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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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アイスランドの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

アイスランドの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

アイスランド(正式名称、アイスランド共和国)は、欧州の北西に位置する島国であり、その経済は、豊富な再生可能エネルギー(地熱・水力発電)、水産資源、そして近年急成長を遂げている観光産業によって支えられています。人口は約40万人と小規模ながら、2025年には一人当たり名目GDPが世界第5位に達するなど、高い経済水準を誇る先進国です。 

アイスランドは欧州連合(EU)の加盟国ではありませんが、欧州経済領域(EEA)の一員であるため、その法制度はEU法と深く統合されています。このEEA加盟という前提が、データ保護、金融規制、労働法といった多岐にわたる分野で、日本とは全く異なる法規律を生み出しています。

本記事では、このEEA加盟という根本的な特徴を踏まえつつ、現地の法律の全体像から、会社設立、労務管理、税務、そしてAIや暗号資産といった先端分野に至るまで、日本企業が直面しうる具体的な法的課題を網羅的に解説します。

アイスランドの法体系と司法制度

法体系の全体像

アイスランドの法体系は、日本と同じ大陸法系の伝統に基づいています。しかし、日本のように民法典や商法典といった包括的な法典が存在するわけではなく、議会(Althingi)によって制定される個別の制定法(statutes)が主要な法源を構成しています。

日本の法律調査では、まず民法や商法といった主要な法典の該当条文を参照することが一般的ですが、アイスランドでは特定の行為や取引に関する個別の制定法を網羅的に調査する必要があります。これらの個別法は、財産法や商法などの分野において、非常に包括的かつ詳細に規定されていることが特徴です。また、法律に基づいて発令される政令や規則も重要な法源とされています。 

そして、このような法体系は、法律の解釈や適用において、裁判所の判例の重要性を高めます。個別の法律に明示的な規定がなく、裁判所の判断が事実上の統一的な解釈を形成する場面が多い傾向にあるからです。

司法制度と裁判所の役割分担

アイスランドの司法制度は、日本と同様に三審制を採用しています。 

  • 第一審:地方裁判所(Héraðsdómstólar):全国に8つの地方裁判所があり、民事・刑事事件を含むほとんどの事件の第一審を管轄します。レイキャビク地方裁判所が最も規模が大きく、21名の裁判官が所属しています。 
  • 第二審:控訴裁判所(Landsréttur):2018年に新設された控訴裁判所は、地方裁判所の判決に対する控訴を扱います。15名の裁判官が所属しています。 
  • 第三審:最高裁判所(Hæstiréttur):アイスランドの最高法廷であり、控訴裁判所の判決に対する上告審を管轄します。7名の裁判官が所属しています。 

さらに、アイスランドの司法制度には、二つの特殊な裁判所が存在します。まず、労働裁判所(Labor Court)は、労働組合と雇用者団体間の産業関係に関する法的紛争に特化した判決を下す役割を担います。この裁判所の存在は、アイスランドの労働関係が、単なる個別労働契約ではなく、労働組合や雇用者団体といった「社会的パートナー」間の集団的交渉に重きを置いていることの表れです。これにより、労働紛争は一般的な民事裁判ではなく、より専門的な知識と経験を持つ裁判所によって効率的に解決される仕組みが構築されていると推察されます。 

もう一つの特殊な裁判所は、弾劾裁判所(Court of Impeachment)です。これは、政府大臣の職務上の不正行為に関する事件を扱うために、議会(Althingi)の意見に基づいて設立される特別な裁判所です。 

アイスランドの企業法務とクロスボーダー投資

アイスランドの企業法務とクロスボーダー投資

会社設立

アイスランドで事業を行うための法人形態は複数ありますが、海外資本に採用されることが多いのは、日本の株式会社や合同会社に相当する公開有限会社(Public Limited Company, hf.)非公開有限会社(Private Limited Company, ehf.)です。日本の会社法では、2006年の改正以降、株式会社の設立に資本金の最低額要件がなくなりましたが、アイスランドでは明確な最低資本金が定められています。 

