定められており、事業の法的枠組みを厳格に規定しています。事業形態は、大きく分けて、経営者と事業体が法的に同一である「法人格を持たない個人事業形態(Entreprise individuelle)」と、事業体が独立した法人格を持つ「会社形態(Société)」に分類されます。
本記事では、有限責任会社(SARL:Société à Responsabilité Limitée)、単純型株式会社(SAS:Société par Actions Simplifiée)、株式会社(SA:Société Anonyme)といった主要な形態に加え、一人会社や個人事業主の制度までを網羅的に解説します。
この記事の目次
フランス法における事業形態の基礎
フランスの事業形態には、法人形態を持つものと持たないものがありますが、さらに、フランス法には、日本の会社法にはない独特の会社分類概念が存在します。それは、人的会社(Sociétés de personnes)、資本会社(Sociétés de capitaux)、そしてハイブリッド型会社(Sociétés hybrides)の3つです。
- 人的会社:出資者間の個人的な信頼関係(intuitu personae)を重視する形態です。出資者の責任は無限となることが原則で、株式の譲渡は厳しく制限されます。
- 資本会社:資本の集積を目的とする形態です。出資者の責任は有限であり、株式の譲渡は比較的自由で、出資者間の個人的な関係は重視されません。
- ハイブリッド型会社:上記二つの特徴を併せ持つ形態で、有限責任の原則を保ちつつも、出資者間の信頼関係を保護するため、株式の譲渡に厳格な制限が課せられます。SARLがその代表例です。
この独特な分類は、フランスの会社法が、出資者の間の人間関係と資本の論理を調和させようとするという、日本とは異なる思想に基づいていることによるものだと言えるでしょう。例えば、SARLは有限責任であるにもかかわらず、そのハイブリッド性からintuitu personaeが強く働き、株式譲渡に制限がかかることは、資本の集積を重視するSASやSAと根本的に異なる特徴です。日本の会社法が「株式会社」と「合同会社」を主に資本の多寡や設立の簡便性で区別するのに対し、フランスでは「誰と組むか」という人間関係の質が法制度の選択に深く影響する構造になっていることが伺えます。
定款を自由設計できるフランスの単純型株式会社(SAS)

SASは、商法典(Code de commerce)第L.227-1条以下に規定される有限責任の会社形態です。その最も大きな特徴は、「定款の自由度(liberté statutaire)」にあります。これにより、設立者は会社運営や株式譲渡に関するルールを、法令の範囲内で自由に設計することができます。この柔軟性から、スタートアップやベンチャーキャピタルからの資金調達を志向する企業に非常に人気があります。
ガバナンスと経営陣の役割
SASでは、Président(社長)の任命が義務付けられています。このPrésidentは、個人だけでなく法人も務めることが可能です。日本の株式会社において、取締役会設置会社は取締役3名以上が必須であるのに対し、SASはConseil d’administration(取締役会)などの機関設置が任意であり、定款で自由に定めることができるため、1名でも柔軟なガバナンスを構築できます。
この柔軟性は、日本のスタートアップが求める「スピード感」と「自由な資本政策」と高い親和性を持つと言えます。特に、定款の自由度は、経営者と出資者間で合意したルールを詳細に反映できるため、日本の株主間契約(pactes d’actionnaires)の内容を、より法的に拘束力のある定款そのものに組み込めることを意味します。これにより、予期せぬトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。
経営陣の解任と最新判例
SASの経営陣の解任ルールは、法律に明記されていないため、定款の定めに依拠します。この点に関して、定款の自由度を裏付ける重要な判例が存在します。
フランス破毀院商事部(Cour de cassation, Chambre commerciale)は、2022年3月9日の判決(n°19-25.795, Hubbard事件)において、定款に「正当な理由(juste motif)」を要する旨の規定がない限り、SASの経営者を理由なくいつでも解任できる(révocation ad nutum)ことを認めました。これにより、SASの定款で経営陣の支配力を制限する条項を設けることが、法的に有効であることが示されました。
集団的決定と最新判例
