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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ネパールにおける日本資本によるM&A・企業買収の法律の解説

ネパールにおける日本資本によるM&A・企業買収の法律の解説

ネパール(正式名称、ネパール連邦民主共和国)は、近年、外国直接投資(FDI)の誘致に積極的に取り組んでおり、そのための法制度の整備も進んでいます。日本の企業がネパール市場に進出する際、現地企業をM&Aによって買収することは、事業基盤を迅速に確立するための有効な手段です。しかし、ネパール独自の法制度、特に日本の商法や会社法には見られない手続きや規制が存在するため、十分な理解が不可欠となります。

ネパールでのM&Aを検討する際には、多段階にわたる行政手続きや、特定の産業分野における所有権制限、そして取引後の税務リスクなど、日本とは異なる法的な課題に直面する可能性があります。特に、外国投資資金をネパール中央銀行に正式に「記録」する手続きは、将来的な利益の国外送金(レパトリエーション)を保証するための生命線であり、軽視できない重要な要素です。また、過去の判例が示すように、政府による国内法に基づく課税権の行使は、予期せぬリスクをもたらす可能性もあるため、事前の徹底したデューデリジェンスが極めて重要となります。

本稿では、ネパールの会社法制、外国投資法制、およびM&Aに適用される手続きと要件について、日本法の概念との異同を交えながら詳細に解説します。

ネパールの会社法制と外国資本による投資の基礎

非公開会社と公開会社

ネパールにおける日本資本によるM&Aを理解するためには、まず同国の企業法制の全体像と、外国投資を規律する主要な法律について把握することが不可欠です。ネパールの会社は、主に会社法(Companies Act, 2063 (2006))に基づいて設立、運営、清算が規律されています。

ネパールの会社法制には、日本の会社法と類似した形で、主に非公開会社(Private Limited Company)公開会社(Public Limited Company)の二つの形態が存在します。

非公開会社は、その名のとおり株式を一般に公募することができず、株式の譲渡も定款によって制限されることが一般的です。株主数は、最低1名から最大101名までと定められています。この形態は、外国投資家がネパールで現地法人を設立する際に最も一般的に利用されています。一方で、公開会社は、最低7名以上の株主と最低払込資本金の要件が設けられており、株式を公募できる点が特徴です。

M&Aを検討する日本の投資家にとって、この会社形態の区分は重要な意味を持ちます。もし買収対象の事業規模が大きく、将来的に大規模な資金調達や株主数を拡大する計画がある場合、買収対象の非公開会社を公開会社へ転換する手続きが必要となる可能性があります。この転換には、会社法に基づき、最低払込資本金が1,000万ネパールルピー以上であることや、直近3年間連続で黒字を計上していることなど、追加的な要件が存在します。 

外国直接投資(FDI)を規律するFITTA

ネパールにおける外国直接投資(FDI)の根幹をなす法律は、外国投資及び技術移転法(Foreign Investment and Technology Transfer Act, 2019, 以下「FITTA」)です。FITTAは、ネパール経済の発展を促進するため、利用可能な資源を最大限に動員し、雇用を創出することを目的として制定されました。

日本の法律と大きく異なる点として、FITTAが定める「外国投資」の定義が非常に広範であることが挙げられます。日本の法務担当者が考える一般的な「外国直接投資」は、新会社設立や大規模な株式保有を想起しがちですが、ネパールのFITTAは、外貨による株式投資、配当の再投資、リースファイナンス、ベンチャーキャピタルへの投資に加え、既存の会社に対する株式または資産の購入をも包括的にFDIとして定義しています。このことは、日本の投資家が単に現地企業の発行済み株式を購入するだけの取引であっても、FITTAに基づく外国投資としての承認手続きが必須となることを意味します。ネパール政府は、あらゆる形態の外国資本流入を一元的に管理し、監視しようとする意図をこの制度設計から見てとることができます。 

外国投資承認の枠組みと要件

ネパールの外国投資承認制度は、投資規模に応じて管轄官庁が分かれる二重管轄モデルを採用しています。これにより、投資家はプロジェクトの規模に応じて適切な窓口に申請を行うことが求められます。 