  • 非公開有限会社(ehf.) 最低資本金は50万アイスランドクローナ(ISK)です。最低1名の設立者、1名の株主、株主が4名以下の場合は1名の取締役で設立が可能です。 
  • 公開有限会社(hf.) 最低資本金は400万アイスランドクローナ(ISK)です。設立には最低2名の設立者、2名以上の株主、3名以上の取締役、そして1名のマネージャー(manager)の設置が義務付けられています。 

提出書類については、覚書(Memorandum of Association)、定款(Articles of Association)、初回会議の議事録などが必要となり、オンラインでの申請も可能ですが、公証人の署名が必要となる場合もあります。 

また、現地法人がアイスランドの法律(Act on Public Limited Companies)に基づき、提出書類をアイスランド語で作成する必要があることや、外国人の役員がアイスランドのID番号を持っていない場合、システムID番号を申請する必要があるといった、事務手続き上の特有の課題も生じます。

外資規制

アイスランドは外国からの直接投資(FDI)に対して概ね開かれた姿勢を示していますが、特定の戦略的分野には厳しい所有制限を設けています。これは、日本の外為法にもとづく規制と似ていますが、規制対象となる産業がより明確に限定されているのが特徴です。

例えば、アイスランドの排他的経済水域内での漁業や水産加工業に従事する企業は、アイスランド国民またはアイスランド法人による完全所有が求められ、外国資本の所有比率は原則として25%を超えてはなりません。また、滝や地熱エネルギーの利用権は、原則としてアイスランド国民またはEEA加盟国の市民・法人のみが所有できます。航空産業についても、外国人によるアイスランド航空会社の株式所有比率は、いかなる時も49%を超えてはなりません。 

コーポレートガバナンス

アイスランドの会社法は、日本と同様に、会社の権限を分担する複数の機関を定めています。これらの機関は、会社法や各社の定款、そして法的拘束力を持たない「コーポレートガバナンス指針」によって、その役割と責任が明確化されています。 

アイスランドの会社における主要な機関は、株主総会、取締役会、そしてマネージングディレクター(CEO)です。各機関は、会社の最高意思決定機関である株主総会から委任された権限を行使し、役割を分担しています。 

  • 株主総会(General Meeting of Shareholders):株主総会は、会社法上の最高意思決定機関であり、株主は、保有する株式に応じて議決権を行使し、会社の重要事項を決定します。年次株主総会(AGM)は、事業年度終了から一定期間内に開催され、取締役および法定監査役の選任・解任、年次報告書(Annual accounts)の承認、取締役の報酬承認、会社の合併、分割、定款の変更、増減資など、会社構造に関する決定権を有します。 
  • 取締役会(Board of Directors):取締役会は、株主総会と株主総会の間で、会社の最高権限を持つ機関です。その主な役割と責任は、会社の全体的なガバナンス、組織、財務構造、リスク管理、内部統制を監督することにあります。取締役会は、マネージングディレクター(CEO)を雇用し、その役割と権限を定義します。また、会社の事業活動と財務状況を定期的に監視し、財務諸表を承認して株主総会に提案します。さらに、通常業務の範囲を超える、例外的または重要な事項について決定する責任を負います。これには、不動産の購入・売却、子会社の売買、大規模な融資手配などが含まれます。 
  • マネージングディレクター/CEO(Managing Director/CEO):マネージングディレクター(CEO)は、日々の業務を管理する責任を負います。取締役会によって任命され、その方針と指示に従って職務を遂行します。通常、例外的または重要な措置を取るためには、取締役会からの特別な許可が必要とされます。 

