スウェーデンのコーポレートガバナンスを弁護士が解説

スウェーデン王国(以下、スウェーデン)は、人口約1,000万人の規模でありながら、ボルボ、エリクソン、H&M、イケア、スポティファイといった世界的企業を輩出し続けるイノベーション大国です。日本企業にとって本件国は、北欧市場へのゲートウェイであるだけでなく、技術提携やM&Aの重要なパートナーとなり得る存在です。しかし、現地で合弁事業や買収を進める日本の経営者や法務担当者が直面するのが、日本の会社法とは異なる独自の企業統治(コーポレートガバナンス)システムです。スウェーデンのガバナンスは、英米型の「株主主権」と大陸欧州型の「ステークホルダー重視」を融合させた「北欧モデル」を採用しており、透明性の高い市場規律と、創業家や特定オーナーによる強力な支配権の維持が共存している点が特徴です。
特に日本の実務家が留意すべきは、労働組合の代表者が取締役会の正メンバーとして経営に参加する従業員代表制や、株主総会における「責任解除(Discharge from liability)」という独特の決議事項です。また、2025年にスウェーデン最高裁判所が下した「CashCom判決」により、正式に選任されていない実質的な経営者に対する個人的責任の範囲が拡大されるなど、法的リスクの所在も変化しています。
本記事では、スウェーデン独自の企業統治システムを支える法規制と「コード」の二層構造、従業員代表制などの特徴的な機関設計、そして最新の判例動向を踏まえた取締役の法的責任について、実務的な観点から解説します。
この記事の目次
スウェーデン企業統治の法的枠組みと基本原則
スウェーデンの企業統治は、主に「スウェーデン会社法(Aktiebolagslagen:ABL)」というハードローと、「スウェーデン・コーポレート・ガバナンス・コード(以下「コード」)」というソフトローの二層構造によって規律されています。2005年に全面改正された会社法は、有限責任会社の運営に関する包括的なルールを定めており、株主総会、取締役会、CEO、監査人という4つの機関の役割分担を厳格に規定しています。日本の会社法が機関設計に柔軟性を認めているのに対し、スウェーデン法はこれらの機関の権限委譲や重複に関して厳密な階層構造を維持しています。
この法的枠組みを補完するのがコードであり、ナスダック・ストックホルムなどの規制市場に上場する全企業に適用されます。ここで採用されているのが「遵守せよ、さもなくば説明せよ(Comply or Explain)」という原則です。この原則は、企業が個別の事情に応じてコードの規定から逸脱することを許容するものですが、その場合には単に遵守していない事実を述べるだけでは不十分とされます。企業は、どの規定を遵守していないかを明示した上で、その理由を詳細に説明し、さらにその規定の代わりにどのような代替措置を講じたかを株主や市場に対して説得的に示さなければなりません。この「説明の質」は投資家によって厳しく評価されるため、日本における形式的なコンプライアンス対応とは一線を画す、実質的なガバナンスへの取り組みが求められます。
スウェーデンの議決権種類株式による支配構造
日本企業がスウェーデン企業の買収や資本提携を検討する際、しばしば障壁となるのが「議決権種類株式(Dual-class shares)」による強固な支配構造です。スウェーデンの上場企業の多くは、1株あたり1議決権を持つB株と、1株あたり10議決権を持つA株を発行しています。この制度により、ヴァレンベリ家のような創業家や主要株主は、比較的少ない出資比率でありながら、株主総会において圧倒的な議決権を維持し、長期的な視点での経営関与(アクティブ・オーナーシップ)を実現しています。
日本の会社法でも種類株式の発行は可能ですが、上場企業において恒久的に議決権格差を維持することは稀です。一方、スウェーデンでは会社法第4章第5条により、議決権の格差は最大で1対10までと定められており、この範囲内で広く普及しています。近年、EUレベルでは上場法(Listing Act)の議論の中で、種類株式にサンセット条項(一定期間経過後の議決権格差解消)の導入を義務付ける動きがありましたが、スウェーデン産業界は「100年にわたり機能してきた有効なモデルである」としてこれに強く反対しました。その結果、最終的なEU指令案では加盟国の裁量が認められ、スウェーデン独自のシステムは維持されることとなりました。これは、スウェーデンがいかに自国のガバナンスモデルに自信を持ち、その独自性を守ろうとしているかの表れといえます。
スウェーデンの株主総会と取締役の「責任解除」決議

スウェーデンの定時株主総会(AGM)には、日本の実務にはない極めて重要な決議事項が存在します。それが、取締役およびCEOに対する「責任解除(Ansvarsfrihet)」の決議です。これは、過去1会計年度における取締役らの業務執行を株主が事後的に承認し、会社が彼らに対する損害賠償請求権を放棄することを意味します。日本の株主総会における計算書類の承認が事実上の信任投票であるのに対し、スウェーデンの責任解除は、会社法第7章第11条に基づく法的権利の放棄という強力な効果を持ちます。
この責任解除が決議されると、会社は原則として当該年度の行為について取締役やCEOを訴えることができなくなります。ただし、これには重要な例外があります。もし決算書や総会での説明において、株主に対する情報の隠蔽や虚偽があった場合、すなわち株主が正しい情報に基づかずに責任解除を承認した場合には、その効力は及びません。また、行為が犯罪に該当する場合も同様に免責されません。
さらに、少数株主保護の観点から「10%ルール」と呼ばれる規定が存在します。議決権のある株式の10%以上を保有する株主が責任解除に反対票を投じた場合、たとえ過半数の賛成で決議が可決されたとしても、少数株主は取締役に対する代表訴訟を提起する権利を保持します。これは、日本企業が現地パートナーと合弁事業を行う際、相手方が10%以上の持分を持っていれば、日本側から派遣した取締役に対していつでも訴訟リスクを維持できるということを意味しており、契約交渉上の重要なレバレッジポイントとなります。
