資産継承・事業継承のトラブル防止のために経営者が構築すべきファミリーガバナンスとは
企業において、資産継承・事業継承は避けては通れない課題です。後継者選び、財産分与、経営権の移譲など、複雑な問題が山積しており、家族間の対立や企業の混乱につながる可能性も否定できません。
本記事では、ファミリーガバナンスの導入によって、これらの問題を解決し、企業の永続的な成長を実現するためのヒントを紹介します。また、経営者が遺言書を作成する際に気を付けるべき点について詳しく解説します。
この記事の目次
経営者がファミリーガバナンスで資産・事業継承のルールを構築する意義
ファミリーガバナンスを構築するにあたって、経営者が資産継承や事業継承に備えて対策を考える意義や遺言書の重要性について解説します。
経営者における資産継承・事業継承の重要性
経営者が、自分に万一の事態が生じた場合でも事業会社が順調に運営されるようにしたいと考えるならば、あらかじめ資産継承や事業継承におけるトラブルへの対策をしておくことが欠かせません。
経営者の資産継承や事業承継では、次のような事態が起こりやすいです。
経営者に多い特徴 | 起こり得るトラブル |
経営に関わるステークホルダーが多い | ・利害関係者たちが揉めやすい ・資産を害されると債権者が困る |
資産の多くを自社株が占める | 事業が順調に運営されなければ資産が減る |
自身の資産が失われたりステークホルダーに混乱を招いたりする事態を避けるためには、会社運営を順調に引き継いで、安定して会社運営をし続けるための準備が必要です。
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遺言書作成の必要性
資産継承・事業継承の問題を解決するためには、遺言書の作成が欠かせません。遺言書がなければ、遺産は、原則法定相続人に法定相続分で相続されることになります。遺言書がない相続では遺産分割協議が必須であり、遺産分割協議は争いの種になりやすいのが実情です。
不動産や株式など、経営者はさまざまな資産を有しています。各資産の評価方法や分割方法に1人でも反対があれば、裁判による争いなどに発展することもあります。
紛争による対立が深まれば円滑な事業運営や資産保護に多大な悪影響を与えるため、遺言書であらかじめ相続内容を取り決めておくことは重要です。
遺言書作成にあたって必要な対策
上記のとおり遺言書の作成は経営者にとって必要不可欠です。しかし、遺言書を作成するだけで適切な遺産処理を期待できるわけではなく、遺言書に加えて別途の対策も求められます。
これは、遺言書の内容に反発して紛争が起こる可能性があるからです。
事業後継者への不満や派閥争いがある場合、遺留分侵害や遺言書の無効原因を利用して紛争化される事態になりかねません。このあと説明する、遺留分侵害額請求や遺言無効確認紛争を考慮した対策は不可欠です。
また、税務調査で税務面の取り決めを否定された場合、税務当局と戦わなければ、資産や事業の承継が思いどおりに実現しないかもしれません。
もし紛争化した場合に相続人が戦えるように知識を共有しておくことも重要です。
資産継承・事業継承における遺留分侵害と対策の重要性
自社株などが資産に含まれる経営者が遺言書を作成する場合、「遺留分侵害」が問題になりやすいです。ここでは、遺留分侵害の概要と、経営者が資産継承・事業継承する際に遺留分侵害の対策をする重要性について解説します。
遺留分侵害とは
遺留分とは、遺言者の財産の中で、法律上その承継が一定の相続人に留保される利益で、遺言者側が自由に処分できないものを指します。遺留分とは逆に、遺言者側が制限なく処分できるものは自由分といいます。
遺留分侵害とは、遺言者が自由分を超えて処分した結果、相続人が得た利益が遺留分に満たない状態のことです。
遺留分を侵害する内容の遺言は、無効になるわけではありません。しかし、遺留分を侵害された相続人は、被相続人(本記事の場合、経営者を指します)が一定の遺贈・贈与した相手に対して、侵害相当額を請求できます。これを、遺留分侵害額請求といいます。
経営者が遺留分侵害トラブルの対策をすべき理由
遺留分侵害額請求が起こると、想定していたスムーズな事業継承を妨げる事態になるため、対策の検討が求められます。
