マルタ共和国での不動産購入時に知っておくべき完全所有権(Freehold)と永代借地権(Emphyteusis)

マルタ共和国は地中海の要衝に位置する欧州連合(EU)加盟国であり、その安定した法制度や税制上の優遇措置、そして外国人に対する不動産取得制限を緩和する特別指定区域(SDA)制度の存在により、日本人の投資家や移住希望者から高い関心を集めています。しかし、マルタでの不動産取引を検討する際、日本の「所有権」の概念をそのまま当てはめることは非常に危険です。マルタの不動産権には、完全な所有権である「Freehold」のほかに、ローマ法や英国法の歴史を汲む「Emphyteusis(永代借地権)」という独特の権利形態が並存しているためです。
本記事では、マルタ民法に基づくこれら2つの権利形態の違いや、永代借地権者が行使できる地代の買い取り(Redemption)の仕組み、そして日本では馴染みの薄い「権利没収(Forfeiture)」のリスクについて、法令や判例を交えて詳細に解説します。特に、登記簿上で「Freehold」と記載されていても、過去の契約条件が物的負担として残存する場合があること、地代を20倍の金額で買い取ることで所有権へ転換できる法的権利があること、そして地代の未払いや契約違反が権利そのものの喪失を招きかねないという実務上の留意点があることに注意が必要です。これらの仕組みを正確に理解し、過去50年以上の権利移転履歴(Root of Title)を遡る徹底した調査を行うことが、マルタでの不動産購入の際の必須条件となります。
この記事の目次
マルタ不動産法の構造と権利形態の定義

マルタ共和国における不動産権の基本は、マルタ民法(Civil Code, Chapter 16 of the Laws of Malta)によって規定されています。マルタはシビル・ロー(大陸法)を基盤としながらも、歴史的な経緯から英米法の概念が融合したハイブリッドな体系を有しています。
不動産の権利形態は、大きく分けて「完全所有権(Freehold)」と「永代借地権(Emphyteusis)」の二つに分類されます。
マルタ民法第1494条では、永代借地権(Emphyteusis)について「契約当事者の一方が、永久にまたは一定期間、年間の地代(Ground-rent)の支払いを条件として、他方に不動産を付与する契約」と定義しています。この規定から、永代借地権は単なる賃貸借契約ではなく、物件の改良や処分を含む広範な権限を伴う「物権」に近い性質を持っていることが言えるでしょう。 マルタ民法(Chapter 16)の公式全文は以下の政府ウェブサイトで確認することができます。
参考:マルタ共和国公式法令集
マルタの完全所有権(Freehold)と日本の所有権の異同
完全所有権(Freehold)は、日本の民法における「所有権」とほぼ同等の概念です。権利の存続期間に制限はなく、土地およびその上の建物に対する絶対的な権利を享受できます。第三者に対する地代の支払い義務はなく、所有権の行使にあたって土地所有者の承諾を得る必要もありません。
日本法との重要な違いが生じるのは、その「純粋性」の確認プロセスです。マルタの実務では、現在「Freehold」として取引されている物件であっても、その根源を辿ると過去に永代借地権として設定されていたケースが多々あります。後述する「買い取り(Redemption)」の手続きを経て表面上はFreeholdとなっていても、原契約に付随していた「譲渡条件(Conditions of Grant)」が物的負担(Real Burdens)として残存し、将来の増改築や用途の変更を制限している場合があります。したがって、マルタでのFreeholdは「いかなる制約もない権利」であることを意味するのではなく、「地代の支払い義務が消滅した権利」として理解し、付随する条件の有無を個別に精査する必要があります。
マルタの永代借地権(Emphyteusis / Ċens)の特殊な仕組み
永代借地権は、マルタ語で「Ċens(チェンス)」と呼ばれ、土地所有者(Dominus)と占有者(Emphyteuta)との間の法的な関係を構築します。この権利には「恒久的(Perpetual)」なものと「一時的(Temporary)」なものの二種類が存在します。日本では借地権といえば建物の所有を目的とする賃借権が一般的ですが、マルタの永代借地権者は、物件の構造を破壊しない限りにおいて、自由に改変や転売を行うことが認められています。
買い取り(Redemption)による所有権への転換
恒久的な永代借地権を保持している場合、占有者は土地所有者の同意を得ることなく、一方的にその権利を完全所有権(Freehold)へ転換させる法的権利を有しています。これはマルタ民法第1501条に定められた仕組みで、一般に「地代の20倍」の金額を一括で支払うことにより、将来の地代支払い義務を免除されるというものです。
具体的には、年間の地代が100ユーロであれば、2,000ユーロを支払うことで買い取りが完了します。この手続きは公証人の面前で行われる合意、あるいは土地所有者が不明な場合や拒絶した場合には、裁判所に「供託(Schedule of Deposit)」を行うことで法的に完結します。ただし、地代がインフレ率に応じて定期的に改定される「改定条項付き地代(Revisable Ground-rent)」の場合、買い取りができる期間が改定後1年以内に限定されるなどの制約があるため、契約内容の慎重な確認が求められます。
承認料(Laudemium)と事務的コスト
永代借地権が付随する物件を第三者に譲渡する際、土地所有者に対して支払う「承認料(Laudemium)」という独特の費用が発生します。これはマルタ民法上、原則として地代の1年分に相当する金額とされており、これを超えて請求することは禁止されています。
日本の不動産取引における名義書換料に近い性質のものですが、マルタでは法律によってその上限が厳格に定められている点が特徴です。また、譲渡から2ヶ月以内に譲渡証書の写しを土地所有者に通知する義務があり、これを怠ると1日あたり数ユーロの過料が課される条項が契約に含まれていることが多いため、事務的な手続きの遅延が金銭的な損失に直結する仕組みとなっています。
マルタの永大借地権における権利喪失(Forfeiture)のリスクと判例