具体的な権限の区分は以下のとおりです。

機関名権限(承認対象)
産業省(Department of Industry, DOI)外国投資額が60億ネパールルピー未満のプロジェクト、および水力発電プロジェクトが500MW未満の投資 
投資委員会(Investment Board Nepal, IBN)外国投資額が60億ネパールルピー以上のプロジェクト、および水力発電プロジェクトが500MW以上の投資 

また、外国投資を行う際の最低投資額は、2022年5月にそれまでの5,000万ネパールルピーから2,000万ネパールルピー(約15万3,846米ドル)に大幅に引き下げられました。これはIT企業を除くすべての産業に適用されますが、IT企業に関しては最低投資額の規定がありません。

外国投資の承認プロセスは、DOIまたはIBNによる初期承認で終わりではありません。この承認は、一連の多段階的な手続きの出発点に過ぎず、その後、会社登録局(Office of the Company Registrar, OCR)での会社登記、内国歳入庁(Inland Revenue Office)での税務登録、そして最終的なネパール中央銀行(Nepal Rastra Bank, NRB)の承認が必要となります。この多段階的な手続きは、日本の投資家が慣れ親しんでいる単一窓口での手続きと大きく異なり、手続きの煩雑さと完了までの長期化につながる可能性があるため、綿密な計画が求められます。

ネパールの株式譲渡による買収手続

ネパール企業の株式を譲り受けるプロセスは、当事者間の株式譲渡契約の締結から始まり、取締役会による承認、そして会社の株主名簿の更新と会社登録局(OCR)への届出という一般的なステップを踏みます。しかし、外国人投資家がネパール企業の株式を取得する場合には、FITTAおよびネパール中央銀行(NRB)の規制に基づく特別な要件が存在します。 

最も重要な手続きの一つが、投資資金をネパール国内の銀行口座に送金した後に必要となる「送金証明書(Inflow Certificate)」の取得です。この証明書は、投資資金が正式な銀行ルートを通じてネパールに送金されたことを示す公的な証拠となります。この証明書を取得した後、投資家はOCRに株主名簿の更新を申請し、その後、NRBに投資記録の申請を行います。

ここで注意すべきは、FITTA第16条第1項がNRBへの「通知」で足りると定めている一方で、実務上は、外国投資家が将来的に配当や元本を国外に送金(レパトリエーション)するためには、NRBへの正式な「記録(recording)」が必須であるという点です。この法的規定と実務上の運用との間の乖離は、日本の投資家が最も注意すべき落とし穴と言えます。NRBへの適切な投資記録がなされない場合、たとえFDI承認を得て会社を設立したとしても、将来的に利益を日本に送金することが困難になるという重大なリスクに直結します。この手続きは、単なる行政上の形式ではなく、投資回収を保証するための極めて重要な生命線として捉えるべきです。 

ネパールの買収スキームと行政機関への届出

ネパールの買収スキームと行政機関への届出

M&Aの主なスキームとしては、株式譲渡、合併(Merger)、および事業譲渡(Asset Acquisition)が考えられます。

株式譲渡の場合、非公開会社では定款に株式譲渡制限が定められていることが多く、取締役会の承認が必要となります。公開会社であれば、証券法(Securities Act, 2063 (2007))や証券取引委員会(SEBON)の規制が適用されます。

合併は、会社法第135条に基づいて行われます。吸収合併される側の会社は、株主総会において特別決議(発行済み株式の75%以上の賛成)によって合併を承認する必要があります。

事業譲渡は、会社の特定の資産や負債を個別に譲渡するスキームです。この場合、買収側は簿外負債などの潜在的なリスクを回避できるというメリットがある一方で、個々の資産の性質に応じた譲渡手続(例えば、不動産であれば登記、車両であれば登録など)が必要となり、手続きが煩雑になる傾向があります。

ネパールにおける会社の所有者変更に関する行政機関への届出

M&Aによる会社の所有者変更は、会社法に基づき、会社登録局(OCR)への通知・届出が義務付けられています。この届出は、会社の株主構成の変更を公的に記録するために行われます。 

ここで、日本の投資家が特に注目すべきは、ネパールの会社法における合併の特殊な規定です。同法には、合併において存続会社の株主承認が原則として不要であるという重大な欠陥が指摘されています。これは、当事会社双方の株主総会における特別決議を原則とする日本の会社法と大きく異なります。ネパール法では、吸収される側の会社は特別決議で合併を承認しますが、存続会社の株主は合併の是非を問う権利を失い、反対株主に対する株式買取請求権も付与されません。

