経営者がファミリーガバナンスで設計すべき内容とは?構築・運用管理方法を詳しく解説
近年話題になっている「ファミリーガバナンス」の有益性を知り、設計・構築を本格的に検討している経営者の方は多いのではないでしょうか。
ファミリーガバナンスとは、ファミリーの繁栄を目指すために取り決めるあらゆるルールの総称です。特に経営者にとっては、ファミリーガバナンスは会社の未来とも密接に関係する重要なものと言えるでしょう。経営者にとってのファミリーガバナンスの有効性については、こちらの記事で詳しく解説しています。
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ガバナンスを構築する必要性を感じたならば、次は、具体的にどのようなルールを設計すればよいのかを理解しておきましょう。
この記事では、ファミリーガバナンスの設計手順と、作成するべきルールの内容について詳しく解説します。設計時の注意点や構築後の運用管理についても触れながら詳しく解説しているため、ぜひ参考にしてください。
この記事の目次
ファミリーガバナンス設計の概要
ファミリーガバナンスを構築するといっても、どのような手順で何を作成すればいいのかわからない方も多いのではないでしょうか。ここでは、ファミリーガバナンスを設計・構築する流れの概要を解説します。
ファミリーガバナンスの目的と現状整理
ファミリーガバナンスの構築は、ファミリーの価値観・方針を明確にし、これをファミリー全体に浸透・遵守させるために行います。
ガバナンスの作成自体は目的ではなく、資産を保護し、将来にわたるファミリーの繁栄を目指すための手段に過ぎません。まずはファミリーが理想とする目標・目的を可能な限り具体的に設定しましょう。
次に、現時点でファミリーの間に存在する暗黙知的なルールの仕組みを確認します。このように現状の整理を行うことで、現状と目指す目標・目的とのギャップを確認していくのです。
そして、現状で見えてきたファミリーの強みを伸ばし、不足部分を補うために、ガバナンスの構築に取りかかります。
コミュニケーションの実施
ファミリーガバナンスを浸透させるためには、円滑なコミュニケーションができる環境を整えることが非常に重要です。ファミリー内で統一されるべき価値観や目線がバラバラになってしまえば、せっかくファミリーガバナンスを構築しても上手く機能しません。
また、コミュニケーションを取らない希薄化した関係になってしまうと、そのこと自体がガバナンス上のリスクにもなります。
構築したガバナンスを一丸となって活用できるように、作成前の段階から認識のすり合わせを密に進めましょう。
決まりごとを書面で作成
ファミリーガバナンスとなる「決まりごと」を作成するにあたっては、以下のような書面を用意します。
- ファミリー憲章
- ファミリー規則
- 夫婦財産契約、婚前契約
- 任意後見契約、信託契約、財産管理委任契約等
- 遺言、死因贈与契約等
- 株主間契約
ファミリー間の書面は法的有効性が争われることが多いため、作成プロセスは慎重に行わなければなりません。書面の作成にあたっては専門家を関与させ、契約当事者には書面内容を正しく理解させましょう。
また、重要な書類は公正証書化しましょう。内容の有効性を補強する効果を期待でき、紛失や改ざんのリスクも防げます。
ブラッシュアップ
ファミリーガバナンスは、頻繁なブラッシュアップを前提としない構築をすることが重要です。通常、ビジネスに用いる決まりごとは、PDCAサイクルを回しながら、状況に応じたブラッシュアップを行います。
しかし、ファミリーガバナンスの場合は、このPDCAサイクルを用いたブラッシュアップが馴染まないものも多いです。例えば、夫婦財産契約は婚前に結ぶため、婚姻届の提出後に改善点を見つけたとしても修正することはほとんどできないでしょう。
また、ファミリーの関係性は精神的なもので、ビジネスの場にあるような経済的な関係にとどまりません。ただでさえ規律を与えることが難しいファミリーに対するルールを、頻繁に不定期に変えていてはガバナンスの浸透は困難になります。
構築後に短期間不定期に変更する事態を避けられるように、ファミリーの決まりごとは最初の作り込みが重要です。
経営者がファミリーガバナンスの設計時に作成するべき書面
ファミリーガバナンスの設計にあたって作成するべき決まりごとは多岐にわたります。ここでは、その中でも経営者が必ず作成しておくべき重要な書面について解説します。
ファミリー憲章
ファミリー憲章とは、ファミリーの理念・価値観や行動指針・判断基準を明記するものであり、ファミリーの最上位規範です。家訓・家憲とも呼ばれ、次のような内容を定めます。
- 重視する価値観
- 行動基準
- ファミリーの責任者
- ファミリー運営会議メンバー
- 事業運営のシステム、指針
- 資産管理・資産承継のシステム、指針
- ファミリー運営の基本ルール
- もめごとの処理方法
- 教育
ファミリー憲章は、一度定めたら基本的に変更はしません。ファミリーにとって普遍的な内容を明確に定め、歩むべき方向性について共通理解の形成を図りましょう。
ファミリー憲章自体に法的拘束力はありませんが、ファミリーの最上位規範であるため、法的拘束力を有する書面にも影響を与えます。また、相互監視などによる事実上の強制力も発揮されるでしょう。設計にあたっては、ファミリー内で納得を得られるように、よく協議しながら制定を進めることが重要です。
