弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ポルトガルにおけるコーポレートガバナンスの法的枠組みと機関設計

ポルトガルにおけるコーポレートガバナンスの法的枠組みと機関設計

ポルトガルでのビジネス展開、特に現地法人の設立やM&Aを検討する際、日本企業が直面する重要な課題の一つが、コーポレートガバナンスの法制度の違いです。ポルトガルの法制度は、EU指令の影響を受けつつ、大陸法系の伝統の中で独自の発展を遂げてきました。例えば、日本法(会社法)とは異なる柔軟な機関設計の選択肢や、取締役に課される義務の範囲など、経営の根幹に関わる重要な相違点が存在します。

ポルトガルの会社法制の中核をなすのは、商事会社法典 (Código das Sociedades Comerciais、以下「CSC」) です。これに加えて、上場企業や公開会社に対しては、証券法典 (Código dos Valores Mobiliários、以下「CVMob」) が情報開示や株主の権利に関する詳細な規制を定めています。

特に注目すべきは、株式会社 (SA – Sociedade Anónima) における機関設計の柔軟性です。CSC第278条第1項に基づき、ポルトガルのSA会社は、日本の監査役会設置会社に似た伝統的なモデル、日本の監査等委員会設置会社などに近い監査委員会モデル、そしてドイツ法に類似した二層構造モデルという、3つの異なるガバナンスモデルから自社の実情に合ったものを選択できます。これは、機関設計の選択肢が日本法よりも多様であることを意味しており、現地法人のガバナンス体制を構築する上で最初の重要な分岐点となります。

また、取締役の義務に関しても、日本法との重要な違いが見られます。ポルトガルのCSC第64条は、取締役の忠実義務の一環として、株主の長期的利益のみならず、従業員、顧客、債権者といった他のステークホルダーの利益をも考慮することを明文で義務付けています。これは、主に「株主の共同の利益」に焦点を当てる日本法の解釈と比較して、より広範なステークホルダー・キャピタリズムへの配慮を法的に要求するものと言えるでしょう。

上場企業に対しては、ポルトガル証券市場委員会 (CMVM) が承認したコーポレートガバナンスコード(現在はポルトガル・コーポレートガバナンス協会 (IPCG) が発行するコードが主流)の適用が求められます。ここでは、東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードと同様の「遵守または説明 (Comply or Explain)」原則が採用されており、透明性の高い情報開示が投資家保護の観点から重視されています。

本記事では、ポルトガルでの事業運営を目指す日本企業の経営者や法務担当者の皆様に向けて、ポルトガルのコーポレートガバナンスの基本法制、特に日本法との違いが際立つ「機関設計の3つの選択肢」と「取締役の義務」に焦点を当てて、詳しく解説していきます。

ポルトガルのコーポレートガバナンス基本法制

ポルトガルのコーポレートガバナンスを規律する法体系は、主に二つの法典と、証券市場委員会(CMVM)が監督するガバナンスコードによって構成されています。

商事会社法典(CSC)と証券法典(CVMob)

ポルトガルの会社運営に関する最も基本的な法律は商事会社法典 (CSC) です。CSCは、株式会社 (SA) や有限会社 (Lda – Sociedade por Quotas) といった主要な会社形態の設立、運営、機関設計、役員の責任、解散に至るまで、会社法全般の枠組みを定めています。日本企業が現地法人を設立する場合、その内部統治構造は基本的にこのCSCの規定に従って設計することになります。

一方で、株式を上場している企業や、広く一般から出資を募る公開会社に対しては、CSCに加えて証券法典 (CVMob) が適用されます。CVMobは、資本市場の公正性と透明性を確保することを目的としており、投資家保護の観点から、発行者(上場企業)に対して厳格な情報開示義務(例:財務情報、重要な経営情報、役員報酬など)や、株主総会の運営に関する詳細なルールを課しています。

