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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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フランスの会社法が定める会社設立手続を解説

フランスの会社法が定める会社設立手続を解説

欧州連合(EU)の創設国の一つであり、世界経済においても重要な地位を占めるフランスは、多くの日本企業にとって魅力的なビジネスの舞台です。同国での事業展開を検討する際、日本人がまず直面するのは、日本の法制度とは異なる会社設立の手続きと、それに付随する法的概念です。 

本記事では、日本企業がフランスで法人を設立する際に特に留意すべき特有の手続きと法的論点について、最新の法改正や判例を踏まえながら詳細に解説します。前提としての、フランス会社法の基礎概念や、フランス会社法が用意している多様な会社形態の選択しから、特に、近年手続きが大幅に簡素化されたオンラインのワンストップ窓口「Guichet unique」の仕組み、そして設立者が負う責任の範囲を大きく変え得る2023年の画期的な破毀院判決の意義まで、日本の制度との重要な相違点に焦点を当てます。

フランス会社法の基礎概念

商法典と民法典の関係性

フランスの法制度は、ナポレオン法典の一部として1807年に制定された商法典(Code de commerce)と、それより先行して1804年に制定された民法典(Code civil)が密接に連携し、互いを補完する形で成り立っています。このシステムは、特に商事法が民法典の規定を前提として成立している点が特徴です。商法典の適用は、特定の「商人」という身分ではなく、「商業行為」(acte de commerce)の存在に基づいて判断されるという客観主義的なアプローチを採用しています。 

一方で、日本の会社法は民法とは独立した特別法として発展しました。この歴史的・構造的な違いは、実務における契約の解釈や法的アプローチに影響を与えることがあります。例えば、フランスでは会社法に関する紛争でも、契約一般の解釈については民法典の条文が援用されることが多く、両法典を統合的に理解する必要があります。

法人格取得のタイミング

日本の法律と同様に、フランスにおいても会社は登記を経ることで法人格を取得します。フランス商法典L.210-6は、会社が法人格を持つのは「商業・会社登記簿(Registre du Commerce et des Sociétés, RCS)への登録日」からであると明確に定めています。この時点で初めて、会社は法的な権利能力を持つ「法人」(personne morale)となり、契約を締結したり、訴訟の当事者になったりすることが可能になります。 

しかし、会社が法人格を取得するまでの間、設立者は事業開始に向けた様々な行為(オフィス賃貸契約の締結、銀行口座の開設、備品購入など)を行う必要があります。これらの行為は「設立中の会社のための行為」(actes accomplis pour le compte d’une société en formation)と呼ばれ、原則として行為者である設立者個人の責任となります。設立者がこれらの個人的責任から解放されるためには、会社が設立された後に、所定の手続きを経てこれらの行為を「引き継ぐ」(reprendre)必要があります。引き継がれた行為は、遡及的に会社の責任となります。 

設立中行為に関する最新の判例法理

この設立中行為の承継に関する法理は、特に日本企業がフランスでの事業立ち上げにおいて注意すべき重要な点であり、近年、重要な変化がありました。

かつてフランスでは、設立中行為を会社が引き継ぐためには、契約書に「設立中の【会社名】のために」といった明確かつ明示的な記載が必要であると厳格に解されていました。この要件を満たさない場合、たとえ設立の意図が明らかであっても、行為は会社の責任とならず、設立者個人が無限に責任を負うリスクがありました。 

しかし、2023年11月29日、フランス破毀院(Cour de cassation)商事部は、3つの判決(nos. 22-12.865, 22-18.295 et 22-21.623)において、この厳格な法理を緩和する判断を下しました。この判決は、たとえ明示的な記載がなくても、裁判官が契約書全体や外部の状況を審査し、「当事者の共通の意図」(la commune intention des parties)に基づいて、設立中の行為が会社の責任に帰属することを認定し得ると判断しました。これは、契約解釈に関する民法典1188条の考え方を会社法に適用したものであり、手続き上の形式よりも実質的な当事者の意思を尊重する方向へと舵を切ったものです。 

