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ジョージアのコーポレートガバナンスを弁護士が解説

ジョージアのコーポレートガバナンスを弁護士が解説

ユーラシア大陸の要衝、コーカサス地方に位置するジョージア(旧称:グルジア)は、近年、その地政学的な重要性とビジネス環境の急速な近代化により、国際的な投資家から注目を集めています。かつてはソビエト連邦の一部であった同国ですが、独立以降、特に2014年の欧州連合(EU)との連合協定署名を経て、法制度や経済システムの欧州標準化を国家戦略として強力に推進してきました。その改革の核心に位置するのが、2021年に採択され、2022年1月1日より全面的に施行された新しい「起業家法(Law of Georgia on Entrepreneurs)」です。

旧来のジョージアの会社法は、極端なまでの規制緩和と自由放任を特徴とし、迅速な会社設立を可能にする一方で、株主間紛争の解決メカニズムや取締役の責任範囲において不明確さを残していました。しかし、新法への移行は、このパラダイムを根本から転換させるものです。新法は、透明性の確保、少数株主の権利保護、そして取締役の信認義務の明確化を主眼に置き、EUの会社法指令に準拠した、予見可能性の高い現代的なガバナンス体制の構築を目指しています。

一方で、2024年に成立した「外国の影響の透明性に関する法律(いわゆる外国代理人法)」を巡る政治的な混乱は、同国のEU加盟プロセスに影を落とし、ビジネス環境における新たなカントリーリスクとして浮上しています。また、既存の企業に対しては2025年4月1日までに新法への適合(再登記)を義務付けるなど、実務上の対応期限も迫っています。

本記事では、ジョージアへの進出や投資を検討する日本の経営者および法務責任者を対象に、同国のコーポレートガバナンスの現状を解説します。特に、日本法との比較法的視座を用いながら、有限責任会社(LLC)や株式会社(JSC)の機関設計、取締役の法的責任、少数株主権の行使要件、そして最新のトピックである透明性法案の影響について詳述します。

ジョージア企業法制の変遷と新法の哲学

ジョージアの企業法制を理解するためには、過去30年にわたる法哲学の変遷を把握する必要があります。1994年に制定された旧「起業家法」は、ソ連崩壊後の経済混乱からの脱却と外国資本の誘致を最優先課題としていました。そのため、当時の法制度は「世界で最も会社を作りやすい国」を目指し、資本金要件の撤廃や定款自治の極大化など、徹底的な規制緩和を推進しました。この結果、ジョージアは世界銀行の「Doing Business」ランキングで常に上位に位置することとなりましたが、その反面、複雑な株主間紛争や経営者の背任行為に対処するための法的ツールが不足しているという副作用も生じていました。

2022年に施行された新「起業家法」は、この「行き過ぎた自由化」からの揺り戻しとも言える改革です。新法の制定プロセスにはドイツや米国の法学者が深く関与しており、大陸法系(特にドイツ法)の厳格な概念体系と、英米法系(特にモデル事業会社法)の柔軟な実務慣行を融合させたハイブリッドな法体系となっています。日本の経営者にとって重要な示唆は、ジョージアが「何でもあり」の市場から、「ルールに基づいた信頼ある市場」へと成熟しようとしている点です。

ジョージアの新起業家法と日本の会社法は、共に大陸法の影響を受けているため、基本的な概念において多くの共通点を有しています。しかし、ガバナンスの具体的な設計や、取締役の責任論においては顕著な差異も存在します。例えば、ジョージアでは有限責任会社(LLC)が圧倒的多数を占めていますが、株式会社(JSC)には最低資本金として10万ラリ(約550万円)が義務付けられている点が日本とは異なります。また、取締役の経営判断の原則が成文法として明記されている点や、少数株主権の行使要件が「5%」に統一されている点など、実務上の重要な違いに留意する必要があります。

ジョージア会社形態の選択と設立の実務

ジョージアで事業を行う際、法人形態の選択は最初の重要な意思決定となります。新法下でも、有限責任会社(LLC)が最も一般的かつ推奨される形態です。LLCは日本の合同会社に近い柔軟性を持ちつつ、株式会社的な持分譲渡の自由度も設計可能です。特筆すべきは、LLCにおいては最低資本金の規制がなく、パートナー(社員)は金銭だけでなく、労務やサービスの提供を出資の対価とすることが可能である点です(ただし、定款での明確な定めが必要です)。また、新法により、LLCでも「授権資本」や種類株式の設定が可能となり、スタートアップのような柔軟な資金調達ができるようになりました。