コーポレートガバナンスコードと「遵守または説明」原則

上場企業は、前述のCSCおよびCVMobという法律(ハード・ロー)に加え、コーポレートガバナンスに関する規範(ソフト・ロー)にも服します。ポルトガルでは、CMVMの承認のもと、ポルトガル・コーポレートガバナンス協会 (IPCG – Instituto Português de Corporate Governance) が発行する「コーポレートガバナンスコード (CÓDIGO DE GOVERNO DAS SOCIEDADES)」が、上場企業が参照すべき主要な規範となっています。最新版は2023年に改訂されており、EUの最新動向やサステナビリティ(ESG)への関心の高まりを反映した内容となっています。

このコードの運用において重要なのが、「遵守または説明 (Comply or Explain)」原則です。これは、企業がコードの各推奨事項を「遵守 (Comply)」するか、もし遵守しない場合には、その理由を投資家や市場に対して合理的に「説明 (Explain)」することを義務付けるものです。これは、東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード(こちらも「コンプライ・オア・エクスプレイン」原則を採用)と同様のアプローチであり、画一的なルールを強制するのではなく、各社の事情に応じた柔軟なガバナンス体制の構築を促しつつ、その選択の透明性を担保する仕組みです。

ポルトガル・コーポレートガBバナンス協会(IPCG)が公開する最新のガバナンスコード(2023年改訂版、ポルトガル語)は、以下のPDFで確認することができます。

https://cgov.pt/images/ficheiros/2023/cgs-revisao-de-2023-ebook.pdf

ポルトガルの株式会社(SA)における機関設計の3つの選択肢

ポルトガルの株式会社(SA)における機関設計の3つの選択肢

ポルトガル法における最大の特徴の一つが、株式会社 (SA) の機関設計の柔軟性です。CSC第278条第1項は、会社が定款の定めにより、以下の3つのガバナンスモデルからいずれかを選択できることを規定しています。これは、日本の会社法が監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社の3類型を基本としつつも、その構造が比較的厳格に定められている点と大きく異なります。

① 伝統的モデル(取締役会+監査役会)

これは、ポルトガルにおいて伝統的に多く採用されてきたモデルで、取締役会 (Conselho de Administração) が業務執行を担い、それとは独立した機関である監査役会 (Conselho Fiscal) が取締役会の職務執行を監督する体制です。

監査役会は、株主総会で選任され、取締役会のメンバーを兼任することはできません(CSC第414条)。その権限はCSC第420条に定められており、財務情報の管理、内部統制システムの監視、会計監査人の独立性の監督など、会計監査と業務監査の両方を含む広範な監督権限を有しています。

このモデルは、日本の監査役会設置会社(会社法第327条第1項第2号)と構造的に最も類似しています。経営(取締役会)から独立した機関(監査役会)が監査・監督を担うという点で共通していますが、日本の監査役が会計監査人の選任等に関する議案内容決定権(会社法第344条)という強力な権限を持つのに対し、ポルトガルの監査役会は会計監査人の選任を株主総会に「提案する」権限(CSC第420条(f)号)であるなど、細かな権限配分には違いがあります。

② 監査委員会付単一取締役会モデル

このモデルは、取締役会 (Conselho de Administração) を設置し、その内部に監査委員会 (Comissão de Auditoria) を設ける体制です(CSC第278条第1項(b)号)。

監査委員会は、取締役会のメンバーの中から選任された、最低3名の取締役で構成されます(CSC第423条-B)。重要な点は、監査委員会のメンバーは業務執行機能 (funções executivas) を持つことが禁じられていることです。つまり、取締役会の内部に、非業務執行の取締役に特化した監査機関を設置するモデルです。監査委員会の権限はCSC第423条-Fに定められており、取締役会の活動全般の監督(fiscalização da administração da sociedade)などが含まれます。

このモデルは、取締役が取締役を監督するという点で、日本の監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社(における監査委員会)と非常に近い発想に基づいています。日本の監査等委員会設置会社も、取締役(監査等委員)で構成される監査等委員会が取締役の職務執行を監査します。経営と監督の役割を取締役会内部で分離・明確化する、現代的なガバナンスモデルの一つと言えるでしょう。

