ジョージアの決済システムおよび決済サービスに関する法律を解説

ジョージア(旧グルジア)は、コーカサス地方における金融ハブとしての地位を確立するため、欧州連合(EU)の法規制との調和を急速に進めています。その中核にあるのが、「決済システムおよび決済サービスに関する法律(Law of Georgia on Payment System and Payment Services)」です。この法律は、決済サービスの効率性と安全性を確保し、利用者の権利を保護することを目的として制定されました。日本の経営者や法務担当者がジョージアでの事業展開を検討する際、現地の規制環境が日本の資金決済法とは異なるアプローチ、特にEUの「第2次決済サービス指令(PSD2)」に準拠した体系を採用していることを理解するのは極めて重要です。
日本法では資金移動業者が利用者から預かった資金を供託所に供託することで保全するのに対し、ジョージアでは「ノミナル口座」を用いた分別管理が求められる点や、強力な顧客認証(SCA)が法令レベルで義務付けられている点など、実務に直結する重要な差異が存在します。また、近年導入された仮想通貨サービスプロバイダー(VASP)に対する規制は、マネー・ローンダリング対策(AML)の観点から非常に厳格に運用されており、登録事業者に対する高額な罰金事例も発生しています。
本稿では、ジョージア国立銀行(NBG)による規制の枠組み、決済サービスプロバイダー(PSP)およびVASPに課される義務、そして日本法との比較を交えながら、ジョージアの資金決済法制を詳細に解説します。
この記事の目次
ジョージアの決済システムおよび決済サービスに関する法律の全体像
ジョージアにおける決済サービスの法的基盤は、EUの指令に基づき設計されています。この法律は、決済サービスの提供、決済システムの運営、電子マネーの発行、そして利用者の権利保護に関する包括的なルールを定めています。日本の資金決済法が、資金移動業、前払式支払手段、暗号資産交換業などを包括的に規制しているのと同様に、ジョージアの同法も決済市場の健全性を確保することを目的としています。
しかし、その条文構成や概念はEU法をモデルとしているため、日本の法制度とは異なる用語や分類が用いられることが多くあります。規制当局であるジョージア国立銀行(NBG)は、中央銀行としての機能と金融監督庁としての機能を併せ持ち、ライセンスの付与から制裁の執行に至るまで、極めて強力な権限を有しています。したがって、ジョージアで金融ビジネスを行う場合、NBGの規則やガイドラインへの準拠が事業の生命線となります。
ジョージアの決済サービスプロバイダー(PSP)と利用者資金の保護
ジョージアで銀行免許を持たずに決済サービスを提供する場合、事業者は「決済サービスプロバイダー(PSP)」としてNBGに登録する必要があります。PSPの業務範囲は、決済口座への入出金、送金、決済手段の発行、電子マネーの発行など多岐にわたります。日本の資金決済法における資金移動業者に近い存在ですが、特筆すべきは利用者資金の保全方法の違いです。
日本では、資金移動業者は利用者から預かった資金(要履行保証額)の100%以上を法務局に供託するか、金融機関と保全契約を結ぶことが義務付けられています。これに対し、ジョージアでは「ノミナル口座(Nominal Account)」による分別管理が採用されています。PSPは、利用者から受領した資金を、商業銀行に開設したPSP名義の顧客用口座(ノミナル口座)で管理する義務を負います。このノミナル口座にある資金は、法律上、PSPの固有財産とは明確に区分され、万が一PSPが破産した場合や他の債権者から差し押さえを受けた場合でも、その執行対象とならないよう法的に保護されています。つまり、日本のような「供託」という物理的な資金拘束ではなく、信託に近い法的構成によって資金を保護していると言えます。
また、2023年5月に施行されたNBG総裁令第77/04号により、PSPの登録要件や規制が厳格化されました。新たな規則では、PSPの管理者に対する適格性要件(Fit and Properテスト)が強化され、事業計画には少なくとも3年間の予算予測を含めることが求められるようになりました。これにより、参入障壁は以前よりも高まっており、十分な資本と管理体制を持たない事業者の参入は難しくなっています。
参考:ジョージア国立銀行 Rule of Registration and Regulation of Payment Service Provider
ジョージアの強力な顧客認証(SCA)の義務化と運用

ジョージアの決済法制において、セキュリティの中核をなすのが「強力な顧客認証(Strong Customer Authentication:SCA)」です。これは単なる推奨事項ではなく、法令上の明確な義務として規定されています。PSPは、ユーザーがオンラインで口座にアクセスしたり、電子決済を行ったりする際に、知識(パスワード等)、所持(スマホ等)、生体情報(指紋等)の3要素のうち、少なくとも2つを用いて認証を行わなければなりません。
