プライバシー侵害の慰謝料はいくら?実務上の相場を弁護士が解説

名誉毀損やプライバシーの侵害が認められれば慰謝料の請求が可能です。慰謝料とは、「物質的損害ではなく精神的損害に対する賠償」(最高裁判所 平成6年(1994年)2月22日判決)とされていますが、苦痛の程度を客観的・数量的に把握することは困難なので、様々な要素を考慮して算出されています。
では、慰謝料の一般的な相場はどれくらいなのでしょうか?
実務上では、プライバシーの侵害の慰謝料は低額な傾向がありますが、本記事では実際の事例を元にして慰謝料の相場を解説していきます。
この記事の目次
プライバシー侵害が成立する要件
プライバシーとは「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」を指し、個人の尊厳を守り人格を尊重するための重要な権利です。憲法第13条が根拠とされていますが、プライバシー権という文言そのものは法令にはなく、さまざまな権利を包括した概念として解釈されています。個人に関する情報をコントロールする権利、自分の意思に反して私生活上の事実を公開されない自由、公開された情報の訂正や削除を求める権利も含みます。
プライバシー侵害が認められるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
- 私事性
- 秘匿性
- 非公知性
私事性とは、個人の私生活に関する事実、またはそのように受け取られる可能性のある内容を指します。具体的には、住所や氏名、車のナンバーなどの個人を特定できる情報や、個人的な経験、記録などです。
秘匿性は、一般人の感覚を基準として判断されます。他人には知られたくない内容や、公開されることで心理的な負担や不安を覚える情報を指します。例えば、身体的特徴、前科・犯罪歴、病歴、離婚の経緯などです。
非公知性とは、一般の人々に広く知られていない事柄のことです。ただし、一度どこかで公開された情報であっても、読者層が異なる場合や公開範囲も限定的である場合には、なお保護される可能性があります。該当するのは私的なメッセージのやり取り(LINE、DM、手紙など)や、特定の集団内でのみ共有された情報などです。
これら3つの要件を満たす内容が公開され、その結果として不快・不安の念が生じた場合に、法的保護の対象となるプライバシー侵害が成立します。近年では特にSNSの普及により、個人情報の公開や拡散が容易になっているため、より一層の注意が必要です。
なお、プライバシー侵害が認められた場合、被害者は差止請求や損害賠償請求などの法的措置を取ることが可能です。
名誉毀損とプライバシー侵害の違い

名誉毀損とプライバシー侵害は、個人の権利を侵害する行為として似ているように見えますが、その性質と法的な扱いには重要な違いがあります。
名誉毀損は「他人の名誉を傷つける不法行為や犯罪行為」です。例えば、ある人について「不倫をしている」といった事実の有無にかかわらず、そのような発言によってその人の社会的地位や名誉の低下が明らかな場合、名誉毀損が成立します。名誉毀損は刑事罰の対象となり、有罪の場合は3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金が科されます。(刑法第230条)
一方、プライバシーの侵害は「未公開の私生活の情報を本人の意思に反して第三者に開示、公開されること」です。プライバシーの侵害には刑事罰の規定がなく、民事的な対応(損害賠償請求)のみが可能です。
その際、被害者が「立証責任」を負うことになります。プライバシー侵害の事実や、それによって被った精神的・経済的損害の存在を、被害者自身が証拠を示して証明しなければなりません。
実際の事案では、これら二つの権利侵害が同時に発生するケースも少なくありません。例えば、インターネット上で個人の住所や氏名を公開すると同時に、誹謗中傷を書き込むような場合は、プライバシー侵害と名誉毀損の両方が成立する可能性もあります。このような場合、被害者は民事上の損害賠償請求に加えて、名誉毀損についての刑事告訴も可能です。