アイスランド独自のコーポレートガバナンス指針は、法的義務ではないものの、企業の健全性を高め、ビジネスへの信頼を築くための「より良い実践(best practices)」として機能しています。また、従業員50名以上の企業において、取締役会およびマネージャーの構成における男女平等の達成が求められていることは、日本にはないユニークな規定です。これは2013年9月1日から施行されており、アイスランドが15年連続で世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ報告で1位を獲得しているという社会全体の価値観が企業文化に深く浸透していることの表れと言えるでしょう。現地の商習慣・厳守すべき規範として理解する必要があります。 

アイスランドの労務・税務・知的財産

アイスランドの労務・税務・知的財産

労働法

アイスランドの労働法制において、日本法と最も際立った違いは、同一賃金証明制度(Equal Pay Certification)です。これは、25人以上の従業員を雇用する企業に対し、性別に基づく賃金格差がないことを証明するために、第三者機関による認証取得を義務付ける制度です。 

この制度は、2020年制定の「性別に関わらない平等な地位と権利に関する法(Act No. 150/2020)」および関連規則に根拠を置いています。従業員50人以上の企業は、独立した第三者機関による認証(Certification)取得が義務付けられ、従業員25人以上49人以下の企業は、認証取得または関連書類を政府機関に提出し、確認(Confirmation)を受けるかの選択肢があります。認証は3年ごとに更新する必要があり、賃金体系が継続的に公正であることを証明しなければなりません。 

認証取得には、標準規格ÍST 85に準拠した賃金管理システムの導入、文書化、維持が求められます。職務分類、責任、労働時間、能力、労働条件などを客観的な基準で評価し、性別による差別がないことを証明します。制度を遵守しない企業には、1日あたり最大5万アイスランドクローナ(約5万円)の罰金が科される可能性があります。 

この制度は、単に賃金差別を禁止するだけでなく、企業が賃金決定のプロセスを透明化し、客観的な基準に基づいて評価することを強制します。これにより、企業文化そのものが公正性を志向するよう促され、潜在的な差別要因が排除されることを目的としています。

個人情報保護法

アイスランドの個人情報保護法は、EEA加盟国として、EUの一般データ保護規則(GDPR)を国内法「個人データの保護及び処理に関する法(Act No. 90/2018)」に直接取り入れています。

税法

アイスランドの法人所得税(Corporate Income Tax, CIT)率は、有限会社(ehf.やhf.)の場合、21%です。その他の法人形態(パートナーシップなど)では38.4%が課されます。外国企業は、アイスランド国内に恒久的施設(Permanent Establishment, PE)を設立して事業を行う場合、そのPEから生じる所得に対して、アイスランドの法人所得税が課されます。 

付加価値税(VAT)の標準税率は24%ですが、観光業、宿泊、飲食、公共交通機関、書籍、雑誌、音楽媒体など、特定のサービスや商品には11%の軽減税率が適用されます。 

源泉徴収税については、非居住者企業へのロイヤルティ支払いは対象となりますが、利子支払いは免除される点が日本と異なります。また、EEA域内の企業への配当は最終的に還付され、実質ゼロとなる場合があります。 

AIとOSS

アイスランドには、AIに特化した独自の法律はまだ存在しません。しかし、EEA加盟国として、EUで2024年に成立したEU AI Actを、段階的に国内法に取り込むことが確実視されています。

また、アイスランド政府は、公共部門でのオープンソースソフトウェア(OSS)の利用を積極的に推進するユニークな方針を掲げています。これは、公的機関が特定のソフトウェアメーカーやサービスプロバイダーに過度に依存する状態を避け、公共投資によって開発されたソフトウェアの再利用可能性を高めることを目的としています。

アイスランドでのビジネス展開における個別分野の法的規制

資金決済と暗号資産(仮想通貨)

アイスランドでは、暗号資産(仮想通貨)の所有や取引は合法ですが、「法的に認められた通貨」ではありません。中央銀行は国民に対し、その高いリスクを警告しており、現行法では、暗号資産取引には消費者保護の監督がほとんど及んでいないという点が特に重要です。唯一の監督は、マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策法(Act no. 140/2018)に基づくものです。