この法理変更は、実務上の手続きに軽微な不備があった場合でも、設立中の行為が会社に引き継がれる可能性を高め、設立者個人のリスクを軽減する効果があると言えるでしょう。ただし、この法理は不正や詐欺(dol ou fraude)のケースには適用されないとされています。

フランスの主要な会社形態

フランスには、事業の規模や目的、設立者の人数、経営の柔軟性などに応じて、多様な会社形態が存在します。日本の会社法(株式会社・合同会社)に比べ、より細分化された選択肢があることが特徴です。日本企業が海外子会社や合弁会社として会社設立を行う際には、主に、SAS・SARL・SAの3つの形態が選択肢となります。

SAS(単純型株式会社)

SASは、定款で会社の運営ルールを自由に定めることができる、最も柔軟な形態です。特にスタートアップやベンチャーに適しており、1名でも設立でき、取締役会などの機関設置も任意です。ただし、近年、多数決の原則は定款でも超えられないという判例が出されており、定款の自由度には限界があることが示されています。

SARL(有限責任会社)

SARLは、フランスの中小企業や家族経営に最も一般的な形態です。日本の旧「有限会社」や現在の「合同会社」と類似点がありますが、定款の自由度はSASに比べて低く、法的な枠組みがより明確に定められています。これにより、安定した運営が可能となる一方で、柔軟な意思決定は制限されます。

SA(株式会社)

SAは、大規模事業や株式公開を目指す企業向けの形態で、日本の「株式会社」に最も近いものです。しかし、最低2名の株主(公開会社の場合は7名)と最低37,000ユーロの資本金が義務付けられており、日本の株式会社と比べて設立要件が厳格です。

その他の形式

EURLとSASUは、それぞれSARLとSASの一人会社版です。最大の相違点は、経営者の社会保障制度にあります。EURLは個人事業主(非被用者)とみなされ社会保険料が比較的低い一方、SASUはサラリーマン(被用者とみなされる者)と同様の手厚い社会保障を受けられます。

また、個人事業主であるEIは、法人格を持たず、起業家と事業が法的に同一です。最新の法改正で事業資産と個人資産が分離されるようになりました。Micro-entrepriseは、そのうち特定の簡素化された税制を選択したもので、売上高に応じた「みなし経費控除」により、経理業務が大幅に軽減されます。これは、実際の経費を計上できる日本の青色申告制度とは異なる、簡素化を徹底した制度です。

各形態の比較

特に注目すべきは、簡素化された株式会社であるSASの存在です。SASは、株主間の権利義務や経営陣の構成を定款(Statuts)で自由に定めることができる、非常に柔軟性の高い会社形態です。この柔軟性は、日本の会社法における一般的な株式会社よりも高い自由度を持っており、複雑な出資関係を持つ日本企業にとって特に有利な制度です。合弁事業やベンチャーキャピタルからの出資を想定するスタートアップにとって、株主間の合意内容を細かく反映させることができるSASは、より管理が厳格なSARLと比較してはるかに魅力的な選択肢となります。

SARLSASSA
最低資本金1ユーロから 1ユーロから 37,000ユーロ 
設立に必要な人数1名から100名まで 1名以上 2名以上 
出資者の責任出資額を限度とする有限責任 出資額を限度とする有限責任 出資額を限度とする有限責任 
定款の柔軟性比較的低い非常に高い 比較的低い 
経営陣の構成支配人(gérant) 社長(Président) 取締役会とCEO 
公開の可否不可 不可 可能

外国資本によるフランスでの会社設立手続

外国資本によるフランスでの会社設立手続

フランスで会社を設立する際、外国人投資家は、会社そのものの設立手続に加えて、個人としての滞在資格に関する要件を満たす必要があります。ここでは、会社設立のための具体的な手続を段階的に解説します。

滞在許可証の取得

外国人がフランスで事業活動を行うためには、原則として滞在許可証が必要となります。起業家や投資家向けには、フランス政府が優秀な人材を積極的に誘致するために特別に設けたビザ制度が存在します。 

