アルバニアの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

アルバニア(正式名称、アルバニア共和国)は、四国の約1.5倍の面積を持つバルカン半島に位置し、観光業や建設業を中心に堅調な経済成長を遂げています。2014年には欧州連合(EU)の加盟候補国となり、その法的枠組みはEUの基準に準拠すべく急速な変革を遂げつつあります。
アルバニアの法体系は、スイス民法典を通じたドイツ民法典やナポレオン法典の影響を強く受けた大陸法系に属しています。その最高法規は1998年に国民投票によって採択された憲法(Kushtetuta)であり、その下に主要な法典が整備されています。判例法よりも成文法が重視される構造であることから、条文の解釈が中心的な役割を担います。このため、日本の法務担当者にとって、法典に基づいた思考様式は比較的理解しやすいでしょう。しかし、その根底には、汚職対策を目的とした抜本的な司法改革や、デジタル化を推進する先進的な規制など、日本の法律には見られない特有の要素が存在します。
本稿では、アルバニアでのビジネス展開を検討する日本の経営者や法務部員を想定し、同国の法制度全体を概観するとともに、特に日本法と比較して特徴的な法律分野を深く掘り下げて解説します。
この記事の目次
アルバニアの法体系と司法制度
階層的な裁判所構造
アルバニアの司法制度も階層的な構造を有しています。第一審から上訴審までが明確に分かれており、加えて特定の事件を扱う専門的な裁判所が設置されています。
第一審裁判所(Gjykatat e Rrethit Gjyqësor)は、民事・刑事事件を扱う「地方裁判所」を主軸としながら、行政事件を専門に扱う「第一審行政裁判所」(Administrative Court of First Instance)や、汚職・組織犯罪などの重大事件を扱う「第一審特別裁判所」(Special Court Against Corruption and Organized Crime)が存在します。これらの裁判所はそれぞれの管轄区域または全国で事件を審理します。
その上には、第一審判決に対する控訴を審理する控訴裁判所(Gjykatat e Apelit)が位置します。こちらも同様に、民事・刑事事件を扱う控訴裁判所、行政事件を扱う控訴行政裁判所、そして重大事件を扱う控訴特別裁判所があります。
司法ピラミッドの頂点に位置するのが、最高裁判所(Gjykata e Lartë)です。最高裁判所は、下級審の決定に対する上訴を審理し、民事、刑事、行政の各部門を通じて、国内の全ての裁判所に対する法の統一的な解釈と適用を確保する役割を担います。
また、最高裁判所とは別に、憲法解釈と人権侵害の申し立てを扱う独立した機関として、憲法裁判所(Gjykata Kushtetuese)が設置されています。
汚職対策を目的とした司法改革
アルバニアの司法は、過去に汚職や政治的干渉といった問題を抱えていました。この状況を打破するため、EU加盟交渉の最重要要件として、2016年に包括的な司法改革(Judicial System Reform)が導入されました。
この改革の中心部分は、全裁判官と検察官を対象とした「Vetting Process」(適性審査)です。これは、財産、経歴、職務能力の3つの側面から徹底的な審査を行うもので、司法制度から汚職に関わる人物を排除し、信頼性を向上させることを目指しています。このプロセスは、独立適格審査委員会(Independent Qualification Commission, IQC)が担当し、欧州諸国の裁判官や検察官で構成される国際監視機関(International Monitoring Operation, IMO)がこれを監督するという異例の構造となっています。
さらに、この改革の一環として、汚職と組織犯罪に特化した独立した司法機関SPAK(Special Structure against Corruption and Organized Crime)が2019年に設立されました。SPAKは、政治家や政府高官といった最高レベルの汚職を捜査・訴追する権限を有しており、元大統領の逮捕といった具体的な成果を上げています。
アルバニアでの会社設立とコーポレートガバナンス

外国資本に開かれた設立制度
アルバニアの会社設立手続きは、外国人投資家にとって非常に開かれた、簡素なものとなっています。
