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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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日本企業や経営者によるマルタ共和国における会社設立の方法

マルタ共和国は、地中海の中心に位置する小さな国ですが、欧州連合(EU)加盟国かつ英語圏として、国際的なビジネス展開を目指す日本企業や個人にとって魅力的な選択肢となり得ます。EU単一市場へのシームレスなアクセス・ユーロ圏の安定した金融システムといったものが、そのキーワードであると言えるでしょう。

マルタ政府は、特に観光やオンラインゲーミングなどの分野でビジネスフレンドリーな環境を整備しています。また、マルタ独自の「全額帰属制度(Full Imputation System)」と「税還付メカニズム(Tax Refund Mechanisms)」により、特定の条件を満たせば実効税率をわずか5%まで引き下げることが可能であることも、マルタをビジネス拠点とすることの魅力の一つと言えるでしょう。

マルタにおける会社設立のプロセスと、法務、税務、規制等に関する概要を解説します。

マルタにおける会社形態の種類

マルタ会社法(Companies Act, 1995, Chapter 386 of the Laws of Malta)は、さまざまな事業ニーズに対応できるよう、多様な会社形態を規定しています。日本からの投資家にとって最も一般的な選択肢は有限責任会社ですが、その他にも特定の目的に合わせた会社の形態があります。

有限責任会社 (Limited Liability Company: LLC)

有限責任会社は、マルタで最も一般的な事業形態です。これは、私的有限責任会社(Private Limited Company, Ltd.)と公開有限責任会社(Public Limited Company, Plc.)の2種類に大別されます。

私的有限責任会社 (Private Limited Company)

私的有限責任会社は、通常、中小企業に最も適した形態とされています。その名称には「Limited」または「Ltd.」が付され、株式の譲渡が制限され、株主数は通常2名以上50名以下に限定されます(Companies Act, 1995, Article 67(1))。公衆からの株式や社債の募集は禁止されており(Companies Act, 1995, Article 67(1)) 、株主の責任は保有株式数に限定されます。最低資本金は€1,164.69で、その20%以上が払込済みである必要があります(Companies Act, 1995, Article 72(3))。

私的有限責任会社は、少なくとも1名の取締役と1名の会社秘書役の任命が義務付けられています(Companies Act, 1995, Article 137(2))。また、「単独株主会社(Single Member Company)」として、1名の株主で設立することも可能であり、この場合、唯一の取締役と会社秘書役は同一人物でも構いません。

公開有限責任会社 (Public Limited Company)

公開有限責任会社は、大規模な資金調達を目指す企業に適した形態です。その名称には「plc」が付され、株式や社債を公衆に提供し、資金を調達することができます。ただし、そのためには登録が必要であり、目論見書を作成する必要があります。最低資本金は€46,587.47で、その25%以上が払込済みである必要があります(Companies Act, 1995, Article 72(3))。また、少なくとも2名の取締役と1名の会社秘書役(自然人)の任命が義務付けられています。

有限責任会社の共通要件

私的有限責任会社も公開有限責任会社も、全てのマルタ会社は、マルタ国内に登記上の事務所(Registered Office Address)を持つ必要があります(Companies Act, 1995)。また、年次監査済み財務諸表を作成し、マルタ事業登録局(Malta Business Registry: MBR)に提出する義務があります(Companies Act, 1995)。さらに、2018年1月1日以降、全てのマルタ登録会社は受益者登録簿(Register of Beneficial Ownership)を維持する必要があります(Companies Act (Register of Beneficial Owners) Regulations, Subsidiary Legislation 386.19)

その他の事業形態

有限責任会社以外にも、マルタには以下のような事業形態が存在します。

  • パートナーシップ: 2名以上のメンバーが利益目的で事業を運営するために設立されます。一般パートナーシップでは全てのパートナーが無制限責任を負い、有限パートナーシップでは一般パートナーが無制限責任、有限パートナーは出資額に責任が限定されます。
  • 個人事業主 (Sole Proprietorship): マルタで最も簡単に設立できる事業形態で、自己雇用者が事業を運営します。事業の負債や責任は個人に帰属するため、無限責任となります。
  • 支店 (Branch Office): 外国企業の支店は、親会社の指示に従って日常業務を行います。マルタで設立された子会社とは異なり、独立した法人格を持たない点が特徴です。
  • 協同組合 (Co-operatives): 協同組合法(Co-operative Societies Act, 2001)により規定されます。
  • 欧州経済利益共同体 (European Economic Interest Grouping: EEIG): 中小企業が欧州単一市場へのアクセスを容易にするために、資源、知識、資本をプールできる形態です。

これらの会社形態の選択は、事業の規模や目的によって異なるものと言えるでしょう。

マルタでの会社設立手続と必要書類

マルタでの会社設立手続と必要書類

マルタでの会社設立手続は、非常に効率的かつ簡便です。通常、全ての書類が適切に提出されれば、2〜5営業日、または5〜10営業日で会社登録が完了します。そして、このプロセス全体をオンラインまたはリモートで実行できるため、現地への渡航は必ずしも必要ありません。どちらかというと、後述する銀行口座の開設の方が問題になるケースが多いと言えます。