特定の事業分野に適用されるネパールの法律と規制

ネパールでは、特定の産業分野におけるM&Aに対して、分野横断的な法律に加え、特別な規制が設けられています。これらの規制は、国の安全保障や公益を保護する目的で導入されており、投資家は細心の注意を払う必要があります。

水力発電・エネルギー部門における投資規制

ネパールは、インドと中国という巨大市場に挟まれた戦略的な位置にあり、豊富な水資源を活用した水力発電事業を外国投資の最重要分野と位置付けています。この分野では、FITTAに基づき100%の外国資本による投資が認められています

しかし、外資100%が認められているからといって、投資が容易なわけではありません。M&Aの場合、投資承認(DOI/IBN)に加えて、電力開発省(DoED)からのライセンス、環境影響評価(EIA)の承認、そして最も重要なのがネパール電力庁(NEA)との電力購入契約(PPA)の締結です。これらの手続きは、通常12ヶ月から24ヶ月を要する長期プロセスであり、投資家は複数の複雑な規制当局との交渉に臨む必要があります。この状況は、形式的な規制の開放と実務的な手続きの煩雑さとのギャップを示しており、長期間にわたるPPAの交渉や法的リスクを管理するためには、専門的な知見が不可欠となります。 

通信部門における投資規制

通信事業はネパール電気通信庁(NTA)が厳格に監督する規制産業であり、外国資本による株式保有比率は80%に制限されています。通信事業に関するM&Aを実行する場合、会社法に基づく手続きに加えて、NTAからの承認が必須となります。

特に留意すべきは、通信事業者の合併を規律する明確なガイドラインが現状では存在しないという点です。NTAは合併に関する草案を策定中であり、将来的には法整備が進むことが期待されますが、現時点ではM&A実務における重大な不確実性要因となります。正式な規定がない状況下では、案件ごとに当局との個別の交渉や承認手続きが必要となり、そのプロセスや条件が予測困難となるため、日本の投資家は特に慎重なデューデリジェンスと専門家による事前交渉が求められます。 

ネパールの企業買収におけるその他重要事項

M&Aに関する判例の解説

2023年6月9日に裁定が下された、通信大手Ncellをめぐる投資紛争事件(Axiata Investments (UK) Limited and Ncell Private Limited v. Federal Democratic Republic of Nepal, ICSID Case No. ARB/19/15)は、ネパール政府が外国資本に対し、国内法に基づく課税権を断固として行使する姿勢を示した事例です。この事件では、マレーシアの通信会社Axiataがネパールの通信事業者Ncellの株式を取得した際、ネパール政府が遡及的に多額の資本利得税を課したことが主な争点となり、国際投資紛争解決センター(ICSID)における仲裁の結果、裁定はネパール政府の勝訴で終わりました。

企業再編における税務上の留意点

ネパールにおけるM&Aは、税務上の影響についても詳細な検討が必要です。ネパールの所得税法(Income Tax Act)第57条第1項には、会社の所有権が過去3年間と比較して50%以上変更された場合、その会社が所有する資産を処分したものと「みなす」と定める規定が存在します。

これは、日本の投資家が予期していない可能性のある潜在的な税務リスクです。日本法では、一般的に株式譲渡によるキャピタルゲインは売主が申告・納税を行いますが、ネパールでは、50%以上の所有権変更が「資産処分」とみなされ、会社自体に税務上の影響を及ぼす可能性があります。買収価格の決定やリスク分担の交渉に際して、この「みなし処分」規定がもたらす税務リスクを重要な検討事項として含める必要があります。 

まとめ

ネパールにおける日本資本によるM&Aは、魅力的な成長機会を伴う一方で、日本法とは異なる複雑な法制度と実務上の課題が存在します。特に、複数の官庁にまたがる多段階的な承認プロセス、合併時の存続会社の株主承認に関する特殊な規定、そして資本金送金後のネパール中央銀行への投資記録の重要性など、日本法には見られない独自のリスク要因が存在します。これらの課題を乗り越え、円滑なM&Aを成功させるためには、ネパール固有の法制度に精通した専門家による戦略的なサポートが不可欠です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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