マルタの会社が守るべきコーポレートガバナンスとマルタ会社法の概要

マルタ共和国は、その地理的位置とEU加盟国としての地位により、日本人経営者にとっても魅力的な事業展開の地となっています。ただ、マルタは欧州連合(EU)の加盟国であり、その会社法はEU指令に準拠しているため、マルタの法的環境は日本とは異なります。マルタでの会社経営等のためには、マルタの法令に関する理解が必要です。
マルタでは、主要な会社法であるCompanies Act (Chapter 386 of the Laws of Malta) が、いわゆるコーポレートガバナンス、つまり、株主、取締役、その他のステークホルダー間の関係を規律する枠組に関する規律を定めています。
マルタ会社法に基づき、日本人経営者がマルタで会社を運営する際に特に問題となるコーポレートガバナンスについて、その主要な側面を掘り下げて解説します。
この記事の目次
マルタ会社法におけるコーポレートガバナンスの基礎
マルタの企業統治は、主にマルタ会社法(Companies Act) (Chapter 386 of the Laws of Malta) に基づいています。この法律は、英国の会社法を基盤としつつ、欧州連合(EU)指令の原則も取り入れています。マルタ会社法により、有限責任会社(Private Limited Liability CompanyおよびPublic Limited Liability Company)を含む様々な形態の規定、それらの形成、登録、統治、および解散に関する広範な規定が網羅され、取締役会と株主総会の権限の分割、株主の権利、透明性義務なども定められています。
特に、日本での会社経営や法務経験がある人にとって特徴的なのは、以下の各規律でしょう。
- 役員の個人的利益の禁止
- 情報・機会の濫用禁止
- 株主総会における特別決議の決議方法
- 「会社秘書役」の選任やその職務
これらを含むマルタのコーポレートガバナンスについて、解説します。
マルタにおける会社役員の法的責任等
役員の忠実義務(Fiduciary Duties)
Companies Act (Chapter 386 of the Laws of Malta) に基づき、取締役は、会社のために誠実かつ善意で行動し、会社の最善の利益を優先しなければなりません。これは、取締役が自身の個人的な利益よりも会社の利益を優先するという基本的な原則です。具体的には、取締役は、その地位から個人的な利益や利得を得てはならず、個人的な利益が会社の利益と衝突しないようにしなければなりません。さらに、会社の財産、情報、機会を自分自身または他者の利益のために濫用してはならないとされています。これらの義務は、Companies Act, Chapter 386, Article 136Aに規定されています。
役員の注意義務(Duty of Care)
取締役は、合理的に勤勉な者が行使する程度の注意、勤勉さ、技能を行使する義務があり、会社の一般的な統治、適切な管理運営、およびその業務の一般的な監督に責任を負います。この義務は、取締役が会社の事業運営において、適切な情報に基づき、慎重かつ専門的に意思決定を行うことを求めます。
日本の会社法との比較
これらの義務は、日本の会社法における取締役の忠実義務や善管注意義務と類似していますが、マルタ法ではその適用が厳格です。特に、「個人的利益の禁止」や「情報・機会の濫用禁止」は、広範な解釈が可能です。こうした規律は、不正行為や不適切な経営判断から会社と株主を保護するためのメカニズムではありますが、取締役を務める個人にとって、高いリスクを伴うものでもあります。特に、利益相反の可能性のある取引や、会社の情報・機会の利用については、厳格な内部ポリシーと承認プロセスを設けるべきです。
役員の選任、資格要件、および解任手続
Companies Act, Chapter 386, Article 139は、取締役の選任に関する具体的な要件を定めています。
初期の取締役を除き、会社の取締役は、定款に別段の定めがない限り、株主総会の普通決議によって選任され、株主総会において、出席し議決権を有する株式の過半数(50%超)の単純多数決によって解任されます。公開会社は最低2名の取締役を、非公開会社は最低1名の取締役を置く必要があります。
マルタにおける株主総会の運営と決議事項

株主総会の種類
マルタの株主総会は、年次総会(AGM)と臨時総会(EGM)の二種類が用意されており、基本的な規律は日本の会社法と同じです。
