弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

マルタ共和国における不動産購入時の実務的フローの解説

欧州連合(EU)の加盟国であり、地中海の要衝として知られるマルタ共和国は、その安定した法制度や税制上のメリットから、日本を含むアジア圏の投資家にとって極めて魅力的な投資先となっています。特に、外国人による不動産取得の制限が大幅に緩和される「特別指定区域(SDA)」制度は、個人の居住用のみならず、法人の欧州拠点構築の手段としても注目を集めています。しかし、マルタでの不動産取引は、日本の宅地建物取引の慣行とは大きく異なり、公証人(Notary)を中心とした厳格かつ儀式的な手続きを数ヶ月にわたって進める必要があります。

本記事では、マルタの法令に基づき、物件選定から最終契約に至るまでの実務的なフローを詳細に解説します。第一に、マルタの公証人は中立な公務員であり、買主の代理人ではないため、管理規約や権利関係の精査には独自の注意が必要であること、第二に、予約合意(Konvenju)の締結時に支払う手付金や印紙税の性質を正確に理解すべきであること、第三に、日本からの購入においてはアポスティーユ認証や資金源の証明(SoW/SoF)といった事務的ボトルネックが最大の障壁となります。これらのステップを適切に踏むことで、地中海の中心部における安全な資産形成が可能となるでしょう。

物件選定と多層的な管理規約(Condominium Rules)の精査

物件選定と多層的な管理規約(Condominium Rules)の精査

マルタでの不動産購入の第一歩は物件の選定ですが、特に大規模開発が行われる特別指定区域(SDA)物件の場合、日本のマンション管理規定よりもはるかに複雑な「管理規約(Condominium Rules)」の精査が不可欠です。マルタの分譲物件は、マルタ法第398章「コンドミニアム法(Condominium Act)」によって規律されています。この法律では、個別の専有部分と、土地や外壁、屋上、エレベーターなどの共有部分(Common Parts)が不可分であることを定めており、所有者は共有部分の維持管理義務を放棄することができません。 マルタ共和国コンドミニアム法(Chapter 398)の公式全文は以下の政府ウェブサイトで確認することができます。

参考:マルタ共和国公式法令集

実務上、SDA物件の管理規約は、建物個別の規定、駐車場エリアの規定、そして開発区域全体の広場やインフラを管理する規定といった三層構造になっていることが一般的です。これらの規約には、将来の増改築の制限や、管理費(Service Charges)の改定ルールが詳細に記されています。コンドミニアム法第6条により、共有部分の権利を専有部分と切り離して処分することは禁じられているため、購入前にこれらの管理コストが将来的にどの程度上昇する可能性があるかを予見しておく必要があります。過去には、共有部分である屋上の分割を巡って争われた William Gatt, Claire Gatt et al. vs George Mangion et al. 事件(マルタ控訴裁判所2025年1月21日判決)のように、共有部分の利用権が資産価値に直結するケースも見受けられます。

参考:マルタ共和国 eCorts

予約合意(Konvenju / Promise of Sale)の締結と法的拘束力

購入希望の物件が決まり、価格について合意に達すると、次に「Konvenju(コンヴェニュ)」と呼ばれる予約合意書(Promise of Sale Agreement)を公証人の立ち会いのもとで締結します。この書類は単なる仮契約ではなく、署名した時点で強力な法的拘束力が発生します。通常、予約合意の有効期間は3ヶ月から6ヶ月に設定され、この間に後述するデューデリジェンスや資金調達を進めることになります。

この段階で、買主は物件価格の10%相当の手付金(Deposit)を公証人のエスクロー口座に預託し、さらに印紙税総額(原則5%)のうち1%分を暫定印紙税(Provisional Stamp Duty)として税務当局に預託します。マルタ法第364章「文書および移転に関する義務法(Duty on Documents and Transfers Act)」に基づき、公証人は署名から21日以内にこの合意を税務当局へ登録する義務があります。この予約合意において、「銀行融資が承認されること」や「物件の権利に瑕疵がないこと」を停止条件(Subject to conditions)として明記しておくことは、買主のリスクを回避する上で極めて重要です。正当な法的理由なく最終契約を拒否した場合、預託した手付金は売主に没収されることになるため、契約条項の文言には細心の注意を払う必要があるでしょう。

中間デューデリジェンス期と日本固有の事務的ボトルネック

予約合意から最終契約までの数ヶ月間は、公証人による詳細な権原調査(Due Diligence)が行われます。マルタの商慣習では、公証人が公設登記所(Public Registry)において過去50年以上の権利移転履歴を遡り、物件に抵当権や不適切な永代借地権(Emphyteusis)が設定されていないかを確認します。日本人が購入者となる場合、この期間に日本側で進めるべき事務手続きが最大の難所となります。

まず、日本で発行された登記簿謄本や住民票などの公文書をマルタで使用するためには、外務省による「アポスティーユ(Apostille)」認証が必要です。日本とマルタはともにハーグ条約(外国公文書の認証を不要とする条約)の締結国であるため、外務省の認証があれば大使館での領事認証は不要となりますが、書類の有効期限が「発行から3ヶ月以内」と厳格に定められている点に注意が必要です。

また、マルタの銀行や公証人は、マネーロンダリング対策(AML)の観点から、資金の源泉(Source of Funds)や富の構築経緯(Source of Wealth)に関する膨大な証明書類を要求します。日本の銀行は海外送金に対して保守的な姿勢をとることが多いため、予約合意の写しを事前に送金元銀行へ提示し、海外送金の目的について内諾(プレ・クリアランス)を得ておくことが、実務上の滞りを防ぐ鍵となります。

最終契約(Final Deed of Sale)による所有権の移転

最終契約(Final Deed of Sale)による所有権の移転

すべての条件が満たされ、デューデリジェンスが完了すると、いよいよ最終契約(Final Deed)の署名に臨みます。この際、買主は物件価格の残額(90%)を支払い、残りの印紙税(4%)および公証人手数料(通常1%〜2.5%)を決済します。公証人が契約書を読み上げ、当事者が署名した瞬間に占有権が移転し、物件の鍵を受け取ることになります。

契約完了後、公証人は15日以内に契約内容を登記所に登録し、これにより第三者に対する対抗力が生じます。SDA物件の場合、第246章「非居住者不動産取得法(Acquisition of Immovable Property Act)」に基づく個別の取得許可(AIP許可)が不要であるため、この最終ステップまでをスムーズに進めることが可能です。ただし、契約書に記載される「Tale Quale(現状有姿)」という文言には注意が必要であり、引き渡し後の不具合に対する売主の免責を意味する場合があるため、署名の直前には建築士(Perit)を同行させて物件の状態を最終確認することが推奨されます。

まとめ

マルタ共和国における不動産取得の実務的フローを理解する上での要点は以下の通りです。まず、物件選定の段階では、コンドミニアム法に基づく多層的な管理規約を精査し、将来的な維持管理コストを正確に把握しなければなりません。次に、予約合意(Konvenju)は極めて強い法的拘束力を持つため、適切な停止条件を盛り込むことが不可欠です。そして、中間期間における日本でのアポスティーユ取得や厳格な資金源証明、さらには日本の銀行との事前調整が、取引を円滑に完了させるための決定的な要因となります。

マルタの不動産制度は、英国法の概念と大陸法の体系が融合した独自の進化を遂げており、日本国内の取引とは異なる法理が働いています。モノリス法律事務所では、こうしたマルタ共和国における不動産権利関係の調査や、現地公証人とのコミュニケーション、さらには日本居住者や日本法人が直面する複雑な書類認証手続きなど、海外不動産取得に伴う諸課題について皆さまをサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る