フィンランドの労働法を弁護士が解説

フィンランド共和国(以下、フィンランド)における労働法制は、伝統的に労働者の権利保護に極めて強い重点を置いており、労働組合と使用者団体の交渉によって形成される強力なシステムを基盤としています。日本企業がフィンランドでビジネスを展開し、現地で従業員を雇用するにあたっては、単に制定法としての労働法規を理解するだけでなく、特有の労使関係の力学を深く理解することが不可欠です。
フィンランドでは団体労働協約が法的な最低基準を実質的に上書きし、産業分野ごとに厳格な労働条件を規定している点において、就業規則を中心とする日本の労働法制とは根本的な構造の違いが存在します。具体的には、労働条件の決定メカニズムにおける団体労働協約の圧倒的な影響力、日本の労働基準法と比較して厳格な割増賃金や休息期間を定める労働時間法の構造、そして長年企業を悩ませてきた解雇規制の要件緩和などです。2026年の法改正により、解雇要件は従来の「正当かつ重大な理由」から「正当な理由」へとハードルが引き下げられました。
本記事では、フィンランドの労働法の核心となるテーマを網羅的に解説します。人員削減や組織再編の際に不可欠となる協働法に基づく労使協議の手続きや、2025年改正による適用対象企業の変更(従業員数50名以上への引き上げ)についても触れ、日本企業の経営戦略に直結する実務的な法務リスクとその対策を提示します。これらの多層的なルールを正確に読み解くことが、フィンランドにおける事業展開の成功の鍵となります。
この記事の目次
フィンランドにおける労働契約と労働条件の決定メカニズム
労働契約法の基本構造と日本の就業規則との違い
フィンランドにおける個別的労働関係の基礎をなすのは、労働契約法(Työsopimuslaki, 55/2001)です。同法は、労働契約の成立、試用期間、雇用主と従業員の双方の義務、そして契約の終了に関する基本的なルールを定めています。フィンランドでは原則として、労働契約は期間の定めのない無期雇用契約として締結されなければならず、正当な理由がない限り、有期雇用契約の締結や更新は厳しく制限されています。
日本企業が最も注意すべき点は、フィンランドの労働条件が制定法のみによって決定されるわけではないという事実です。日本の労働法制においては、労働基準法が絶対的な強行法規として機能し、その枠内で企業が独自に作成する「就業規則」が労働条件の画一的な決定において中心的な役割を果たします。日本の労働基準法第89条に基づく就業規則の作成・届出義務は、企業単位での労使関係の規律を主軸としています。これに対し、フィンランドでは後述する団体労働協約が事実上の就業規則としての役割を担い、産業横断的な基準を各企業に強制する仕組みとなっています。
団体労働協約の一般拘束力による強力な労働者保護
フィンランドの労働市場を特徴づける最大の要素は、労働組合の影響力の強さと、団体労働協約(Collective Bargaining Agreements, CBA)の広範な適用にあります。フィンランドには約160の「一般拘束力(yleissitovuus)」を持つ団体労働協約が存在しており、労働者の大部分をカバーしています。
労働契約法第2章第7条によれば、雇用主は、従業員が従事する業務に該当する産業分野において代表的とみなされる全国的な団体労働協約の規定を、最低基準として遵守しなければなりません。一般拘束力とは、雇用主がいずれの使用者団体(経営者団体)に加盟していない非組織企業であっても、その産業分野に属している限り、自動的に当該団体労働協約の規定に拘束されるという強力な法的効力を指します。団体労働協約に反し、労働者に不利な条件を定めた個別の労働契約の条項は無効となり、協約の規定が優先して適用されます。
この一般拘束力を持つ団体労働協約は、最低賃金、労働時間の算定期間、残業代の割増率、病気休暇中の給与、年次有給休暇中の特別手当(ホリデーボーナス)など、多岐にわたる労働条件を詳細に規定しています。日本の法務担当者が陥りやすい罠は、日本の就業規則をそのまま英語に翻訳し、現地の法令さえクリアしていれば問題ないと錯覚してしまうことです。フィンランドでは産業別労働組合と使用者団体が決定したルールが絶対的な基盤となるため、日本企業は進出計画の初期段階から自社に適用される団体労働協約を特定する必要があります。予期せぬ人件費の増加や、高度に硬直化された労働条件の適用を回避するためには、団体労働協約の調査を日本国内での労務対応以上に重視しなければなりません。