一方で、SASの定款の自由度には絶対的な限界が存在します。 フランス破毀院総会(Cour de cassation, Assemblée plénière)は、2024年11月15日の判決(n°23-16.670)において、SASの定款の自由度には限界があるという重要な判例を示しました。この判決は、過半数に満たない議決権で集団的決定を有効とする定款条項は無効であり、「書かれていなかったもの(réputée non écrite)」とみなされることを判示しました。集団的決定には、その本質として、賛成票が反対票を上回る多数決原則が不可欠であると判断されたのです。
この判例は、どんなに定款に自由なルールを書いても、基本的な「多数決」の原則は超えられないことを明確にしました。このことは、定款が法的拘束力を持つとはいえ、フランス法全体の法的原則からは逸脱できないことを意味します。こうした限界の下に「定款の自由」があるが故に、専門家と連携して、フランス法が許容する範囲内で最も自社に適した定款を策定する必要があるということが言えるでしょう。
中小企業向けフランスの有限責任会社(SARL)
SARLは、商法典(Code de commerce)第L.223-1条以下に規定される会社形態です。SASほどの柔軟性はないものの、その法的枠組みが明確に定められているため、安定性が高く、特に中小企業や家族経営に適しています。
日本の合同会社・有限会社との比較
SARLは、有限責任であり、設立費用が比較的安価である点で日本の合同会社と類似しています。しかし、SARLは設立人数に制限(2名から100名まで)があり、定款の自由度がSASほど高くないため、より法令の定めに従う必要があります。これは、設立者の個人的関係が重視される合同会社よりも、さらに厳格な法規範を持つ形態と考えることができるでしょう。
また、1925年にフランスでSARLが創設された背景には、ドイツのGmbH制度の影響があります。これは、日本の旧有限会社(Yugen-Kaisha)がドイツのGmbHをモデルとしていた歴史と符号します。SARLは、かつての日本の有限会社に法的な厳格さや規模の上限(100名)が加わったものと捉えることができます。
ガバナンスと経営陣の責任
SARLは1人以上のGérant(支配人)によって経営されます。Gérantは必ず個人でなければならず、会社の定款や別途の決定によって任命されます。SARLの厳格な法的枠組みは、経営者の責任の範囲と追及方法を明確化する判例によってさらに安定性を高めています。
判例解説:経営者の責任追及の重複 フランス破毀院商事部(Cass. com.)は、2024年12月18日の判決(n°22-21.487)で、SARLの経営者に対する責任追及は、法令違反による責任と、不適切な経営(faute de gestion)による責任を、同一の行為について重ねて追及できることを明確化しました。これにより、不適切な経営に対する責任追及の可能性が広がったと言えます。
判例解説:複数支配人の個別責任 また、フランス破毀院商事部(Cass. com.)は、2023年1月25日の判決(n°21-15.772)で、複数のGérantが存在する場合でも、不適切な行為を行った特定のGérantのみに対して責任追及を行うことが可能であり、全員を訴える必要はないと判断しました。
SARLの厳格な法的枠組みは、予見可能性が高く、特に日本企業の多くが慣れ親しんだ、ルールに基づく経営に安心感を得られる可能性があります。しかし、その反面、迅速な意思決定や資本政策の柔軟性は制限されるため、事業の将来的な拡大や外部からの大規模な資金調達を最初から見据えている場合は、慎重な検討が必要です。SARLの厳格な法的安定性は、日本の多くの企業文化に合致するでしょう。
大規模事業向けフランスの株式会社(SA)
SAは、商法典(Code de commerce)第L.225-1条以下に規定される、大規模な事業や株式公開を目指す企業向けの形態です。日本の株式会社と最も近い形態ですが、日本の制度より要件が厳格です。
設立要件とガバナンス
SAの設立には、最低2名の出資者(株主)が必要であり、株式が公開されている場合は最低7名が必要です。これは日本の株式会社が最低1名から設立できる点と大きく異なります。
さらに、最低資本金が37,000ユーロと義務付けられている点も、日本の株式会社が最低1円から設立できる点と大きく異なります。また、ガバナンス構造として、Conseil d’administration(取締役会)を設置する一元型と、Directoire(執行役会)とConseil de surveillance(監査役会)を設置する二元型の2種類が法定されており、いずれも厳格な監査役(Commissaire aux comptes)の任命が義務付けられています。