経営者の資産は自社株が多くを占める場合が多いですが、事業継承をスムーズに進めるために保有株を特定の後継者に集中管理させることがあります。これが後継者と他の相続人との間に不公平を生み、遺留分侵害額をめぐる紛争に発展しかねません。
また、遺留分侵害額請求された後継者が、遺留分相当額請求に対する金銭を支払うために、承継した株式を第三者に売却しなければならないというケースもあります。その場合、株式を取得した想定外の第三者が事業に参加する可能性が生まれ、設計したファミリーガバナンスの崩壊につながりかねません。
遺留分侵害に起因するトラブルを避けるためには、遺言を作成する前に遺留分侵害について見通しを立て、紛争回避について検討することが重要です。
対策を検討する際の注意点
遺留分侵害額請求の対策を検討する際は、遺留分制度の意義を踏まえた対策を意識しましょう。遺留分制度の意義とは、相続人の生活保障などにおいて、遺産に対する一定の期待を保護することです。相続人間の公平を保ち、万が一不当な遺言がなされた場合に法定相続人の権利を守る役割があります。
この前提を無視した対策は現行の法律にそぐわず意味をなしません。有効な対策を講じるためには、現行法上の遺留分制度の内容や意義を十分に尊重することが重要です。
遺留分侵害対策を検討する際に知っておくべきポイント
遺留分侵害の対策を検討する際は、承継計画が遺留分を侵害するおそれがあるのか、侵害をするならばどの程度であるのかを見通しておくことが重要です。
ここでは、遺留分侵害の対策を検討する際に知っておくべきポイントを解説します。
遺留分侵害額の計算方法
遺留分侵害額は次の算定式で計算します。
遺留分額(遺留分算定の基礎となる財産額×個別的遺留分率)
− 遺留分権利者が受けた遺贈・生計の資本贈与の価額
− 遺留分権利者が相続で取得した財産の価額
+ 遺留分権利者が承継する債務額
この算定過程の中で、「遺留分算定の基礎となる財産額」が特に争いに発展しやすい項目です。これは、遺言者が有する相続開始時の財産の価額と贈与した財産の価額の合計から、債務の全額を控除した額を指します。
「遺留分算定の基礎となる財産額」が争われやすいことについては、次のような理由があげられます。
- 財産の時価を正しく評価することが難しい
- 持戻しをする贈与の範囲や価額について解釈が分かれやすい
持戻しとは、相続開始時に近いタイミングで行われた生前贈与については、遺言者の相続財産に加算して考えるというルールです。
持戻しに関する争いについては、以下で詳しく解説します。
特別受益に該当するか否かの争い
相続人に対する贈与では、「特別受益」のみが遺留分算定の基礎となる財産額に算入されます。そのため、贈与の性質が特別受益に該当するかどうかの判断は非常に重要です。
特別受益財産となる贈与は、次のようなものです。
- 婚姻のための贈与
- 養子縁組のための贈与
- 生計の資本としてなされた贈与
生計の資本としてなされる贈与とは、独立資金や居宅のように広く生計の基礎として役立つ財産給付を指します。
ただし、具体的に何が特別受益として認められるかは、個別事情を考慮したうえで判断されることを理解しておきましょう。
期間内に行われた贈与か否かの争い
遺留分算定の基礎となる財産額に算入される対象は、贈与がいつ行われたかに左右されます。
これは、相続人以外の者への贈与は相続開始から1年以内、相続人に対する特別受益は相続開始前10年以内のもののみが持戻しの対象になるという民法の規定があるからです。
贈与の時点を判断する基準は、贈与契約の締結時期です。贈与が履行されたタイミングは関係ないため、注意しましょう。
また、例外として、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、期間の制限がなくなるというルールがあります。持戻しの対象を決定する際は、贈与が行われた時点と、遺留分侵害につながることを知っていたかどうかの判断が必要です。
贈与の価額評価についての争い
持戻しの対象になる贈与の価額は、相続開始時の評価額です。つまり、受贈者によって目的の財産が滅失したり価額が増滅したりしても、相続開始時においてなお原状のままであるものとみなして評価を定めることを意味します。
しかし、滅失した財産が非上場株式などの場合は相続時点の評価が困難であり、当事者双方での見解が衝突することが多いです。相続開始時の評価はその時点でしかわからないため、遺言書作成時点で細かい見通しを持つことも難しいことを理解しておきましょう。
