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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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介護業界の「契約制度」を支える介護保険法の全体像を解説

日本の高齢者介護を支える中核的な法律である介護保険法は、現場で働く介護関係者にとって、日々の業務と深く結びついた存在です。本記事では、単にサービス利用の仕組みを解説するに留まらず、介護保険法がなぜ、そしてどのようにして成立し、進化してきたのか、法の骨幹にある思想や複雑な制度の背後にある構造を踏まえて解説します。

この法律の目的は、加齢に伴う疾病等により介護を要する者について、「これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う」ことにあります。そして、その実現のため、「国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図る」ことが定められています(介護保険法第一条)。この目的を実現するために介護保険法は、「被保険者」と「認定」の制度、契約制度、複雑かつ多岐にわたるサービス体系を構築しています。

「被保険者」と「認定」の仕組み

介護保険制度のサービスを利用するためには、まず法律で定められた「被保険者」である必要があります。この制度は、国民全体で高齢者の介護を支える「社会保険方式」を採用しており、その第一歩が被保険者資格の確立です。この仕組みを理解することは、制度の適用範囲を把握する上で不可欠です。

「第1号被保険者」と「第2号被保険者」

介護保険法は、被保険者を二つの区分に定めています。介護保険法第9条は、市町村の区域内に住所を有する65歳以上の者を「第1号被保険者」と定めています。この方々は、要介護状態になった原因を問わず、認定を受ければ介護サービスを利用することができます。これは、加齢そのものを介護が必要になる要因と捉えていることに由来するものです。

一方、同法第9条は、市町村の区域内に住所を有する40歳以上65歳未満の医療保険加入者を「第2号被保険者」と定めています。この方々が介護サービスを利用するためには、その要介護状態の原因が、介護保険法施行令で定められた16種類の「特定疾病」によるものであることが法的に求められます。特定疾病には、がん(がん末期)や関節リウマチ、筋萎縮性側索硬化症、初老期における認知症などが含まれます。

第2号被保険者に対し「特定疾病」という要件を設けている背景には、介護保険制度が「加齢」を原因とする介護リスクを社会全体で分担するという理念があることが見て取れます。例えば、交通事故など加齢と無関係な原因による要介護状態は、介護保険の対象外となります。この規定は、制度が担うリスクの範囲を明確に限定し、財政的な持続可能性を保つための法的メカニズムの一つであると言えるでしょう。介護保険法は、単にサービスを提供するための法律ではなく、どの「リスク」を社会全体で共同して支えるかを定めている法律として捉えることが可能です。

第1号被保険者第2号被保険者
資格要件65歳以上の者で、市区町村に住所を有する者40歳以上65歳未満の者で、医療保険に加入している者
保険料の支払い方法市区町村が徴収医療保険料に上乗せして徴収
サービス給付の要件(原因)要介護状態の原因は問わない16種類の特定疾病が原因で生じた要介護状態であること

要介護者・要支援者を定める介護認定

介護給付を受けようとする被保険者は、その要介護状態について、市町村の認定(「要介護認定」)を受けなければならないと、介護保険法第19条第1項に規定されています。この認定プロセスは、サービスの必要性を客観的かつ法的に判断するための重要なプロセスです。

同法第7条は、「要介護者」を「要介護状態にある65歳以上の者」または「特定疾病によってその要介護状態が生じた40歳以上65歳未満の者」と定義しています。同様に、「要支援者」についても同様の定義がなされています。

介護認定のプロセス(申請、認定調査、主治医意見書、介護認定審査会による審査・判定)は、単なる行政手続きではありません。これは、要介護者等の状態を法的に定義し、その後のサービス利用の根拠を確立するための不可欠なプロセスです。現場の介護関係者は、この法的なプロセスを理解することで、ケアプランの作成や利用者への説明をより的確に行うことができるようになります。

