AI利用契約のガイドラインとは?トラブルを未然に防ぐ条項を個別に解説
急速な技術革新が目覚ましいAI領域では、法律の整備が追いついていないのが現状です。今後、AIビジネスの急拡大が予想されるにも関わらず、法整備が行き届いていないことにより、トラブルが起きる可能性もあります。こうした背景を受けて、経済産業省よりAIビジネスに携わる当事者の契約の指針となる「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」が提示されました。
この記事では、AIビジネスの契約当事者として知っておきたいガイドラインの概要と、AI開発の最終段階で締結する利用契約書のポイントについて解説します。
この記事の目次
「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の概要
「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」とは、経済産業省が、国内のAIビジネスや研究実務における契約作成の手引きとして公表した指針です。また、このガイドラインを元に、経済産業省と特許庁が共同で、AI開発の各段階に合わせたモデル契約書を公表しています。
ガイドライン作成の背景
AIシステムの急速な技術革新により、実務レベルの早急な法整備が必要となりました。ですが、AIを開発・利用する契約書作成は、以下のような課題を抱えています。
- AI技術者とサービス利用者間の認識や理解度にギャップがあること
- 契約実務の蓄積が少ないこと
そこで経済産業省は、2018年6月に「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を策定し、AI開発契約の指針を示しました。その後も検討会を設置するなどして、2018年12月には「AI・データの利用に関する契約ガイドライン1.1版」を、アップデートバージョンとして公表しています。このガイドラインにより、AIを利用したビジネスにおける契約書作成やリーガルチェックの方向性が示されました。
AI技術開発の特徴
AIシステムの開発には、従来のソフトウェア開発と違い、以下のような特徴があります。
- 学習済みモデルの内容・性能等が契約時に不明瞭
- 学習済みモデルの内容・性能等が学習用データセットの質に左右される
- ノウハウの重要性が高い
- 生成物の再利用の需要がある
AIに学習させた結果、どんなシステムができるかはベンダー側でさえわからず、事前に性能を保証することはできません。AIの学習精度はユーザー(事業会社)からのデータの質に左右されます。
また、出来上がったシステムを提供して終わりではなく、追加学習によってより高度なAIシステムを開発する必要があるという特徴もあります。経済産業省のガイドライン中でも、従来のウォーターフォール型のように、要件定義を決めたうえで取り交わしていく契約書は、AI開発には当てはまらないことが指摘されています。
そのため、AIソフトウェア開発は、以下のように開発段階で分ける「探索的段階型開発」が適しているとされ、契約も段階的にしていくことが推奨されています。
- アセスメント段階→秘密保持契約(NDA)
- PoC段階→導入検証契約書
- 開発段階→ソフトウエア開発契約書
- 追加学習段階→利用契約書
AIソフトウェア開発契約については、以下の記事にてポイントを解説しています。
関連記事:AIのソフトウェア開発契約は請負か委任か?契約の要注意ポイントを解説
AI利用契約書作成上の注意点
AI開発の最終段階に締結すべき「利用契約書」では、AIシステムの特徴を踏まえ、ユーザーとベンダーが相互利益を最大化できるよう交渉し、条項を作成しなければなりません。
そのためには、以下の点に注意して交渉を進めましょう。
事業会社から提供されたデータの利用範囲
AI開発のビジネス上では、ユーザー(事業会社)側とベンダー(スタートアップ)側で、学習用データセットや学習済みモデルの利用範囲に対する意見が対立する場合があります。
ユーザー側が、自らが提供したデータやその成果物の独占利用を希望する一方、ベンダー側はそれらを利用し、AIシステムを向上させたいと望むからです。データの利用範囲や取り扱い方法は、お互いの利益の最大化を図りつつユーザー側の貢献度も考慮した、柔軟な内容にしておく必要があります。