アルバニアでは、日本の会社法と同様に、有限責任会社(Shoqëri me Përgjegjësi të Kufizuara, Sh.p.k.)や株式会社(Shoqëri Aksionare, Sh.a.)といった主要な法人形態が認められています。特に以下の点が、日本の会社設立手続きと大きく異なります。
まず、多くの分野において、100%外国資本による会社設立が認められています。これは、外資規制が厳しい国と比較して、大きな魅力となります。また、有限責任会社(Sh.p.k.)の最低資本金はわずか100レク(約1米ドル)と定められています。この制度は、観光業やソフトウェア開発といった成長分野に外国資本を呼び込むためのアプローチであると考えられます。なお、株式会社(Sh.a.)は、株主が株式の額面金額を限度として有限責任を負う形態であり、非公開会社では350万レク、公開会社では1,000万レクの最低資本金が必要となります。
会社設立手続きは、全て国立ビジネスセンター(National Business Center, NBC)を通じて電子的に行えるため、短期間で完了します。
柔軟な機関設計
株式会社(Sh.a.)の機関設計は、日本の会社法と比較してより柔軟な選択肢が提供されています。アルバニアでは、「一階層制」(one-tier system)と「二階層制」(two-tier system)のいずれかを選択できます。一階層制では、取締役会(Board of Directors)が経営と監督の両方の機能を担います。一方、二階層制では、経営を行う取締役会と、それを監督する独立した監督委員会(Supervisory Board)を設置します。
海外からアルバニアへの投資に関する法的枠組み
外国投資に関する法律
現行の「外国投資に関する法律」(Law no. 7746/1993)は、外国投資家を国内投資家と平等に扱う「非差別」および「投資保護」の原則を支持しています。また、外国人投資家は、投資資金や利益、および補償金など、すべての資金を自由に国外に送金する権利が保障されています。
不動産投資における重要ポイント
不動産に関する法制度は、日本の読者にとって特に注意すべき点があります。外国人や外国法人は、建物や都市部の不動産(マンション、商業施設など)を直接所有することに制限はありません。しかし、農地については、外国人が直接所有することは認められておらず、農地を取得するためには、アルバニアに設立された法人を通じて所有する必要があります。
この外国人不動産所有権に関する規制は、外資を誘致しつつも、自国の食料安全保障や国土保全といった国家的な利益を確保しようとするアルバニア政府のバランスの取れた戦略の表れであると言えます。農業は、経済活動人口の約半分を雇用しており、国民生活の基盤となっています。農地の直接所有を制限し、法人を通じた投資を強制することで、外国資本が国内の農業基盤を安価に買い占めることを防ぎ、同時に政府が管理しやすい形で農業への投資を誘致していると解釈できるでしょう。
アルバニアの特徴的な税制と労働法制

税制優遇措置
アルバニアの税制は、外国投資家にとって非常に魅力的であり、特に日本の税制とは大きな違いがあります。
アルバニアの基本的な法人所得税率は15%と設定されており、これは日本の約23.2%と比較して低い水準にあります。加えて、特定の分野にはさらなる優遇措置が設けられています。たとえば、ソフトウェアの生産や開発を行う企業には、2025年12月31日まで5%の軽減税率が適用されます。また、年間売上高が1,400万レク(約13万5,000ユーロ)以下の小規模事業者については、2029年12月31日まで法人税が0%となります。個人所得税は累進課税ですが、配当金や利益分配に対する源泉徴収税は8%と定められています。
ただし、日本人にとって重要な点は、日本とアルバニアとの間に租税条約が存在しないことです。このため、日本企業がアルバニアで得た配当、利子、使用料といった所得は、アルバニアでの源泉徴収税と日本での法人税の両方が課される「二重課税」のリスクにさらされます。日本の税法上の外国税額控除は利用できるものの、手続きが複雑になる場合があるため、二重課税を考慮した上で実質的な税負担を慎重にシミュレーションする必要があります。なお、消費税(VAT)の標準税率は20%です。
労働法制のポイント
