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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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フランスの契約法における「著しい不均衡条項の無効化」とは

フランスの契約法における「著しい不均衡条項の無効化」とは

フランス(正式名称、フランス共和国)は、その洗練された法体系で知られていますが、近年、契約法に大きな変革がもたらされました。2016年の契約法改革は、日本の企業がフランスでの事業展開を検討する上で見過ごせない重要な変更点を含んでいます。その一つが、民法典第1171条に規定された「著しい不均衡条項」の無効化です。この規定は、一方的に作成された契約書に、当事者間の権利と義務に不公平な差を生じさせる条項が含まれていた場合、その条項を無効と判断するものです。

日本の法律に慣れた日本人にとって、このフランス法特有の考え方は、予期せぬリスクとなり得ます。特に、日本の消費者契約法が主にBtoC取引を対象とするのに対し、フランス民法はBtoB取引にまで保護を拡大している点、そして商法典の規定と補完関係にある点は、両国の法制度の決定的な相違点です。

本稿では、この「著しい不均衡条項」の無効化について、その法的な根拠、日本の法律との相違点、そして日本企業が直面し得る具体的なリスクと、それに対する対策を解説します。

フランス民法典第1171条の概要と背景

フランス契約法におけるパラダイムシフト

2016年2月10日のオルドナンス(政令)2016-131号によって施行されたフランス民法典の契約法改革は、契約の自由という伝統的な原則に修正を加える、歴史的なパラダイムシフトを示しています。この改革以前、不当な条項の規制は主に消費者法に限定されており、事業者の間(BtoB)の契約は、原則として自由な交渉に基づくものとして、裁判所の介入は限定的でした。しかし、この改革により、特に交渉力の格差が大きい取引における、一方的な契約条件の押し付けを抑制するための新たな規定が導入されました。その中核となるのが、民法典第1171条です。この規定の導入は、消費者保護の範疇を超え、より広範な契約類型にわたって、契約内容の公正性を確保しようとする明確な意図から生まれたものです。

「著しい不均衡条項」とは何か

民法典第1171条は、2018年4月20日法によって修正された現在の規定において、以下の通り定めています。

Dans un contrat d’adhésion, toute clause non négociable, déterminée à l’avance par l’une des parties, qui crée un déséquilibre significatif entre les droits et obligations des parties au contrat est réputée non écrite. 
付合契約(contrat d’adhésion)において、交渉不能で、かつ当事者の一方によって事前に決定された条項のうち、契約当事者の権利義務に著しい不均衡を生じさせるものは、記載されなかったものとみなされる(無効となる)

民法典第1171条

この規定が適用されるためには、3つの要件をすべて満たす必要があります。

  1. 「付合契約(contrat d’adhésion)」であること:これは、契約内容が当事者間で個別に交渉されて成立する「合意契約(contrat de gré à gré)」とは対照的に、一方の当事者によって事前に作成され、他方はその内容を「受け入れるか、拒否するか」の選択肢しか持たない契約を指します。日常的な例としては、銀行の口座開設契約、携帯電話の利用規約、保険契約などが挙げられます。
  2. 条項が「交渉不能」であること:これは、単に実際の交渉が行われなかったという事実だけでなく、相手方にとって条項の内容を実質的に議論する機会がなかったことを意味します。たとえ一部の条項が交渉されたとしても、全体の条項群が一方的に決定されている場合、付合契約とみなされる可能性があります。
  3. 「著しい不均衡」を生じさせること:これは、契約全体としての経済的バランスではなく、個々の条項が当事者間の権利と義務に一方的な優位性を与えているかどうかという、法的バランスの観点から評価されます。裁判官は、この不均衡が「著しい(significant)」、すなわち、ある程度の深刻な閾値を超えているかどうかを判断することになります。

契約の主要目的と価格の妥当性は適用対象外

民法典第1171条の重要な例外として、「著しい不均衡」の評価は、契約の主要な目的や、対価と提供されるサービスとの間の妥当性には適用されないことが明記されています。この規定は、契約の本質的な内容ではなく、責任条項、解除条項、違約金条項など、いわゆる「付随的」な条項の不均衡を是正することを目的としています。

日本の法律では、企業間で交わされる契約は、原則として当事者の自由な合意に基づいて成立すると考えられ、その内容に裁判所が介入することは、公序良俗違反などの極めて限定的な場合に限られます。しかし、フランス民法典第1171条は、たとえ当事者がプロフェッショナルであっても、一方的に作られた契約書に著しい不均衡があれば、裁判所が積極的に介入し、条項を無効にするという、いわば「契約の公共秩序」を形成していると考えられます。これは、日本の法務担当者が抱く「当事者が合意した契約は尊重される」という前提とは根本的に異なる思想であり、この認識の差が最大の法的リスク要因となり得ます。 