一方、株式会社(JSC)はより厳格な規制の下に置かれています。新法では、JSCに対し最低資本金10万ラリ(設立時に25%以上の払込みが必要)が義務付けられました。また、LLCとは異なり、JSCでは労務やサービスを現物出資の対象とすることは禁じられており、現物出資を行う場合は独立した監査人による評価が必須となります。したがって、銀行、保険会社、あるいは証券取引所への上場を目指す企業以外は、JSCを選択する実益は乏しいと言えるでしょう。

設立手続きに関しては、ジョージアの行政手続きはデジタル化が進んでおり、法務省管轄の「ナショナル・エージェンシー・オブ・パブリック・レジストリー(NAPR)」における登記は通常1〜2日で完了します。しかし、新法では提出書類の構成に変更がありました。従来は「定款(Charter)」のみで足りていましたが、新法では「設立協定書(Founders’ Agreement)」と「定款」の2つの文書を作成・提出することが求められます。設立協定書には発起人全員が署名し、商号やパートナーの個人情報など変更頻度の高い情報が含まれます。一方、定款は会社の内部規則を定める「憲法」としての役割を果たします。

ジョージアにおける取締役の義務と責任、経営判断の原則

ジョージアにおける取締役の義務と責任、経営判断の原則

ガバナンスの要である取締役の責任論について、ジョージア新法は画期的な規定を導入しました。新法第50条等は、取締役の義務として、善管注意義務、誠実義務、そして忠実義務を体系化しています。これらは日本の会社法と概念的に共通しますが、ジョージア法では、これらの義務違反の有無を判断する基準として「経営判断の原則(Business Judgment Rule)」が明文で規定されている点が大きな特徴です。

新法第52条は、取締役が経営上の決定を行う際、十分な情報に基づき、会社の利益になると誠実に信じ、利益相反がなく、かつ他者からの不当な影響を受けずに独立して判断したのであれば、仮にその決定によって会社に損害が生じたとしても、善管注意義務に違反したとはみなされず、損害賠償責任を負わないと定めています。日本の会社法では、経営判断の原則は判例法理として確立しているものの条文には存在しません。この原則が条文化されていることは、ジョージアで事業を行う取締役にとって強力な法的保護となり、リスクを伴う迅速な意思決定を後押しする要素となります。

一方で、忠実義務の一環としての「利益相反取引」に対する規制は強化されています。取締役が会社と取引を行う場合や、競業事業に関与する場合、LLCではパートナー総会、JSCでは監査役会(または総会)の事前の同意が必須となります。適切な同意を得ずに利益相反取引を行い、会社に損害を与えた場合、取締役は損害賠償責任を負うだけでなく、会社から受け取っていた報酬を返還しなければならない可能性があります。

ジョージアにおける株主の権利と少数株主保護のメカニズム

合弁事業においては、マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の利害調整が課題となりますが、ジョージアの新法は、少数株主の権利を大幅に拡充しました。

新法では、発行済株式(または持分)の「5%」以上を保有する株主(パートナー)に対して、強力な権限を認めています。具体的には、会社の業務や財務状況に不正の疑いがある場合に裁判所を通じて特別監査人の選任を請求する権利、臨時総会の招集請求権、そして重要な契約書や取引記録の開示請求権などです。日本の会社法では、これらの権利行使には3%の保有要件が一般的ですが、ジョージアでは「5%」が主要な閾値となっています。一見すると日本より要件が厳しいように見えますが、ジョージア法における「特別監査」などの権限は経営陣にとって非常に強力なプレッシャーとなるため、合弁比率を決定する際にはこの5%ルールを十分に考慮する必要があります。

また、会社が取締役の不正行為に対して法的措置を取らない場合、株主が会社に代わって訴訟を提起できる「株主代表訴訟」の制度も整備されました。株主はまず会社に対して提訴するよう請求し、会社が90日以内に提訴しない場合に初めて、株主自身が原告となって訴訟を提起できます。この制度により、少数株主は取締役の忠実義務違反や不正な自己取引に対して、実効的な対抗手段を持つことになりました。

さらに、旧法では不明確であった会社関係からの離脱(Exit)に関する規定も明確化されました。正当な理由がある場合、会社は裁判所の決定を通じて、会社に損害を与えているパートナーを除名することができます。逆にパートナーは、会社が長期間配当を行わない場合などに、自己の持分を公正な価格で買い取るよう請求することが可能となっています。