アルバニアの労働法は、雇用契約、労働時間、解雇といった基本的な枠組みにおいて、日本と類似した構造を持っています。標準的な労働時間は週40時間、1日8時間です。時間外労働については、通常の賃金の125%の追加賃金が支払われるか、代わりに休暇を取得できます。解雇予告期間は勤続年数に応じて定められており、勤続1年目では1ヶ月、2年〜5年目では2ヶ月、5年超では3ヶ月となります。
不当解雇予告手当について、アルバニアでは不当解雇と認定された場合、雇用主は労働者に対し、予告期間中の給与に加えて、最大1年分の給与を支払う義務が生じます。
社会保障については、社会保険料と健康保険料は、雇用主と従業員がそれぞれ負担します。雇用主は給与の16.7%、従業員は11.2%を拠出します。
アルバニアの現代的な法分野と法規制
アルバニアは、急速なデジタル化とEU法への調和を目指し、AI、個人情報保護、広告規制といった分野で先進的な法整備を進めています。
日本の個人情報保護法がEUのGDPR(一般データ保護規則)を参考にして改正されてきたのに対し、アルバニアは2024年12月に、GDPRに「完全準拠」した新法(Law No. 124/2024)を可決しました。この新法により、日本の企業は、アルバニアで事業を行う上で、日本の個人情報保護法よりも厳格な義務を負うことになります。違反に対する罰則も、GDPRと同様に非常に厳しく、最大で全世界年間売上高の4%または最大20億レクの罰金が科される可能性があります。
広告規制も厳格化しています。2025年2月に施行された新法(Decision No. 11/2025)は、金融商品やサービスに対する広告の規制を強化し、誤解を招く可能性のある「ゼロ手数料」「最高のオファー」といった表現を禁止しており、広告には、利子率、ローンの総額、期間などの主要な条件を明確に記載する義務があります。また、医療・医薬品広告については、処方箋医薬品の一般向け広告は禁止されています。さらに、医療従事者が自身の活動や特定の医療機関を宣伝することも厳しく制限されています。
また、アルバニア政府は、公共調達における汚職を撲滅するため、世界で初めてとなる「AI大臣」(仮想の閣僚)「Diella」を任命しました。Diellaは、公共事業の入札プロセスを客観的に評価し、人間の裁量による汚職や不正を排除するために活用されます。この任命は、一部の野党から「憲法違反」との批判を受けるなど、法的な議論を呼んでいますが、この動きは、汚職対策という国家的な課題に対し、技術を積極的に活用していくというアルバニア政府の強い意思によるものでしょう。
アルバニアにおけるその他のビジネス関連法分野
資金決済法、許認可、海事法といった分野でも法整備が進んでいます。資金決済については、「支払サービスに関する法律」(Law no. 55/2020)がEUのPSD2指令に準拠しており、現金経済からの移行を促しています。ライセンスはアルバニア中央銀行(Bank of Albania, BoA)によって発行され、提供するサービスの種類に応じて約25,000ユーロから約450,000ユーロの最低資本金が定められています。
許認可が必要なビジネスは、法律(Law no. 10081/2009)により、国家安全保障、公衆衛生、環境、交通、エネルギーといった分野で45のカテゴリーが定められています。許認可の申請は「ワンストップ・ショップ」方式を通じて電子的に行えるようになっており、手続きの簡素化が図られています。
海事法は、主に「アルバニア共和国海事法典」(Maritime Code of the Republic of Albania)によって規律されています。EU基準への準拠を目指しており、海運業における競争保護や、デュレス港、ヴロラ港といった主要港の機能分担や民営化が進められています。
まとめ
本記事で解説した通り、アルバニアの法制度は、EU加盟という国家的目標を背景に、汚職対策、デジタル化、そして透明性向上に向けて急速に進化しています。特に、非常に低い最低資本金、特定の産業に対する税制優遇、そしてEUに準拠した厳格な個人情報保護法や広告規制は、日本のビジネスパーソンが同国での事業展開を検討する上で不可欠な情報です。
一方で、日本との間に租税条約が存在しないといった税務上の課題や、労働法の厳格な解雇規定など、日本の商慣習とは異なる留意点も存在します。こうした複雑で変化の激しい法務環境をナビゲートするためには、具体的な法令に基づいた専門的な知見と、現地の法務実務に精通した法律事務所によるサポートが必要不可欠です。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務