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モナコ公国における不動産賃貸法制度の解説

モナコ公国での事業展開や居住を検討する場合、現地の不動産賃貸関連法制度の理解は不可欠となります。モナコの賃貸市場は、限られた国土と高い需要に支えられ、独特の法的枠組みを有しています。

本記事では、モナコの不動産賃貸に関する法制度の概要から、日本人を含む外国人が直面する具体的な手続き、費用、そして日本の法制度との重要な相違点について解説します。

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モナコにおける不動産賃貸の法制度

モナコの不動産市場は、その特性と規制の度合いに応じて、主に「自由市場セクター」、「保護されたセクター」、そして「国有セクター」に分類されます。これらのセクターは、それぞれ異なる物件タイプ、賃貸条件、および対象となる居住者層を有しています。そして、規制されたセクターでは借主保護が手厚い傾向にありますが、自由市場セクターでは貸主が有利な傾向にあります。この二層構造は、モナコが国際的な高級ハブとしてのイメージと、長年にわたる住民の社会福祉とのバランスを取ろうとしていることによるものでしょう。純粋な投資収益を目指すのであれば、自由市場はより高い柔軟性と潜在的なリターンを提供しますが、特定の種類の借主(例:従業員)のための居住と結びついている場合は、保護されたセクターの規則が非常に重要になります。

モナコの自由市場セクター

自由市場セクター

自由市場セクターの定義やその具体例

自由市場セクターは、主にモダンな高級物件や個人所有の物件に適用され、賃料や賃貸期間が市場の需要と供給に基づいて自由に交渉・設定されるのが特徴です。モナコの不動産市場は世界的に見ても非常に高価であり、特にモンテカルロやフォンヴィエイユ地区では平均平方メートル単価が約53,000ユーロに達するなど、高額な物件が集中しています。

具体例としては、近年開発されたMareterra(マレテラ)、Bay House(ベイハウス)、One Monte-Carlo(ワン・モンテカルロ)、L’Exotique(レキゾチック)、Le Stella(ル・ステラ)、Le 45G(ル・45G)、Villa Palazzino(ヴィラ・パラッツィーノ)、Villa Portofino(ヴィラ・ポルトフィーノ)、La Tour Odéon(ラ・トゥール・オデオン)といった新規開発プロジェクトの多くがこの自由市場セクターに該当します。これらの物件は、最新の設備とサービスを備え、国際的な富裕層や企業を主なターゲットとしています。ラ・ルース地区も不動産取引が活発な地域として知られています。

自由市場セクターにおける賃貸借に関する法律

自由市場セクターにおける賃貸借は、モナコ民法典第1554条以下によって規定されており、家主とテナントの間で高い自由度を持って賃貸条件を定めることができます。

  • 賃貸期間と契約終了条件: 賃貸期間は通常1年間で、自動更新されることが多いですが、契約終了の通知がない限り、自動的に更新されます 。テナントは3ヶ月前までに通知することでいつでも契約を解除できますが、家主は契約期間の終了時に書面による通知(通常3ヶ月前)を行うことで契約を終了させることができます。
  • 賃料設定: 賃料は当事者間で自由に交渉・設定でき 、通常は年次で改定条項が含まれ、建設費指数(BT01)や消費者物価指数(ICC)に連動して調整されます。しかし、賃料の引き下げは稀であり、多くの場合、上方修正のみが許可される傾向にあります。
  • 敷金: 敷金については法的な上限はありませんが、通常3ヶ月分の賃料と諸費用が要求されます。敷金は賃料の前払いとはみなされず 、契約終了後2ヶ月以内に、修繕費用や損害賠償額を差し引いて返還されます。
  • 借主の義務: 借主には、賃料と諸費用を期限内に支払うこと、合意された目的で物件を使用すること、転貸をしないこと(契約で明示的に許可されない限り)、物件を良好な状態に維持すること、現地の保険会社が提供する有効な多目的住宅保険に加入することなどが義務付けられます 。日常的な軽微な修繕は借主の責任です。
  • 貸主の義務: 貸主には、物件を使用目的に適した状態で引き渡し、賃貸期間中その状態を維持し、借主の平穏な享受を保証する義務があります。また、賃貸開始時に物件が良好な状態であることを確認し、賃貸期間中に必要な主要な修繕を行う必要があります。貸主は賃貸期間中に物件の形態を変更することはできません 。さらに、法律第1.531号(2022年7月29日制定)により、非居住貸主保険に加入することが義務付けられています。
  • 初期費用: 借主の初期費用としては、通常、1四半期分の賃料と諸費用を前払いし、3ヶ月分の敷金、仲介手数料(年間賃料の約10%+VAT)、登録税(年間賃料×賃貸期間の1%)、および(任意だが推奨される)物件目録作成費用を支払う必要があります。