③ 二層構造モデル(監督委員会+執行取締役会)

これは、ドイツ法の影響を強く受けたモデルで、機関を明確に「監督」と「業務執行」に分離する体制です(CSC第278条第1項(c)号)。

このモデルでは、まず株主総会が総会・監督委員会 (Conselho Geral e de Supervisão) を選任します。そして、この監督委員会が執行取締役会 (Conselho de Administração Executivo) のメンバーを選任・解任します。

監督委員会は、執行取締役会の活動を恒久的に監督し(CSC第441条)、助言を与える役割を担います。一方、執行取締役会が日常の業務執行を専属的に担当します。執行取締役会のメンバーは監督委員会のメンバーを兼ねることはできず、監督と執行が人的にも明確に分離されます。

この構造は、日本の指名委員会等設置会社と比較されます。日本の場合、取締役会が執行役を選任・監督し(会社法第416条)、執行役が業務執行を担います(同第415条)。ポルトガルの二層構造モデルは、日本の指名委員会等設置会社における「取締役会(の監督機能)」が「監督委員会」に、「執行役」が「執行取締役会」に対応すると理解できます。ただし、ポルトガル法の方が、監督機関(監督委員会)が執行機関(執行取締役会)のメンバーを直接選任・解任するという点で、より明確に監督と執行の上下関係と分離を徹底した構造であると言えます。

ポルトガルにおける取締役の義務と要件

ポルトガルで会社を設立・運営する日本企業にとって、現地法人の取締役に求められる法的義務を正確に把握することは不可欠です。

忠実義務とステークホルダー利益の考慮(日本法との重要な相違点)

取締役の基本的な義務は、CSC第64条に定められています。同条第1項(a)号は、取締役が「賢明で秩序ある管理者 (diligência de um gestor criterioso e ordenado)」としての注意義務 (Duty of Care) を負うことを規定しています。この注意義務を果たしたかどうかの判断においては、十分な情報に基づき、合理的な経営判断を行った場合には責任を問われないとする「経営判断の原則 (Business Judgment Rule)」が適用されます(CSC第72条第2項)。この原則の適用については、ポルトガル最高裁判所(Supremo Tribunal de Justiça)の2013年5月22日付判決(Case No. 2024/05.2TBAGD.C1.C1)など、判例の蓄積もあります。

日本企業が特に注意すべきは、同条第1項(b)号に定められた忠実義務 (Duty of Loyalty) の内容です。この規定は、取締役が「会社の利益 (no interesse da sociedade)」のために行動すべき義務を定めると同時に、その際、「株主の長期的利益 (interesses de longo prazo dos sócios)」を付与し、かつ「会社の持続可能性に関連する他の主体(労働者、顧客、債権者など (interesses de outros sujeitos relevantes para a sustentabilidade da sociedade, como sejam os seus trabalhadores, clientes e credores))」の利益を考慮する (atendendo) ことを求めています。

これは、日本法の解釈と大きく異なる点です。日本の会社法における取締役の忠実義務(会社法第355条)は、主に「株主の共同の利益」の最大化を図る義務として解釈される傾向にあります(最判平21.4.17など)。もちろん、日本でも長期的な企業価値向上のためにはステークホルダーへの配慮が重要であると認識されていますが、ポルトガル法は、法律の条文上、明確に「従業員、顧客、債権者」といった株主以外のステークホルダーの利益を「考慮する」ことを取締役の法的義務の内容として取り込んでいるのです。

ポルトガルで現地法人の取締役(特に日本人駐在員など)に就任する場合、単に親会社や株主の意向に従うだけでなく、現地の従業員、顧客、取引先、債権者といった多様なステークホルダーの利益にも配慮した経営判断を行うことが、法律上の義務として求められる点に、最大限の留意が必要です。