「措置制度」から「契約制度」への変遷

介護保険法は、それまでの高齢者福祉の仕組みを根本的に変革しました。この変化を理解することは、現在の制度の理念を深く知る上で不可欠です。

老人福祉法と介護保険法の歴史的関係

1963年に制定された老人福祉法は、自治体がサービスの必要性を判断し、サービス提供を決定する「措置制度」を採用していました。この制度は、自治体の判断によってサービスが提供される仕組みであったため、利用者はサービスを選択する自由がほとんどありませんでした。また、自治体が予算を抑制する目的からサービス提供を控える「措置控え」という問題も生じていました。さらに、自治体主導のサービスは画一的になりがちで、個々のニーズに応じたサービスの質の向上は期待しにくい状況でした。

こうした課題を背景に、2000年に介護保険法が施行されると、介護サービス提供の仕組みは「措置から契約へ」と大きく転換しました。利用者は自らの意思でサービス提供事業者を選び、契約を結ぶことが可能になりました。この転換は、利用者本位の思想を制度の根幹に据えるものであり、事業者間の競争原理を導入することでサービスの質の向上が期待されたと言えるでしょう。

この契約制度への移行は画期的な変化でしたが、それが必ずしも万能ではないという現実にも目を向ける必要があります。高齢者や障害者は心身の機能が低下している場合があり、サービス利用者と提供事業者が「実質的に対等な立場」で契約を締結することが困難である場合があることが指摘されています。また、都市部を中心にいまだにサービス供給が不足しているという現実も浮かび上がってきます。これらの課題は、法律が目指す理念と、現場での運用との間に存在するギャップを示唆しています。

介護保険法が高齢者介護の中心的な法的枠組みとなった後も、老人福祉法は消滅したわけではなく、介護保険では対応できない部分を補完する役割を担い続けています。例えば、虐待を受けている高齢者の緊急保護など「やむを得ない事由」がある場合に、老人福祉法に基づく「措置」が最後のセーフティネットとして機能します。この両法が並存する現在の状況は、単一の法律ではカバーしきれない多様なニーズに柔軟に対応しようとする、日本の高齢者福祉の多層的な構造を示しています。

介護サービスの体系と類型

介護サービスの体系と類型

介護保険法は、高齢者の多様な生活様式や介護ニーズに対応するため、複雑かつ多岐にわたるサービス体系を構築しています。

居宅・施設・地域密着型サービス

介護サービスは、大きく「居宅サービス」「施設サービス」「地域密着型サービス」の三つに分類されます。それぞれのサービスは、高齢者が「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」という介護保険法第1条の目的に基づき、異なる機能を持っています。この三つの類型を理解することは、利用者にとって最適なサービスを検討する上で重要です。

各介護サービスの具体的な内容と特徴

居宅サービスは、自宅で生活しながら利用するサービスです。訪問介護、訪問入浴介護、通所介護(デイサービス)など、12種類が定められています。これらのサービスは、住み慣れた自宅での生活継続を支援する法律の思想を体現しています。

地域密着型サービスは、認知症や一人暮らしの高齢者が増加する中で、2006年の法改正によって創設されました。このサービスは、原則としてサービスを提供する事業所がある市町村の住民に限定されます。小規模多機能型居宅介護や定期巡回・随時対応型訪問介護看護などが含まれ、地域の実情に応じたきめ細やかなサービスを提供します。

施設サービスは、介護老人福祉施設(特養)など、施設に入所して提供されるサービスです。要支援者は利用できないなど、居宅サービスとは異なる法的要件があります。

居宅サービスと地域密着型サービスの存在は、介護保険法が「可能な限り、その居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように」と謳う目的を具体的に実現するための法的手段と言えるでしょう。この構造は、在宅介護を促進し、大規模施設への入居を最後の選択肢とするという政策的意図が読み取れます。地域密着型サービスの創設は、単にサービスを増やすだけでなく、地域ごとに異なるニーズに対応できるよう、各市町村が運営基準や単価を独自に設定できる柔軟性を持たせることで、制度が地域に根ざした形に進化していることがうかがえます。