SAの厳格な設立・ガバナンス要件は、日本の読者にとって、SASやSARLとの比較において、フランスにおける「公共性」や「社会的信頼」の概念が、会社形態にどのように反映されているかを理解する上で重要です。多額の最低資本金や厳格な二元型ガバナンスの選択肢は、SAが社会に対する責任を負う「公共の存在」として位置づけられていることを示唆しています。このことから、日本の読者は、事業規模が小さい段階でSAを選択する実務的なメリットはほとんどなく、むしろSAがフランスの会社法体系における「最終形態」であることを理解するべきでしょう。
単独創業者向けのEURLとSASU
EURLはSARLの一人会社版、SASUはSASの一人会社版であり、どちらも単独で事業を開始する際に選択できる有限責任の会社形態です。日本の会社法でも一人株式会社や一人合同会社が認められていますが、フランスではそれぞれが明確な法的形態として規定されています。
EURLとSASUの最も重要な違いは、経営者個人の社会保障制度にあります。これは、日本の一人株式会社や一人合同会社の経営者が社会保険への加入義務を負う(役員報酬ゼロの場合を除く)点と異なる、フランス独自の重要な選択肢です。
EURL | SASU | |
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原則的な税制 | 所得税(IR) | 法人税(IS) |
社会保障制度 | 非被用者(Travailleur non salarié) | 被用者とみなされる者(Assimilé-salarié) |
社会保険料率 | 比較的低い(収入の約30%〜45%) | 高い(給与の約64%) |
給与ゼロ時の義務 | 最低限の保険料支払い義務が発生 | 保険料は発生しない |
補償内容 | 補償は限定的(失業手当・労災保険なし) | 日本のサラリーマンに近い手厚い補償 |
EURLとSASUは、それぞれ「低いコスト・低い保障」と「高いコスト・高い保障」という明確なトレードオフを提供しています。この選択は、個人の生活設計やリスク許容度に直結するため、フランスでの起業を検討する日本人にとって、最も深く比較すべきポイントであると言えるでしょう。
法人格を持たないフランスの個人事業形態
EI(Entreprise Individuelle)は、法人格を持たない個人事業形態であり、Micro-entrepriseは、そのEIのうち、特定の税制・社会保障制度を選択したものです。日本の個人事業主に相当しますが、制度の仕組みに大きな違いがあります。
責任と個人資産の保護
EIは原則として無限責任でしたが、2022年の法改正により、起業家の個人資産と事業資産が分離されるようになりました。これにより、事業上の債務は事業資産に限定され、個人の住居などは保護されます。
簡素化された税制と社会保障制度
Micro-entreprise制度では、税金と社会保険料の計算が非常に簡素化されています。課税所得は、売上高から事業内容に応じた「みなし経費控除(abattement forfaitaire)」を差し引いて算出されます。例えば、物販の場合は売上の71%、サービス業の場合は34%が控除されます。社会保険料も売上高に一定の税率(物販で12.3%、サービス業で21.2%など)を乗じて計算され、売上がゼロの場合は、保険料もゼロです。
日本の青色申告との比較
日本の個人事業主が選択できる「青色申告」制度は、実際の経費を控除でき、複式簿記を行うことで最大65万円の特別控除を受けられるという、税額の最適化を目的とした制度です。一方、フランスのMicro-entreprise制度は、実際の経費に関わらず、売上に応じた定率の「みなし経費控除」を適用します。この制度は、税額の最適化よりも、経理処理の究極的な簡素化を目的としていることが言えるでしょう。
フランスのMicro-entreprise制度は、経理業務を最小限に抑えたいフリーランスや副業家にとって理想的な選択肢です。これは、事業収益はすべて個人所得と見なされ、経費計上の概念が存在しない日本の個人事業主の仕組みとは根本的に異なります。このように、両国の制度は、「簡素化」か「最適化」かという異なる哲学に基づいており、事業の性質(経費率、事業規模)によって最適な選択が異なるという、実務上の重要な示唆を与えています。
まとめ
本記事で解説したとおり、フランスには多様な事業形態が存在します。SASの柔軟性、SARLの安定性、EURL/SASUにおける社会保障の選択、そしてマイクロアントルプルヌール制度の簡素化は、それぞれ異なる事業ニーズに応えるために存在しています。特に、近年の破毀院判例が示すように、定款の自由度や経営陣の責任に関する法的解釈は常に進化しています。事業の目的、規模、資金調達の計画、そして出資者間の関係性に応じて、最適な法的形態は異なります。このような複雑な法環境において、最良の選択をするためには、専門家による個別具体的なアドバイスが不可欠だと言えるでしょう。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務