ステップ1: 会社名の選定と予約

まず、会社名を選定し、マルタ事業登録局(Malta Business Registry: MBR)に提出して承認と予約を行います。選定された名称は、既存の組織と同一または類似してはならず、不快な表現を含んではなりません。また、銀行、保険、投資ファンドなどの名称を使用する場合は、特別な承認やライセンスが必要となることがあります。名称の利用可能性確認には最大1営業日かかります。

ステップ2: 定款(Memorandum and Articles of Association)の作成

定款は、会社の構造、目的、内部統治を詳述する基礎となる文書です。これには、会社名、登記上の事務所住所、事業目的、具体的な事業活動、株主・取締役・会社秘書役の詳細、資本金構造などの必須情報を含める必要があります(Companies Act, 1995, Article 73)。

ステップ3: 最低資本金の預託と銀行証明書の取得

マルタの銀行口座を開設し、必要な最低資本金を預託します。私的有限責任会社の場合、最低資本金は€1,164.69で、その20%が設立時に払込済みである必要があります(Companies Act, 1995, Article 72(3))。公開有限責任会社の場合は、最低資本金€46,587.47の25%が払込済みである必要があります(Companies Act, 1995, Article 72(3))。法人銀行口座は通常、会社登録手続き中に設立され、創設者は事業の資本金を預託する必要があります。

ステップ4: MBRへの設立書類提出と登録

作成した定款、会社名予約確認書、資本金預託の銀行領収書、株主・取締役・会社秘書役のパスポートコピーなど、必要書類をMBRに提出します(Companies Act, 1995, Article 76)。登録費用は、授権資本金に応じて€245から€2,250の範囲で変動し、最低費用は€245(授権資本金€1,500まで)です。MBRは会社登録のための「ワンストップショップサービス」を提供しています。

ステップ5: VAT番号および納税者識別番号(TIN)の取得

課税対象活動を行う場合、マルタVAT部門からVAT番号を取得する必要があります。また、マルタ居住の、またはマルタで活動を行う全ての事業は、歳入委員会(Commissioner for Revenue)に納税者識別番号(TIN)を登録する必要があります。

ステップ6: 必要な事業ライセンスや許認可の申請

事業活動に応じて、関連するマルタ当局から必要なライセンスや許認可を申請します。特定の産業分野(金融サービス、iGaming、ブロックチェーンなど)では、別途専門の規制当局からのライセンス取得が必須となります。

マルタでの法人銀行口座開設

マルタで商業活動を行う企業は、事業運営のために銀行口座を持つことが必須です。しかし、法人銀行口座の開設は、国際的な基準を満たし、金融犯罪と戦うための銀行による厳格なコンプライアンス措置により、複雑なプロセスとなっています。

法人銀行口座開設の重要性と課題

銀行は、口座開設の際には、事業の構造、受益者情報(UBO)、事業の性質に関する広範な文書を要求します。特にスタートアップ企業や国際企業は、非現地での事業や新しいビジネスモデルに関連するリスクを銀行が評価するため、追加の精査に直面することが多いです。

マルタでのビジネスにおける主要な課題の一つとして、銀行口座開設までに長い期間を要することが挙げられています。申請の審査には数週間から数ヶ月かかる場合があるとされています。そして、不明確なコンプライアンスガイドライン等のために、設立された企業でさえ遅延や拒否を経験することがあると報告されています。

この遅延の主な原因は、国際的なアンチマネーロンダリング(AML)および本人確認(KYC)規制の厳格化と、それに伴う銀行のデューデリジェンスの強化にあります。特に、マルタは過去に金融活動作業部会(FATF)の監視リストに一時的に加えられたことがあり(2021年6月)、このために銀行の警戒レベルが一層高まり、デューデリジェンスの厳格化が加速されたと言われています。この厳格化は、単に書類が増えるだけでなく、資金源の申告と証拠など、より深い個人・法人情報の開示を求めるに至っています。

資金源の申告と証拠

資金源の申告について、給与明細、不動産売買契約書、投資ポートフォリオなどを用いて、資金の出所を明確に説明し文書化する準備が必要となります。また、事業計画書は、事業の性質、ターゲット市場、予想される収入源と支払いフロー、マルタの銀行口座が必要な理由、主要関係者の簡単な経歴を明確に記述する必要があります。総じて、日本における個人・法人の銀行開設よりも手続が煩雑かつ不透明なケースが多いと言われています。

マルタの税務・会計・コンプライアンス

マルタの税務・会計・コンプライアンス

マルタは、独自の税制と厳格なコンプライアンス体制を有しています。ここでは、その概要を開設します。

法人税制度の概要

マルタの法人所得税は、所得税法(Income Tax Act)および所得税管理法(Income Tax Management Act)によって規定されています。マルタで設立された企業は、その全世界所得に対して標準税率35%で課税されます 。

