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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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アイスランドのコーポレートガバナンス指針を解説

アイスランドのコーポレートガバナンス指針を解説

アイスランド共和国(以下、アイスランド)は、豊富な再生可能エネルギーや地理的な優位性を背景に、データセンター事業や観光業、水産業などにおいて独自の経済圏を確立しており、日本企業からの注目も年々高まっています。同国は欧州連合(EU)には加盟していませんが、欧州経済領域(EEA)協定を通じてEU法規制の多くを国内法に適用しており、その会社法制も欧州標準に近い形式をとっています。しかし、その実質的な企業統治(コーポレートガバナンス)の運用においては、北欧諸国特有の「北欧モデル」と呼ばれる慣行が色濃く反映されており、株主主権の徹底や透明性の確保において、日本の実務とは大きく異なる側面を持っています。

特筆すべきは、2008年の金融危機以降、企業の社会的責任とガバナンスに対する国民の意識が劇的に変化したことです。これにより、世界でも類を見ないほど厳格なジェンダー・クォータ制(役員の男女比率割当制)の法制化や、経営陣の法的責任を厳しく問う司法判断が定着しました。日本企業がアイスランドへ進出する際、あるいは現地企業と提携する際には、単なる形式的な法令遵守にとどまらず、こうした背景にある社会的な価値観や厳格なコンプライアンス要件を深く理解しておくことが不可欠です。

本稿では、アイスランドの会社法および最新のコーポレートガバナンス指針に基づき、その法的枠組み、機関設計、役員の責任、そして日本法との相違点について、経営者および法務担当者の皆様に向けて詳説します。

アイスランド会社法制の枠組みと機関設計

アイスランドにおける会社法制は、主に大規模な資本調達を想定した「公開有限責任会社法(Public Limited Companies Act No. 2/1995、以下「公開会社法」)」と、より閉鎖的な所有構造に適した「私的有限責任会社法(Private Limited Companies Act No. 138/1994、以下「私会社法」)」の二つの法律によって規律されています。日本企業が進出する際は、事業規模や上場の意向に応じていずれかの形態を選択することになりますが、ガバナンスの基本構造は共通して「北欧モデル」に基づいています。

北欧モデルに基づく階層構造

アイスランドの企業統治における最大の特徴は、株主総会、取締役会、そして最高経営責任者(CEO/Managing Director)という各機関の権限が法律によって明確に階層化され、役割分担が厳格に定められている点にあります。日本の会社法では、取締役会への大幅な権限委譲が可能であり、代表取締役が業務執行の広範な決定権を持つことが一般的ですが、アイスランドにおいては「株主総会」が名実ともに最高意思決定機関として機能します。株主総会は、取締役および監査役の選任だけでなく、定款変更や会社の基本方針に関わる重要事項について直接的な決定権を行使します。

取締役会の役割と居住要件

取締役会(Board of Directors)は、株主総会とCEOの間に位置し、会社の監督と戦略的決定を担う機関です。アイスランドの取締役会は、業務執行そのものを行う機関ではなく、業務執行を行うCEOを任命し、監督する役割に特化しています。取締役会は、会社の財務状況、会計、資産運用が適切に管理されていることを保証する義務を負います。

日本企業にとって特に注意が必要な点は、取締役の居住要件です。公開会社法および私会社法は、取締役の構成員およびCEOについて、アイスランドまたはEEA(欧州経済領域)加盟国、あるいはOECD加盟国の居住者であることを求めています。日本から派遣される駐在員のみで取締役会を構成しようとする場合、この居住要件を満たせないリスクがあります。経済産業省(Minister of Economic Affairs)からの免除許可を得ることも可能ですが、手続きには時間を要するため、現地居住者の登用を含めた慎重な機関設計が求められます。

CEOの権限と「日常業務」の範囲

CEO(Managing Director)は取締役会によって任命され、日々の業務執行(Day-to-day management)を担当します。ここで重要なのは、CEOの決定権限が「日常業務」の範囲内に厳格に限定されているという点です。法律上、通常業務の範囲を超える「例外的」または「重大」な措置(不動産の購入、大規模な融資契約、子会社の売却など)を行うには、取締役会の明示的な承認が必要不可欠です。日本の「代表取締役」のように包括的な代表権限があるわけではなく、取締役会の決議を経ずに重要事項を執行した場合、権限外行為として法的責任を問われる可能性があります。

アイスランドのジェンダー・ダイバーシティとクォータ制

アイスランドのジェンダー・ダイバーシティとクォータ制

アイスランドは世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ報告において長年首位を維持していますが、これは自然発生的なものではなく、強力な法的強制力によって推進されてきた結果です。日本企業にとっても、現地の規範として避けて通れないのが、役員構成におけるジェンダー・クォータ(割当)制です。

従業員50名以上の企業に対する法的義務

2010年の法改正により、公開会社および私会社の両方において、従業員数が50名を超える企業は、取締役会の男女比率を法的に調整する義務を負っています。具体的には、取締役会のメンバーが3名以上の場合、いずれの性別の構成比率も40%を下回ってはならないと規定されています。