フィンランドにおける団体労働協約や法令の公式なデータベースは、フィンランド法務省が管轄するオンラインデータベースで確認することができます。
フィンランドの労働時間規制と時間外労働に対する割増賃金

労働時間法が定める原則と柔軟な働き方の導入
フィンランドの労働時間に関する法律関係は、労働時間法(Työaikalaki, 872/2019)によって規律されています。原則として、法定の通常労働時間は1日8時間、1週40時間を超えてはならないとされています。この点は日本の労働基準法第32条と同様ですが、フィンランドでは法定の上限に加えて、適用される団体労働協約によって1日7.5時間、1週37.5時間といったより短い労働時間が標準として設定されている産業が多く存在します。
労働時間法は2020年に大幅に改正され、現代の柔軟な働き方に対応するための新たな枠組みが導入されました。現行法では、専門職などを対象とした「独立労働(Independent Work)」という新たな概念が導入され、労働時間のうち少なくとも半分を従業員自身が自由に時間と場所を決定できる場合、より柔軟な労働時間管理が認められるようになりました。また、労働時間の貯蓄制度(Working Hours Bank)がすべての事業所で導入可能となり、従業員が時間外労働を金銭の代わりに最長180時間まで休暇として蓄積することが広く認められています。
日本の労働基準法を凌駕する時間外労働と休息期間の規制
日本法との最も顕著な違いが現れるのは、時間外労働(残業)に対する割増賃金の支払い基準と、休息期間の義務づけです。日本の労働基準法においては、時間外労働や休日労働を行わせるためには労使協定(いわゆる36協定)の締結が必要であり、時間外労働に対する割増率は原則として25%(月60時間を超える場合は50%)に設定されています。また、法定休日労働に対する割増率は35%です。
一方、フィンランドの労働時間法に基づく割増率は、企業にとって著しく高いコストをもたらす構造になっています。同法では、1日あたりの時間外労働と週あたりの時間外労働を明確に区別して割増率を規定しています。
| 労働の種類 | 割増率 | 条件および適用基準 |
| 日の時間外労働(最初の2時間) | +50% | 通常の1日の労働時間を超える最初の2時間の労働 |
| 日の時間外労働(2時間超過後) | +100% | 上記の最初の2時間を超えるそれ以降の労働時間 |
| 週の時間外労働 | +50% | 1週間の通常労働時間を超える部分(日の時間外労働に該当しない部分) |
| 日曜労働 | +100% | 日曜日または教会の祝日に業務を行う場合 |
上記の表の規定から、フィンランドで日曜日に行われる時間外労働については、日曜割増の100%に残業割増の50%または100%が加算され、基本給の最大300%(通常の3倍)の賃金が発生する可能性があるということが言えるでしょう。この厳格な割増率規定は法定の最低基準であり、団体労働協約によってさらに企業側に厳しい条件が課されることもあります。
さらに、従業員の健康を保護するため、厳格な休息期間が法律で絶対的な義務として定められています。労働時間法第25条などによれば、原則として各シフトの開始から24時間以内に少なくとも11時間の連続した休息期間を与えなければならず、また、週に1回、少なくとも35時間の連続した休息期間を与えなければなりません。日本の労働法では「勤務間インターバル制度」は現時点において努力義務に留まっていますが、フィンランドでは明確な法的要件であり、違反した場合には行政制裁や未払い賃金請求の対象となります。
フィンランドにおける解雇規制の実務と法改正による要件緩和
フィンランドにおける雇用契約の終了手続きや解雇規制は、日本の解雇権濫用法理に類似する概念を持ちつつも、実務上の運用や法改正の動向において特有の状況を呈しています。特に、労働組合の力が強く団体労働協約が広範に適用される同国においては、解雇のハードルは極めて高いものと認識されてきました。
正当な理由への緩和と日本の解雇権濫用法理との比較
フィンランドの政府は、雇用創出の阻害要因となっている労働市場の硬直性を打破するため、中小企業を中心とする使用者側の要望に応える形で労働法の歴史的な改正を行いました。その中核となるのが、個別的な理由(従業員の行為や能力に関する理由)に基づく解雇要件の緩和です。従来、労働契約法第7章第1条及び第2条に基づき、雇用主が無期雇用契約を解雇するためには「正当かつ重大な理由(asiallinen ja painava syy)」が必要とされていました。しかし、2026年1月1日に施行された改正法により「重大な(painava)」という要件が削除され、単に「正当な理由(asiallinen syy)」が存在すれば解雇が可能となりました。