スウェーデンの指名委員会:株主主導の選任プロセス
役員選任のプロセスにおいても、スウェーデンは独自のアプローチをとっています。日本や英米の指名委員会が「取締役会の内部委員会」であるのに対し、スウェーデンの指名委員会(Nomination Committee)は、取締役会の外側に位置する「株主総会の機関」です。コードの規定によれば、指名委員会のメンバーは取締役会のメンバーではなく、主に大株主の代表者によって構成されるべきとされています。通常、議決権ベースで上位の株主が代表者を出し合い、そこに取締役会会長がオブザーバーとして加わる形がとられます。
この仕組みは、「取締役を選ぶのは経営者自身ではなく、オーナーである株主であるべきだ」という理念に基づいています。指名委員会は、取締役候補者だけでなく、取締役会議長や監査人の候補者、さらにはそれぞれの報酬案についても提案を作成し、株主総会に提出します。日本企業がスウェーデン企業の主要株主となった場合、この指名委員会への代表派遣を求められることになります。これは現地の機関投資家と直接対話し、取締役会の構成に自社の意向を反映させる絶好の機会ですが、同時に高い透明性と説明責任が求められるタスクでもあります。
スウェーデンの従業員代表取締役制度
スウェーデンのコーポレートガバナンスを象徴するもう一つの特徴が、労働組合の代表者が取締役会に参加する「従業員代表制」です。「民間部門従業員の取締役会代表法」に基づき、従業員数が25名以上の企業では2名、1,000名以上かつ複数業種で事業展開する企業では3名の従業員代表を取締役として選出する権利が労働組合に付与されています。
重要な点は、これらの従業員代表が、株主総会で選任された取締役と全く同等の法的権利と義務を有することです。彼らはすべての取締役会に出席し、議決権を行使し、機密情報にアクセスします。日本企業が現地法人を買収した場合、現地の労働組合から派遣された従業員が経営会議の場に同席することになります。日本の感覚では違和感を覚えるかもしれませんが、彼らは現場の情報を経営層に伝え、また経営決定を現場に浸透させるための重要なパイプ役として機能します。
ただし、利益相反に関しては厳格なルールがあります。同法第14条は、労働協約の交渉やストライキなどの労働争議に関する議論、その他労働組合の利益と会社の利益が著しく対立する事項については、従業員代表は取締役会の審議および議決に参加できないと定めています。これにより、経営判断の公正性が担保されています。
スウェーデンの監査人と業務監査
スウェーデンにおける監査人(Auditor)の役割は、会計監査にとどまらず、取締役やCEOの業務執行全般をチェックする「業務監査(Management Audit / Förvaltningsrevision)」を含んでいる点が大きな特徴です。監査人は、取締役会の議事録を閲覧し、重要な契約や意思決定プロセスが法令や定款に適合しているか、会社に損害を与えていないかを検証します。
監査人は年次報告書の中で、財務諸表の適正性だけでなく、「取締役およびCEOに対して責任解除を付与すべきか否か」についての意見を表明する義務を負います。もし監査人が責任解除に反対する意見を出した場合、それは株主に対して経営陣への法的責任追及を促す強力なシグナルとなります。このように、スウェーデンの監査人は株主の代理人として、経営陣に対する強力な監視機能を果たしています。
スウェーデン取締役の法的責任と重要判例
スウェーデン会社法第29章第1条は、取締役やCEOが故意または過失により会社に損害を与えた場合の賠償責任を定めています。この責任の実像を理解する上で重要なのが、過去の大型倒産事案における判例の蓄積と、最新の最高裁判決です。
まず、2010年に破綻したHQバンクを巡る民事訴訟(Stockholm District Court, Case T 9311-11)では、取締役のリスク監視義務違反が問われました。裁判所は、取締役会が不適切なリスク評価を見抜けなかった点について、外部監査人や内部報告に依存することは合理的であり、高度に専門的な金融取引の不備まで発見することは期待できないとして、取締役個人の過失責任を否定しました。この判決は、取締役の責任範囲を限定的に解釈する傾向を示した重要な先例です。
しかし、2025年、この潮流に一石を投じる重要な判決がスウェーデン最高裁判所によって下されました。「CashCom事件(Case T 8723-23)」において最高裁は、会社法第25章第18条に基づく個人的責任の範囲を拡張しました。この条文は、会社が重大な資本不足(登録資本金の半分未満)に陥った際、取締役会が適切な措置(対照貸借対照表の作成など)を講じなかった場合に、その期間に生じた債務について取締役が連帯責任を負うというものです。最高裁は、この責任が正式に選任された取締役だけでなく、実質的に経営を支配していた人物(事実上の取締役)にも及ぶとの判断を示しました。
この判決は、日本企業が現地法人に役員を派遣せず、本社から実質的な指示を出して経営を行っているようなケースにおいて、本社の担当者や役員が現地法人の債務に対して個人的責任を負うリスクがあることを示唆しており、極めて重要な意味を持ちます。
まとめ
スウェーデンのコーポレートガバナンスは、株主の権利保護と強力なオーナーシップの両立を志向する合理的なシステムです。指名委員会を通じた株主の直接的な関与、従業員代表との共同決定、そして業務監査を含む厳格な監視体制は、一見すると複雑で負担が大きいように見えますが、透明性の高い経営を実現するための基盤として機能しています。日本企業がスウェーデンで成功するためには、これらの制度を形式的に遵守するだけでなく、その背後にある「対話と合意」の文化を理解し、少数株主や従業員代表を経営のパートナーとして尊重する姿勢が不可欠です。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