フランス法と日本法の相違点

日本の消費者契約法との比較

日本の企業がフランスの法律に注意を払うべき理由は、日本の商慣習や法制度との間に存在する、看過しがたい違いにあります。日本の法律では、BtoB契約における不均衡な条項の規制は、フランスほど明確かつ広範には適用されません。

日本の法律では、不当な契約条項を規制する主要な法律として消費者契約法が存在しますが、その名の通り、この法律の適用範囲は、事業者と消費者の間(BtoC)の契約に厳格に限定されています。BtoB取引については、この法律は適用されません。 

日本法の「定型約款」との比較

一方で、日本の民法にも「定型約款」に関する規定が存在しますが、これは不特定多数の者を相手方として画一的な内容で契約を締結するような場合に限定的に適用されるものです。日本の商慣習においては、取引基本契約など、個別の取引ごとに内容が変更される可能性があるBtoB契約は、この定型約款に該当しないと解されることが一般的です。

これに対し、フランス民法典第1171条は、付合契約であれば当事者の属性を問わず適用されます。これにより、日本の商慣習で「プロ対プロ」の取引として扱われ、法的な介入から比較的自由と考えられてきたBtoB契約にも、フランスでは契約内容の公正性という観点から厳しい目が向けられることになります。これは、日本企業の法務担当者が抱く「当事者が合意した企業間契約は尊重される」という前提とは根本的に異なる思想であり、この認識の差が予期せぬリスクをもたらします。日本企業が作成した標準的なサプライヤー契約や、フランチャイズ契約が、フランスでは「付合契約」と見なされ、その内容が著しい不均衡をもたらすと判断されれば、後から無効とされるリスクが現実のものとなるのです。 

B2B取引におけるフランス民法典と商法典の棲み分け

B2B取引におけるフランス民法典と商法典の棲み分け

フランス法では、BtoB契約における「著しい不均衡」の規制について、民法典第1171条に加え、商法典第L.442-1条にも同様の規定が存在します。これは、日本企業にとって、さらに複雑な状況を生み出します。 

異なる法域の適用要件と役割

商法典第L.442-1条は、特定の「制限的競争慣行」を目的としており、その適用には、取引関係において一方の当事者が他方を「経済的従属状態」に置いていることや、優位な立場にある当事者が相手方に不均衡な義務を「課した」または「課そうとした」ことが必要です。この規定は、フランスの競争法当局や経済大臣が主導する訴訟において、市場における公正な競争を維持するための「市場の警察」としての役割を果たします。

一方、民法典第1171条は、取引当事者の交渉力の格差とは無関係に、「付合契約」という形式に着目し、個別の契約書の条項を規律します。こちらは、裁判所が「契約の警察」として、個々の契約の公正性を審査する役割を担っていると言えるでしょう。

最高裁判決による法域の明確化

この二つの法域の使い分けについて、2022年1月26日、フランス破棄院(最高裁判所)商事部が、画期的な判決を下しました(判決番号:n°20-16.782、当事者:Locam社対Green Day社)。

この事件では、機器リース会社であるLocam社が、顧客であるGreen Day社に対し、契約に定められた一方的な契約解除権を行使し、リース機器の返却と残額の支払いを求めました。これに対し、控訴裁判所は、リース契約が一方的に解除できるとする条項は、当事者間に著しい不均衡を生じさせるとして、民法典第1171条に基づき「記載されなかったものとみなされる」と判断しました。最高裁は、このリース契約が商法典第L.442-1条にいう「制限的競争慣行」には該当しないことを確認した上で、民法典第1171条が一般法として適用されると判断しました。

この判決から、商法典の特別法が適用されないBtoB取引(例:金融リース契約)であっても、民法典第1171条が適用され得ることが明確になりました。この二つの法域は排他的ではなく、一方が適用されない場合に、もう一方が「セーフティネット」として機能するという補完関係にあることが示されたのです。

日本企業は、フランスでの事業展開において、取引相手との契約が、民法典と商法典、いずれの規定にも抵触しないかという二重の法的リスクを考慮する必要があります。特に、フランスに進出する日本の大企業は、サプライヤーやパートナー企業に対し、自社の標準契約を適用しようとする傾向がありますが、これは交渉力の差から「付合契約」と見なされ、民法典第1171条の対象となり得ます。さらに、もしその関係が「経済的従属状態」と判断されれば、より厳しい商法典の適用を受ける可能性も生じます。この二つの法域の複雑な重なり合いを理解することが不可欠です。

