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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ジョージア労働法典の大改正と新たな労働移民法

ジョージア労働法典の大改正と新たな労働移民法

ジョージアにおいて労働関係を開始する際、最初に留意すべきは契約の形式です。ジョージア労働法典(Labor Code of Georgia)は、契約の形式について柔軟性と厳格性の双方を併せ持っています。

労働契約は口頭または書面のいずれでも締結することが可能です。しかし、雇用期間が3ヶ月を超える場合、労働契約は必ず書面で締結されなければなりません。日本法においても契約書の作成は推奨されていますが、ジョージア法では一定期間を超える雇用においてこれが法的義務とされている点が重要です。書面による契約書には、職務内容、労働開始日、労働時間、休暇、報酬などの基本的な労働条件を明記する必要があります。

また、試用期間(Probation Period)の設定についても厳格なルールが存在します。試用期間は、被用者の適性を評価するために設定することができますが、その期間は6ヶ月を超えてはなりません。さらに重要な点として、試用期間に関する合意は書面でなされなければならず、口頭での合意は無効となります。もし書面での合意がないまま試用を開始した場合、その契約は最初から無期雇用契約として扱われるリスクがあります。

有期雇用契約についても制限があります。原則として労働契約は無期で締結されるべきものとされており、有期契約が認められるのは特定の業務量の遂行や季節労働など、客観的な正当事由がある場合に限られます。また、有期契約の期間が30ヶ月を超える場合、または連続して締結された有期契約の期間が通算して30ヶ月を超える場合は、無期雇用契約とみなされるという「30ヶ月ルール」が存在します。ただし、事業開始から48ヶ月以内(スタートアップ企業など)の場合は、この期間制限が適用されない特例措置が設けられています。

本記事では、2020年の労働法典の大改正に加え、2025年に施行される新たな労働移民法(Labor Migration Law)の改正点も踏まえ、現地の雇用慣行と法的リスクを詳説します。特に日本の労働法制と比較した際、ジョージア法には「競業避止義務に対する対価の強制」や「差別に関する立証責任の転換」など、日本企業の感覚で運用すると重大なコンプライアンス違反を招きかねない落とし穴が存在します。本稿が、皆様のジョージアにおける適法かつ円滑な組織運営の一助となれば幸いです。

参考:ジョージア労働法典(英語訳)
https://mepa.gov.ge/En/Files/Download/53695

ジョージアにおける労働時間と残業規制の厳格化

労働時間規制は、2020年の法改正により大きく強化された分野の一つです。原則的な法定労働時間は週40時間と定められています。これは日本の労働基準法と同様の水準です。ただし、政府が定める特定の「特別な操業条件(Specific Operating Conditions)」を要する企業においては、例外的に週48時間までの労働が認められています。これに該当するかどうかは慎重な判断が必要であり、一般的なオフィスワークにおいては週40時間が上限となります。

残業に関する規定も日本とは異なる特徴を持っています。週40時間(特定企業では48時間)を超える労働は残業とみなされ、雇用主はこれに対して増額された報酬を支払わなければなりません。日本法では「25%増し」といった具体的な割増率が法律で定められていますが、ジョージア労働法典では具体的な料率が明記されていません。その代わり、当事者間の合意により決定することとされています。しかし、近年の裁判実務では、基本給の125%(1.25倍)程度の支払いが妥当とされる傾向にあります。明確な合意がない場合、紛争のリスクとなるため、契約書において具体的な割増率を定めておくことが推奨されます。

また、シフト勤務を行う場合、勤務と勤務の間には少なくとも12時間の休息期間(Daily Rest)を設けなければならないというルールも存在します。これは従業員の健康確保を目的としたEU基準に沿った規定であり、長時間労働や過密なシフト体制を防ぐための重要な制約となります。

ジョージアの年次有給休暇と産前産後休暇

ジョージアの年次有給休暇と産前産後休暇

ジョージアの休暇制度は、労働者に対して比較的厚い保護を与えています。年次有給休暇について、労働者は年間少なくとも24労働日の休暇を取得する権利を有しています。日本の労働基準法における初年度の付与日数が10日であることを踏まえると、ジョージアの基準はかなり高い水準にあると言えるでしょう。さらに、これとは別に年間最低15暦日の無給休暇を取得する権利も認められています。

産前産後休暇(Maternity Leave)についても手厚い制度が設けられています。女性労働者は、妊娠、出産、育児のために合計730暦日の休暇を取得する権利を有しており、そのうち126暦日(合併症がある場合や多胎児の場合は143暦日)は有給休暇となります。この有給期間中の手当については、従来は国家予算から最大1000ラリが支給されていましたが、2023年1月よりこの上限が2000ラリへと引き上げられました。企業は、従業員との合意に基づき、この国家給付に上乗せして給与を支払うことも可能です。

男性の育児参加を促進するための規定も存在し、未使用の産休の一部を父親が取得することも認められています。

参考:ジョージア政府による産休手当増額に関するニュース
https://sakartvelosambebi.ge/en/news/maternity-allowance-increased-and-set-at-2000-gel-instead-of-1000-gel

ジョージアの差別禁止規定と立証責任の転換

ジョージア労働法典第2条は、雇用における差別を包括的に禁止しています。禁止される差別の根拠としては、人種、肌の色、言語、民族的・社会的出身、国籍、財産、出生、居住地、年齢、性別、性的指向、障害、宗教、政治的意見、労働組合への加入などが列挙されています。日本法との大きな違いは、これらが限定列挙ではなく例示列挙に近い形で極めて広範に規定されている点、そして「採用前の段階(募集・選考)」にも適用されることが明文化されている点です。求人広告において年齢や性別を限定することは、正当な理由がない限り差別とみなされるリスクがあります。