この状況は、EEAを通じてEUの暗号資産市場規則(MiCAR)が導入されることで一変する予定です。MiCARは、暗号資産の発行者やサービス提供者(CASP)に対し、ホワイトペーパーの提出や、消費者・投資家保護のための厳格な要件を課すものです。 

医療・医薬品法

アイスランドの医療・医薬品分野は、公衆衛生保護を目的とした厳格な規制に服します。主な法的根拠は、医薬品法(Medicinal Products Act, No. 100/2020)および医療機器法(Act on Medical Devices, No. 132/2020)などです。 

医薬品の広告は、真実かつ専門的な情報を提供し、誤解を招くものであってはなりません。広告内容は、当局が承認した製品特性の要約(SmPC)と一致している必要があります。一般消費者向けの広告は、製品が医薬品であることが明確に示され、使用前に添付文書を注意深く読むよう促すメッセージを含まなければなりません。医師の診察が不要であるかのような印象を与える表現、副作用がないことを示唆する表現、または他の治療法より優れていると誤認させる表現は厳しく禁止されています。 

外国人の不動産所有

アイスランドでは、外国人による不動産所有は可能ですが、日本と比べて、国籍による明確な区別がなされています。 

EEA加盟国市民は、特に制限なくアイスランド国内の不動産を所有することができます。一方、日本を含むEEA域外の外国人や法人が不動産を取得するためには、司法省(Ministry of Justice)の特別許可が必要です。この許可は、不動産が事業目的で直接利用される場合や、アイスランド国民との婚姻関係がある場合など、特定の条件を満たす場合に付与されます。

不動産取引は、公証人の監督のもとで行われ、取引の法的有効性を確保するため、土地登記所(Land Registry, Fasteignaskrá)への登記が義務付けられています。

主要な許認可制度

アイスランドでは、事業の種類に応じて、事業ライセンスや営業許可の取得が義務付けられています。これは日本の許認可制度と同様ですが、業種ごとの管轄官庁が明確に分かれています。

業種主要な許認可と管轄官庁
ホスピタリティホテル、レストラン、宿泊施設は、地方の地区委員会(District Commissioner)と公衆衛生局(Public Health Authority)の両方からライセンスと営業許可を得る必要があります。 
金融サービス商業銀行、投資会社、保険会社、決済サービス、暗号資産サービスプロバイダーなどは、アイスランド中央銀行(Central Bank of Iceland)の監督下でライセンスを取得する必要があります。 
建設業住宅や建物の建築、再建、増改築には、地方自治体の建築監督官から建築許可を取得する必要があります。
エネルギーエネルギー生産や利用には、国家エネルギー庁(National Energy Authority, NEA)から許可を得る必要があります。
海運・漁業船舶の運行、港湾への入港、廃棄物処理、漁業活動などは、アイスランド海事局や沿岸警備隊、環境庁の厳格な規制に従う必要があります。

許認可制度は業種ごとに監督官庁が分散しており、それぞれに専門的な規則が適用されます。

まとめ

本稿で解説した通り、アイスランドの法制度は、EEA加盟国としてEU法を積極的に国内法に取り入れることで、高い国際基準を維持しています。特に、データ保護(GDPR)、金融規制(MiCARの導入)、AI規制といった分野では、日本よりも先行した、あるいはより厳格な法規制が適用される傾向にあります。

また、ジェンダー平等に関する世界的なリーダーシップを反映した同一賃金証明制度や、再生可能エネルギー資源を保護するための外資規制は、アイスランド独自の社会的価値観が法制度に色濃く反映されたものです。これらは、単なる法的義務を超え、企業のブランドイメージや社会的責任(CSR)にも影響を与える重要な要素です。

これらの法的特性は、日本企業がアイスランドでの事業展開を成功させるための鍵となります。日本の法務感覚だけでは見過ごされがちな、こうした法制度上の異質性を事前に理解し、適切な戦略を立てることで、予期せぬリスクを回避し、持続可能なビジネス基盤を築くことができます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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