その代表的なものが「タレントパスポート」(Passeport talent)です。このビザは、起業家(créateur d’entreprise)として申請する場合、修士号以上の学歴または5年以上の実務経験、そして事業に3万ユーロ以上を投資する計画があることが主な要件となります。また、フランス政府のイノベーション政策の一環である「フレンチテックビザ」( French Tech Visa)は、スタートアップの設立者向けに用意されており、公的機関によるプロジェクトの革新性の承認や、フランス国内のアクセラレーターやインキュベーターのプログラム参加が要件となることがあります。これらのビザは、単なる滞在許可ではなく、特定の専門性やプロジェクトを重視するフランスの政策的意図の表れであり、日本の「経営・管理」ビザとは異なる性格を持っています。 

ワンストップ窓口「Guichet unique」による手続

2023年1月1日以降、フランスにおける全ての会社設立、変更、清算の手続きは、国立産業財産権院(Institut National de la Propriété Industrielle, INPI)が運営するオンラインのワンストップ窓口「Guichet unique」を通じて行うことが義務付けられました。これは、以前存在したCFE(Centre de Formalités des Entreprises)を廃止し、すべての手続を一元化したもので、手続きのデジタル化と簡素化を目的としています。

この「Guichet unique」システムは、日本の法務局を中心とした商業登記システムとは異なり、知的財産権を所管するINPIが運営している点が特徴です。これにより、会社の商号や活動内容の登録と、商標や特許といった知的財産権の保護が、同じプラットフォーム上で統合的に管理されるという独特な仕組みが構築されています。 

具体的な設立手続は、以下の流れで進めます。

  1. 会社名の調査:まず、INPIのウェブサイトで商号の独自性を確認します。 
  2. 定款(Statuts)の作成:会社の目的、資本金、ガバナンスなどを定めた定款を作成し、全設立者が署名します。SASやSARLでは必須の書類となります。
  3. 資本金の払込:定款の作成後、資本金をフランスの銀行口座に預け入れ、預託証明書(capital deposit certificate)を取得します。この際、公証人(notaire)が手続きに関与する場合があります。
  4. オンライン申請:設立者は、定款、事業所住所の証明、代表者の身分証明書など、必要書類を「Guichet unique」にアップロードして申請を行います。日本の印鑑証明書にあたる書類は、本国で公証(notarize)を得た上で、フランスの領事館等で再度認証を受ける必要がある場合があります。
  5. 審査と登録:申請後、INPIは提出された情報を検証し、商業裁判所などの関係機関に転送します。審査が完了すると、会社は商業・会社登記簿(RCS)に登録され、法人格を取得します。 

設立後の手続と重要書類

登記が完了すると、会社は晴れて法人格を取得し、事業活動を開始できます。この際、会社には事業活動の証明となる一連の番号が付与されます。代表的なものとして、企業識別番号(SIREN番号)事業所識別番号(SIRET番号)、そして事業活動区分番号(APE番号)があります。

また、フランスで事業を行う上で不可欠な重要書類が「Kbis(ケイビー)」です。これは、商業・会社登記簿に登録された会社の法人情報(商号、所在地、資本金、代表者など)が記載された証明書であり、日本の法人の「履歴事項全部証明書」に相当する役割を果たします。銀行口座の開設、契約の締結、公的手続きなど、あらゆる場面でその会社の存在と信用力を証明するために必要不可欠な書類となります。 

まとめ

フランスでの会社設立は、日本の制度とは異なる特有の法的概念や行政手続きが存在します。特に、民法典と商法典の関係性、そして設立中行為の承継に関する最新の破毀院判例は、手続き上のリスク管理において事前に深く理解しておくべき重要なポイントです。また、2023年に義務化されたオンラインのワンストップ窓口「Guichet unique」の活用は、手続きの効率を大幅に高める一方で、その独自の仕組みを正しく理解することが不可欠です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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