ファミリー規則
ファミリー規則とは、ファミリー憲章の内容をより具体化するものです。ファミリー憲章をはじめとしたルールが世代を超えて受け入れられるように、内容にはファミリーの発展経緯や責任者の考えを記載することをおすすめします。
ファミリー規則はファミリーに及ぼす規律を具体的に定めるものであるため、時間や前提事情の変化に合わせて多少の更新は加わるものです。そのため、所定期間の経過時点で内容の見直しをする機会を設けるといいでしょう。
法的拘束力については、ファミリー憲章と同様に有していません。しかし、ファミリー規則とファミリー憲章で定めた内容をもとに、具体的な法律関係を規律していくことになります。
夫婦財産契約・婚前契約
夫婦財産契約とは、結婚しようとする夫婦が婚姻前にする契約です。家事育児の分担や財産管理、離婚時の財産分与などについて定めます。
ファミリーガバナンスにおける夫婦財産契約の具体的な解説は、こちらの関連記事をご参照ください。
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ファミリーの責任者ではない者が婚姻する場合は、特に慎重な判断が必要です。新しい配偶者がファミリーに思わぬ支障を来たさぬことを重視して、契約を取り決めましょう。ファミリービジネスにおけるどの立場の人の婚姻かによって、夫婦財産契約に盛り込む内容や着眼点が異なってきます。
任意後見契約・信託契約・財産管理委任契約
判断能力が低下する事態に備えるため、任意後見契約や信託契約を取り決めておくことは重要です。また、自身の身体の自由がきかなくなったときのために、財産管理委任契約の利用検討も必要です。
経営者が法律行為を行えなくなれば、会社のステークホルダーやファミリーに対して多大な影響を与えてしまいます。自身の判断能力が低下した際に、どのような処置を施すのかをあらかじめ設定しておくことは欠かせません。
さらに、ファミリーの責任者ではなくとも、相当の資産を保有している者やビジネスに深く関与する者についても同様に、判断能力低下に備えて上記の契約を利用しておくことが有益です。
遺言書
資産承継のトラブルを防ぐためには、遺言書の作成は不可欠です。経営者の場合は事業承継も問題になるため、遺言書はさらに重要になります。
ファミリーガバナンスにおける遺言書の具体的な解説は、以下の関連記事をご参照ください。
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遺言書は、ファミリーの責任者はもちろん、ファミリー全員が作成するべきです。遺言書は何度でも書き直しができるため、まずは全員で一度作成し、その後定期的に状況を見直して書き直しをしましょう。ファミリービジネスにおけるどの立場の人かによって、遺言書に盛り込む内容や着眼点は異なります。
なお、子については満15歳以上であれば遺言書を作成することが可能です。遺言書は必ず本人が作成しなければならないため、15歳になったときに遺言書を作成しましょう。
株主間契約・種類株式・属人的定め
ファミリービジネスを営んでいる場合、株主間契約を利用して株式の取扱いを定めることになります。株主間契約の役割とは、複数名を株主としてファミリービジネスに関与させる場合に、株式の分散や運営の暴走化を防ぐことです。
株式の強制取得の定めや譲渡制限のルール、議決権の制限など、株主間で株式の管理・処分に関する取り決めを行います。
株主間契約だけではなく、種類株式や定款で行う属人的定めを利用して規律する場合もあります。
ファミリーガバナンスにおける株主間契約の特徴と注意点
ファミリービジネスでは、家族・親族が株を保有していることが多く、資産の保護を図る場合、株主間契約の設計が重要なポイントとなります。そのため、経営者がファミリーガバナンスを設計する際は、株主間契約の理解を深めておくことが重要です。
ここでは、株主間契約の特徴や作成時の注意点を解説します。
株主間契約で定める主な事項
ファミリーガバナンスにおける株主間契約の設計にあたっては、以下のような事項についてルールを定めます。
- 譲渡禁止
- 情報提供
- 取締役会決議事項の定め
- 拒否権
- 役員指名権・解任権
- 配当方針
- 強制買取
- 就業禁止
- 賠償額の予定
- 相続時の定め
- 解除事由
ファミリービジネスを営む場合、株式の承継や取扱いには通常よりも複雑なリスクが絡み合います。そのため、あらゆるトラブルを想定し、自身のファミリーに見合ったルールを定めることが求められます。
設計・運用上における特徴
株主間契約の特徴として、種類株式や属人的定めと比べて、締結内容や変更時の手続きにおける柔軟性が高いことがあげられます。例えば、種類株式は法定の内容でしか発行できません。定款による属人的定めについても、規律できる事項は限られます。
一方、株主関係契約はあくまで対等な当事者間の自由な交渉の結果、締結されるものです。内容が強行法規に反するものや著しく不当なものでなければ、有効性が認められます。
また、定款内容や種類株式内容の変更は、会社法上の手続きを踏んで進めなければなりません。一方、株主間契約の変更は、契約当事者の合意があれば特段の手続きなく変更が可能です。