この規定は努力目標ではなく、強行法規です。要件を満たさない取締役の選任は無効とされる可能性があり、企業登記局(Register of Enterprises)によって登記が拒否される場合もあります。登記ができない場合、会社は対外的な取引能力を制限されることになり、実質的な事業停止リスクに直結します。したがって、日本企業が現地法人を設立し、事業拡大に伴い従業員数が50名を超えた段階で、直ちに女性(あるいは男性)役員を登用し、40%ルールを遵守する体制を整える必要があります。

同一賃金認証制度

さらに2018年には、男女間の賃金格差を解消するため、従業員25名以上の企業に対して「同一賃金認証(Equal Pay Certification)」の取得が義務付けられました。これは、同一価値の労働に対して同一の賃金が支払われていることを、外部監査機関が監査し認証する制度です。この認証は3年ごとの更新が必要であり、未取得の企業には罰金が科される可能性があります。日本的な年功序列型の賃金体系とは異なり、職務内容に基づいた透明性の高い賃金制度の構築が求められます。

アイスランドにおける役員の法的責任と重要判例

2008年の金融危機はアイスランド経済に壊滅的な打撃を与えましたが、その後の処理過程において、企業の経営陣に対する法的責任の追及が徹底的に行われました。これにより、取締役およびCEOの善管注意義務(Duty of Care)と忠実義務(Duty of Loyalty)の解釈は極めて厳格なものとなっています。

アル・サーニ事件に見る責任の厳格化

役員責任の重さを示す最も重要な判例として、「アル・サーニ事件(Al-Thani Case)」が挙げられます。この事件は、金融危機直前の2008年9月、カウプシング銀行(Kaupthing Bank)がカタールの投資家アル・サーニ氏による自行株式の取得を発表したことに端を発します。市場には海外からの信任が得られたかのように発表されましたが、実際には銀行自身がアル・サーニ氏に関連する会社に資金を融資し、その資金で自社株を購入させていたことが判明しました。

アイスランド最高裁判所(Hæstiréttur Íslands)は2015年2月12日、市場操作および特別背任(Breach of Fiduciary Duty)の罪で、元CEO、会長、大株主らに対し、懲役4年から5年半の実刑判決を確定させました(判決番号:No. 4a/2014)。この判決において特筆すべきは、直接的な実行行為を行っていない役員であっても、不自然な取引に対して十分な調査や異議申し立てを行わずに漫然と承認したこと自体が、善管注意義務違反として刑事責任の対象とされた点です。

この判例から、アイスランドにおける取締役は、経営陣からの提案を単に追認するだけでは不十分であり、批判的な視点を持って能動的に情報を精査する義務(Duty of Inquiry)があると言えます。日本で認められている広範な「経営判断の原則」に依存し、リスクを看過することは許されない環境です。

日本法との比較と実務上の留意点

アイスランドと日本のコーポレートガバナンス制度には、いくつかの重要な相違点が存在します。以下の表に、主要な比較項目を整理しました。

比較項目アイスランド (Nordic Model)日本 (Japanese Model)
最高意思決定機関株主総会 (権限は絶対的であり、取締役会決定を覆すことも可能)株主総会 (取締役会設置会社では権限が限定的)
取締役会の役割監督と戦略策定に特化。業務執行は行わない。業務執行の決定と監督を兼ねる場合が多い。
CEOの位置づけ取締役会の下位にあり、日常業務のみを執行。取締役会構成員ではないことが一般的。代表取締役として強力な法定権限を持ち、取締役会議長を兼ねることが多い。
取締役の居住要件あり (過半数はアイスランド/EEA/OECD居住者である必要)原則なし (代表取締役の居住要件も廃止済み)
ジェンダー規制法的義務 (50名以上企業で40%ルール、違反時は登記拒否のリスク)努力義務、CGコードによる開示推奨レベル
監査体制全取締役が監査責任を負う。外部監査人の権限が強大。監査役制度、または監査等委員会による監査。
役員の責任善管注意義務違反に対し、実刑を含む厳しい司法判断 (例:アル・サーニ事件)。経営判断の原則により、一定の裁量が認められる傾向。

コーポレートガバナンス指針とESG

法令に加え、アイスランド商工会議所などが策定した「コーポレートガバナンス指針(Guidelines on Corporate Governance)」も重要な規範です。最新の第6版(2021年発行)では、「遵守せよ、さもなくば説明せよ(Comply or Explain)」の原則が採用されています。特に、サステナビリティ(ESG)や非財務リスクの管理が取締役会の主要な責務として明記されており、企業は社会や環境に対する影響を経営戦略に統合することが求められています。日本企業が現地の信頼を得るためには、この指針に沿った透明性の高い情報開示が不可欠です。

まとめ

アイスランドにおけるコーポレートガバナンスは、EEA法に基づく欧州標準の枠組みと、北欧特有の透明性・平等を重視する価値観が融合した厳格なシステムです。特に、ジェンダー・クォータ制への法的対応や、取締役の居住要件のクリア、そしてアル・サーニ事件判決に見られるような高度な善管注意義務への意識は、日本企業が現地で事業を行う上で極めて重要なポイントとなります。

現地法人の運営にあたっては、日本の本社からのコントロールと現地の自律性とのバランスを慎重に設計する必要があります。具体的には、現地事情に精通した独立取締役の招聘や、職務権限規程の厳格な運用によるCEOの暴走防止などが有効な対策となり得ます。モノリス法律事務所では、こうしたアイスランド法務特有の課題に対し、貴社の事業展開を円滑に進めるためのサポートを行います。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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