まず、すべての会社は、年に一度、年次総会(Annual General Meeting – AGM)を開催しなければなりません。最初のAGMは会社設立後18ヶ月以内、その後は前回のAGMから15ヶ月を超えない期間でなければなりません。AGMの主な目的は、監査済み会計報告書の承認、取締役および監査役の再任などです。取締役のみがAGMを招集する権限を持つとされていますが、株主は裁判所に開催を命じるよう申請することができます。
一方、AGM以外のすべての総会は臨時総会(Extraordinary General Meeting – EGM)とみなされます。EGMは、取締役が招集できるほか、株主からの請求、深刻な資本損失が発生した場合、または辞任する監査役からの要求によっても招集されます。
株主総会の招集手続と通知期間
招集手続に関する定めは、基本的には日本の会社法と大差ありません。
まず、株主総会は、取締役が招集することができます。法律または定款に別段の定めがない限り、最低14日前の書面による通知を登録書留郵便で送付する必要があります。会計報告書が提出されるAGMの場合、会議の14日前までに、すべての株主、社債権者、その他通知を受ける権利のある者に年次会計報告書のコピーを開示しなければなりません。通知には、会社名、会議の日時と場所、議題、議決権行使の前提条件、郵便投票に関する詳細、委任状の書式などを含める必要があります。
株主総会の決議方法
株主による決定は、普通決議または特別決議の形式で採択され、どちらの種類の決議が必要かは、決定の内容によって異なります。そして、特別決議の方法が、日本の株主総会と比較し、より複雑である事が特徴です。なお、議事録には会議の議長と後述する秘書役の署名が必要で、会社の議事録帳に保管されます。
まず、普通決議(Ordinary Resolution)は、その株主総会で議決権を有する全株式の額面総額の50%超で可決されます。決議事項には、取締役の解任、監査役の選任、監査役の報酬などが挙げられ、Companies Act, Chapter 386, Article 210に規定されています。
そして、特別決議(Extraordinary Resolution)は、定款の変更、自己株式の買い戻し、種類株式の権利変更など、特定の重要な決定に必要とされます。公開会社の場合、特別決議は、総会に出席し議決権を有する株式の額面総額の75%以上、かつ、その株主総会で議決権を有する全株式の額面総額の50%超によって可決される必要があります。いずれか一方の要件のみが満たされた場合、30日以内に再度会議を招集し、再投票を行う必要があります。その場合、出席し議決権を有する株式の額面総額の75%以上、または、全株式の額面総額の50%以上が出席している場合、出席した株式の額面総額の単純多数決で可決されます。これらの規律は、Companies Act, Chapter 386, Article 209に規定されています。この特別決議の決議方法は、日本の会社法における特別決議(議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)と比較して、より複雑です。
この規定により、株主間の意見の相違がある場合に、重要な経営判断が滞るリスクもあります。特に、外国人株主が多い場合や、議決権の分散が大きい会社では、必要な多数決を得ることが困難になる可能性があります。特別決議が必要となる事項については、事前に株主構成と議決権の状況を十分に確認し、必要な賛成票を確保するための戦略を立てるべきだと言えるでしょう。
書面決議と代理権行使の規定
株主は、法律または定款で禁止されていない限り、書面による決議を承認することができます。また、株主は、定足数が満たされ、かつ、出席者全員が通知を受ける権利を放棄することに同意すれば、事前の手続なしに書面決議を採択したり、総会を招集したりすることができます 。
会社秘書役の役割と責任
マルタ会社法においては、「会社秘書役」の設置が、すべての会社に義務付けられています。この役職は、そもそも日本の会社法に存在せず、日本人にとって分かりにくいものですが、近年、マルタ金融サービス庁(MFSA)による規制強化の動きに起因して、その機能が変化しており、さらに分かりにくいものになっています。
会社秘書役の設置義務とその要件