さらに特筆すべきは、差別紛争における立証責任(Burden of Proof)のルールです。ジョージア法では、労働者側が「差別があったと推定される事実」を示した場合、立証責任が雇用主側に転換されます。つまり、雇用主の側が「その取り扱いは差別によるものではなく、客観的かつ合理的な理由に基づくものである」ことを証明しなければなりません。これは企業にとって非常に重い負担であり、採用の不合格理由や解雇理由、昇進の判断基準などを文書化し、合理的に説明できる体制を整えておくことが不可欠です。

ジョージア競業避止義務:全額補償の要件

日本企業が最も注意すべき点の一つが、退職後の競業避止義務(Non-Compete Obligation)に関する規定です。日本では、退職後の競業避止義務は、期間や地域の合理性があれば有効とされ、その対価(代償措置)は有効性判断の一要素に過ぎないケースが多いです。しかし、ジョージア労働法典においては、退職後の競業避止義務を課すための要件が極めて厳格に定められています。

  1. 期間制限: 競業避止義務を課すことができる期間は、雇用契約終了後最大6ヶ月までです。
  2. 対価の支払い義務: 雇用主は、競業避止期間中、労働者に対して「雇用関係終了時に支払われていた報酬と同額以上」の補償金を支払わなければなりません。

つまり、退職者に対して給与の100%相当額を支払わない限り、競業他社への就職を禁止することは法的に不可能です。契約書に競業避止条項を設けていても、この補償金の支払いが約束されていなければ、その条項は無効と判断される可能性が極めて高いでしょう。この規定は、企業が安易に競業避止義務を課すことを防ぎ、労働者の職業選択の自由を保障するための強力な措置です。

ジョージアにおける雇用契約の終了と解雇規制

ジョージアにおける雇用契約の終了と解雇規制

解雇に関しては、法に定められた正当な理由(Grounds)が必要です。労働法典第47条は、経済的・組織的な理由による人員削減、従業員の能力不足、重大な義務違反などを解雇事由として列挙しています。解雇の手続きにおいては、事前の通知と退職手当(Severance Pay)の支払いがセットになっています。

  • 標準的な手続き: 解雇の30日前までに書面で通知する場合、少なくとも1ヶ月分の給与相当額を退職手当として支払う必要があります。
  • 即時の手続き: 解雇の3日前までに書面で通知する場合、少なくとも2ヶ月分の給与相当額を退職手当として支払わなければなりません。

日本では「30日前の予告」か「30日分の予告手当」のいずれかを選択する形式が一般的ですが、ジョージアでは30日前に予告したとしても、さらに1ヶ月分の手当支払いが義務付けられています。つまり、解雇には最低でも1ヶ月分、急ぐ場合は2ヶ月分の金銭的コストが必ず発生する仕組みとなっています。

また、大量解雇(Mass Redundancy)を行う場合には、労働省および労働者への事前の通知義務が課されており、より慎重な手続きが求められます。

ジョージア2025年労働移民法の改正と外国人雇用

最後に、最新のトピックとして、2025年6月に可決された「労働移民法(Law of Georgia on Labor Migration)」の改正について触れておく必要があります。この改正法(一部は2025年9月、一部は2026年施行予定)により、外国人の雇用に関する規制が強化されます。従来、ジョージアは多くの国に対してビザなしでの入国と就労を認める開放的な政策をとってきましたが、改正後は外国人労働者に対する労働許可(Work Permit)制度の導入や、雇用主による登録義務の厳格化が進められます。

特に、日本からの駐在員や現地採用の日本人スタッフについても、この新しい許可制度の対象となる可能性があります。改正法では「労働移民」の定義が拡大され、従来の雇用契約に基づく労働者だけでなく、自営業者や特定の条件下にある役員なども規制の対象に含まれることが示唆されています。現地の法人が外国人を雇用する際には、適法な滞在資格と労働許可の取得が必須要件となるため、人事手続きのリードタイムが長くなることが予想されます。

参考:2025年労働移民法改正に関する報道
https://parliament.ge/en/media/news/parlamentma-shromiti-migratsiis-shesakheb-kanonshi-tsvlileba-pirveli-mosmenit-miigho

まとめ

以上のように、ジョージアの労働法制は、EU基準への準拠を目指して急速に整備が進んでおり、労働者保護の色彩が非常に強いものとなっています。

重要なポイントを再確認します。

  • 3ヶ月を超える契約は書面化が必須であること。
  • 残業代の支払いや休憩時間の確保が厳格に義務付けられていること。
  • 年次有給休暇は24日、産休手当も増額されていること。
  • 差別に関する立証責任が雇用主側にあること。
  • 退職後の競業避止には、給与全額相当の補償金支払いが条件となること。
  • 解雇時には最低でも1ヶ月分の退職手当の支払いが必要であること。

これらの規定は、日本の法常識とは異なる部分が多く、知らずに日本的な労務管理を適用すると、高額な補償金請求や行政処分を受けるリスクがあります。

モノリス法律事務所は、ジョージアの現地法律事務所や専門家とも連携し、最新の法改正情報に基づいた契約書のレビュー、就業規則の作成、労務紛争の予防に関するアドバイスを提供することが可能です。現地の法規制を正しく理解し、適切なコンプライアンス体制を構築することが、ジョージアでのビジネス成功の鍵となります。サポートいたしますので、お気軽にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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