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ポルトガルの不動産法を弁護士が解説

ポルトガルの不動産法を弁護士が解説

ポルトガルは、西ヨーロッパのイベリア半島に位置し、安定した政治経済状況と温暖な気候から、近年、外国からの投資先として、またビジネス拠点として高い関心を集めています。特に不動産市場においては、欧州連合(EU)域外の外国人による取得に対しても原則として制限を設けていないため、日本企業が現地法人や支店のオフィス、駐在員用の住宅などを取得するケースも想定されます。しかし、その開放性とは裏腹に、不動産取得のプロセスや関連法規には、日本法とは大きく異なるポルトガル特有の制度が存在します。

例えば、不動産取引を行うすべての人(法人・個人、居住・非居住を問わず)に必須とされる「税務識別番号(NIF)」の取得義務は、その第一歩です。また、かつては一定額以上の不動産投資によって居住権を取得できる「ゴールデンビザ」プログラムが投資誘致の大きな要因となっていましたが、2023年の法改正により、不動産購入を理由とするオプションは原則として廃止されました。

法務面で特に注意すべきは、契約プロセスです。ポルトガルでは、多くの場合「予備契約(CPCV)」と「最終契約(Escritura)」の二段階で契約が進行します。このうち、予備契約(CPCV)は、日本法における手付契約とは異なり、非常に強力な法的拘束力を持ちます。日本法では一般的な「手付金の放棄・倍返し」による一方的な契約解除が、ポルトガルの不動産取引では原則として認められず、相手方から契約の完全な履行を強制される可能性がある点は、日本企業が最も留意すべき法的リスクの一つです。さらに、最終契約は必ず「公証人(Notário)」の面前で公正証書として作成されなければならず、この点も日本の不動産取引実務とは異なります。

この記事では、ポルトガルの不動産法について、特に日本企業がビジネスを展開する上で押さえておくべき法務上の主要な論点、特に日本法との違いに焦点を当てて解説します。

ポルトガルでの外国人による不動産取得:開放性と必須条件

原則自由な不動産取得とNIFの必須性

ポルトガルは、外国資本の誘致に積極的であり、不動産の所有権取得に関して、国籍や居住地(EU域内か域外か)に基づく制限を設けていません。ポルトガル憲法や民法(Código Civil)は所有権を広く保障しており、日本企業や日本人投資家も、ポルトガルの法人や個人と等しく不動産を購入し、所有することが可能です。

ただし、ポルトガルで不動産を取得し、登記を行うためには、前提条件として「NIF(Número de Identificação Fiscal)」と呼ばれる税務識別番号の取得が不可欠です。これは、不動産取引のみならず、銀行口座の開設、法人の設立、さらには公共料金の契約など、ポルトガル国内でのほぼ全ての経済活動に必要となる番号です。

非居住者(特にEU域外の法人や個人)がNIFを取得する際には、原則としてポルトガル国内に居住する「税務代理人(Representante Fiscal)」を任命する必要がありました。ただし、近年は税務当局(Autoridade Tributária e Aduaneira)との連絡を電子通知システムで受け取ることに同意するなどの条件を満たせば、この代理人任命が免除されるケースも増えています。日本企業が現地に進出する際は、まずこのNIFの取得手続きを確実に完了させることが法務上の第一歩となります。

【重要】ゴールデンビザ制度の改正(2023年)

かつてポルトガルでは、「ゴールデンビザ(ARI – Autorização de Residência para Atividade de Investimento)」制度が設けられており、一定額以上(例:50万ユーロ)の不動産を購入することで、EU域外の国民がポルトガルの居住権を取得できる道が開かれていました。これは、日本企業の経営者やその家族がポルトガルに長期滞在する際の一つの選択肢となり得ました。

しかし、不動産価格の高騰など社会的な影響を背景に、2023年10月に施行された法律(Law No.56/2023、通称「Mais Habitação(更なる住宅を)」プログラム)により、不動産購入(直接・間接を問わず)を投資要件とするゴールデンビザの申請は原則として廃止されました。

この改正は、ポルトガル政府の公式法令データベース(Diário da República Eletrónico)で確認することができます。

したがって、2023年10月以降、日本企業がポルトガルでの不動産購入を検討する際、それを直接的な理由として経営者や従業員の居住権(ビザ)を取得することはできなくなった点に注意が必要です。居住権の取得は、雇用契約に基づく就労ビザなど、他の法的な枠組みで別途検討する必要があります。

ポルトガル法と日本法の購入プロセスと法的デューデリジェンス

ポルトガル法と日本法の購入プロセスと法的デューデリジェンス

ポルトガルの不動産購入プロセスは、法的な観点から日本と大きく異なる点が複数存在します。特に契約の拘束力と専門家の役割について、慎重な理解が求められます。

権原保険なきデューデリジェンスの重要性

米国などで一般的な、不動産の所有権に瑕疵(かし)があった場合に備える「権原保険(Title Insurance)」の制度は、ポルトガルには存在しません。そのため、購入前の法的デューデリジェンス(法務調査)が、買主のリスクを回避する唯一かつ最も重要な手段となります。

