スリランカ民主社会主義共和国の法体系・法制度・司法制度

スリランカ民主社会主義共和国(以下「スリランカ」)の法体系は、その複雑さと多様性において、世界でも珍しい特殊な混合法体系を形成しています。およそ400年にわたるポルトガル、オランダ、そしてイギリスによる植民地支配という波乱に満ちた歴史が、それぞれの統治時代に持ち込まれた法源を重層的に積み重ねてきた結果、今日のスリランカ法を形成しているからです。この法体系は、単一の成文法を基盤とする大陸法系とは一線を画しており、その根源的な思想や構造の違いを理解することは、スリランカにおける法務を理解する上で不可欠な第一歩となります。
本記事では、スリランカの複雑な混合法体系がどのような歴史的変遷を経て確立されたのか、そしてその中心にある司法制度がどのように機能しているのかを、日本法との比較を交えながら解説します。
この記事の目次
スリランカの法体系の特質と歴史的背景

主要な三個の法源
スリランカの法体系は、大きく分けて三つの主要な法源から成り立っています。
第一は、イギリスの植民地支配下で導入された英米法(Common Law)です。主に刑事法や公法、特に憲法において支配的な役割を担っており、判例を重要な法源とする「判例拘束性の原則」(judicial precedent)や、判決理由を法的根拠とするratio decidendiといった英米法の根本的な概念が、今日のケース・ローの解釈を主導しています。
第二は、オランダによる支配時代に持ち込まれたローマ・オランダ法(Roman-Dutch law)です。この法源は、民法や信託法といった分野で、特定の法律や慣習法が適用されない場合に、その隙間を埋める「残余法」(residuary law)として機能している点に大きな特徴があります。すなわち、スリランカの法律の主要な根拠は制定法ですが、制定法が沈黙している場合に適用される共通の規範として、このローマ・オランダ法が存在しているのです。
この「残余法」という概念は、日本の法体系には見られないスリランカ独自の特質です。例えば、スリランカにはシンハラ人、タミル人、ムスリムなど複数の民族集団が存在し、それぞれに固有の慣習法や個人法(Kandyan law、Thesavalamai law、Muslim lawなど)が適用されます。ここで、個人法とは、特定の民族や共同体の慣習に基づき、主に結婚、離婚、相続といった家族法的な事項を規定するものです。たとえば、ムスリム法はムスリムに、カディアン法は旧キャンディ王国出身の仏教徒シンハラ人に、テサワラマイ法は北部州に住むタミル人に適用されるといった具合です。そして、これらのコミュニティに属する人々が何らかの法律問題に直面し、その問題に対して彼らの個人法に明確な規定がない場合、その隙間を埋めるためにローマ・オランダ法が「残余法」として適用されるのです。
そして第三に、前述の通り、それぞれの民族集団に固有の慣習法や個人法(Kandyan law、Thesavalamai law、Muslim lawなど)が、特定のコミュニティに対して適用されます。
歴史的変遷
スリランカの現在の法体系は、約400年にわたる外国支配の歴史的帰結です。16世紀に到来したポルトガル、続いて17世紀から18世紀にかけて沿岸部を支配したオランダは、それぞれ自国の法源を導入し、特にオランダは裁判制度を整備してローマ・オランダ法を適用しました。
この法体系の複雑さを決定づけたのは、1796年にオランダを放逐して支配権を確立したイギリスの統治政策でした。通常、征服地では旧宗主国の法律が廃止されることが多いのに対し、イギリスは既存の法律を継続させるという原則を採用しました。これは、新たな統治者であるイギリスの、旧宗主国の法体系を完全に抹消するのではなく、英米法を並行して導入することで、支配の正当性を確保し、社会の円滑な移行を図るという支配政策の帰結でした。この政策により、ローマ・オランダ法は廃止されることなく、英米法と共存する形でスリランカの法体系に組み込まれました。
スリランカの裁判所は、植民地時代に導入された法源を静的に適用するだけでなく、時代の変化に合わせて法を発展させてきました。言い方を変えれば、単なる外国法の継受に留まらず、スリランカ独自の法体系を形成してきました。裁判官は、ローマ・オランダ法や英米法の基本原則を、スリランカ社会の現実と結びつけて解釈し、新たな判例を形成することで、法律を動的なシステムとして機能させているのです。
スリランカの司法制度の構造と権限

憲法上の司法権の位置付けと独立性
スリランカ憲法は、主権が国民にあり、その主権が立法、行政、司法の三権を通じて行使されることを定めています。ここで特筆すべきは、憲法第4条(c)が、司法権を「議会によって、裁判所、法廷および創設された機関を通じて行使される」と規定している点です。日本などの憲法が司法権を独立した権力として位置付けているのに対し、スリランカでは、司法権が議会に源を発しているという、独特な構造を取っています。
しかし、この規定が司法の独立を損なうわけではありません。スリランカでは、憲法評議会(Constitutional Council)が、最高裁判所や控訴院の裁判官の大統領による任命を承認する仕組みが設けられています。この評議会は、首相や野党党首、国会議員、市民社会の代表など、多様なメンバーで構成されており、行政権の独断を排除する重要なチェック・アンド・バランス機能として機能しています。
裁判所の階層構造と役割
スリランカの司法制度は、最高裁判所を頂点とする明確な階層構造を持っています。
スリランカの裁判所名 | 主要な管轄権 | 日本の裁判所(類似機能) |
---|---|---|
Supreme Court | 最終上訴、憲法事項、基本的人権の保護に関する原審、選挙訴訟など | 最高裁判所 |
Court of Appeal | 高等裁判所および下級裁判所からの控訴審 | 高等裁判所 |
High Court | 刑事事件の第一審、下級裁判所からの控訴審 | 地方裁判所(一部の機能) |
District Court | 民事事件の第一審 | 地方裁判所、家庭裁判所(一部の機能) |
Magistrates’ Court | 軽微な刑事事件の第一審 | 簡易裁判所(一部の機能) |
日本と大きく異なるのは、最高裁判所の権限です。日本の最高裁判所が、特定の事件を通じて法令の合憲性を判断する「具体的規範統制」を原則とするのに対し、スリランカの最高裁判所は、法案が成立する前にその合憲性を審査する「抽象的規範統制」に近い唯一かつ排他的な管轄権を有しています。これにより、スリランカの最高裁判所は、立法プロセスに直接的に関与する強力な権限を持つことになります。
まとめ
本稿で見てきたように、スリランカの法体系は、複雑な歴史的背景から生まれた混合法体系であり、日本とは異なる独自の思想や構造を持っています。
特に、スリランカの法制度は複数の法源が重なり合っているため、特定の法的問題に対してどの法源が適用されるのかを判断することが非常に難しく、また、法律の最新版を電子的に入手することが難しいといった実務的な課題も存在します。外国の法律家やビジネスパーソンにとって、現地の法律実務に精通した専門家の知見が不可欠であると言えるでしょう。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務