ポーランドの広告規制:医薬品・医療機器・医療サービス

欧州連合(EU)加盟国の中でも最大級の市場規模を誇るポーランドは、日系企業にとって魅力的な進出先ですが、その広告規制はEU法と独自の消費者保護政策が複雑に絡み合い、極めて厳格かつ流動的な状況にあります。特に近年は法改正が相次いでおり、2023年に完全施行された新医療機器法によるインフルエンサー規制の厳格化や、2025年6月の欧州司法裁判所(TSUE)判決による薬局広告の事実上の解禁など、従来の常識が通用しない局面を迎えています。
ポーランドの広告規制の特徴は、司法当局が「広告」の定義を非常に広範に解釈する点にあります。単なる情報提供を意図したものであっても、そこにわずかでも販売促進的な要素が含まれていれば規制対象とみなされるリスクがあります。特に、健康に関連する製品(医薬品、医療機器)やサービス(医療機関、薬局)の広告には、消費者の誤認や乱用を防ぐための二重三重の安全装置が組み込まれています。
本稿では、ポーランド市場への参入や事業拡大を検討されている日本の経営者様および法務担当者様に向けて、最新の法的動向を整理し、日本法との比較を交えながら、実務上の留意点を詳述します。
この記事の目次
ポーランド広告規制の基本構造
ポーランドにおける広告規制は、EU指令を国内法化した法令群によって構成されていますが、その運用は日本よりも厳格な傾向にあります。日本の景品表示法や薬機法(医薬品医療機器等法)に相当する規制が存在しますが、最大の違いは「広告」と「情報」の境界線に対する司法判断の厳しさと、違反時の制裁の重さにあります。
日本では「顧客誘引性」「特定性」「認知性」の3要件が広告の定義とされていますが、ポーランドの判例では、販売促進効果を持つあらゆるコミュニケーションが広告と認定される可能性があります。企業のウェブサイトやSNSでの発信はもちろん、インフルエンサーによる個人的な感想の発信でさえも、対価が発生している場合は厳格な法規制の下に置かれます。
以下に、主要な規制分野における根拠法と日本法との対応関係、および規制強度の比較を整理しました。
| 分野 | ポーランドの根拠法令 | 日本の関連法 | 規制強度の比較・特徴 |
| 医薬品 | 医薬品法 (Prawo farmaceutyczne) | 薬機法 | 同等以上。一般用医薬品の警告表示義務がより具体的かつ厳格。 |
| 医療機器 | 医療機器法 (Ustawa o wyrobach medycznych) | 薬機法 | ポーランドが極めて厳格。2023年より一般向け広告の大幅制限とインフルエンサー規制を導入。 |
| 医療機関 | 医療活動法 (Ustawa o działalności leczniczej) | 医療法 | ポーランドが厳格。商業的広告は原則禁止され、客観的情報の提供のみが許容される。 |
| 医師個人 | 医師倫理規定 (Kodeks Etyki Lekarskiej) | 医師法・医療法 | ポーランドが厳格。医師会による倫理規定で、自身の宣伝行為が固く禁じられている。 |
| 薬局 | 医薬品法(第94a条など) | 薬機法 | 過渡期。長年の「完全禁止」から、2025年のEU司法裁判所判決を受け緩和へ向かう混乱期にある。 |
ポーランド医薬品広告規制と警告表示の義務

医薬品法(Prawo farmaceutyczne)に基づく規制は、処方箋医薬品(Rx)と一般用医薬品(OTC)で明確に分かれています。日本と同様、処方箋医薬品の一般大衆向け広告は禁止されており、専門家(医師・薬剤師等)への情報提供のみが認められています。
一般用医薬品(OTC)については大衆広告が可能ですが、消費者の安易な薬物使用を抑制するための仕組みが徹底されています。その象徴が、2023年以降に導入された「警告表示のローテーション義務」です。日本のテレビCMでおなじみの「使用上の注意をよく読み…」という定型句に加え、ポーランドでは消費者の慣れを防ぐため、以下の3種類の警告文言を広告ごとにランダムまたは交互に使用することが義務付けられました。
| パターン | 警告メッセージの内容(日本語訳) | 意図・特徴 |
| パターン1 | 「これは医薬品です。安全のために、パッケージに添付されたリーフレットに従って使用してください。最大用量を超えないでください。疑義がある場合は、医師または薬剤師に相談してください。」 | 過量服用(オーバードーズ)の防止を強く警告。 |
| パターン2 | 「これは医薬品です。安全のために、パッケージに添付されたリーフレットに従って使用し、必要な場合にのみ使用してください。疑義がある場合は、医師または薬剤師に相談してください。」 | 不要な使用の抑制。「必要な時だけ」という限定を明示。 |
| パターン3 | 「これは医薬品です。安全のために、パッケージに添付されたリーフレットに従って使用してください。禁忌に注意してください。疑義がある場合は、医師または薬剤師に相談してください。」 | 副作用・禁忌への注意喚起。 |
また、広告表現においても「権威付け」の排除が徹底されています。著名人や科学者が製品を推奨することはもちろん、医師や薬剤師を演じる俳優を起用すること自体が禁止されています。日本では白衣を着た人物が「個人の感想です」として登場する演出が見られますが、ポーランドではそのような演出そのものが消費者を誤認させる違法行為となります。
ポーランドにおける医療機器広告の規制強化