このデューデリジェンスは、通常、買主が依頼した弁護士(Advogado)が主導します。これは、登記手続きを主導する司法書士や、重要事項説明を行う宅地建物取引業者といった日本の実務とは役割分担が異なります。

弁護士が行うデューデリジェンスの主な対象は以下の通りです。

  1. 不動産登記簿(Certidão de Teor Predial):
    不動産登記所(Conservatória do Registo Predial)が発行する公式文書で、現在の法的な所有者が売主本人であることを確認し、抵当権(Hipoteca)や差押え、その他の権利(例:地上権、地役権)など、第三者の権利や負担(Ónus)が設定されていないかを精査します。
  2. 税務登録簿(Caderneta Predial):
    税務当局(Finanças)が管理する文書で、物件の公式な面積、構造、分類(都市部か農村部か)、そして年間固定資産税(IMI)の算定基準となる税務評価額(VPT)を確認します。登記簿上の記載と税務登録簿上の記載に齟齬がないかを確認することも重要です。
  3. 各種許認可(Licenças):
    特に建物の場合、その建物が合法的に建築されたことを証明する「建築許可(Licença de Construção)」および、その建物が特定の用途(例:居住用、商業用)で使用可能であることを証明する「使用許可(Licença de Utilização または Licença de Habitação)」の有無を確認します。これらの許可がない物件は、違法建築であるか、希望する用途(例:オフィス)で使用できないリスクがあります。

これらの調査を怠り、例えば債務が残ったままの不動産を取得してしまうと、買主がその債務を引き継ぐ事態にもなりかねません。

予備契約(CPCV)の強力な法的拘束力

デューデリジェンスを経て物件に問題がないと判断されれば、売主と買主は通常、「予備売買契約(Contrato de Promessa de Compra e Venda – CPCV)」を締結します。この際、買主は手付金(Sinal)として、購入価格の10%から30%程度を売主に支払うのが一般的です。

ここで、日本法との決定的な違いが生じます。

日本法では、手付金は「解約手付」と推定され、買主は支払った手付金を放棄し、売主は受け取った手付金の倍額を返還することで、相手方が契約の履行に着手するまでは、一方的に契約を解除できるのが原則です(日本民法第557条)。

しかし、ポルトガル法では、このような一方的な解除が原則として認められません。ポルトガル民法典(Código Civil)第830条第1項は、予備契約の当事者の一方が履行を拒否した場合、他方の当事者は「別段の合意がない限り」、裁判所に対して、不履行当事者の意思表示に代わる判決(=特定履行)を求める権利を有すると定めています。

この「別段の合意」について、同条第2項は「手付金(Sinal)の存在は、別段の合意(=特定履行を排除する合意)とみなされる」と規定しています。もしこの規定だけなら、手付金を放棄(または倍返し)すれば解除できることになり、日本法と類似しています。

ところが、同条第3項において、不動産(建物またはその独立部分)の有償譲渡に関する予備契約(民法第410条第3項に該当する契約、まさに典型的な不動産売買のCPCV)については、この特定履行を求める権利を「当事者が排除することはできない(não pode ser afastado pelas partes)」と明確に規定しています。

つまり、ポルトガルで不動産のCPCVを締結し手付金を支払った場合、買主は「手付金を諦めるから契約をやめたい」と申し出ても、売主から「契約通り残金を支払い、物件を引き取れ」と裁判所に訴えられれば、原則として履行を強制されるということです(逆も然りです)。これは、日本企業の「手付金を払って物件を押さえるが、状況次第では手付金を放棄してキャンセルする」というビジネス上の判断を許容しない、非常に強力な法的拘束力です。CPCVの締結は、最終契約とほぼ同等の重みを持つと理解する必要があります。

公証人(Notário)による最終契約(Escritura)

CPCVで定められた期日に、残金の支払いと所有権の移転が行われます。この最終的な売買契約は、「公正証書(Escritura Pública de Compra e Venda)」によって行われなければなりません。

この手続きは、国家から資格を与えられた法律専門家である「公証人(Notário)」の面前で行うことが法律で義務付けられています。当事者間の私的な契約書(日本でいう売買契約書)と司法書士による登記申請だけで完結する日本の実務とは大きく異なります。

公証人は、中立的な立場で以下の点を確認します。

  • 当事者(売主・買主)の本人確認と契約締結権限の確認
  • 不動産譲渡税(IMT)や印紙税(IS)が適切に支払われていることの確認
  • デューデリジェンスで確認した登記簿や税務登録簿、使用許可証などの公的書類の確認
  • 契約内容がポルトガルの強行法規に違反していないことの確認

これらの確認を経て、公証人は契約内容を当事者に読み聞かせ、当事者と公証人が公正証書に署名することで、契約は法的に成立し、所有権が移転します。

所有権移転登記(Registo Predial)

