ポルトガルの会社形態と会社設立を弁護士が解説

ポルトガルは、西ヨーロッパのイベリア半島に位置し、EU(欧州連合)およびユーロ圏の加盟国として、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸へのゲートウェイとなる戦略的な立地にあります。安定した政治経済環境や、比較的低いコスト、充実したスタートアップ・エコシステムは、外国企業にとって魅力的な投資先となっています。日本企業がポルトガルへ進出し、現地で事業活動を行う場合、まず検討すべきは現地法人の設立です。
ポルトガルの会社法制(主に「ポルトガル会社法典(Código das Sociedades Comerciais)」)は、大陸法系に属し、日本の会社法と共通する概念も多い一方で、設立手続きや機関設計において日本企業が留意すべき特有の規定も存在します。
特に主要な会社形態として、中小企業に適した有限責任会社(Sociedade por Quotas – Lda)と、大規模企業向けの公開有限会社(Sociedade Anónima – SA)の二つが挙げられます。Ldaは日本の合同会社(LLC)に似た側面を持ちつつも、最低資本金が不要(ただし持分は最低1.00ユーロ)である点や、経営機関として「マネージャー(gerentes)」を置く点で特徴があります。一方、SAは日本の株式会社に相当しますが、最低資本金が50,000ユーロ、最低株主数が原則5名必要であるなど、日本の会社法(最低資本金1円、株主1名から可)とは大きく異なる要件が定められています。
また、外国人投資家が会社を設立する際の手続きとして、税務番号(NIF)の取得が不可欠です。これは、外国人取締役であっても必須であり、銀行口座の開設やあらゆる金融取引の前提となります。さらに、設立登記後30日以内には、EUのマネーロンダリング対策指令に基づき、最終受益者中央登録(RCBE)への情報提出が義務付けられており、これも日本にはない特徴的な制度です。
この記事では、ポルトガルでの事業展開を検討されている日本企業の経営者や法務担当者の皆様に向けて、ポルトガルの主要な会社形態(LdaとSA)の概要と、外国人投資家が会社を設立する際の具体的な手続き・要件について、日本法との違いも踏まえながら詳しく解説します。
この記事の目次
ポルトガルの主要な会社形態
ポルトガル会社法典(Código das Sociedades Comerciais)は、いくつかの会社形態を定めていますが、実務上、日本企業が進出する際に選択肢となるのは、主に「有限責任会社(Lda)」と「公開有限会社(SA)」の二つです。
有限責任会社 (Sociedade por Quotas – Lda)
Ldaは、フランスのSARLやドイツのGmbHに相当し、ポルトガルで最も一般的に利用される会社形態です。中小企業やスタートアップに適しており、日本の合同会社(LLC)に近い柔軟性を持ちながらも、株式会社的な要素も併せ持っています。
設立要件と特徴
Ldaの設立に関して、ポルトガル会社法典は最低資本金の定めを置いていません。これは、日本の合同会社や株式会社(会社法上は1円から可能)と同様、設立のハードルが低いことを意味します。ただし、各パートナーの持つ持分(quota)は、最低でも1.00ユーロの価値を持つ必要があると定められています(会社法典第201条)。
パートナー(株主に相当)は最低2名必要です(会社法典第197条第2項)。しかし、パートナーが1名のみの場合、単独株主有限責任会社(Sociedade Unipessoal por Quotas – SUQ)として設立することが認められています(会社法典第270条-A以下)。これは日本の「一人合同会社」や「一人株式会社」に相当する形態です。SUQの場合、会社名に必ず「Unipessoal」または「Sociedade Unipessoal」の語を含める必要があります。
責任の範囲
Ldaのパートナーの責任は、原則としてその出資額(持分の価額)に限定されます(会社法典第197条第3項)。これは日本の合同会社の社員(有限責任社員)や株式会社の株主と同様の、有限責任の原則です。
機関設計
Ldaの経営は、1名または複数の「マネージャー(gerentes)」によって行われます(会社法典第252条以下)。マネージャーはパートナー(社員)である必要はなく、外部の第三者を選任することも可能です。この点は、原則として社員(業務執行社員)が経営を行う日本の合同会社とは異なります。マネージャーは、定款または社員総会の決議によって任命されます。
監査機関(Conselho FiscalまたはFiscal Único)の設置は、原則として義務付けられていません。ただし、会計年度末において、貸借対照表の総額、売上高、従業員数などが一定の基準(関連法令Decreto-Lei n.º 143/2015等に基づく)を超える場合には、監査機関の設置が義務付けられます。これは、日本の株式会社(特に大会社を除く)の機関設計と近いと言えるでしょう。
その柔軟性と比較的シンプルな管理構造から、Lda(またはSUQ)は、ポルトガルに進出する多くの日本企業にとって、第一の選択肢となる形態です。
公開有限会社 (Sociedade Anónima – SA)
SAは、大規模な事業や、将来的に株式市場への上場を視野に入れる企業に適した形態であり、日本の株式会社(KK)に相当します。その分、Ldaに比べて設立要件やガバナンス要件は厳格です。