このように、株主間契約は設計や運用における柔軟性という点で、使いやすい制度であるといえます。
違反時の効力に関する特徴
株主間契約のデメリットは、取り決めに対する違反行為があった場合、種類株式や属人的定めに比べて、責任を問う強制力が弱い点です。
定款や種類株主総会の手続きに違反して行われた会社の行為は、その効力に疑義を生じさせます。違反した役員は善管注意義務違反の責任を問われ、行為の差し止めができる場合もあります。
一方、株主間契約は単なる契約であるため、会社の行為に対して有効性や責任を問うことはできません。契約当事者間の債務不履行問題として損害賠償責任を問うことはできますが、それ以上の責任や差し止め処分を訴えることは不可能です。そのため、取り決めを破られた側の救済や被害予防という観点では、定款や種類株式を用いた設計の方が実効的といえるでしょう。
ただし、契約違反行為に対するペナルティをあらかじめ契約上に定めておくことで、違反時の救済を図ることは可能です。
未成年の子を承継者とする場合の注意点
未成年の子を承継者とし、その未成年の子が当事者となって株主間契約を結ぶ場合は、未成年者の法律行為に係る契約取消権(民法5条)に注意が必要です。
株式を承継させること自体は未成年でも問題なく行えます。しかし、株主間契約を結ぶとなれば法律上の義務が発生するため、勝手に契約を結んでしまえば取消権を行使されかねません。
もちろん、法定代理人である親権者が契約を行う場合は、取り消されることなく当該未成年者に有効に効果が帰属します。ただし、株主間契約の当事者に当てはまる親権者は、契約を行なっても無権代理となってしまいます。この場合は、家庭裁判所に特別代理人を選任してもらわなければなりません。
配偶者に関わる注意点
配偶者に株式を譲渡する場合、その際に交わす株主間契約に対して、夫婦間契約に対する取消権(民法754条)が行使されないように注意が必要です。
婚姻前にファミリービジネスへの関与が見込まれる場合には、ビジネス関与の詳細については夫婦財産契約(婚前契約)で定めます。婚姻後に取り決めを行うならば、当該株式間契約が夫婦間契約ではないことを十分に整理しましょう。
経営者におけるファミリーガバナンスの運用管理方法
構築したファミリーガバナンスの有効性を保つためには、円滑な運用管理が求められます。ここでは、ファミリーガバナンスの運用管理方法について、概要を解説します。
会議体の運営
構築したファミリーガバナンスを浸透させるためには、ファミリー同士のコミュニケーションが大切です。コミュニケーションを意識的に図る有効な手段として、会議体を設けて運営することがあげられます。ファミリーの規模感やファミリービジネスの有無によって、次のように会議体の形を検討しましょう。
- 構成メンバーを選抜するか否か
- 意思決定をする会議体とするか
- 意思決定を拘束せず、参考意見を述べる会議体とするか
まずは、正月の集まりのようなイベントを、ファミリーガバナンスのための会議として活用することで十分です。そして、会議としての重要さを伝える緊張感を持たせる工夫を、徐々に加えていくといいでしょう。
ファミリーオフィス
構築したファミリーガバナンスやファミリー会議体を実効性のある仕組みとして機能させるためには、ファミリーオフィスを組織化することが有効です。ファミリーオフィスには、次のような機能が求められます。
- 資産の管理、運用、承継
- 税務対策
- 投資戦略
- 紛争予防、解決
上記の領域のプロフェッショナルをメンバーに加えれば、経営者を取り巻くあらゆる問題にワンストップで網羅的に解決できます。ファミリーガバナンスを確実に運用管理していく方法として、非常に有効的な手段です。
まとめ:ファミリーガバナンスのお悩みは弁護士に相談を
ファミリーガバナンスの設計は、まずファミリーの目標を定めることから始め、その理想を実現するために具体的な内容を構築していきます。構築後に頻繁な変更をしていては、ファミリーにガバナンスを浸透させることは困難になります。そのため、設計時の段階で、コミュニケーションを図りながら入念に作り込むことが重要です。
しかし、ファミリーガバナンスの設計は、多岐にわたる具体的な取り決めを、将来の展開をシミュレーションしながら定めなければなりません。さらに、書面上の文脈で意義が完結できるように規定することも求められます。
ファミリーガバナンスを確実に有効なものとして完成させるためには、幅広い分野の法律に精通した弁護士からアドバイスを受けることをお勧めいたします。
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モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。ファミリーガバナンスを進めるにあたっては、ときには契約書の作成が必要になることもあります。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、様々な案件に対する契約書の作成・レビューを行っております。もし契約書についてお困りであれば、下記記事をご参照ください。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務