プライバシーの侵害が認められた裁判例と慰謝料

乳がんの闘病記録の事例
病歴は、自身の健康状況や身体的な特徴などと密接に関わることがあり、誰しも不特定多数の人に知られたくないものです。本件で問題になったのは「若年性乳がん」の病歴です。
乳がんの闘病記録を記したブログを匿名で運営していた女性が、被告の投稿により氏名、年齢、勤務先等を特定され、若年性乳がんに罹患していた事実を一般の人に知られてしまい、プライバシーを侵害されたとして提訴した事例があります。
裁判所は、
「乳がんに罹患した事実や治療経過及び結果などは、私給与明細等を公開した事例生活上の事柄であり、また通常人の感受性を基準にしても公開されることを望まない事実であると解される」
東京地方裁判所 平成26年6月13日判決
とし、原告のプライバシー権の侵害を認定し、慰謝料120万円及び弁護士費用12万円、合計132万円の支払いを被告に命じました。
関連記事:病気情報をネットで公開されたらプライバシー侵害と言えるか
給与明細等を公開した事例

給与明細を公開されたとしてWebサイト運営会社に対し、損害賠償を求めたケースがあります。
被告会社が、大手出版社の報酬水準と下請けライターや異業種との賃金格差問題を論ずるとして、インターネット上で自ら主宰するWebサイトに掲載した記事が、プライバシーを侵害したとして、原告の女性社員が損害賠償を求めた事例があります。
被告会社Xの代表取締役である被告Yは、Xが主宰するサイトに「国民の働く意欲削ぐ○○社の異常賃金」と題する記事を掲載し、「右記は、○○社が発行する女性誌『△△誌』編集部の、28歳女性社員の給与明細だ」と出版社名と週刊誌名をあげて、この女性社員の「給与明細書」、「源泉徴収票」、「特別区民税・都民税/特別徴収税額の通知書」を収録し、この女性社員の給与が「76万円超」であると記載しました。
記事に掲載された給与明細等は、社員番号及び氏名は見えないように加工処理されていたのですが、所属部署が「△△誌」であることが読み取れました。「△△誌」編集部は20から25人で構成され、そのうち社員は約10人で、20代女性社員は原告だけでした。つまり、原告が所属している社内あるいは同業者等で原告を知る者の相当数は記事の人物が原告であると同定できたのです。
裁判所は、
「プライバシーの侵害は、必ずしもその態様が不特定多数の者への公表に限られるものではなく、特定集団あるいは特定人への開示もその侵害となり得るものである」
最高裁判所 平成15年3月14日判決
とし、また、
「一定範囲の他者には、当然開示すべき個人情報や特に秘匿されるべきものとはいえない情報であっても、自己が欲しない他者にはこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものである」
最高裁判所 平成15年9月12日判決
原告を知る者の中に、本件記事を読んで、初めて原告の平成17年6月分の給料額や平成16年分の年収額を知り、あるいは初めて原告の支給明細書や源泉徴収票の実物の画像を目にした者も存在することが合理的に推認される。そして、特定の時点における原告の具体的な給与額、年収額や、給与明細等の資料の実物が一般人の感受性を基準にして公表を欲しない事柄に属することは明らかである。
東京地方裁判所 平成22年10月1日判決
として、プライバシーの侵害を認め、慰謝料50万円と弁護士費用5万円、合計55万円の支払いを命じました。
職業、診療所の住所・電話番号を公開した事例
眼科医が、ニフティの掲示板で論争していた相手から、職業、診療所の住所・電話番号を掲示されたとして、損害賠償を求めて訴訟を提起しました。
診療所の住所や電話番号は、地域別の職業別電話帳に広告掲載されており、純粋な私生活上の事柄であるとはいい難い面があったのですが、
裁判所は、
「個人の情報を一定の目的のために公開した者において、それが右目的外に悪用されないために、右個人情報を右公開目的と関係のない範囲まで知られたくないと欲することは決して不合理なことではなく、それもやはり保一されるべき利益であるというべきである。そして、このように自己に関する情報をコントロールすることは、プライバシーの権利の基本的属性として、これに含まれるものと解される」