日本でもクレジットカードの不正利用対策などが進められていますが、ジョージアでは法律によって具体的な免除基準まで細かく定められています。特に実務上重要なのが、非接触型決済(コンタクトレス決済)に関する上限設定です。NBGの規則によれば、1回の取引額が150ラリ(GEL)を超えない場合、または連続した取引の合計額が600ラリを超えない、もしくは連続回数が5回を超えない場合には、SCAを免除することが認められています。この「150ラリ(約8,000円〜9,000円相当)」という具体的な数値は、現地の物価水準を考慮した実用的なラインであり、システム設計において必ず考慮しなければならない法的要件です。
参考:ジョージア国立銀行 Regulation on Strong Customer Authentication
ジョージア仮想通貨サービスプロバイダー(VASP)の規制と執行事例
ジョージアでは2023年より、暗号資産(仮想通貨)を取り扱う事業者に対し、「仮想通貨サービスプロバイダー(VASP)」としての登録が義務付けられました。これには、カストディ(保管)、交換、転送などのサービスが含まれます。ここで留意すべきは、いわゆる「マネー・トランスミッター(Money Transmitter)」の概念です。この用語自体は主に米国の法制度で使われるものですが、ジョージアの文脈においては、法定通貨の送金(Remittance)を伴う業務を行う場合に、VASP登録とは別に、あるいはその一部として、PSPとしての登録やコンプライアンスが求められる状況を指すと考えられます。VASPは仮想通貨の移転を扱いますが、法定通貨の送金サービスを提供するにはPSPのライセンスが必要となるため、事業モデルによっては両方の規制をクリアする必要があります。
NBGはVASPに対する監督を強化しており、特にマネー・ローンダリング対策(AML)の不備に対しては厳格な処分を下しています。具体的な執行事例として、2025年11月、NBGはVASPである「Sher888 LLC」に対し、検査における情報提出義務違反やAML規制違反を理由に、合計465,000ラリ(約2,500万円相当)という巨額の罰金を科しました。また、別件では決済サービスプロバイダーである「UniPay」に対しても罰金が科されています。これらの事例からは、NBGが形式的な登録だけでなく、実態を伴う厳格なコンプライアンス態勢を要求している姿勢が読み取れます。日本企業が進出する際は、単なる書類上の手続きだけでなく、実効性のあるAMLシステムの構築が不可欠です。
ジョージアの紛争解決メカニズム:国立銀行紛争検討委員会
消費者保護の観点から、ジョージアではNBG内に「紛争検討委員会(Dispute Review Commission)」が設置されています。これは、決済サービス利用者と金融機関(銀行、PSP、マイクロファイナンス組織など)との間の紛争を解決するための専門機関であり、2023年12月から活動を開始しました。日本の金融ADR制度に類似していますが、中央銀行が直接運営している点が特徴的です。
利用者は、まず金融機関に対して苦情を申し立てる必要がありますが、そこで解決しない場合、6ヶ月以内に委員会へ申し立てを行うことができます。対象となる請求額は50,000ラリ以下とされており、委員会での手続きは原則として無料です。委員会は申立てから90日以内に拘束力のある決定を下します。この仕組みにより、裁判所を通さずとも迅速な紛争解決が可能となっており、事業者側には、このプロセスに対応するための社内体制整備と、利用規約への明記が求められます。
参考:Georgia Business News – NBG Dispute Review Commission
まとめ
ジョージアの決済法制は、EU法への適応を通じて急速に現代化されており、透明性の高いビジネス環境が提供されています。しかし、それは同時に、欧州水準の厳格なコンプライアンスが求められることを意味します。特に、日本法とは異なる「ノミナル口座」による資金保全の仕組み、SCAにおける具体的な免除基準の実装、そしてVASPに対するNBGの強力な執行権限は、事業計画を策定する上で見落とせません。「Sher888 LLC」への巨額罰金事例が示すように、規制当局は違反に対して容赦のない姿勢を見せており、実効性のある内部管理態勢の構築が不可欠です。モノリス法律事務所では、こうしたジョージア特有の法規制の調査から、ライセンス取得支援、当局対応、そして現地法の要件を満たした利用規約の作成まで、貴社のビジネスを法的な側面からサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