この改正により、従業員が労働関係に影響を与える義務に違反またはこれを怠った場合(雇用主の指示違反、無断欠勤、不適切な行動など)、あるいは従業員の労働能力が著しく変化し、割り当てられた業務を遂行できなくなった場合において、正当な理由があると認められやすくなりました。さらに、解雇の前に雇用主が負っていた配置転換の義務も緩和され、従来は解雇を回避するために他部署への配置転換の可能性を広範に探る義務がありましたが、改正後は、病気や負傷などによって雇用期間中に労働能力が変化した場合にのみ代替業務を提示する義務を負うこととされました。
日本の労働契約法第16条に基づく解雇権濫用法理は、「客観的に合理的な理由」を欠き「社会通念上相当」であると認められない解雇を無効とします。この日本の枠組みは非常に厳格であり、企業が一方的に解雇を行うことは困難です。フィンランドにおける2026年の法改正は、文理上は日本の要件に近いレベルまで解雇のハードルを下げたように見えます。しかし、些細な理由や恣意的な理由、差別的な理由による解雇は依然として違法であり、原則として解雇前に改善の機会を与えるための警告を発することが引き続き義務付けられています。また、適用される団体労働協約の中に依然として「正当かつ重大な理由」という旧来の要件が記載されている場合、法律よりも労働者に有利な協約の規定が優先して適用される可能性が高いため、実務上の解雇が容易になるとは限りません。
フィンランド最高裁判所の判例から読み解く解雇の実務的ハードル
フィンランドにおける解雇や雇用契約の終了に関する実務上の厳格さは、最高裁判所(Korkein oikeus, KKO)の判例にも表れています。日本企業が現地で労務管理を行う上で留意すべき重要な判例を2つ挙げます。
第一の判例は、従業員の能力不足や外部要因による解雇と配置転換義務に関するものです(フィンランド最高裁判所 2017年5月19日判決 KKO 2017:27)。この事件では、輸出部門のマネージャーであった従業員に対し、多数の顧客が同従業員との取引継続を拒否する通告を行ったことを理由に、雇用主が解雇を行いました。最高裁判所は、顧客との関係悪化により当該従業員が現在の職務を遂行できない状態にあることは認めたものの、他の顧客との業務にも不適格であるとは証明されておらず、雇用主が解雇の代替手段として社内の他の職務に配置転換する可能性を十分に調査しなかったと指摘しました。結果として、最高裁は雇用主による解雇を不当と判断し、賠償の支払いを命じました。この判例の論理構造から、フィンランドの裁判所が雇用主に対して解雇を最終手段として位置づけ、解雇回避の努力を極めて厳しく要求する姿勢を持っているということが言えるでしょう。
第二の判例は、合意退職(退職勧奨)の際のプロセスに関するものです(フィンランド最高裁判所 2019年9月10日判決 KKO 2019:76)。この事件では、雇用主が従業員を会議に呼び出し、その場で雇用契約の終了に関する合意書を提示して署名させました。従業員は事前に退職に関する協議であることを知らされておらず、専門家の助言を得る時間や、合意内容を検討するための十分な時間を与えられていませんでした。さらに合意書の内容は、法定の予告期間に基づく給与額よりも従業員にとって不利な条件となっていました。最高裁判所は、従業員と雇用主との間の交渉力の格差を指摘し、従業員に十分な検討時間や法的助言を得る機会を与えずに署名させた状況は名誉および信義則に反するとして、当該退職合意書を無効と判断しました。雇用主は不当解雇に基づく損害賠償を命じられています。
日本においても退職勧奨の際の過度なプレッシャーは違法とされますが、このフィンランドの判例は、退職合意書を提示する際にはドラフトを渡して数日間自宅で検討させるなど、手続きの透明性と従業員の自発的な同意を担保するプロセスが極めて重要であることを示しています。
これらの判決に関する公式な要約は、フィンランド最高裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
フィンランドの企業組織再編と協働法に基づく労使協議の義務