専門家向け賃貸借契約(Professional Leases)

専門的な用途で賃貸される物件は、法律第1.433号(2016年11月8日制定)によって規制されています。これらの賃貸契約は最低5年間の契約期間が義務付けられ、6ヶ月前通知で解除されない限り自動更新されます。借主は1年経過後、6ヶ月前通知で解除可能です。ビジネスニーズに対応するための柔軟性を維持しつつ、契約の安定性を提供するための枠組です。

商業賃貸借契約は、法律第490号(1948年11月24日制定)および法律第1287号(2004年7月15日制定)によって規制されています。賃貸物件で少なくとも3年間連続して事業を営むことが、商業的権利の恩恵を受けるための要件です。契約満了時には更新可能であり、賃料改定も可能です。

モナコの保護されたセクター

保護されたセクターの定義やその具体例

モナコの保護されたセクターは、主に1947年9月1日以前に建設された古い建物内のアパートに適用されます。このセクターは、第二次世界大戦後の住宅不足に対応し、テナントの権利を保護することを目的とした規制に由来します。

これらの保護されたセクターの物件は、モナコ・ヴィル(旧市街)のような歴史的保護地区や、ラ・コンダミーヌ、フォンヴィエイユ、ジャルダン・エキゾチック、レ・モネゲッティ、モンテカルロ、ラ・ルース、ラルヴォットといった主要な地区の古い建物に多く見られます。具体的な建物としては、モンテカルロのヴィクトリア・ビルディングが法律第1235号/1291号の対象物件として挙げられます。また、サン・ロマン地区のパレ・マリー・ジョゼフは法律第887号の対象物件の例です。これらの物件は、しばしば「広々とした部屋、高い天井、プライベートガーデンを持つ歴史的建造物」に位置しています。

法律第1235号(2000年12月28日制定)/法律第1291号

この法律は、特に政府が管理する住宅や補助金付き住宅に適用され、後述する法律第887号と比較しても、より厳格な規制が課されています。

  • 賃料規制とテナントの優先順位: 賃料は住宅局によって決定され、手頃な価格を保証するために厳しく規制されており、急激な上昇を防ぐために年次増加も規制されます。テナントは政府が定めた優先リストに基づいて選定され、モナコ国民、モナコ生まれの個人、モナコ国民の配偶者・寡婦・離婚者、出生以来モナコに継続して居住している者(両親が当時居住者であった場合)、および40年以上モナコに居住している個人が優先されます。
  • 賃貸期間と契約終了条件: 賃貸契約は最低6年間で、同じ条件で自動更新されます。借主は3ヶ月前までに通知することでいつでも契約を解除できます。貸主の契約解除権は極めて限定的であり、貸主が契約を解除できるのは、自己使用目的(貸主または家族のため)、大規模な工事、建物の解体または増築の場合に限られ、6ヶ月前の通知が必要です。多くの場合、立ち退きとなる借主には同等の代替住居を提供する必要があります。
  • 空室時の申告義務と罰金: 法律第1235号の対象となる物件の所有者は、物件が空室になった場合、1ヶ月以内に住宅局に申告する義務があります。3ヶ月以内に申告しなかった場合、50,000ユーロの罰金が科される可能性があります。正当な理由がない限り、空室宣言から3ヶ月以内に物件を再占有する必要があります。
  • 国家の先買権: 法律第1235号の対象となる物件が売却される場合、モナコ国家は先買権を有します。

法律第887号(1970年6月25日制定)