サービスの出力精度保証
AIシステム開発の特徴としては、前項で述べたように学習による出力精度の保証が難しいという点が挙げられます。つまり、実際にやってみなければどんなものができるかわからず、ベンダー側が事前に望みどおりのサービス提供を保証するのが難しいのです。
契約当事者双方がコミュニケーションを通じてAIシステム開発の特徴をよく理解したうえで、契約を締結すべきでしょう。
また、AIサービスを利用したことにより第三者に権利侵害が発生した場合の責任範囲などを決めておく必要もあります。
両者win-winとなるサービスの規定
AIシステムの利用条件を決める際には、当事者がお互いのビジネスモデルを十分に理解したうえでその内容を検討すべきです。
ユーザー側はAIサービスの利用により業務の効率化や利益の最大化を図ることができます。対してベンダー側は、ユーザーからのデータ提供によってAIシステムの精度をより高めることができるでしょう。
AIシステムの精度を上げるためには、データや学習済みモデルの非独占的な提供を受けることが望ましく、またそのためにはユーザー側にメリットとなるような条項を契約に盛り込むことも必要です。サービス利用料に最恵待遇条項を適用するのも一つの案でしょう。AIシステム利用の契約書は、お互いにwin-winとなるよう条項を作成する必要があります。
AI利用契約書作成上のポイント
経済産業省は、ガイドラインに示した方針を元に、特許庁と共同して2021年「モデル契約書ver.1.0」を取りまとめ、2年後の2022年3月にバージョンアップした「モデル契約書ver.2.0」を公表しました。
以下では、2022年3月に公表された「利用契約書(AI編)」を元に、当事者同士で問題になりやすい点について解説します。
サービス提供の非独占(第3条)
ユーザーである事業会社がベンダー側に提供する入力データには、営業秘密やノウハウが含まれる場合があります。ユーザーとしては、そのデータの結果である学習済みモデルを独占使用したいという希望をもつでしょう。
対してベンダー側には、得られた学習済みモデルを利用して追加学習をさせることで、より高度な学習済みモデルを開発できる可能性があります。学習済みモデルはユーザー側が提供したデータによってできているため、その寄与度は高いといえます。ユーザー側が独占を望むことにも、合理的な理由があるといえるでしょう。
しかし、より高性能な学習済みモデルができれば、ユーザー側にも事業拡大の可能性が高まるというメリットもあります。
そこで特許庁のモデル契約書では、学習済みモデルの非独占的な提供をベースに、ユーザーの寄与度に合わせて優遇措置や条件付けをおこなうことが合理的であるとしています。
第3条(非独占)
甲は、乙以外の第三者に対して、本学習済みモデルおよび追加学習済みモデルを用いたサービス(本学習済みモデルおよび追加学習済みモデルの複製物を当該第三者に提供するか否かを問わない)を提供することができる。
2 乙は自らおよび第三者のために本契約に定める条件の下でデータ解析サービスを利用することができる。
引用:特許庁2021年利用契約書ver2.0(AI編)
追加学習サービスの内容(第4条)
データや学習済みモデルの非独占利用と合わせて、追加学習の内容も話し合う必要があるでしょう。利用契約書作成時には、以下の項目を決めておきましょう。
- 追加学習に利用するデータの範囲
- 追加学習のために提供されるデータセットの取り扱い
- 追加学習によって発生した学習済みモデルの権利帰属や利用条件
AIシステム開発ビジネスは、ただ学習済みモデルを納品すれば終わりではなく、追加学習を継続してシステムの精度をブラッシュアップさせていくという目的があります。
ユーザーのデータによって生み出された学習済みモデルに追加学習をおこなうことは、AIシステムの出力精度を上げることになり、契約当事者双方の利益にも繋がるのです。
第4条(追加学習サービスの内容)
甲は乙に対して以下の内容の追加学習サービスを提供する。
記
1 追加学習の対象となる学習済みモデル
本学習済みモデルおよび追加学習済みモデル