協働法が定める変更交渉手続きの厳格さ
フィンランドで人員削減(整理解雇)や一時帰休(レイオフ)、あるいは労働条件の重大な一方的変更を行う場合、雇用主は労働契約法の要件を満たすだけでなく、協働法(Act on Co-operation within Undertakings, 1333/2021)に基づく厳格な協議手続きを遵守しなければなりません。この手続きは一般に「変更交渉(Change Negotiations)」と呼ばれます。
日本の労働法制においては、整理解雇の有効性を判断するために判例法理として確立された整理解雇の四要件(人員削減の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、手続きの妥当性)が用いられます。日本法では法律で具体的な協議期間や手続きが法定されているわけではありませんが、フィンランドの協働法は、この「手続きの妥当性」に関する部分を極めて厳密なタイムラインと要件として成文化している点に特徴があります。手続き上のミス(通知期限の違反や協議内容の不備)は、企業に対する最大35,000ユーロ(従業員1人あたり)の補償金支払い命令など、重大なペナルティを招くリスクを孕んでいます。
適用対象の引き上げと再雇用義務の制限
協働法に関しても、企業の行政負担を軽減するための重要な法改正が行われ、2025年7月1日に施行されました。主な改正のポイントは以下の通りです。
第一に、適用対象企業の引き上げです。従来、協働法に基づく正式な変更交渉の対象となるのは定期的に20名以上の従業員を雇用する企業でしたが、改正によりこの閾値が50名以上の従業員を雇用する企業に引き上げられました。ただし、従業員数が20名から49名の企業であっても、90日間で20名以上の人員削減を検討する場合などには依然として交渉義務が課されます。
第二に、交渉期間の短縮です。改正前は、対象となる措置の規模に応じて最低6週間または14日間の交渉期間が義務付けられていましたが、これが半減され、最低3週間または7日間に短縮されました。これにより、経営環境の変化に対する企業の機動的な対応が幾分か容易になりました。
また、これと連動して労働契約法第6章第6条に規定される「再雇用義務」についても2026年改正の対象となりました。以前は、経済的または生産的理由で解雇した従業員に対し、解雇後4か月から6ヶ月間に類似のポジションが空いた場合は優先的に再雇用する義務をすべての企業が負っていましたが、この義務の適用対象も50名以上の従業員を雇用する企業に限定されることとなりました。
このように、政府は中小企業の負担を軽減する方向に舵を切っていますが、法律の規定が緩和されても、適用される団体労働協約に従来通りの厳しい協議期間や手続きが規定されている場合、協約のルールが優先されるため、法改正の効果が相殺されるケースがあることには十分な注意が必要です。
まとめ
フィンランドの労働法制は、伝統的な労働者保護の理念と強力な労働組合の影響力を背景にしつつも、近年の政府主導の法改正により、解雇規制の緩和や小規模企業への手続き要件の引き上げなど、より柔軟な労働市場の構築に向けて変化を遂げている最中にあります。日本企業が現地でビジネスを展開する上では、日本の労働基準法や就業規則を中心とする労務管理の手法をそのまま持ち込むことは極めて危険です。
法律の条文だけでなく、産業分野ごとに異なる一般拘束力を持つ団体労働協約が実質的な最低基準として機能し、日本の水準をはるかに超える厳格な割増賃金や休息期間を要求してくる点を正しく認識する必要があります。また、個別の解雇や組織再編に伴う人員削減においては、緩和されたとはいえ依然として厳しい手続き要件が課されており、些細なプロセス上のミスが多額の損害賠償請求に直結するリスクを持っています。
モノリス法律事務所は、これらフィンランドにおける複雑な団体労働協約の適用関係の精査や、最新の法改正を踏まえた雇用契約の策定、解雇および組織再編時の適切なプロセス構築に関する法的支援を通じて、日本企業の皆様が現地でのビジネス展開において直面する労務リスクを最小限に抑え、円滑な事業運営を実現するためのサポートいたします。制定法と労働協約、そして判例という多層的なルールを正確に読み解くことが、フィンランドにおける安定した企業活動の基盤となります。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