法律第887号は、1947年以前に建設された古い建物内の賃貸物件に適用される保護された賃貸枠組みを定めています。

  • 賃料設定の自由とテナント選定の自由: 法律第1235号とは異なり、法律第887号では家主が賃料を自由に設定できます。また、テナントの選定においてもより大きな自由度がありますが、賃貸可能なテナントは以下の特定のカテゴリーに限定されます。
    • 家主の家族(直系尊属、直系卑属、またはその配偶者)
    • モナコ国籍の者
    • モナコに5年以上居住し、6ヶ月以上職業活動を行っている者
    • モナコで5年以上職業活動を行っている者
  • 賃貸期間と契約終了条件: 賃貸契約は最低6年間で、自動更新されることが一般的です。テナントは毎年契約を解除する権利を有しますが、家主は契約期間の終了時(6年目)に、理由を問わず3ヶ月前までに通知することで契約を終了させることができます。
  • 空室時の申告義務: 物件が空室になった場合、家主は8日以内に住宅局に申告する義務があります。
  • 国家の先買権: 法律第1235号と同様に、法律第887号の対象となる物件が売却される場合、国家は先買権を有します。国家が権利を行使しない場合、テナントが先買権を持つことがあります。
  • 物件の使用目的の柔軟性: 法律第887号の対象となるアパートは、住居としてだけでなく、混合使用(住居と職業活動の同時利用)や自由業の拠点としても利用できる柔軟性があります。

モナコの国有セクター

国有セクターの定義やその具体例

モナコの国有セクターは、国家が直接所有・管理する住宅で構成されています。これらの物件は、主に公務員や国家関連企業の従業員、およびモナコ国民に提供されます。国有セクターの住宅は、市場の変動から独立しており、賃料は面積と地理的位置に基づいて住宅局によって決定されます。

具体例としては、エメラ・レジデンスの物件がモナコ国民に割り当てられています。また、ボーソレイユやカップダイユのコミューンにも、政府職員向けの国有物件が存在します。2010年以降、国有セクターに居住するモナコ国民は、「住宅資本化契約」を締結することも可能となっています。これは、モナコ政府が国民の住宅確保を支援するための具体的な政策の一環であり、市場の論理とは異なる社会的な目的を追求するものです。国家財産局は、モナコ国内に3,334戸の住宅を保有しており、さらにボーソレイユとカップダイユのコミューンにも600戸を保有し、政府職員や国家関連企業の非モナコ国籍従業員に提供しています。

国有セクターにおける賃貸借に関する法律

国有セクターの賃貸借は、主に政府の住宅政策と Ministerial Order によって管理されます。

  • 賃料設定: 賃料は住宅局によって決定され、物件の面積と地理的位置に基づいて固定されます。これは市場価格とは独立しており、モナコ国民や政府職員に手頃な価格の住宅を提供することを目的としています。
  • テナントの資格: 国有セクターの住宅は、モナコ国民、公務員、または国家関連企業の従業員に優先的に提供されます。割り当てはポイントシステムに基づいて行われ、世帯構成や収入などの基準が考慮されます。
  • 賃貸期間と契約終了条件: 国有セクターの賃貸契約の具体的な期間や終了条件は、個別の Ministerial Order や契約内容によって定められますが、一般的には長期的な居住安定を目的としています。
  • 住宅資本化契約: 2010年以降、国有セクターに居住するモナコ国民は、「住宅資本化契約」を締結することも可能となっています。これは、国民が住宅を「資本化」する機会を提供するもので、政府の住宅支援策の一環です。

まとめ

モナコの賃貸市場は、「自由市場セクター」、「保護されたセクター」、そして「国有セクター」という多層的な構造が存在し、それぞれ賃貸期間、借主の資格制限、貸主の契約解除権、賃料設定などに大きな違いがあります。

自由市場セクターは、主に新規開発された高級物件に適用され、賃料や契約条件の柔軟性が高い点が特徴です。これに対し、保護されたセクターは、1947年以前に建設された古い建物内の住宅を対象とし、モナコ国民や長期居住者への住宅提供を目的とした手厚い借主保護が特徴的であり、貸主には空室申告義務などの行政上の負担も伴います。さらに、国有セクターは国家が直接管理し、公務員やモナコ国民に安定した住宅を提供する役割を担っています。

モナコでの賃貸借契約を行う場合は、日本の賃貸借法制とは異なるこれらの特性を事前に把握することが、予期せぬリスクの回避のために不可欠だと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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