遺留分侵害額請求への対処方法
遺留分侵害額請求には次のような流れで対処を検討します。
- 株式以外の財産の相続・贈与
- 遺留分放棄
- 経営承継円滑法の固定合意や除外合意の利用
また、他にも以下のような対処は有効な手段です。
- 生前贈与の検討
- 有償譲渡の検討
- 生命保険の活用
- 死亡退職金の活用
- 遺言書の付言の活用
それぞれ詳しく解説します。
株式以外の財産の相続・贈与
遺留分侵害額請求への抜本的な対処方法は、そもそも遺留分侵害が発生しないように遺言書を作成することです。
たとえば、他の遺留分権利者に株式以外の財産を相続・贈与するといった方法が考えられます。
ただし、相続財産の評価額が変動する可能性を考慮しなければなりません。遺言書作成後に株式の価値が上昇すれば、相続開始時に想定外の遺留分が生じる可能性があります。
遺留分侵害を発生させない遺言書を作成したいならば、将来の遺留分算定の基礎財産の評価を予測することが必要です。
遺留分放棄を交渉する
遺留分を侵害する形が避けられない場合、遺留分の放棄を交渉することも対処方法の一つです。ただし、遺留分放棄に向けた交渉は遺言者の死亡後に行われます。利益相反状況にある当事者同士で行うため、難航しやすいでしょう。
なお、遺留分の放棄は相続開始前にも行えます。事前放棄を家庭裁判所に許可してもらうためには次の要件が必要です。
- 遺留分権利者が自由な意思で放棄していること
- 相続法の理念に基づいた客観的な合理性があること
遺留分権利者にとっては何のメリットもないため、積極的な協力を得ることは難しいでしょう。しかし、事前放棄はファミリーガバナンスや会社経営の責任者が主導して行うため比較的利用しやすく、積極的に検討すべき手段です。
経営承継円滑法の「固定合意」と「除外合意」
遺留分放棄の同意に応じない場合は、経営承継円滑法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)の固定合意や除外合意の利用を検討しましょう。
除外合意をすると、合意した部分の株式が遺留分侵害額請求の対象ではなくなります。
また、固定合意をすると合意対象の株式の評価額が合意時に固定され、遺留分侵害額請求においてもその後の上昇分は考慮されなくなります。
相続開始時までに株式の価値が上昇しても、非後継者の遺留分の額が増大することはなくなるため、評価方法をめぐる争いもなくなる点がメリットです。
なお、除外合意と固定合意は併用することもできます。柔軟な対応ができますが、後継者と推定相続人全員の合意を得なければならないため、負担が大きい手段でもあります。
自社株の生前贈与
遺留分算定の基礎財産に含まれない範囲内で生前に贈与を行い、自社株を移転させておくことは、遺留分侵害の対処の一つです。
生前贈与を検討する際は、次のことを踏まえて計画的に実施しなければなりません。
- 遺留分侵害額請求の算定基礎財産の認定について持戻しの対象となる範囲
- 遺留分侵害額請求がされる贈与及び遺贈の順番
入念な準備が必要ですが、計画的に進められるため、想定どおりに資産継承を進めたい場合は有効な手段です。
有償譲渡の場合は対価に注意
将来値上がりが予想される相続財産を生前に有償譲渡することで、相続税対策を行うことがあります。この生前の有償譲渡は、遺留分対策としても有効な場合があります。
これは、遺留分侵害額の算定に含まれるのはあくまで無償で贈与した財産の価額であるため、有償で譲渡したものは遺留分侵害に関係しないからです。
ただし、譲渡時の対価が時価として相当でなければ持戻しの対象となる可能性があるため、対価の相当性を確認・整理する必要があります。
生命保険の活用は慎重に
遺留分侵害の対策にあたって、生命保険の活用も一つの手段です。生命保険金は遺留分の算定における特別受益に算入されません。また、遺留分侵害額請求額に応じられるだけの資金を用意することを目的として生命保険を活用することもあります。
しかし、生命保険金は事情によって例外的に遺留分の対象になることがあるため万全な対策ではありません。
そもそも生命保険金には家族の生活保障などの重要な役割があるため、遺留分対策として生命保険金を使うことは慎重に考えましょう。
死亡退職金の活用の可否
死亡退職金も遺留分対策として活用できます。死亡退職金が相続財産であれば、当然、遺留分算定基礎財産に含まれるため、死亡退職金が相続財産かどうかの判断が問題になります。