マルタ会社法(Companies Act, Chapter 386)に基づき、マルタで設立されるすべての会社(Private Limited Company (Ltd) および Public Limited Company (PLC) の両方)は、少なくとも1名の会社秘書役を任命することが義務付けられています。会社秘書役が任命されていない会社は設立が許可されません。
会社秘書役は、自然人(個人)または法人(Corporate Body)のいずれかであることができます。法人が会社秘書役となる場合、その法人はCompany Services Providers Actに基づき適切に登録された会社サービスプロバイダー(CSP)である必要があります。MFSAによって認可・規制されているCSPは、コーポレートガバナンスおよびコンプライアンス機能の管理において専門知識と経験を有しているため、多くの企業に利用されています。個人の場合、18歳以上であり、法的な欠格事由がないことが求められます。
会社法は、取締役が会社秘書役がその職務を遂行するために必要な知識と経験を有していることを合理的な範囲で確認する義務があると規定しています。公開会社(PLC)においては、より明確な経験要件が求められる場合もあります。特定の資格は義務付けられていませんが、会社法、コーポレートガバナンス、規制枠組みに関する包括的な理解が求められます。
兼任制限に関して、Ltdの唯一の取締役は、会社秘書役を兼任することはできません。ただし、Private Exempt Limited Liability Companyとして登録されている場合は例外です。Ltdに2名以上の取締役がいる場合、そのうちの1名が会社秘書役を兼任することは可能です。この規定は、ガバナンス(取締役の責任)と管理・コンプライアンス(会社秘書役の責任)の職務を区別し、コーポレートガバナンスと説明責任を強化するために設けられています。
居住要件については、法的には、会社秘書役がマルタ居住者である厳格な要件はありません 。しかし、その職務と責任を考慮すると、マルタ居住者であることが推奨されます 。マルタを拠点とする専門家や企業サービスプロバイダー(CSP)を任命することは、マルタ会社法やMBR(Malta Business Registry)への届出要件に関する深い知識と実務的な利便性から、実務上の大きな利点があります。
会社秘書役の氏名、住所、生年月日、国籍、ID/パスポート番号などの詳細は、マルタ事業登録局(MBR)に登録され、公開情報となります 。任命、辞任、解任などの変更があった場合、取締役会または株主決議を通じて適切に文書化し、所定のフォーム(Form K)を使用してMBRに速やかに通知する必要があります 。通知の遅延は罰金の対象となります。
会社秘書役は、会社の意思決定プロセスには参加しません。この機能はマルタ法において取締役会に委ねられています。日本法に類似の役職が存在しないため説明が難しいのですが、ある言い方をすれば、マルタ会社法の会社秘書役とは、日本の法務部、取締役会事務局、司法書士・行政書士の機能の一部を「一人の(または一つの法人)法定役職」として集約的に担うものです。また、法人(特にCSP)が会社秘書役を務めることが可能であり、これが推奨される実務上の利点があります。複雑化する規制環境、特にMFSAの新しい通知・登録制度と、会社秘書役が負う法的責任の重さから、企業はコンプライアンスリスクを低減するために、専門知識を持つ外部のCSPに会社秘書役業務を委託する傾向が強まっています。
会社秘書役の職務
会社秘書役の職務は、会社法に明示的に列挙されているわけではありませんが、会社に課せられた義務を役員として遂行する責任を負います。その職務は、主に以下の領域に及びます。
まず、会社秘書役は、会社の法定帳簿や記録の正確な維持管理に責任を負います。これには、総会議事録 、取締役会議事録 、株主名簿 、社債登録簿 、その他取締役会が要求するすべての記録の保管が含まれます。また、Statutory books(記録帳)、カンパニーシール(社印)、株券などの管理と保管もその職務範囲です。
次に、会社秘書役は、株主総会および取締役会の招集が適切に行われることを確認し、会議の通知と議題が規定された期間内に配布されることを保証します。会議の定足数が満たされているかを確認し、議題に沿って会議が進行することを保証する役割も担います。会議後には、取締役会、総会、その他の臨時会議の議事録を作成し、会社の議事録簿に保管します。