裁判例から読み解くフランス契約法「著しい不均衡」の適用範囲

裁判所が具体的にどのような条項を「著しい不均衡」と判断するのかを理解することは、予防法務の観点から極めて重要です。

以下の条項は、裁判例において「著しい不均衡」と判断される可能性が高いとされています。

  • 一方的な解除権、または非対称的な契約終了条件:一方の当事者のみが、無償かつ無通知で契約を解除できる条項など。フランチャイズ契約において、フランチャイザーが、フランチャイジーの経営陣変更を理由に一方的に解除できる条項が「著しい不均衡」と判断された例があります(パリ控訴院、2022年1月5日、判決番号:n°20/0737)。
  • 一方的な価格変更権:一方の当事者のみが、自らの裁量で料金を一方的に引き上げる権限を持つ条項。
  • 非対称的な違約金:違反があった場合に、一方の当事者にのみ高額な違約金が課される条項。
  • 一方的な責任制限・免除:過失の有無にかかわらず、一方の当事者の責任を全面的に免除する条項。
  • 一方的な知的財産権の利用権:開発者が提供した機密情報を、プラットフォーム運営者が無償で利用できる一方、開発者にはその権利がない条項。

これらの裁判例を分析すると、フランスの裁判所は、契約条項に「双務性」、すなわち「権利と義務のバランス」が保たれているかを重視していることが分かります。日本企業が通常使用する標準契約には、往々にして供給者側に有利な一方的な条項が含まれがちです。しかし、フランスでは、たとえば、サプライヤーが一方的な理由で供給を停止できる条項は、需要者も同様の権利を持つなど、契約書全体で権利と義務のバランスが取れていることを示す必要があります。 

フランスにおける契約書作成・交渉で注意すべきポイント

フランスでの事業展開を成功させるためには、この法的リスクを事前に認識し、適切な予防策を講じることが不可欠です。

「記載されなかったものとみなされる」

民法典第1171条の最もユニークな制裁措置は、対象となる条項が「記載されなかったものとみなされる(réputée non écrite)」ことです。これは、まるでその条項が最初から存在しなかったかのように扱われることを意味します。この制裁は、契約全体を無効にする「取消」とは異なり、契約そのものは存続します。 

この制裁の最大の危険は、無効となった条項によって生じる「空白」です。例えば、一方的な契約解除権が「記載されなかった」とされた場合、契約がどう終了するのかという問題が浮上します。もし代替の条項がなければ、フランス民法の一般原則が適用されることになりますが、これは当初意図していたリスク配分とは全く異なる状況を生み出し、予期せぬ紛争を招く可能性があります。これは、単純な無効や取消よりも、はるかに予測が難しいリスクであり、契約の法的安定性を根底から揺るがすものです。

契約交渉と法的リスクの低減

リスクを低減するためには、契約書を一方的に作成するのではなく、可能な限り実質的な交渉機会を確保することが重要です。具体的には以下の点が推奨されます。

  • 交渉の記録:契約交渉の経緯、特に個々の条項について議論し、合意に至った過程を文書やメールで記録しておくことが、将来的に「交渉不能な付合契約」と判断されるリスクを軽減する上で非常に有効です。
  • 双務的な条項の設計:一方の当事者のみに有利な権利や義務を課すのではなく、双方に同様の権利(例:一方的解除権)や、それに対する対価を明記するなど、権利と義務の双務性を高めることが重要です。
  • 契約監査の実施:フランス企業との間で多数の標準契約や約款を用いる場合、それらの条項が民法典第1171条に抵触しないかを事前に監査することが不可欠です。特に、責任制限、解除条件、違約金、紛争解決条項などに注意を払う必要があります。

フランス民法典第1171条は、日本の企業がフランスでビジネスを展開する上で、無視できない重要な法規定です。日本の消費者契約法がBtoC取引を保護するのに対し、フランス法は特定のBtoB契約にまで「著しい不均衡」の概念を拡張しています。この法的思想の違いを理解することが、予期せぬ紛争を回避するための第一歩となります。

契約書の特定の条項が「記載されなかったものとみなされる」という独自の制裁は、当初の契約の法的安定性を揺るがす深刻なリスクです。このリスクは、交渉の機会を確保し、契約条項に双務性を持たせることで低減させることが可能です。

まとめ

フランスの民法典第1171条は、2016年契約法改革の中核であり、日本企業が直面する最も重大な法的リスクの一つです。この規定は、一方的に作成された「付合契約」において、当事者間に「著しい不均衡」を生じさせる条項「記載されなかったものとみなす」厳しい制裁を定めています。

日本のBtoB取引が当事者の合意を原則尊重するのに対し、フランス法は、この規定により契約の公正性確保のために裁判所が積極的に介入します。これは、日本の法務担当者が抱く前提とは根本的に異なる法的思想です。さらに、フランスのBtoB契約は、民法典に加え商法典の規制とも重複するため、二重のリスク評価が必要です。

日本企業は、標準契約が「付合契約」と見なされ、一方的な条項が無効化されるリスクに備えなければなりません。対策としては、交渉の証拠を記録し、権利と義務の「双務性」を確保した契約書の設計、そしてフランス法に基づく事前の契約監査が不可欠です。この規定への対応は、フランスでの事業安定化に向けた戦略的な必須課題といえます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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