しかし、死亡退職金の扱いは個別事情によって変わるため、遺留分対策として万全といえるものではありません。また、生命保険金と同様に、死亡退職金も家族の生活保障として重要な役割があることを考慮して検討しましょう。
遺言書の付言で意思を伝える
遺言書の付言とは、遺言書の内容の背景やニュアンスを記載して、遺言者の意思を遺言の受け手に伝えるものです。遺留分権利者に遺言書の意図が伝わることで、理解や協力を得ることが期待できます。
法的拘束力はなく、事実上の効力を持つに過ぎません。しかし、ファミリーガバナンスが有効に機能していれば十分な効果を発揮する可能性があります。
生前贈与の内容や資産評価額を遺言者の立場から明確に整理して説明することで、紛争の深刻化を抑えられるかもしれません。
遺言無効確認紛争に関して遺言書作成でとるべき対処
経営者が遺言書を作成する際は、遺留分侵害額請求への対策と並んで、遺言無効確認紛争への対処を検討する必要があります。
遺言無効確認請求に対処する重要性
遺言無効確認請求とは、遺言の効力に争いがある場合に、遺言自体の無効を訴えることです。遺言が無効となる原因は数多くありますが、例として次のようなものがあげられます。
- 遺言能力がない
- 法定遺言事項ではない
- 錯誤・詐欺・公序良俗違反がある
- 遺言の撤回がある
- 遺言内容が確定できない
- 共同遺言の禁止に反する
遺言の無効が確定した場合、遺言が存在しないことを前提に遺産分割をすることになります。遺産分割はさらなる紛争を招く可能性があるため、遺言無効確認の紛争を未然に防ぐ対策は重要です。
遺言無効原因でも特に指摘されやすく、注意すべき代表的なものについて、以下で解説します。
遺言能力を欠くという無効原因と対策
遺言能力を欠く者の遺言には効力がありません。民法では満15歳以上に遺言能力が認められますが、認知症等で高齢者の遺言能力が争われることが少なくありません。
遺言能力の判定における明確な基準はなく、精神医学的視点、遺言内容、その他さまざまな事情から判断されます。確実に遺言能力を認めてもらうためには、遺言書を早い時期に作るべきです。
遺言書は何回でも書き直せるため、突然の病気や事故に備える意味でも、遺言書は早めに用意しましょう。もし、既に高齢であるならば、受診をして医療記録に記憶や判断力に問題がないことを証明し、遺言能力に関する疑いを払拭する必要があります。
自筆証書遺言の自署性を欠くという無効原因と対策
遺言書作成にあたって自筆証書遺言を使う場合、自署性が要求されます。これは、筆跡で本人が書いたものであると判定できれば、それ自体で遺言者の真意が出た遺言であると考えられるからです。
握力が弱く筆記具すら持てないような場合は、自署能力がないとされて遺言の有効性が認められません。遺言者としては、なるべく公正証書遺言を使うようにしましょう。
公正証書遺言における口授を欠くという無効原因と対策
公正証書遺言の作成では、口がきけない者や耳が聞こえない者を除き、遺言者自ら言語を発して公証人に対して直接口授をすることが必要です。
人によっては認知症を隠そうとしてわかったふりをしながら回答することがあるため、口授の認定は厳格に行われます。口授が有効に行われたと認められなければ、遺言書は無効となります。遺言者は、自らの言葉で事業や財産の承継を語れるうちに公正証書遺言を作成しましょう。
まとめ:経営者の資産継承・事業継承は弁護士に相談を
経営者が自身の死後も資産を守り、事業会社が順調に運営されることを望むならば、資産継承・事業継承のトラブルにあらかじめ対処しておくことは欠かせません。想定する適切な遺産処理がされるには、遺言書の作成だけでは十分ではなく、遺留分侵害や遺言無効確認に関する紛争を考慮した対策が必要です。
有効に機能する紛争対策を講じるためには、法律や過去の裁判例を踏まえながら、自身の資産やステークホルダーの状況を正確に理解・整理しなければなりません。そのため、遺言書を作成し、資産継承・事業継承の取り決めを作る際は、弁護士に専門的な助言を受けることをおすすめします。弁護士に依頼することで、相続制度を正しく理解し、自分たちに合った規律の構築をすることが可能です。
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