神戸地方裁判所 平成11年6月23日判決
とし、慰謝料20万円、不眠症等の治療費2380円、合計20万2380円の支払いを被告に命じました。
配偶者らの氏名・住所、親族の氏名、親族の経営する会社の名称を公開した事例
原告らが、「2ちゃんねる」に、原告配偶者らの氏名・住所、親族の氏名、親族の経営する会社の名称を記載され、第三者が閲覧可能な状況に置いたと主張して、被告に対し、損害賠償を求めた事例があります。
裁判所は、
「個人の氏名や住所、会社所在地の情報はプライバシーという他人に知られたくない事由の対象外である」
とする被告の主張を退け、
(ウ) 被告は、別紙二の書き込み1及び2のとおり、原告らの住所、原告らの親族の氏名、親族の経営する会社の名称・本支店の所在地・電話番号は、平成一七年にインターネット上で公開されており、広範囲に出回っていた情報であるから、本件書き込みによる原告らのプライバシー侵害はない旨主張する。
しかし、上記主張を認めるに足りる証拠はない。仮に、被告が主張するとおり、かかる情報がインターネット上で公開されていたとしても、被告自身、別紙二の書き込み1については、ウェブサイト自体が削除され、閲覧することができないことを自認しているのであるから、本件書き込みによって、新たに原告らのプライバシーを侵害するというべきである。
東京地方裁判所 平成21年1月21日判決
として、被告が新たに原告らのプライバシーを侵害したとして、被告に対し、原告とその妻にそれぞれ10万円と弁護士費用2万円、合計24万円の支払いを命じました。
原告を被疑者とする捜査情報がインターネットを通じて流出した事例
少年である原告を被疑者とする道路交通法違反事件について、捜査関係文書を作成した北海道警の巡査の私有パソコンから情報が流出した事例があります。
原告の住所、職業、氏名、生年月日といった個人識別情報とともに、事件の詳細な内容がインターネットを通じて外部に流出したとして、原告少年が北海道に対して損害賠償請求を求めました。
捜査を担当した巡査がパソコンを使用して捜査関係文書を作成した際に、通達に反して作成途中の文書をパソコンのハードディスクに保存し、通達に反して同パソコンを自宅に持ち帰りました。
しかし、同パソコンがウイルスに汚染されていることに気づかず、インターネットに接続したため発生しました。
裁判所は、
同事実は少年の非行事実として少年の健全育成のため秘匿されるべき情報であって、A巡査の上記原因行為により本件情報流出という本来あってはならない事故が発生し、その結果、原告の秘匿されるべき情報がウイニーを利用する不特定多数人の閲覧に供されたばかりか、その情報はダウンロードされ、プリントアウトされることによってインターネットを利用しない一般人にまで広く暴露され得る状況に至ったのであり、原告が本件情報流出により人格権に基づくプライバシー権を侵害されたことは明らかというべきである。
札幌地方裁判所 平成17年4月28日判決
として、非行事実であって比較的軽微な事犯に関するものであることを考慮しつつ、損害賠償金として40万円の支払いを被告に命じました。
写真をX(旧Twitter)に無断転載した事例

最後に、写真をX(旧Twitter)上に無断転載した事例を紹介します。共同著作者がX(旧Twitter)に投稿した写真を無断で転載したことに対し、著作権侵害、プライバシー侵害、肖像権侵害として、著作権者である緊縛写真のモデル女性が裁判を提起した事例があります。
関連記事:承諾なしでの写真等の公表と著作権の関係
裁判所は、著作権(複製権及び公衆送信権)侵害、肖像権侵害を認めた上で、
本件写真は、「その内容に照らし、一般人の感受性を基準にして公開を欲しないものといえるから、このような写真を本人の許諾なく公開することはプライバシー権を侵害し得るものである」
東京地方裁判所 平成30年9月27日判決
とし、