設立要件と特徴
SAの設立における最大の特徴は、最低資本金が50,000ユーロと定められている点です(会社法典第276条第3項)。これは、最低資本金が1円から可能である日本の株式会社と大きく異なる点であり、相応の初期投資が必要となります。
また、株主(acionistas)の数は最低5名必要です(会社法典第273条第1項)。これも、株主1名から設立可能な日本の株式会社との大きな違いです。
ただし、例外として、単独の株主が法人(sociedade)である場合や、ポルトガル国家が株式の過半数を保有する場合は、1名または2名での設立も認められています。
責任の範囲
株主の責任は、日本の株式会社と同様、その保有する株式の引受価額に限定されます(会社法典第271条)。
機関設計
SAのガバナンス構造はLdaよりも複雑です。経営は、取締役会(Conselho de Administração)または(定款で認められれば)単独の管理者(Administrador Único)が担います(会社法典第390条以下)。
さらに、経営を監督する機関として、監査委員会(Comissão de Auditoria)または監査役会(Conselho Fiscal)および法定監査人(Revisor Oficial de Contas)の設置が義務付けられています(会社法典第413条以下)。
特に注目すべき点として、取締役にはその責任を担保するための保証または保険の加入が求められる場合があります。例えば、上場企業の場合は最低250,000ユーロ、その他の会社(非上場SA)では最低50,000ユーロの保証または保険が必要とされています。これは、日本の会社法における取締役の賠償責任保険とは異なり、より直接的な財務的担保を求める規定です。
外国人投資家によるポルトガルでの会社設立手続き

日本企業がポルトガルに会社(LdaまたはSA)を設立する際、または支店を設置する際には、以下の手続きと要件を理解しておく必要があります。
設立前の準備:NIF(税務番号)の重要性
ポルトガルで事業を開始する上で、会社自体はもちろんのこと、会社の役員(LdaのマネージャーやSAの取締役)となる個人も、まず税務番号(NIF – Número de Identificação Fiscal)を取得する必要があります。
NIFは、ポルトガルの税務当局(Autoridade Tributária e Aduaneira)が発行する納税者番号であり、ポルトガル国内でのあらゆる金融取引、不動産取引、契約締結、さらには銀行口座の開設に必須です。外国人投資家や外国人取締役であっても、ポルトガルに居住している必要はありませんが、NIFの取得は義務付けられています。
実務上、このNIFの取得が遅れると、法人口座の開設ができず、その後の資本金の払込みや事業運営に深刻な支障をきたす可能性があります。EU圏外の居住者がNIFを取得する場合、通常、ポルトガル国内の税務代理人(Representante Fiscal)を選任する必要があるため、早期の対応が求められます。
このほか、社会保障番号(NISS – Número de Identificação da Segurança Social)の取得や、ポルトガル国内の銀行口座の開設も必要となります。
会社名の選定と承認
会社名は、ポルトガル政府が事前に承認したリスト(オンライン設立などで利用可能)から選択する方法と、独自の名称を申請する方法があります。
独自の名称を希望する場合、国立法人登記所(IRN – Instituto dos Registos e do Notariado)に対し、名称承認証明書(Certificado de Admissibilidade de Firma ou Denominação)の交付を申請する必要があります。通常、3つまでの候補名を提出し、既存の商号との類似性や、公序良俗・法律に反しないかなどが審査されます。
日本の会社法下でも商号調査や不正競争防止法上の考慮は必要ですが、ポルトガルではこの「名称承認証明書」の取得が、設立登記の前提となる正式なステップとして組み込まれています。
IRN(国立法人登記所)の公式情報ポータル
定款 (Contrato de Sociedade / Estatutos) の作成
会社の基本規則を定める「定款」を作成します。Ldaの場合は「Contrato de Sociedade」、SAの場合は「Estatutos」と呼ばれます。
定款には、会社名、創業者名、事業目的、登録事務所の住所、会社の種類(LdaまたはSA)、株主名と初期投資額(持分または株式)、議決権や利益配分の方法、総資本金、経営陣(マネージャーまたは取締役会)の任命方法などを詳細に記載する必要があります。
迅速設立サービス(後述)を利用する場合は、標準化された定款テンプレートを使用することも可能です。
設立方法の選択
ポルトガルでは、会社設立の手続きに関して、効率的ないくつかの選択肢が用意されています。
- オンライン設立 (Empresa Online):
政府のポータルサイトを通じて、全てのプロセスをオンラインで完結させる方法です。デジタル証明書が必要となりますが、迅速かつ低コスト(標準的な費用は約220ユーロ)で設立が可能です。
Empresa Online(ePortugal.gov.pt内)
https://eportugal.gov.pt/servicos/criar-empresa-online - オンザスポット設立 (Empresa na Hora):
