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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

英国高等法院、Getty Images v Stability AI事件判決を公表―生成AIのモデルウェイトは「侵害的複製物」に該当しないと判断

英国は、EUが「AI法」のような包括的な規制を目指すのとは一線を画し、イノベーションの推進を重視したセクター別の「原則ベース(principles-based)」の柔軟な規制アプローチを採用しています。しかし、AI(人工知能)開発の核となる知的財産権の取り扱い、特にAIの訓練(トレーニング)における著作物の利用は、法整備が追いついていない領域として大きな議論の的となってきました。

英国の現行法である1988年著作権・意匠・特許法(Copyright, Designs and Patents Act 1988、以下「CDPA」)には、テキスト・データ・マイニング(TDM)に関する限定的な例外規定が存在しますが、これは「非商業的な研究」目的に限られています。そのため、Stability AIのような企業が行う「商業的」なAI訓練の法的な位置づけは、英国においても不明確なままでした。

このような背景の中、2025年11月4日、英国高等法院(知財部)は、AIと知的財産権の問題が正面から争われた初の本格的な司法判断として、Getty Images (US) Inc and others v Stability AI Limited EWHC 2863 (Ch) の判決を下しました。

本件では、当初の最大の争点であった「AIの訓練行為そのもの」の著作権侵害(第一次侵害)については、後述する経緯により英国内での証拠がなかったため、裁判所の判断はなされませんでした。しかし、英国外で作成されたAIモデル(モデルウェイト)を英国内に輸入・頒布する行為(第二次侵害)について、AI開発者側にとって有利な、極めて重要な法的解釈が示されています。

本記事では、この判決に至る経緯と、残された主要な法廷での争点、すなわち「著作権の二次的侵害」および「商標権侵害」に関する英国高等法院の判断について、判決文と関連する英国法に基づき詳細に解説します。

生成AIのモデルウェイトは侵害的複製物か?訴訟の経緯と争点の変遷

訴訟の全体像を把握するため、まず対立する当事者と、争いの火種となったAIモデルを紹介します。

当事者と問題となったAIモデル

本件の原告は、世界最大級のストックフォト事業者であるGetty Imagesグループ(以下「Getty Images」)です。同社は、高品質な写真や動画など、膨大なビジュアルコンテンツのライセンス許諾を事業の中核としています。

被告は、画像生成AI「Stable Diffusion」を開発・提供する英国のAIスタートアップ企業、Stability AI Limited(以下「Stability AI」)です。Stable Diffusionは、LAION-5Bといった大規模データセット(インターネットから収集された数十億規模の画像とテキストのペア)を用いて訓練されています。

裁判から除外された「第一次著作権侵害」

当初、Getty Imagesの主張の核心は、Stability AIが英国内において、Getty Imagesが権利を有する数百万点の画像を無断でスクレイピング(収集)し、Stable Diffusionの訓練データセットとして複製・利用したこと自体が、CDPAに基づく著作権の「第一次侵害(Primary Infringement)」にあたる、というものでした。

しかし、判決文によれば、Getty Imagesは裁判の最終弁論直前に、この第一次侵害に関する請求、および関連するデータベース権侵害の請求を放棄しました。

この請求放棄の理由は、Stability AIによるAIの訓練と開発が「英国内(in the United Kingdom)で行われたという証拠がない」という、純粋な管轄権(jurisdictional)の問題によるものでした。つまり、AIの訓練行為そのものが英国法の下で適法であると判断されたわけではありません。

この事実は、AI開発企業が、AI訓練のための計算インフラ(本件ではAWSクラスターなどが利用されました)を、著作権法が不明確であるか、あるいはより寛容な国(本件では英国外)に戦略的に設置することによって、少なくとも英国法に基づく第一次侵害のリスクを回避できる可能性を示しています。

この結果、英国の権利者であるGetty Imagesが英国内で追求できる手段は、英国外で(仮に違法に)作成されたAIモデルを、英国内に「輸入」または「頒布」する行為を問う、「第二次的侵害(Secondary Infringement)」の主張に絞られることになりました。