しかし、マルタの税制の大きな特徴である「全額帰属制度」と「税還付メカニズム」により、実効税率は大幅に削減されます。最も一般的な税還付は、取引活動から得られた利益に対するマルタ税の6/7であり、これにより実効税率はわずか5%となります。

さらに、「参加免除制度」により、適格な参加持株から得られる配当やキャピタルゲインは完全に免除されるという、強力な優遇措置も用意されています。

アンチマネーロンダリング(AML)およびテロ資金供与対策(CFT)規制

マルタのアンチマネーロンダリング(AML)要件はEU指令に準拠しており、管轄区域内で事業を行う企業にとってコンプライアンスは最優先事項です。資金洗浄防止法(Prevention of Money Laundering Act: PMLA)は、疑わしい取引の調査と規制遵守を監督する金融情報分析局(Financial Intelligence Analysis Unit: FIAU)を設立しました。企業は詳細な取引記録を保持する義務があり、これらの記録は事業関係終了後少なくとも5年間保持する必要があります。

年次コンプライアンス要件と費用

マルタで会社を維持するためには、いくつかの年次コンプライアンス義務を果たす必要があります。これには、年次申告書(Annual Return)のMBRへの提出、財務諸表の監査義務、税務申告書(Annual Tax Return)の提出が含まれます(Companies Act, 1995)。

  • 年次申告書(Annual Return): 会社登録記念日から42日以内にMBRに提出する必要があります。
  • 財務諸表: 企業は、国際財務報告基準(IFRS)または中小企業向け一般会計原則(GAPSME)に従って財務諸表を作成する必要があります。私的会社は会計年度末から10ヶ月以内、公開会社は7ヶ月以内にMBRに提出する必要があります。
  • 年次税務申告書(Annual Tax Return): 会計年度末から9ヶ月以内、または翌暦年の3月31日のいずれか遅い方までに提出する必要があります。

これらの提出期限を遵守しない場合、遅延提出には罰金が科され、年次申告書の場合、最大€2,329.37に達する可能性があります。

MBRへの年次登録料は、会社の授権資本金によって異なり、最低資本金の場合は紙媒体の提出費用が€100、電子媒体での提出費用が€80となります。

特定産業分野の規制とライセンス

金融サービス

マルタ金融サービス庁(Malta Financial Services Authority: MFSA)は、マルタの金融サービスの単一規制機関であり(Malta Financial Services Authority Act, Chapter 330 of the Laws of Malta)、銀行、金融機関、決済機関、保険会社、投資会社、集団投資スキーム、証券市場、信託、企業サービスプロバイダー、年金制度など、広範な金融セクターを規制・監督しています。2018年以降、MFSAの管轄範囲は仮想金融資産(VFA)エージェント、VFAサービスプロバイダー、VFAの公募にも拡大されました。

オンラインゲーミング

マルタは2004年にEUで初めてオンラインゲーミングを規制した先駆的な国です。マルタゲーミング庁(Malta Gaming Authority: MGA)は、B2C(消費者向け)とB2B(企業向け)の2つの主要なライセンスカテゴリを発行しており、オンラインカジノ、固定オッズ賭博、P2Pゲーム、スキルゲームなど、4つのゲームタイプをカバーしています。MGAライセンスの申請プロセスには、「適合性および適切性チェック」、事業計画および技術能力の審査、システム審査、コンプライアンス監査が含まれます。

ブロックチェーン・DLT(分散型台帳技術)

マルタは、分散型台帳技術(DLT)、ブロックチェーン技術、AIに関する規制枠組みを確立し、「ブロックチェーン・アイランド」としての地位を確立した先駆的な管轄区域だと言われています。マルタ議会は、マルタデジタルイノベーション庁法(Malta Digital Innovation Authority Act: MDIA Act)、革新的技術アレンジメント・サービス法(Innovative Technology Arrangements and Services Act: ITAS Act)、仮想金融資産法(Virtual Financial Assets Act: VFAA)の3つの法案を承認しました。

海事産業

マルタは世界最大級の船舶登録数を誇る主要な海事管轄区域であり、「信頼の旗」として知られています。1973年の商船法(Merchant Shipping Act)は、船舶登録と関連サービスを規定する包括的な法的枠組みを提供しています。プレジャーヨットから石油掘削装置、建造中の船舶まで、あらゆる種類の船舶が登録可能です。

まとめ

マルタ共和国は、マルタ会社法(Companies Act, 1995)に基づく効率的な会社設立プロセスと、名目法人税率35%から実効税率5%を実現する税還付メカニズム、および適格な参加持株に対する完全免税制度により、日本人にとっても魅力的です。また、金融サービス、iGaming、ブロックチェーンといった成長産業におけるマルタの法制度は、法的確実性を担保するものだと言えるでしょう。

一方で、銀行口座開設の遅延といった課題も存在します。適切な準備と現地の専門家によるサポートを通じた、効果的な対処が必要であると言えます。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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