本件写真の被写体の女性が原告であることは未だ社会に知られていなかった事実といえるところ、本件被告行為によって初めて被写体の女性が原告であるとの同定が可能となり、同事実が公にされるに至ったものと認められる
東京地方裁判所 平成30年9月27日判決
としてプライバシーの侵害を認め、合計47万1500円の損害賠償(プライバシー権侵害に対する損害30万円を含む)の支払いを、被告に命じました。
プライバシー侵害に遭った場合の対応

プライバシー侵害に遭った場合、被害の拡大を防ぐためには迅速な対応が重要です。具体的には「削除依頼」と「損害賠償請求」の2つの対応が可能です。ここでは、それぞれの手続きの流れと注意点について解説します。
削除依頼をする
インターネット上でプライバシー侵害に遭った場合、最初に行うべきことは証拠の保全です。投稿内容のスクリーンショットやインターネットアーカイブ(魚拓サイト)などを利用して記録を残しておく必要があります。これは後の損害賠償請求においても重要な証拠になります。
削除依頼は、まず発信者本人に対して行います。「プライバシーが侵害されているので、削除してください」と具体的に依頼しなければなりません。しかし、匿名掲示板など発信者本人が特定できない場合や、削除依頼に応じない場合は、サイトの運営者に削除依頼する必要があります。
サイト運営者への削除依頼は、各サイトのお問い合わせフォームから行います。管理者は依頼された内容を確認した上で投稿者に削除を求めますが、投稿者が削除に応じない場合は、管理者の判断で書き込みが削除される場合もあります。
なお、プロバイダ責任制限法により、プライバシー侵害を受けた被害者には「送信防止措置請求権」が認められています。ただし、表現の自由などを理由に削除に応じてもらえない場合は、裁判所に削除の仮処分を申し立てるなどの法的手続きが必要です。法的手続きの詳細については弁護士にご相談ください。
損害賠償請求をする
削除依頼と並行して、または削除完了後に損害賠償請求を行うことができます。損害賠償請求を行うためには、まず投稿者の特定が必要です。そのために発信者情報開示請求や発信者情報開示命令申立てといった手続きを行います。
関連記事:令和4年10月1日開始の「発信者情報開示命令事件」を解説 投稿者特定が迅速化される
投稿者が特定できた場合、まずは話し合いによる解決を試みます。この際、再発防止のために誓約書を取り付け、違約金条項を設定するのも効果的です。話し合いによる解決が困難な場合は、訴訟による解決を図ることになります。
プライバシー侵害による慰謝料の相場は、一般的に10万円から50万円程度です。ただし、侵害の態様が特に悪質な場合には、100万円以上の慰謝料が認められる場合もあります。
これらの手続きは個人で行うことが難しく、特にサイト管理者とのやり取りや損害賠償請求は専門的な知識が必要です。また、個人からの申し入れは無視されても、弁護士からの連絡には迅速に対応するケースも多いため、経験豊富な弁護士に相談するのをおすすめします。
まとめ:プライバシー侵害への対応は迅速な削除と専門家への相談が重要
ネットプライバシー侵害事案では、被害の拡散を防ぐための迅速な対応が何より重要です。まず書き込みの証拠を保全した上で、発信者本人やサイト運営者への削除依頼を行い、プロバイダ責任制限法に基づく「送信防止措置請求権」を行使できます。
削除請求と並行して、または削除後に損害賠償請求を検討するのも可能です。プライバシー侵害による慰謝料は一般的に10万円から50万円程度で、悪質な場合は100万円以上になる場合もあります。実際の判例でも、病歴の公開で132万円、給与明細の公開で55万円など、事案の内容に応じて賠償額が認定されています。
ただし、これらの手続きには専門的な法的知識が必要です。個人での対応には限界があります。特に投稿者の特定や損害賠償請求は複雑な手続きを要するため、早期の段階で弁護士に相談すると、より確実な権利保護を図れます。
関連記事:名誉毀損の慰謝料請求の相場とは?
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