ポルトガル各地にある「Empresa na Hora」の窓口に必要書類を持参し、即日で会社を設立する方法です。事前に承認された会社名リストから選ぶか、有効な名称承認証明書を持参する必要があります。費用は約360ユーロです。
Empresa na Hora(ePortugal.gov.pt内)
https://eportugal.gov.pt/servicos/criar-empresa-na-hora - 伝統的な方法:
公証人(Notary)の関与のもと、定款の認証を受け、商業登記所(Registo Comercial)で登記申請を行う、従来型の方法です。
商業登記 (Registo Comercial)
会社は、商業登記所(Conservatória do Registo Comercial)に登記されることによって、第三者に対して法的に対抗できるようになります(会社法典第14条)。これは日本の商業登記(会社法第908条)と同様の効力です。
登記申請には通常、名称承認証明書、認証された定款、現物出資がある場合は監査役の報告書、不動産の譲渡がある場合は関連する税金の支払い証明書などが必要となります。登記が完了すると、その内容は政府の公式ウェブサイト(publicacoes.mj.pt)で公示されます。
最終受益者情報 (RCBE) の届出
ポルトガルで会社を設立した後、非常に重要な手続きとして、最終受益者中央登録(RCBE – Registo Central do Beneficiário Efetivo)への情報提出が義務付けられています。
これは、EUの第4次・第5次マネーロンダリング対策指令(AMLD)を国内法化する法律(Lei n.º 89/2017)に基づく制度です。会社を実質的に支配している自然人(通常、25%以上の株式や議決権を直接または間接に保有する者など)の情報を、専用のオンラインポータルに登録する必要があります。
この届出は、商業登記完了後30日以内に行わなければなりません(Lei n.º 89/2017 第31条)。実務上、多くの銀行は、法人口座の開設または維持の条件として、このRCBEへの登録証明を要求します。したがって、登記後速やかに対応することが不可欠です。
日本においても、2022年1月から株式会社の設立登記時に公証人役場等で実質的支配者情報を申告する制度が導入されましたが、ポルトガルのRCBEは、設立後(および情報変更時)に独立した中央データベースへ別途オンライン登録を行う点で異なります。
RCBE(最終受益者中央登録)公式ポータル
支店の設立
ポルトガルに現地法人(子会社)を設立するのではなく、日本法人の支店(Sucursal)を設置することも可能です。この場合、ポルトガル国内に恒久的な施設(representação permanente)を設立するものとして扱われます。
手続きとしては、まずIRNに支店名の登録(通常は親会社名に「Sucursal em Portugal」などを付加)を申請し、その後、商業登記所に登記を行います。
登記には、親会社(日本法人)の定款、登記簿謄本、支店設置を決定した取締役会議事録、支店代表者の選任決議書などが必要となります。これらの書類は、アポスティーユ(Apostille)認証を受け、公証されたポルトガル語翻訳を添付する必要があります。
まとめ
ポルトガルで会社を設立し事業展開を行うにあたり、日本企業の皆様が押さえるべき要点は以下の通りです。
まず、会社形態の選択です。中小規模の事業やスタートアップには、最低資本金が不要で設立が柔軟な有限責任会社(Lda)(または単独株主のSUQ)が適しています。一方、大規模な事業展開や将来的な上場を目指す場合は、最低資本金50,000ユーロ、最低株主5名(原則)といった厳格な要件が求められる公開有限会社(SA)を選択することになります。特にSAの設立要件は、日本の株式会社(最低資本金1円、株主1名から可)と大きく異なるため、十分な注意が必要です。
次に、設立手続における固有の要件への対応です。特に重要なのが、会社の役員(取締役・マネージャー)となる個人を含め、関係者全員が税務番号(NIF)を早期に取得することです。NIFがなければ銀行口座の開設もできず、設立プロセス全体が停滞します。また、ポルトガルでは会社設立登記後に、最終受益者中央登録(RCBE)へ実質的支配者の情報を30日以内に届け出る義務があります。これはEUのマネーロンダリング対策に基づくもので、日本の制度とは異なる独立した登録手続きであり、懈怠するとペナルティの対象となります。
その他、独自の会社名を希望する場合の「名称承認証明書(IRN発行)」の取得プロセスや、SAにおける取締役の保証・保険要件など、日本法にはない、または運用が異なる規制が複数存在します。ポルトガルの会社法制や税制は、EU指令の反映などにより変更されることもあります。現地でのスムーズな法人設立とコンプライアンス遵守のためには、現地の法令や実務に精通した専門家のサポートが不可欠です。
当事務所は、海外進出、特に現地法人の設立やガバナンス構築に関して、豊富な経験と知見を有しております。ポルトガルでの会社設立や事業運営に関する法務的な課題について、的確なサポートを提供いたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