したがって、本判決で下された司法判断は、残された二つの主要な争点、すなわち「著作権の二次的侵害」と「商標権侵害」に関するものとなります。

主要争点①:著作権の二次的侵害(Secondary Infringement Claim)

Getty Imagesの主張:AIモデルは「侵害的複製物」である

Getty Imagesは、Stable Diffusionの「モデルウェイト(model weights)」ファイルそのものが「侵害的複製物(infringing copy)」であると主張しました。その上で、Stability AIが当該モデルウェイトを英国内で頒布(ダウンロード可能にするなど)し、あるいは事業の過程で所持する行為が、CDPAの以下の条文に違反するとしました。

  • CDPA 第22条:著作権侵害複製物の輸入
  • CDPA 第23条:著作権侵害複製物の業務上の所持、販売、頒布等

ここで重要な点は、Getty Imagesは、モデルウェイト自体が著作物のコピーを「含んでいる(contain / store)」とは主張しなかったことです。その代わり、同社はCDPAの第27条(3)項という、英国外で作成された物品に関する特殊な定義に依拠しました。

CDPA 第27条(3)項:

物品は、(a)それが英国に輸入された、または輸入が提案されており、かつ、(b)その英国内での作成(its making in the United Kingdom)が当該著作物の著作権侵害を構成したであろう場合には、侵害的複製物である。

Getty Imagesの論理は、モデルウェイトの「作成」(すなわちAIの訓練プロセス)には、訓練データとして著作物を複製する行為(一時的なものであれ)が不可欠であり、そのプロセスがもし英国内で行われていれば著作権侵害となったはずであるから、その「結果物」であるモデルウェイトは第27条(3)項に基づき「侵害的複製物」に該当する、というものでした。

裁判所の判断(1):「article(物品)」の定義

この主張に対し、Stability AIはまず、CDPA第22条・第23条が規律する「article(物品)」とは、物理的な「有体物(tangible object)」に限定されるべきであり、AIモデルウェイトのような電子的な「無体物(intangible)」はそもそも条文の対象外であると反論しました。

スミス判事(Mrs Justice Joanna Smith DBE)は、このStability AIの主張を退けました。

裁判所は、CDPA自体が著作物の電子的利用(例えば、第17条(2)項の「電子的手段による媒体への保存」)を明確に著作権侵害の対象としている点を重視しました。その上で、制定法は時代の変化と共に解釈されるべきという「常に話し続ける(always speaking)」原則を適用し、「article」という用語は、現代の技術環境において無体物(intangible articles)も含むものと解釈するのが議会の意図に沿うものと判断しました。

この判断は、AIモデルやソフトウェアといったデジタルの「物品」も、CDPAの二次的侵害の枠組みで原理的に規律されうることを英国法上初めて確認した点で、今後のAI関連訴訟において重要な先例となるでしょう。

裁判所の判断(2):「infringing copy(侵害的複製物)」の定義

しかし、裁判所は本件の核心である「侵害的複製物」の定義において、Stability AI側の主張を全面的に採用し、Getty Imagesの二次的侵害の請求を棄却しました。

裁判所は、CDPA第27条(3)項を適用する前提として、問題となる「article(物品)」、すなわちモデルウェイト自体が、著作物の「copy(複製物)」としての性質を有している必要があると判断しました。

その上で、Stable Diffusionのモデルウェイトは、訓練データに含まれる著作物の「コピーを含んでおらず(does not store or reproduce any Copyright Works)」、また「過去においても含まれたことはない(and has never done so)」と事実認定しました。

裁判所の核心的な論理は、著作権侵害にあたる行為(訓練データの複製)を「用いて作成された(made using)」物品と、その物品自体が著作物の「複製物である(is a copy)」こととを明確に区別する点にあります。CDPA第27条(3)項が規律するのは後者のみであり、前者を規律するものではないと結論付けられました。

