上場審査において裁判訴訟が与える影響とは
IT企業やベンチャー企業の中には、将来的に上場(新規株式公開、IPO)を考えている会社も多いのではないでしょうか。上場審査は証券取引所が定める上場基準に従って行われます。
ところが、公開されている上場審査基準は抽象的な表現で記載されているため、実際に何を審査されるのかがわかりにくいと思われます。
IPOを目指している企業としては、できるだけ審査で問題となることはしたくないものです。このため、取引先等に対して損害賠償請求等をすべき場面であるにもかかわらず、上場が認められるまでは裁判を起こすことを躊躇することがあります。
そこで、今回は上場準備中の会社に向けて、裁判を起こすことが上場審査にどのような影響を与える可能性があるのかを解説します。
この記事の目次
上場審査とは
上場審査は実際に経験したことのない企業が大半なので、手続のイメージがつきにくいと思われます。そこで、上場審査がどのような流れで行われるのかを概説します。
上場審査の流れ
上場審査とは、会社が自社の株式を公開の市場に上場させる際に行われる審査をいいます。上場審査には、次の2種類があります。
- 主幹事証券会社による「引受審査」
- 上場申請する証券取引所による「公開審査」
企業がIPOを行う場合、証券会社が上場申請のための業務を支援します。このような証券会社を「幹事証券会社」といいます。
上場申請においては複数の幹事証券会社がつくことが一般的です。複数の幹事証券会社のうち中心となって上場申請に関与する証券会社を「主幹事証券会社」といいます。
上場準備をする企業に対してはまず、主幹事証券会社が取引所の定める上場審査基準に適合しているかを審査します。
その後に、企業が上場申請を行い、証券取引所が改めて上場審査を行うという二段階の手続を踏むというわけです。
上場審査基準の内容
上場審査基準は、次のように形式的要件と実質的要件とに分けられます。その中でさらに細かく審査項目が設定されています。
- 「形式的要件」株主数、流通株式、事業継続年数、単元株数、株券の種類、株式の譲渡制限など
- 「実質的要件」企業内容・リスク情報等の開示の適切性、企業経営の健全性、企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性、事業計画の合理性など
なお、上場審査基準は、上場申請する証券取引所ごとに定められています。ITベンチャー企業が上場することの多いマザーズやジャスダック(JASDAQ)の上場審査基準は、東証プライムや東証二部よりもハードルが低く設定されています。
もっとも、実際に上場審査をクリアできるかは、上場申請をする時点での株式市場の動向などにも左右されることがあります。
なお、マザーズとジャスダックは現在、東京証券取引所によって運営されています。いずれもベンチャー企業など成長企業が中心となった市場であり、新興市場とも呼ばれます。
ジャスダックは、スタンダード市場とグロース市場の2部にわかれています。このうち、スタンダード市場はある程度の業績や実績が要求されるため、マザーズよりも上場審査は難しいといわれています。
これに対して、ジャスダックのグロース市場は革新性のある技術やビジネスモデルを有する成長企業が上場しやすくすることを目的とした市場です。
このため、ビジネスに特色があり将来性があれば、業績が赤字であっても上場を維持することが可能となっています。
上場審査における情報開示
前述のとおり、上場審査においては企業内容・リスク情報等の開示の適切性が審査されます。
実際に、上場申請の際には会社は有価証券届出書等の開示資料を作成して提出する必要があります。なお、有価証券届出書等を提出すると、不特定多数の人がインターネット上で閲覧できる状態となります。
上場申請をする企業が裁判をしている場合には、有価証券届出書にその内容を記載する必要があります。
裁判が上場審査に与える影響
裁判が上場審査にネガティブな影響を与えるかどうかは、裁判を起こすに至った事情によって異なります。
以下では、自社が取引先等に請求する側(原告側)である場合と、請求を受ける側(被告側)である場合にわけて説明します。
なお、類似した問題として、風評被害が上場審査に与える影響に関しては、以下の記事で詳細に解説しています。
自社が請求する側である場合
自社が原告側であり、何かを相手方に請求する分には問題ないことが多いでしょう。
例えば、自社の権利が侵害され、差し止め請求・損害賠償請求等を行った場合、期末監査等のタイミングで質問書を通じて監査法人から訴訟全般について確認を受けることがあります。
もっとも、監査法人が会社に確認をするのは「損害賠償請求等を受ける立場」となりうるような事案が隠れていないかという意図であることが通常です。
したがって、会社が訴訟等を提起する分には、基本的に上場審査へのネガティブな影響はありません。
ただし、会社が裁判を行っていること自体は情報開示の対象となります。したがって、会社は有価証券届出書に訴訟の内容等を記載して開示する必要があります。
また、上場審査においても会社は訴訟に関する説明を求められることになります。その際に、会社は弁護士からの意見書を作成して提出しなければならないことが一般的です。
このように、会社が第三者に対して自社が原告となる訴訟を抱えている場合には、上場審査の中で訴訟について説明をしたり意見書を用意したりしなければならないという手続き上の負担はあります。
とはいえ、会社が原告として請求する側の場合には、説明さえきちんとできれば裁判をしていること自体が上場審査にマイナスの影響を与えることはないでしょう。
自社が請求を受ける側である場合
これに対して、自社が被告側として請求を受ける立場である場合には、上場審査に影響が生じることがあります。
仮に訴訟に負けて会社が莫大な損害賠償を支払うことになれば、会社の財務状態は著しく悪化します。このため、裁判が会社の収益や事業の継続に大きな影響を与えると判断された場合には、上場審査自体にネガティブな影響を与えることがあります。
また、同種の裁判を複数抱えているようなケースでは、会社のリスク管理体制自体に疑義を示される可能性もあります。
上場準備で比較的よくあるのは、人事労務に関する問題、特に従業員からの未払い残業代請求です。例えば、IT企業においてはプログラマーなどに裁量労働制を適用していたが裁判では適用が認められず、多額の残業代を支払うこととなるケースがあります。
プログラマーへの裁量労働制の適用に関しては、以下の記事で詳細に解説しています。
残業代の未払いが長期間かつ複数の従業員に対して発生していると、会社が最終的に支払わなければならない金額は相当額にのぼります。このため、一時的に会社の収益にとって大きなマイナスの影響を与えることになります。
このため、会社が紛争を抱えている場合には早めに解決方法を検討しておいたほうがよいでしょう。
また、上場審査の段階で、訴訟が企業経営や事業活動に及ぼすリスク等について明確に説明できるように、準備をしておくことも重要です。
まとめ
上場準備の段階で裁判を起こさざるを得ないことになると不安に感じる企業がよくみられます。しかし、請求できる立場であるにも関わらず適切に請求権を行使しないことのほうが会社にとってマイナスです。
もっとも、上場審査の際に裁判の内容等について説明する必要はありますので、事前に社内で裁判の勝訴可能性や事業への影響などについてはよく検討しておくことをおすすめします。
IPOに関しては取り扱ったことのある弁護士はかなり限定されています。このため、将来IPOを検討している会社が訴訟を起こす場合には、IPOに詳しい弁護士に相談することがポイントです。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務