居宅サービス地域密着型サービス施設サービス
利用目的自宅での生活継続支援地域での生活継続支援24時間体制での介護・療養
主な利用対象者要介護・要支援者  原則として、サービス事業所が所在する市町村の住民  原則として、要介護者(要支援者は利用不可)
主なサービス内容訪問介護、訪問看護、通所介護、訪問リハビリテーションなど  定期巡回・随時対応型訪問介護看護、認知症対応型共同生活介護など  入所による介護、機能訓練、健康管理など

介護保険法改正と制度の変化

介護保険法は、高齢化の進展や社会環境の変化に対応するため、約3年ごとに見直しが行われてきました。主要な改正の変遷を追うことで、この法律が絶えず進化を続けていることがわかります。

2006年改正:予防重視と地域支援の始まり

制度開始から初めての大規模改正となった2006年の改正では、高齢者の増加と介護度の軽度化に対応するため「予防重視」の考え方が導入されました。これにより、要介護状態等の軽減・悪化防止に効果的な「新予防給付」が創設され、要支援・要介護になるおそれのある高齢者を対象とした「地域支援事業」が介護保険制度に位置づけられました。また、認知症や一人暮らしの高齢者を地域で支えるため、「地域密着型サービス」が創設され、居宅サービスに加えて、小規模多機能型居宅介護や夜間対応型訪問介護などのサービスが加わりました。さらに、地域における総合的な相談支援を行う「地域包括支援センター」が設置されたのもこの改正です。

2009年改正:不正防止と業務適正化

2009年の改正では、介護サービス事業者の管理体制を整備するための規定が盛り込まれました。具体的には、事業者の不正事案の再発防止を目的として、法令遵守などの「業務管理体制の整備」を義務付けたり、事業者の本部への立ち入り検査権を創設したりしました。これにより、不正をした事業者が処分を逃れることを防ぐための対策が強化されたのです。

2011年改正:地域包括ケアシステムと複合サービス

2011年の改正では、「高齢者が住み慣れた地域で、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが切れ目なく提供される『地域包括ケアシステム』」の構築が強く打ち出されました。この理念を実現するため、日中・夜間を通じて短時間の定期巡回と随時対応を行う「定期巡回・随時対応サービス」や、小規模多機能型居宅介護と訪問看護を組み合わせた「複合型サービス」が創設されました。また、この改正により、一定の研修を修了した介護職員等が、医師の指示の下、喀痰吸引や経管栄養といった「医療的ケア」を実施できるようになりました。

2014年改正:在宅医療と介護の連携強化

2014年の改正では、地域における医療と介護を一体的に提供する体制を強化するため、「地域医療介護総合確保基金」が創設されました。この基金を通じて、在宅医療と介護の連携推進や、認知症施策の推進などが図られました。また、介護保険財政の持続可能性を確保するため、特別養護老人ホームへの新規入所を原則として「要介護3以上」に限定する措置が取られました。

2017年改正:利用者負担と介護医療院

2017年の改正は、介護保険制度の持続可能性を確保しつつ、地域包括ケアシステムの深化を目的として行われました。この改正では、特に所得の高い層の利用者負担割合を2割から3割へ引き上げることが決定されました。また、高齢者と障害児者が同一事業所でサービスを受けやすくするための「共生型サービス」が新たに位置づけられました。さらに、廃止期限が迫っていた「介護療養病床」の受け皿として、医療と介護を一体的に提供する新たな施設「介護医療院」が創設されたことも大きなポイントです。