取締役の資格要件

取締役の資格要件については、日本法と共通する点も多いですが、実務上重要な手続きがあります。

まず、取締役は自然人であればよく、株主である必要はありません。また、ポルトガルの居住者である必要も、ポルトガル国籍である必要もありません。日本から派遣される駐在員が、ポルトガルに居住せずに非居住者のまま現地法人の取締役に就任することも法的には可能です。

ただし、実務上、極めて重要な要件があります。それは、外国人取締役であっても、ポルトガルの税務識別番号 (NIF – Número de Identificação Fiscal) を取得することが必須である点です。NIFは、ポルトガルにおいて税務申告、銀行口座の開設、契約の締結など、あらゆる経済活動の基本となる個人識別番号です。取締役に就任し、その職務を遂行するためには、たとえ非居住者であっても、まずNIFを取得する手続きが必要となります。

ポルトガルにおける株主総会の役割

最後に、株主総会 (Assembleia Geral) の役割について触れます。これは日本法と類似する点が多いですが、開催時期について明確な定めがあります。

株式会社 (SA) および有限会社 (Lda) は、年次株主総会を開催する義務があります。CSC第376条第1項は、この年次総会を、原則として会計年度末から3ヶ月以内に開催しなければならないと定めています(ただし、連結計算書類を作成する会社等は5ヶ月以内)。これは、日本の会社法が定時株主総会について「毎事業年度の終了後一定の時期」(会社法第296条第1項)としか定めておらず、実務上、法人税申告期限(原則事業年度末から2ヶ月、延長可)との兼ね合いで決算承認総会が開催されるのに対し、より厳格な期限設定と言えます。

年次総会の主要な決議事項は、日本と同様、計算書類(経営報告書、貸借対照表、損益計算書など)の承認、利益の配分(配当など)、取締役や監査役(会)の活動に対する評価、および役員の選任・解任などです。

まとめ

本記事では、ポルトガル共和国のコーポレートガバナンスの法的枠組みと機関設計について、特にポルトガルでのビジネス展開を検討されている日本企業の皆様に向けて、日本法との相違点を中心に解説しました。

ポルトガルの法制度は、EUの枠組みの中で発展しつつ、独自の柔軟性と特徴を持っています。特に重要な点は以下の通りです。

  1. 多様な機関設計: 株式会社 (SA) は、CSC第278条に基づき、日本の監査役会設置会社に近い「伝統的モデル」、監査等委員会設置会社などに近い「監査委員会付単一取締役会モデル」、そして指名委員会等設置会社と比較される「二層構造モデル」の3つから、自社の実情に合った体制を自由に選択できます。
  2. 明確なステークホルダー配慮義務: CSC第64条は、取締役の忠実義務として、株主の長期的利益だけでなく、「従業員、顧客、債権者」といった他のステークホルダーの利益をも考慮することを法的に義務付けています。これは日本法の解釈よりも一歩踏み込んだ規定であり、現地での経営判断において重要な指針となります。
  3. ガバナンスコード: 上場企業は、IPCGが発行するガバナンスコードに基づき、「遵守または説明」原則に従った情報開示が求められます。
  4. 実務上の要件: 外国人(非居住者)であっても取締役に就任できますが、実務上、ポルトガル税務識別番号 (NIF) の取得が必須となります。
  5. 株主総会の期限: 年次株主総会は、原則として会計年度末から3ヶ月以内に開催する必要があります。

ポルトガルに進出する日本企業にとっては、これらの法制度の違いを正確に理解し、自社のグローバルなガバナンス方針とポルトガル法の要求を整合させながら、最適な現地法人の統治体制を構築することが、円滑な事業運営とコンプライアンスの基盤となります。

こうしたポルトガルのコーポレートガバナンスに関する法制度の調査、現地法人の機関設計、各種規則の整備、また日本法との比較検討などについて、当事務所はサポートを提供しております。

ポルトガルの会社法制やガバナンス体制に関してご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る