結果として、AIモデルのウェイトが、それ自体に訓練データを(一時的であっても)「含まない」設計である限り、たとえその訓練プロセスが英国外で(仮に違法に)行われたとしても、完成したモデルを英国に輸入・頒布する行為は、CDPA上の二次的侵害にはあたらない、という重要な判断が示されました。

主要争点②:商標権侵害(Trade Mark Infringement Claim)

著作権侵害の主要な請求が棄却された一方で、商標権侵害については、Getty Imagesが限定的ながらも一部の侵害認定を勝ち取りました。

Getty Imagesの主張:ウォーターマーク(透かし)の自動生成

Getty Imagesは、Stable Diffusion(特に初期のバージョン)が、ユーザーのプロンプトとは無関係に、Getty Imagesの登録商標(「gettyimages」や「iStock」)に類似した歪んだウォーターマーク(判決文では “watermarks*” と表記)を画像上に出力することがあると主張しました。

この行為が、1994年商標法(Trade Marks Act 1994、以下「TMA」)の以下の条項に違反するとしました。

  • TMA第10条(1)項:同一標章・同一商品役務
  • TMA第10条(2)項:類似標章・同一類似商品役務、およびそれに伴う「混同の可能性(likelihood of confusion)」
  • TMA第10条(3)項:著名商標の「名声の毀損(tarnishment)」または「不当な利益(unfair advantage)」

裁判所の判断(1):発生頻度(しきい値問題)

裁判所はまず、ウォーターマークが「どの程度」発生するのかという事実認定(しきい値問題)を慎重に行いました。

その結果、初期のモデル(v1.x, v2.x)については、Getty Images側が行った実験(Annex 8H)や現実世界のユーザー報告(Annex 8I)に基づき、ウォーターマークの発生が(頻度は不明ながら)「非自明(non-trivial)」に発生していたと認定されました。

しかし、Stability AIがフィルターの改善などを行った後の新しいモデル(SD XL, v1.6)については、Getty Images側が意図的なプロンプト(例:Getty Imagesのキャプションをそのまま入力する「verbatim prompts」)を用いても、ウォーターマークの生成はほぼ確認できませんでした。

裁判所は、現実のユーザーがそのような「不自然な(contrived)」プロンプトを使用するという証拠はなく、新しいモデル(SD XL, v1.6)については、ウォーターマークの発生は現実の使用(in the wild)において確認できないとして、これらのモデルに関する商標権侵害の主張をすべて棄却しました。

したがって、商標権侵害の議論は、v1.xおよびv2.xという「過去の(historic)」モデルのみに対象が限定されることになりました。

裁判所の判断(2):TMA第10条(1)項(同一性)

TMA第10条(1)項は、登録商標と「同一(identical)」の標章が、「同一」の商品・役務に使用された場合に成立します。

  • iStock(ISTOCK):v1.xモデルが出力したウォーターマークの一部(判決文で “the Spaceships Image” とされる例)は、iStockの単語商標と「同一」であると認定され、侵害が成立しました。
  • Getty Images(gettyimages):侵害は棄却されました。現実世界で生成されたウォーターマーク(”First Japanese Temple Garden Image”)は、文字が歪んでいたり、余分な文字(例:’imaiges’)が含まれていたりしたため、「同一」とは認められませんでした。

裁判所の判断(3):TMA第10条(2)項(混同可能性)

TMA第10条(2)項は、標章が類似し、商品・役務が同一または類似しており、その結果として「混同の可能性(likelihood of confusion)」が生じる場合に成立します。

裁判所は、v1.x(iStock商標)およびv2.1(Getty Images商標)について、限定的に侵害を認定しました。

この「混同の可能性」に関する裁判所の分析は、非常に示唆に富むものです。裁判所は、消費者の技術的リテラシーに応じて、「混同」の内実が異なると分析しました。

  1. 技術的に精通していない消費者(例:DreamStudioのウェブUIを利用する層)は、ウォーターマークを見て、その画像がGetty Imagesから「出所(origin)」した、あるいはGetty Imagesによってライセンスされたものと誤認する可能性があるとされました。
  2. 技術的に精通した消費者(例:GitHubからローカルダウンロードする開発者層)は、画像がAIによって生成されたと理解しているため「出所」の混同はしません。しかし、彼らは、Stability AIがGetty Imagesと何らかの「経済的関連性(economically-linked)」、すなわちAIの訓練データの利用に関しライセンス契約を結んでいるのではないか、と誤認する可能性があるとしました。