2024年改正:DX推進と透明性の向上

2024年4月には、2018年以来の大規模な改正が施行されました。これは「地域包括ケアシステムの深化・推進」や「制度の安定性・持続可能性の確保」を基本的な視点とするものです。主な改正点として、介護情報を一元的に管理するシステム基盤の整備が挙げられます。これにより、自治体、利用者、介護事業所、医療機関が情報を共有し、切れ目のないサービス提供を目指します。また、介護事業者に対して「財務諸表等の経営状況の公表」が義務付けられ、経営状況の「見える化」を通じて支援策を検討する目的が示されました。

介護保険法が規定する施設の役割

介護保険法が規定する施設の役割

介護保険法は、高齢者の多様なニーズに応えるため、施設サービスについてもその目的と役割を明確に区別しています。それぞれの施設が持つ法的定義と機能の違いを理解することは、利用者にとって最適な選択肢を提示する上で不可欠です。

介護老人福祉施設(特養)と介護老人保健施設(老健)の役割

介護保険法第8条第24項に規定される介護老人福祉施設(特養)は、「要介護者であって、主として長期にわたり入所し、その日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行う」ことを目的としています。特養の大きな特徴は、「終身利用が可能」であり、看取りまで行う施設が多いという点です。2014年の法改正により、新規入所は原則として要介護3以上が対象となりましたが、やむを得ない事情がある場合は要介護1または2でも特例入所が認められることがあります。

一方、介護保険法第8条第26項に規定される介護老人保健施設(老健)は、医療機関での治療を終えた高齢者が「居宅における生活を営むことができるようにするための支援」を目的としています。老健の主な役割は、リハビリテーションを通じて在宅復帰を支援することであり、入所期間は原則3〜6ヵ月という短期的なものです。

特養が「生活施設」としての機能に重点を置いているのに対し、老健は「在宅復帰支援」という明確な目的を持つ「リハビリテーション施設」です。この法的かつ機能的な役割の違いは、入居基準やサービス内容にも影響を与えています。この対比は、法律がそれぞれの施設に期待する役割を正確に反映していると言えるでしょう。

介護医療院の創設とその法的意義

前述の通り、2017年の法改正により、介護療養病床の廃止を前提とした受け皿として、介護医療院という新たな施設類型が創設されました。

介護保険法第8条第29項は、介護医療院を「長期にわたり療養が必要である者に対し、療養上の管理、看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話を行うことを目的とする施設」と定義しています。これは、医療ニーズが高い要介護者向けの長期療養施設であり、生活施設としての機能も併せ持っている点が特徴です。

介護医療院の創設は、長期療養を必要とする高齢者に対し、医療と介護の両方をシームレスに提供できる新たな法的枠組みを構築しようとする試みです。これは、法律が老健のような在宅復帰目的とは異なる、より重度な医療・介護ニーズに対応する必要性を認識した結果と言えるでしょう。

介護老人福祉施設(特養)介護老人保健施設(老健)介護医療院
目的・役割長期的な生活介護  在宅復帰に向けたリハビリテーション長期療養と医療・介護の提供
主な対象者要介護3以上の高齢者(要介護1, 2は特例入所)医療機関での治療を終えた要介護者  重篤な身体疾患や身体合併症を有する要介護者
入居期間の目安終身利用が可能  原則3〜6ヵ月程度  長期利用が可能

まとめ:介護保険法の改正については弁護士に相談を

本稿では、介護保険法の全体像を、その基本理念、被保険者の要件、サービス体系、そして主要な法改正の歴史的背景に至るまで、多角的に解説しました。介護保険法は、単に介護サービスを提供する仕組みを定めているだけでなく、「自立支援」「利用者本位」「社会全体で支える」という理念を体現する、生きた法律です。

介護制度に関する法律は、時代の変化や社会のニーズに応じて絶えず改正を繰り返してきました。しかし、制度の複雑化や頻繁な改正は、法令解釈や実務上の判断に迷いを生じさせることもあります。介護保険法や介護制度に関しては、法律の専門家に相談されることをお勧めします。

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介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。

モノリス法律事務所の取扱分野:介護事業者の法務

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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