最終契約(Escritura)の締結後、買主(またはその代理人弁護士、あるいは公証人)は、速やかに不動産登記所(Conservatória do Registo Predial)に対し、所有権の移転登記を申請しなければなりません。この登記(Registo)を完了させることで、第三者に対して自らの所有権を対抗(主張)できるようになります。この点は、日本法における登記の対抗要件(日本民法第177条)と同様です。

ポルトガル不動産に関わる主要税制

不動産の取得・保有に際しては、日本と同様に複数の税金が課されます。税率は変更される可能性があるため、常に最新の税法(Código do IMT, Código do Imposto do Selo, Código do IMIなど)を確認する必要があります。

取得時の税金:IMT(不動産譲渡税)とIS(印紙税)

不動産取得時には、主に2つの税金が課されます。これらは通常、最終契約(Escritura)の締結前に納税を済ませておく必要があります。

  • IMT(Imposto Municipal sobre as Transmissões Onerosas de Imóveis):
    日本の不動産取得税に相当する地方税です。課税標準は、売買価格または税務評価額(VPT)のいずれか高い方となります。税率は、物件の用途(居住用か非居住用か)、所在地(本土か離島か)、価格によって異なる累進課税が採用されています。例えば、本土の居住用不動産の場合、一定額(約10万ユーロ)までは免除または軽減されますが、価格が上がるにつれて税率も上昇し、100万ユーロを超える部分には7.5%といった税率が適用されます。法人が取得する商業用不動産などは、異なる税率(例:固定税率6.5%)が適用される場合があります。
  • IS(Imposto do Selo):
    印紙税です。これは国税であり、売買契約(公正証書)に対して、売買価格(またはVPTの高い方)の**0.8%**が固定税率で課されます。また、不動産購入のために銀行から住宅ローン(抵当権設定)を利用する場合、そのローン契約に対しても別途、融資額に応じた印紙税(例:期間1年以上で0.6%)が課されます。

保有時の税金:IMI(固定資産税)とAIMI(追加固定資産税)

不動産を保有している間は、毎年、以下の税金を納付する必要があります。

  • IMI(Imposto Municipal sobre Imóveis):
    日本の固定資産税に相当する地方税です。毎年1月1日時点の所有者に対し、税務評価額(VPT)を基準に課税されます。税率は、所在する自治体(Município)が決定しますが、法律で定められた範囲内(例:都市部の不動産で通常0.3%~0.45%)となります。
  • AIMI(Adicional ao IMI):
    IMIに追加して課される富裕税的な位置づけの国税です。個人または法人が所有するポルトガル国内の不動産(居住用・商業用など)のVPTの合計額が一定額(個人の場合は60万ユーロ、夫婦合算の場合は120万ユーロ)を超える場合、その超過分に対して課税されます。法人(Empresas)の場合は、原則として免除枠がなく、VPTの合計額全体に対して0.4%の税率が課されるなど、日本企業が不動産を所有する際には特に注意が必要です。

ポルトガルでの資金調達とその他の留意点

日本企業(非居住法人)やその駐在員(非居住個人)がポルトガルの銀行から不動産購入資金のローン(Hipoteca)を組むこと自体は可能です。しかし、ポルトガル銀行(Banco de Portugal)の監督下にある各銀行は、非居住者に対する審査をより慎重に行う傾向があります。

特に、融資比率(LTV – Loan-to-Value)は、居住者よりも低く設定されるのが一般的で、物件評価額の最大60%~70%程度が目安となります。日本国内での収益や資産状況を証明する詳細な財務書類(翻訳・認証済み)の提出が求められるなど、資金調達のハードルは高くなる可能性があります。

また、売買後のリスクとして、日本法の「契約不適合責任」に類似する「瑕疵担保責任(Vícios da coisa)」がポルトガル民法典(第913条以下)に定められています。隠れた瑕疵が発見された場合の買主の権利(修補請求、代金減額、契約解除など)について、CPCVや最終契約書でどのように規定されているか、弁護士による確認が不可欠です。

まとめ

ポルトガル共和国の不動産法は、外国企業による投資を広く受け入れている点で非常に開放的です。しかし、その法的手続きと実務は、日本法とは根本的に異なる側面を多く持っています。

特に、①不動産購入によるゴールデンビザ取得が2023年に廃止された点、②「権原保険」が存在しないため弁護士によるデューデリジェンスが不可欠である点、そして③予備契約(CPCV)が日本の手付解約とは異なり、「特定履行」が強制され得る強力な法的拘束力を持つ点は、最大の留意事項です。

さらに、IMT、ISといった取得時コスト、そして法人にも適用され得るAIMI(追加固定資産税)といった保有コストを正確に把握し、資金計画に組み込む必要があります。

日本企業がポルトガルでの拠点設立や投資を目的として不動産を取得される場合、これら日本法との相違点を深く理解し、現地の法制度に精通した専門家の支援を受けながら、慎重に手続きを進めることが極めて重要です。モノリス法律事務所は、国際取引や海外進出に関する法務について、豊富な経験に基づきサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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