裁判所は、この後者の「ライセンスの存在に関する混同」もTMA第10条(2)項の混同に該当すると判断しました。

裁判所の判断(4):TMA第10条(3)項(名声の毀損・不当な利益)

裁判所は、TMA第10条(3)項に基づく主張(著名商標の保護)については、全面的に棄却しました。

  • 名声の毀損(Tarnishment):Getty Imagesは、AIがポルノグラフィやプロパガンダといった不快な画像を生成する可能性があり、それにウォーターマークが付されることでGetty Imagesのクリーンなブランドイメージが毀損される(tarnish)と主張しました。しかし裁判所は、そのような不快な画像とウォーターマークが「同時に」生成されたという現実世界の証拠が一切なく、消費者の「経済的行動の変化」も証明されていないとして、この主張を「純粋な憶測(pure supposition)」に過ぎないと退けました。
  • 不当な利益(Unfair Advantage):裁判所は、Stability AIがウォーターマークの存在から利益を得た(フリーライドした)とは認めませんでした。裁判所は、Stability AIがウォーターマークの出現を意図しておらず、むしろそれを「望ましくないバグ」として扱い、後のバージョン(SD XL, v1.6)で除去するために積極的に努力していた事実を認定しました。これは「不当な利益」の意図とは正反対であると判断されました。

本判決の日本企業への示唆

本判決の日本企業への示唆

本判決は、英国法の下における重要な先例となります。特に、AIモデルの「ウェイト」自体は、それ自体が著作物のコピーを「含まない」限り、たとえその作成(訓練)過程において著作権侵害行為(例:無許諾のデータ複製)が介在したとしても、CDPA第27条(3)項が定める「侵害的複製物」には該当しない、という判断が示されたことは、AI開発者側にとって非常に有利な内容と言えるでしょう。

この論理は、AIという「道具(tool)」の頒布と、その「道具」を使用した結果生じる侵害(出力)とを法的に切り分けるものです。これは、日本法においてAI開発(訓練)が著作権法第30条の4(思想又は感情の享受を目的としない利用)によって保護されるか否かという議論とは別に、完成したAIモデルの「流通」に関する重要な視点を提供するものと考えられます。日本企業が英国でAIモデルを提供・利用する際、この判例はリスク評価の基盤となります。

他方で、AIの出力(アウトプット)が第三者の権利を侵害するリスクは依然として存在します。本判決でも、古いバージョンについては商標権侵害(TMA第10条(1)項およびTMA第10条(2)項)が限定的に認定されました。特に、技術的に精通したユーザーであっても「ライセンス契約の存在を誤認する」ことをもって「混同の可能性」ありと判断した点は、企業実務において重く受け止める必要があるでしょう。

日本企業がAIサービスを開発・導入する際には、自社のAIが学習したデータに起因して、第三者の商標や著作権(例えば、ウォーターマークの「記憶」や「過学習(overfitting)」)を意図せず出力してしまうリスクを、技術的および法的に管理することが不可欠です。モデルのバージョン管理、不適切な出力を防ぐフィルターの実装、および利用規約によるユーザーへの責任の明確化など、多層的な対策が求められるでしょう。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に豊富な経験を有する法律事務所です。AIビジネスには多くの法的リスクが伴い、AIに関する法的問題に精通した弁護士のサポートが必要不可欠です。当事務所は、AIに精通した弁護士とエンジニア等のチームで、ChatGPTを含むAIビジネスに対して、契約書作成、ビジネスモデルの適法性検討、知的財産権の保護、プライバシー対応など、高度な法的サポートを提供しています。下記記事にて詳細を記載しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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