そして、会社秘書役は、会社に関するすべての声明書やその他の書類が法律に従って作成され、関連当局に提出されることを保証します。取締役会の変更、株式の担保、増資、登録事務所の変更など、会社に関する変更があった場合、関連書類を会社登録局(Companies’ Register / Malta Business Registry: MBR)に送付し、正式に通知する責任を負います。これらの変更は、発生から14日以内にForm Kなどの所定のフォームを使用してMBRに届け出る必要があります。また、会社の年次報告書(Annual Statement)をMFSAに送付する責任も負い、これは会社設立記念日またはその日から42日以内に提出する必要があります。さらに、年次BOフォームの確認の適時提出を保証し、受益者情報(Beneficial Ownership)および会社役員の変更を、変更の効力発生日から14日以内に法定フォームを通じてMBRに通知することも職務に含まれます。
さらに、会社秘書役は、取締役会に対し、法務、財務、コンプライアンス事項に関する専門的な助言を提供する責任も負います。
このように、会社秘書役の職務は、単なる記録管理や事務手続きに留まらず、広範なコンプライアンス義務の遵守とコーポレートガバナンスの維持に深く関わっています。特に、MFSAの新たな通知・登録要件(2025年5月16日施行)により、会社秘書役のコンプライアンス責任と当局の監視強化が行われました。
日本の法務部員がマルタ法人を管理する際には、会社秘書役が単なる「秘書」ではなく、会社のコンプライアンス体制において極めて重要な役割であることを認識し、その選任と継続的な連携に細心の注意を払う必要があります。特に、最近の規制強化は、会社秘書役としての役割を担う個人に対するMFSAの監視が強化されていることを意味し、適切な専門家を選任することの重要性を一層高めています。
会社秘書役の任命・解任・職務条件
会社秘書役は、基本的に、取締役会によって任命・解任されます。
まず、会社が新たに設立される際、最初の会社秘書役は、会社の設立定款(Memorandum and Articles of Association)において株主によって、任命されます。その後、会社秘書役は、取締役会の決議によって解任されることがあります。取締役会は、事前の通知なしに会社秘書役を解任する権限を有します。そして、会社秘書役が解任された場合、取締役は解任日から14日以内に新たな会社秘書役を任命しなければなりません。
また、会社秘書役の職位が空席になった場合、取締役は14日以内に後任の会社秘書役を指名し、任命する義務があります。長期間の空席が生じた場合、取締役会はそのメンバーの一人に一時的に会社秘書役の職務を代行させることを許可できます。
会社秘書役の任命、辞任、または解任などの変更があった場合、その変更は取締役会または株主決議を通じて適切に文書化され、変更の発生から14日以内に所定のフォーム(Form K)を使用してマルタ事業登録局(MBR)に速やかに通知する必要があります。この通知の遅延は罰金の対象となります。
会社秘書役の職務条件は、会社秘書役の任命と機能に関する会社法の規定を損なわない限り、取締役によって決定されます。
財務諸表の監査

マルタの会社は、適切な帳簿と会計記録を保持し、各会計年度末にマルタ法に従って財務諸表の監査を受ける必要があります。公開会社は、貸借対照表、損益計算書、注記、取締役報告書、監査役報告書を含む個別の会計報告書を作成し、会社の資産、負債、財務状況、損益を真実かつ公正に表示しなければなりません。監査済会計報告書は、関連会計期間終了後7ヶ月以内に株主総会で承認され、その後、登記のために登記官に提出されなければなりません。年次報告書は、会社設立記念日から42日以内に提出する必要があり、年次財務諸表は関連会計期間終了後10ヶ月以内に承認される必要があります。これらの義務を怠ると罰則が科せられます。
まとめ
本記事で解説したように、マルタのコーポレートガバナンスおよび関連する法規制は、日本のそれとは異なる複雑性と厳格性を有しています。取締役の広範な忠実義務と注意義務、株主総会の厳密な招集・決議要件、そして会社秘書役の多岐にわたる責任は、企業の透明性と説明責任を確保し、法的リスクを最小限に抑える上で不可欠です。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務