2 追加学習に利用するデータ
対象データおよび乙以外の第三者が甲に提供したデータ
3 サービス利用期間
本契約の有効期間と同一とする。
中略
7 追加学習モデル等の著作権の帰属
8 追加学習モデル等の特許権等の帰属
9 追加学習済みモデルの利用条件
追加学習済みモデルの利用条件は、本契約に定める本学習済みモデルの利用条件と同等とする。
以下略
特許庁2021年利用契約書ver2.0(AI編)より抜粋
サービス利用料(第8条)
ユーザーの提供するデータや学習済みモデルを、ベンダーがAI開発のために利用するのであれば、ユーザー側の貢献面を、何らかのかたちで契約書内に反映させる必要があります。最も有益な方法は、データを提供したユーザーに一定期間サービス利用料の割引をするなどの最恵待遇条項を設けることです。
ただし、変化の激しいAI業界の特徴から、初期ユーザーの提供データが、カスタマイズモデルの精度向上に寄与する度合いは、徐々に減少していくと考えられます。ディスカウント率もそれに従って下げていく必要があるでしょう。
第8条(サービス利用料)
乙は、甲に対し、本契約に定めるサービスの対価として下記計算式により計算した金額を支払う。
記
【計算式】
本連携システムを通じたAPIリクエスト回数1回あたりの単価●円(外税、以下「API単価」という。)×利用回数
中略
5 本条で定める各対価についての消費税は外税とする。
6 本条の各対価の遅延損害金は年14.6%とする。
特許庁2021年利用契約書ver2.0(AI編)より抜粋
非保証および損害賠償に関する定め(第12条、17条)
学習済みモデルを利用したサービスには、学習によって出力されるサービスの精度を、ベンダー側があらかじめ保証することが難しい、という特徴があります。
契約当事者はこれを念頭に入れ、学習済みモデルによって提供されるサービスが、ユーザーの目的に適合するか、安全に利用できるかなどについて、ベンダー側が何ら保証するものではないことを合意する必要があります。
また、AIが提供したサービスによって利用者や第三者が何らかの被害を被った場合にも、ベンダー側の賠償責任を限定する、または損害賠償額に上限を設けることなどに合意しておきましょう。
第12条(非保証および免責)
甲は、乙に対し、本サービスの特定の目的への適合性、可用性、完全性、安全性および法令適合性を保証しない。
2 甲は、乙に対し、本サービスの利用が第三者の特許権、実用新案権、意匠権、著作権等の知的財産権を侵害しないことを保証しない。
第17条(損害賠償)
乙は、本サービスの利用に際し、甲の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、甲に対して損害賠償を請求することができる。ただし、甲が乙に対して本契約に関して負担する損害賠償責任の範囲は債務不履行責任、知的財産権の侵害、不当利得、不法行為責任、その他法律上の請求原因の如何を問わず、乙に現実に発生した直接かつ通常の損害に限られ、逸失利益を含む特別損害は、甲の予見または予見可能性の如何を問わず甲は責任を負わない。
特許庁2021年利用契約書ver2.0(AI編)より
まとめ:AI利用契約書作成には高度な専門知識が必要
AIシステム開発は、事前の精度保証が難しく、また出来上がった学習済みモデルを再利用する需要があることなどから、開発段階に応じて契約書を作成する必要があります。経済産業省は「AIデータの利用に関する契約ガイドライン」を作成し、特許庁と合同して開発段階ごとのモデル契約書を公表しました。
開発の最終段階で締結する利用契約書では、以下の項目について話し合いを重ね、お互いにwin-winとなるよう条項を整備する必要があります。
- 学習済みモデルの利用を非独占とすること
- 追加学習を範囲を限定しないこと
- ベンダー側は出力精度を保証しないこと
- 上記を加味し、ユーザー側の便宜も図ること
このように、AIシステム開発の契約は、通常のシステム契約とは異なる点が多くあります。契約書作成の際には、法律知識だけでなくAI技術にも高度な専門知識をもつ弁護士に相談することをおすすめします。
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