永代借地権において最も留意すべきリスクは、契約上の義務違反による「権利の没収(Forfeiture / Reversion)」です。マルタ民法第1512条によれば、地代の支払いを2年分以上怠った場合、土地所有者は裁判を通じて永代借地権を解除し、物件を自身の所有に戻すことを請求できるとされています。
この「没収」の規定は非常に強力であり、たとえ占有者が高額で物件を購入していたとしても、地代の滞納を理由に無償で権利を失う可能性を孕んでいます。この点に関連し、不動産権の保護と公共の利益、あるいは当事者間の契約義務のバランスが争われた重要な判例として、欧州人権裁判所による「Bezzina Wettinger and Others v. Malta」判決(2008年4月8日)を挙げることができます。この事案では、土地の収用に伴う補償額の算定において、地代を支払う義務を負う永代借地権者の地位と権利の価値が議論されました。
この判決の詳細は、以下の欧州人権裁判所公式データベースで閲覧可能です。
このような判例や民法の規定から言えることは、マルタでの不動産保有においては、地代の支払いという一見すると些末な義務が、権利の存続そのものを左右する決定的な要因となるということです。地代の買い取りが済んでいない物件を取得する場合には、過去の滞納がないかを公証人を通じて厳格に調査することが不可欠です。
まとめ
マルタ共和国での不動産取引の際には、完全所有権(Freehold)と永代借地権(Emphyteusis)の関係を正しく理解する必要があります。マルタの所有権は日本のものと異なり、過去の永代借地権に由来する制約が「物的負担」として残存している可能性があるため、登記名義だけでなく過去50年以上の契約履歴を確認することが不可欠です。次に、恒久的な永代借地権については、民法第1501条に基づき地代の20倍を支払うことで所有権への転換が可能ですが、改定条項の有無によってその行使期間が制限される場合がある点に注意が必要です。そして、地代の未払いが2年以上に及ぶと、民法第1512条により物件そのものが没収されるという非常に強力な権利喪失リスクが存在します。
これらの複雑な法的構造は、島国マルタの歴史と伝統に深く根ざしたものであり、現地の専門知識なしに安全な取引を行うことは容易ではありません。モノリス法律事務所では、こうしたマルタ共和国特有の不動産権利関係の調査や、現地公証人との調整、さらには日本居住者や日本法人が直面する事務的な課題の解決に向けたサポートを行います。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































