コロナ禍の業績不振・事業縮小で内定取消しは可能か
厚生労働省の集計によると、2020年5月以降の労働者の解雇・雇い止め等の見込み数は2021年10月1日時点で117,899人にまで増加しています。
コロナ禍によって業績が悪化し事業縮小を余儀なくされ、当初予定していた人員を雇用できなくなった場合、社員の解雇・雇い止めや新卒者などの内定取消しという選択をする企業も少なくありません。
「内定者」は入社前であるから内定取消しは自由に行えると考える採用担当者がいるかもしれませんが、労働契約が成立した後では解雇権の濫用と判断される場合がありますので慎重にしなければなりません。
そこで、今回はコロナ禍で業績不振・事業縮小となった企業の内定取消しに関する注意ポイントについて分かりやすく解説します。
この記事の目次
採用内定と労働契約の成立
「採用内定」という言葉は法律用語ではなく、一般的には企業から応募した学生や中途採用者に対し入社予定日や内定の取消し事由などを記載した「採用通知」を発送し、学生が「誓約書」や「入社承諾書」などを企業に提出することで労働契約が成立した状態を指します。
正式には、出社日(就業開始日)及び解約権が付いている「始期付解約権留保付労働契約」と言い、解約(内定取消し)については一定の要件を満たさなければ無効となります。
また、「内定」の前に「内々定」を出すケースがありますが、これは正式な書面ではなく口頭やメールなどで企業が学生に内定の意向を伝えるもので、「内定」のように労働契約は成立していないため基本的に取消しは自由です。
内定取消しの2つの類型と違法性判断
労働契約が成立した後の「内定取消し」には、内定者に生じた取消し事由による「解約」の他に、本記事のメインテーマである業績不振などの企業側の都合による「解雇」の2つの類型があります。
類型1.「始期付解約権留保付労働契約」における解約権の行使
「始期付解約権留保付労働契約」が成立した後の採用内定期間における解約権の行使は、正社員を本採用するまでの「試用期間中の留保解約権」と同様と解釈されます。
そのため内定を取消すには、社員としての適格性欠如の具体的根拠を示さなければなりません。
一般に、内定を得た学生は、その会社への就職を期待し他社への就職機会と可能性を放棄するから、内定を得ている学生の地位は、就労の有無という違いはあるが、試用期間中の労働者と基本的に異なるものではない。それゆえ、採用内定期間の解約権行使には、試用中の留保解約権の行使の適否と同様に解するのが相当である。つまり、内定取消事由は、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」
独立行政法人労働政策研究・研修機構「モデル裁判例 大日本印刷事件 (2)判決の内容」
裁判になった場合、内定取消しの妥当性が客観的に判定されることになりますが、試用期間中の解雇は、通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められるとされており、次のようなケースは内定取消しを認められる可能性が高いと考えられます。
- 提出書類に虚偽の記載があり、それにより社員としての適格性を欠くことが明らかな場合
- 内定者が学校を卒業できなかった場合 (※採用が卒業を前提としている場合)
- 内定者の健康上の理由で勤務できない状態になった場合
- 内定者が犯罪行為を行った場合
類型2. 企業側の都合による「解雇」
新型コロナウィルスの感染拡大による経営悪化で誓約書を提出した内定者の内定取消しを行うような場合は、労働契約成立後の企業側の都合による「解雇」にあたり、労働契約法第16条が適用されます。
第16条(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
「解雇」が、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であると認められるには、「整理解雇」と同等の要件を満たす必要があります。
「整理解雇」は労働者に何ら責任がなく企業側が責任を負うべき経営上の理由による解雇であり、企業が「解雇」を行う場合には解雇権の濫用に該当するかどうかを十分検討しなければなりません。
現在は、昭和50年代にほぼ確率した過去の判例によって、次の4つの基準を全て満たすかどうかで解雇権の濫用が判断されています。
人員削減を行う「経営上の必要性」
誰もが予見できなかった新型コロナウィルスの感染拡大によって、経営状況が悪化し事業縮小を余儀なくされ、あるいは倒産可能性が非常に高まった場合には、通常の経営難と比較しても「解雇」の必要性・合理性が認められる可能性が高いと言えます。
使用者による十分な「解雇回避努力義務」
人員削減は最後の手段であるべきという観点から、入社時期を遅らせる、あるいは役職員報酬や経費削減などによる経営改善により解雇を回避する努力を行なったかどうかが重要となります。
しかし、世界的な新型コロナウィルスの感染拡大は想像以上に早いスピードで進行し、緊急事態宣言の発出など初めて経験する事態の中で先が見通せず、内定が確定してから入社までの短期間に解雇回避努力義務を実行することは事実上困難であったことは考慮されるべき要素です。
被解雇者の「人選の合理性」
既存社員と内定者では、業務遂行能力の高さや再就職の可能性などの点で異なっており、企業が既存社員の雇用継続を優先し経験の少ない内定者の内定取消しを選択することには合理性があると考えられます。
また、内定者全員ではなく特定の内定者に対して内定取消しを行う場合には、上記と同様に特定の内定者を選んだ理由に対し客観的な合理性がなければなりません。
非解雇者との間の協議等手続きの妥当性の「説明・協議義務」
内定取消しを行う場合、企業が一方的に行うと解雇権の濫用になりますので、内定者への事前説明及び協議が必要となります。
いくら急な経営悪化であっても、内定者に対しては真摯に現在の経営状況や今後の見通しなどを説明し、希望退職者の募集や金銭的補償の申出を行うなど、内定者が不利益にならないように進めたかどうかが重要です。
整理解雇に関する裁判例
整理解雇に関し解雇が無効と判断された過去の判例をいくつか紹介します。
- 事業の縮小を理由とした解雇が、人員削減の必要性がなく無効とされた例:古沢学園事件(広島高判平14・4・24労判849号140頁)
- 園児の減少に伴い、保母を対象になされた解雇が、希望退職の募集などの手続を経ずに行われたとして無効とされた例:あさひ保育園事件(最一小判昭58・10・27労判427号63頁)
- 経営危機下の整理解雇が、整理基準の合理性がなく、労働組合との協議も尽くしたとは言い難いとして無効とされた例:高松重機事件(高松地判平10・6・2労判751号63頁)
- 赤字部門の廃止に伴う解雇について、当該赤字部門の廃止の必要性は認められたが、手続が適正さにかけるとして無効とされた例:国際信販事件(東京地判平14・7・9労判836号104頁)
まとめ
今回は「コロナ禍の業績不振・事業縮小で内定取消しは可能か否か」というテーマで、1採用内定と労働契約の成立、2内定取消しの2つの類型と違法性判断について説明してきました。
特に、労働契約の成立後の企業側の都合による「解雇」については、いくらコロナ禍の業績不振が理由であっても4つの要件を全て満たさなければ解雇権の濫用に該当する可能性があるので注意が必要です。
内定取消しを実施するには、労働契約法や労働基準法だけでなく過去の判例もチェックしなければならないので、独自に判断するのではなく専門的な知識や経験が豊富な弁護士に事前に相談することをおすすめします。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務