2022年に制定され、2023年に完全施行された新「医療機器法(Ustawa o wyrobach medycznych)」は、ポーランドの広告業界に最も大きな衝撃を与えた法改正の一つです。この法律は、医療機器を「専門家(プロ)向け」と「一般人(素人・Laik)向け」に厳密に区分し、広告活動を規制しています。
特筆すべきは、製造業者が「専門家による使用」を意図して設計した医療機器について、一般大衆(素人)に向けた広告を全面的に禁止した点です。これにより、美容クリニックなどで使用される強力なレーザー機器や、フィラー(注入剤)などの具体的な製品名を挙げて、ウェブサイトやSNSで宣伝することが違法となりました。現在許容されるのは、「レーザー脱毛」「ヒアルロン酸注入」といった施術名の記載にとどまります。
さらに、この新法はインフルエンサーマーケティングに対しても世界的に見て極めて厳しい規制を課しています。
インフルエンサー規制と日本法との相違
| 項目 | 日本(ステマ規制など) | ポーランド(新医療機器法) |
| 規制対象 | 広告であることを隠す行為(ステルスマーケティング)。 | 対価を得て行う、医療機器に関するあらゆる「意見」の公表。 |
| 契約要件 | 特になし(ガイドライン推奨のみ)。 | 事前の書面契約が必須。 |
| 責任の所在 | 主に広告主(事業者)。 | 広告主だけでなく、インフルエンサー個人も対象になり得るが、広告主には監督責任として巨額の制裁金リスクがある。 |
| 罰則 | 措置命令など。 | 最大200万ズウォティ(約7,500万円)、誤認惹起等の場合は最大500万ズウォティ(約1億8,000万円)の行政制裁金。 |
企業は、インフルエンサーが独自の判断で違法な投稿を行わないよう、事前に投稿内容を書面で承認するプロセスを構築する必要があります。
また、医療機器の一般向け広告(バナーや動画広告)においても、以下の表に示すような厳格な技術的要件(警告表示)が課されています。クリエイティブ制作の際には、これらのスペースを確保する必要があります。
| 広告媒体 | 警告表示の要件 |
| 動画広告 | 画面下部に広告面積の15%以上のサイズで表示し、かつ4秒以上読み上げる必要がある。 |
| 静止画・Web | 広告全体の面積の10%以上のサイズで、背景と区別して明瞭に表示する。 |
ポーランド薬局広告の「解禁」と法改正の過渡期
ポーランドでは2012年以降、薬局の広告が「完全禁止」されてきました。薬局は、所在地と営業時間以外の情報を外部に発信することができず、顧客へのポイント付与や簡単なサービス案内でさえも処罰の対象となっていました。
しかし、この状況は2025年に劇的に変化しました。欧州司法裁判所(TSUE)が2025年6月19日に下した判決(C-200/24)により、ポーランドの「全面禁止」規定はEU法(電子商取引指令など)に違反し、過度な規制であると断じられました。
この判決を受け、ポーランドの規制当局(GIF)は方針を転換し、過去の違反に対する罰金処分を相次いで取り消しています。現在は、法改正案(UD291)の議論が進んでおり、今後は「販売促進(プロモーション)」ではなく「中立的・客観的な情報の提供」であれば許容される方向へ向かっています。
日本企業にとっては、自社の製品を取り扱う薬局と連携したマーケティングの余地が広がる可能性がありますが、現時点では「何が中立的な情報か」という基準が確定していないため、慎重な対応が求められます。
ポーランドの医療機関・医師およびメディアに対する規制

医療機関と医師の広告禁止
医療サービスを提供する病院やクリニック、そして医師個人に対する広告規制も非常に厳格です。医師倫理規定(Kodeks Etyki Lekarskiej)は、医師が自己を宣伝することを禁じており、許されるのは専門分野や学位といった客観的な情報の公開のみです。
日本の医療法でも広告規制は存在しますが、一定のガイドライン(医療広告ガイドライン)を遵守すれば、ウェブサイト上で治療方針や実績をアピールすることは可能です。しかしポーランドでは、「最高の技術」「痛みのない治療」といった優位性を示す表現や、商業的なキャンペーンを行うことは、倫理規定違反および法律違反となるリスクが高く、実務上は「広告」ではなく「案内」に徹する必要があります。
メディア規制と税制リスク
広告を出稿する媒体(メディア)に関しても注意が必要です。2021年には政府による「広告税」導入計画に対し、主要メディアが一斉に報道を停止する大規模な抗議活動が発生しました。この計画は一時棚上げされましたが、2025年から2026年にかけて、巨大IT企業などを対象とした「デジタル税」の議論が再燃しています。これが導入された場合、デジタル広告の出稿コスト(CPM/CPC)が上昇する可能性があるため、中長期的な予算計画において考慮すべきリスク要因となります。
まとめ
ポーランドの広告規制は、EU法との調和を目指しつつも、国民の健康保護を最優先とする厳格な姿勢が貫かれています。日本企業が現地でビジネスを展開する際には、以下の3点を重点的に確認し、コンプライアンス体制を構築することをお勧めします。
- 「専門家」と「一般人」の峻別: 自社製品(特に医療機器)がどちらに向けたものかを明確にし、一般向け広告に該当するウェブサイトやSNSから、具体的な製品名や専門的な推奨表現を排除すること。
- インフルエンサー契約の厳格化: 日本のような口頭やメールでの合意ではなく、法的に有効な書面契約を締結し、投稿内容の事前承認権限を確保すること。
- 警告表示の徹底: 動画やバナー広告において、面積の10〜15%を占める警告表示スペースをデザイン段階から確保し、法定の文言を正確に記載すること。
これらの規制は頻繁に変更されるため、常に最新の現地法情報をモニタリングする必要があります。モノリス法律事務所では、現地の最新法令に基づいた契約書のレビューや広告クリエイティブのリーガルチェックなど、ポーランド市場における貴社の安全な事業展開をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