ジョージアの財務報告・監査と透明性の確保

ジョージアは、企業の財務透明性を高めるために、会計監査監督局(SARAS)による監督体制を強化しています。すべての企業は規模(資産、収益、従業員数)に応じて4つのカテゴリーに分類され、それぞれ異なる報告義務が課されます。

日本企業が現地法人(LLC)を設立する場合、初期段階では監査義務のない第3または第4カテゴリーに該当することが多いでしょう。しかし、事業規模が拡大し上位のカテゴリーに該当するようになると、IFRS(国際財務報告基準)に準拠した財務諸表の作成と、外部監査人による監査が法的義務となります。また、これらの財務情報は公開が義務付けられるため、企業の透明性は以前に比べて格段に向上しています。

ジョージアの新たなリスク要因:「外国の影響の透明性に関する法律」

2024年5月、ジョージア議会は「外国の影響の透明性に関する法律」を可決しました。この法律は、年間収入の20%以上を外国勢力からの資金提供に依存している非営利法人(NNLE)やメディア組織に対し、登録を義務付けるものです。現在のところ、一般的な営利企業(LLCやJSC)は直接の登録義務の対象外とされていますが、この法律の成立はビジネス環境に間接的ながら深刻な影響を及ぼす可能性があります。

最大のリスクは、EU加盟プロセスの停滞です。EUはこの法律を強く非難しており、ジョージアの加盟交渉の凍結や財政支援の見直しを示唆しています。これはマクロ経済の不安定化を招く恐れがあります。また、ビジネス環境の透明性を監視してきたNGOの活動が制限されることで、ガバナンス全体の質が低下するリスクや、「外国の影響」というレッテル貼りが拡大解釈され、外国資本が入った企業に対する社会的な監視が強まる懸念も否定できません。

ジョージアでの紛争解決と司法・仲裁の実情

ジョージアでの紛争解決と司法・仲裁の実情

コーポレートガバナンスの実効性を担保するためには、信頼できる紛争解決手段が不可欠です。ジョージアの裁判所システムは三審制をとっていますが、司法の独立性に関しては、国際機関やNGOから懸念が示され続けています。過去には、主要テレビ局の所有権を巡る紛争や大手銀行創業者への捜査などで、政治的な意図が疑われる事例も発生しています。

このような司法リスクを回避するため、国際的なビジネス契約においては、紛争解決手段として「仲裁」を選択することが強く推奨されます。ジョージア国際仲裁センター(GIAC)は国際基準に基づいた仲裁規則を提供しており、迅速な救済措置も可能です。ジョージアはニューヨーク条約の加盟国であるため、仲裁判断は国内裁判所でも執行可能です。日本企業が現地パートナーと契約を締結する際は、紛争解決条項においてジョージアの裁判所ではなく、GIACや第三国の仲裁機関を指定することが、リスクヘッジとして極めて有効です。

まとめ

ジョージアのコーポレートガバナンス環境は、2021年の新起業家法の施行により、制度面では欧州水準に飛躍的に近づきました。「規制なき自由」から「ルールと透明性に基づく規律」への移行は、長期的な視点でビジネスを行う日本企業にとって歓迎すべき変化であり、経営判断の原則の明文化や少数株主権の明確化は、事業の予見可能性を高める要素となります。

しかし、その一方で、2025年4月の再登記期限への対応や、「外国の影響透明性法」に伴う政治的・経済的な不確実性の高まりには十分な警戒が必要です。

日本企業の皆様には、まず既存の現地法人がある場合、2025年4月1日までに定款および登録内容を新法に適合させる手続きを完了させることを強くお勧めします。また、取締役の責任範囲や利益相反取引の承認プロセスを社内規定で明確化し、現地の役員に周知徹底することが重要です。合弁事業においては、相手方の持分が5%を超える場合、その強力な権限を理解した上で、株主間契約で適切な取り決めを行う必要があります。さらに、紛争解決条項においては、政治的な影響を受けにくい国際仲裁を設定することが賢明です。

ジョージアは依然として魅力的な市場ですが、その成功は、新法の深い理解と、変化する政治情勢への機敏な適応にかかっています。モノリス法律事務所では、現地の最新の法改正情報と実務慣行に基づき、日本企業の皆様の安全かつ戦略的な事業展開をサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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